東工大クロニクルOct.2006

学  生

リンダウ会議に参加して

 相田 将俊 

 6月24日から30日までドイツで開催されたリンダウ・ノーベル賞受賞者会議(通称リンダウ会議)に参加しました。リンダウ会議は1951年より開始され,毎年6月末の1週間,20人以上のノーベル賞受賞者がドイツ南端部のリンダウという町に集い,世界各国から集まった若手研究者に対する講演を行うとともに,受賞者と若手研究者のディスカッションの機会が提供されるサマースクール形式による国際会議であり,物理,化学,医学・生理学の3分野を対象として開催されています。56回目となった今年の会議は化学分野にフォーカスしたものとしては18回目の会議であり,同分野の受賞者を中心に23人のノーベル賞受賞者が出席しました。このうち,日本人ノーベル賞受賞者は1人,野依良治先生が出席されました。参加した若手研究者は主に学生やポスドクなどで,各国から520名が集まりました。日本からは25歳から35歳までの14名が参加し,筆者は東工大からの参加者としては歴代2人目となりました(化学分野では初)。
 時期は折しもサッカー W 杯が開催されていた頃で,ドイツは既に夏真っ盛りでした。会場となったリンダウ島はドイツ南端のボーデン湖湖畔に浮かぶ小さな島で,日本の軽井沢に相当するような保養地です。ボーデン湖ではドイツ,オーストリア,スイスの三国が国境を接しており,リンダウ島からは島のシンボルとなっている旧灯台とライオンの像の先にアルプスへと続く対岸の山々をのぞむことができます。


リンダウ島からボーデン湖をのぞむ

 会議は各日,午前中に受賞者の講演,午後に受賞者と若手研究者とのディスカッションという形式でおこなわれました。午前中の講演のスタイルは受賞者によって異なり,受賞研究の専門的な内容にフォーカスする人や研究に対する姿勢や倫理について話す人,そして自分の監督した映画を上映する人など多様でした。私の研究分野は生化学・分子生物学なので,参加前には ATP 合成酵素の構造を決定した Walker 博士やユビキチン化を介したタンパク質分解機構を発見した Ciechanover 博士など,バイオサイエンス関係の受賞者の講演に期待していました。彼らの講演はもちろん期待通り興味深い内容でしたが,自分にとって専門外の分野の受賞者の講演についても意外に理解しやすく,感銘を受けるものが多かったです。印象に残っているのはフラーレンを発見した Curl 博士で,星間物質の研究から予期せぬ経緯で炭素原子60個からなる分子を発見したストーリーを,ユーモアを交えて講演されていました。なお,受賞者の講演はいくつか録画されており,その模様をホームページから閲覧することができます(http://www.lindau-nobel.de/ を参照)。


Walker 博士の講演

 講演が終わると昼休みになり,参加者は各自リンダウの街で昼食をとることになります。日本の参加者は,同行した文部科学省の小山さんのコーディネートで初日に野依先生ご夫妻,2日目に Human Frontier Science Program(HFSP,日欧米共同出資の研究助成機関)のポスドク,そして3日目にアメリカからの参加者と会食しました。
 前述のように会議の参加者は非常に多いのですが,幅広い研究分野から集まっているせいか同じ研究分野の参加者と出会うことは稀で,2日目の会食でようやく自分に近い分野の研究をしているイスラエルのポスドクと会うことができた程度でした。ただ実際のところ,研究分野が違っていても同世代の研究者同士で話すのは楽しいもので,逆に異分野の人々の考え方を知る良い機会であったと思います。


HFSP フェローとの昼食会


 午後のディスカッション・タイムは受賞者のセッションごとに会場が分かれ,参加者は2時間ほどの間に受賞者に直接質問をすることができます。受賞者にもよりますが会場は基本的に非常に混んでいて,早めに席をとらないと立ち見になってしまう場合もありました。筆者は前述の Walker 博士のセッションで質問することができましたが,割と後ろに座っていたせいか,当ててもらうためになんども手を挙げるはめになりました。これとは別に,Walker 博士とは初日のウェルカム・パーティーでも少し言葉を交わす機会がありましたが,上司であった Sanger(2度ノーベル賞を受賞)に大きな影響を受けたとおっしゃっていました。Sanger はハードワーカーであっただけでなく,どんな時にも的確なアドバイスをしてくれる良いボスであったということです。
 また,1981年に化学賞を福井謙一博士と共同受賞した Hoffmann 博士のセッションも人気の高いセッションの一つでした。Hoffmann 博士は Woodward-Hoffmann 則を提唱したことで著名ですが,恥ずかしながら筆者はほとんど存じ上げていませんでした。しかし初日に博士の隣に座った縁で,思いがけずその人柄と教養に接することができました。このセッションではナチスによる迫害を受けた生い立ちや,彼の研究に関わる「対称性」についての考えなど様々な話題が出ました。また,ポーランドからの移民であった経験から英語を母国語としない人たちの苦労に共感するという言葉には少し勇気づけられました。「すぐれた研究者はすぐれたストーリーテラーだ」とおっしゃっていたのも印象に残っています。


Hoffmann 博士と

 ディスカッションが終わる時刻は17時ですが,夏のドイツではまだまだ日差しの強い時間帯です。夕方からの W 杯が始まろうとする時刻なので街は騒がしくなってきますが,地元ドイツを応援する人々だけでなくイタリアやアルゼンチンなど他国のサポーターがかなりの人数リンダウ島に滞在していることが分かり,これには少し驚いてしまいました。
 2日目の夕方には再び小山さんのはからいで,Ciechanover 博士,Hoffmann 博士,Kohn 博士,Schrock 博士の4人の受賞者と日本人参加者との夕食会が催され,錚々たる顔ぶれとビール片手に楽しく会食することができました。これだけ受賞者が集まるとノーベル賞を受賞することも取り立てて特別なことではないのではないかという錯覚すら覚えてしまいますが,一方で,イスラエル初の自然科学分野での受賞者となった Ciechanover 博士が非常に多忙な日々を送ることを余儀なくされたという話を聞くと,科学者と一般社会との接点としてノーベル賞受賞者は時として重い役割を担うのだとも感じました。

 リンダウ会議の主催者はドイツのある伯爵家であり,その邸宅はボーデン湖の西部に位置するマイナウ島にあります。会議の最終日にはこのマイナウ島をリンダウ島から受賞者と共に船で訪問し,日程の締めくくりとして植物園になっている島内の散策を兼ねた閉会式がおこなわれました。いま振り返ると,常に身近なところでノーベル賞受賞者が歓談している環境に身をおくことができた充実した一週間でしたが,それと同じ程度に日本人参加者を含めた同世代の研究者たちと分野を超えた交流を持てたことが非常に有意義な体験だったと思います。自然科学の研究全体のなかで,自分の研究分野・視点がほんの小さな一部にすぎないことに気付かされた派遣でした。
 最後に,このような貴重な機会を与えてくださった生命理工学研究科と文部科学省の方々にこの場を借りて深くお礼申し上げます。
(生命理工学研究科生命情報専攻
半田・和田研究室 博士後期課程2年)


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