東工大について

アンモニア合成を通して人類を支えた研究者たち

アンモニア合成を通して人類を支えた研究者たち

世界の人口増加を支えてきた食糧増産技術。中でもアンモニアを原料とする窒素化合物を使った化学肥料が農業に果たした役割は大きなものでした。不可能と思われていたアンモニア合成を可能にし、工業化の道を拓いたハーバーとボッシュ※1の研究、そしてその鍵となる触媒技術を高性能化させるための研究には本学の研究者たちが大きく貢献しています。

19世紀末、アンモニア合成に挑む研究者たち

工業化不可能といわれていたアンモニア合成

フリッツ・ハーバー(1868~1934年)フリッツ・ハーバー
(1868~1934年)

作物の大量生産に必要となる化学肥料には、植物の生育に欠かせない栄養素のひとつ、窒素化合物が含まれています。その原料となるのがアンモニアで、自然界では、バクテリアなどによって空気中の窒素から合成して作られています。

人口増加に伴う食糧危機が叫ばれていた19世紀末期のヨーロッパでは、多くの研究者がこのアンモニア合成に挑戦しました。中でも有名なのがネルンスト(1864~1941年)とハーバーですが、両者が実験から得たアンモニア生成値が大きく乖離したことから2人の主張は真っ向から対立します。ネルンストは、50気圧1,000℃でわずか0.003%では工業生産は無理だとし、ハーバーの1気圧1,020℃で約0.01%という値を「測定値がおかしい」と酷評。これをきっかけにハーバーはアンモニア合成の研究を本格化させ、ちょうどその時、ハーバーの研究チームに加わり、精度の高い測定で研究に弾みをつけたのが、後に本学の大学昇格に尽力し、初代図書館長を務めることになる田丸節郎でした。

希望を照らした田丸節郎の測定

田丸 節郎(1879~1944年)田丸 節郎(1879~1944年)

田丸は、1904年に東京帝国大学理科大学(現東京大学理学部)化学科を卒業後、1907年ドイツに留学、前述のネルンストの研究室を経て、カールスルーエ工科大学のハーバー研究室に移籍しました。「死ぬほど働く人」とハーバーに言わしめた田丸は、アンモニアの生成熱と反応ガスの比熱を正確に測定し、様々な圧力や温度下での平衡定数(アンモニアの生成量)を算出することに貢献しました。これにより、ハーバーの測定値を批判したネルンストのほうが不正確だったことがわかり、アンモニア合成の実現性が高まりました。

アンモニア合成の鍵を握る「触媒」

鉄触媒の誕生で工業化へ

カール・ボッシュ(1874~1940年)カール・ボッシュ
(1874~1940年)

念願のアンモニア合成の工業化に取り組んだのは、ドイツの化学会社BASF社でした。高圧反応系の設備と設計開発をボッシュが、工業生産の要となる触媒※2開発をミタッシュが担当し、1万回以上の実験を繰り返して、比較的安価で高温高圧に耐える鉄系触媒の開発という難関をクリアし、1913年、年間生産量6,500トンのアンモニア生成工場を稼働させることに成功しました。

1世紀後に見え始めた新触媒への光

尾崎 萃(1920~2013年)尾崎 萃(1920~2013年)

鉄系触媒より優れたものはその後1世紀以上にわたっても見つからず、1940年頃にはその反応機構もほぼ解明されたと思われました。ところが、1952~53年にかけて、北海道大学の触媒研究所で堀内壽郎(1901~1979年)らが、化学量数※3という新しい概念をアンモニア合成実験に適用したところ、窒素(N)-水素(H)結合の形成が律速段階※4である可能性を示し、世界中が大騒ぎになりました。ちょうどその頃、本学の尾崎萃(あつむ)(1920~2013年)が、触媒の専門家として著名なプリンストン大学のヒュー・テイラー研究室に在外研究員として滞在することになりました。そこで、尾崎とテイラーは、問題となっていたアンモニアの合成機構の解明を重水素同位体効果※5から狙い、窒素(N2)と水素(H2)を原料とした場合と、窒素(N2)と重水素(D2)を原料とした場合の反応速度を比較し律速段階の決定を試みました。その結果、後者が2~3倍速いことが判明し、堀内グループの主張を否定する結果となりました。しかし、触媒表面への吸着分子はN2であるという従来の説では、重水素同位体効果による結果が説明できなかったことから、尾崎はさらに研究を進め、それがNHであるという新説を導き出します。

世紀の発見、ルテニウム触媒

秋鹿 研一(1942年~)秋鹿 研一(1942年~)

帰国後、しばらくして尾崎研究室にやってきたのが、修士課程1年だった秋鹿研一outerです。彼らは新しい触媒の開発を目指し、研究を重ねました。触媒の成分の組み合わせを変え、活性を促進する金属元素を調べ、ニッケル(Ni)や他の遷移金属元素も試してみた結果、遂にルテニウム(Ru)※6が最適であることを突き止めます。1970年6月にこの特許を取得し、1971~72年にかけて論文として発表すると、ルテニウム系触媒は新しいアンモニア合成触媒として世界中から注目されました。それから約20年後、ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)社による改良を経て、1992年、米国ケロッグ社がこの技術を使って工業運転を開始し、現在では世界7ヵ国で稼動し、省エネルギーに貢献しています。

尾崎/秋鹿のルテニウム触媒(Ru/C/K)を改良したBP社の実用ルテニウム触媒尾崎/秋鹿のルテニウム触媒(Ru/C/K)を改良したBP社の実用ルテニウム触媒

次世代ルテニウム触媒の時代へ

「確かにアンモニア合成は触媒研究の最高峰ですが、たたりがあるという噂ですよ。討ち死にした人も多く、今では挑戦者はほとんどいません」

本学で触媒研究を専門とする原亨和outerが、材料研究を専門とする細野秀雄outerから鉄触媒やルテニウム触媒に続く、新しい触媒の共同研究を持ちかけられた時の第一声です。学生の頃からアンモニア合成に興味を持っていた細野は、「勝算はある」と原を説得し、共同研究がスタート。セメントの一種であるC12A7※7を利用してルテニウムの微粒子を結合させ、従来のルテニウム触媒より1桁も大きい活性を示す新しい触媒を作り出すことに成功しました。待ち望まれていた次世代のアンモニア合成触媒、Ru/C12A7の誕生です。現在、アンモニアは肥料のみならず、水素エネルギー社会の実現における水素の運搬役としても注目されており、合成プロセスの効率化にはエネルギーの観点からも大きな期待が寄せられています。

※1 ハーバーとボッシュ

空気中の窒素を水素と直接反応させてアンモニアを合成する技術を初めて見いだした。この技術は「ハーバー・ボッシュ法(HB法)」と称される。ハーバーはアンモニア合成で1918年に、ボッシュは高圧反応プロセスの開発で1931年にそれぞれノーベル賞を受賞。

※2 触媒

化学反応の途中に関与する物質で、化学反応を著しく加速したり、特定の反応だけを起こしたりするが、反応の前後ではまったく変化しない。また、本来起こりうる反応の活性化エネルギーを下げる物質であり、本来起こらない反応を進行させる力はない。

※3 化学量数

化学反応が定常的に進むとき、全反応が1回起こるためにはそれを構成する素反応がν回起こることになる場合、その素反応の化学量数はνであり、νはその反応の律速段階となる素反応の化学量数であるという化学反応における量的関係に関する理論。

※4 律速段階

化学反応がいくつかの段階を経て進むとき、そのうちで変化速度が最も遅い反応段階。この反応速度で全体の反応速度が支配される。

※5 同位体効果(アイソトープ効果)

物質や化合物を構成する原子の同位体に起因して、物性や反応性が変化したり同位体比が変化したりする効果。

※6 ルテニウム

白金族元素の1つで貴金属にも分類される希少金属。オスミウムとの合金が、万年筆などのペン先(ニブポイント)に使われる。有機化学分野においては不飽和結合を水素化する際の触媒として多用される。

※7 C12A7

C12A7(12CaO・7Al2O3)は、直径0.5ナノメートル程度のカゴ状の骨格が繋がった構造をしており、カゴの内部に電子を入れることで安定なエレクトライド(電子が正に帯電した骨格とイオン結合した化合物)となることが2003年に細野グループによって発見された。この物質は金属のようによく電気を通し、低温では超伝導を示すこともわかっている。

本稿は、本学資史料館が発行したリーフレットの内容を再構成し、掲載しています。

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2016年8月掲載