教育

事業創造実践ワークショップ

事業創造実践ワークショップ

東京工業大学では、さまざまなプログラムを用意してリーダーシップ教育を後押ししています。今回、その中から、新しい成長事業を「0(ゼロ)」から生み出す力を鍛えるワークショップ「リーン・ローンチパッド」をご紹介します。

価値創出のためのプログラム

米国シリコンバレーの起業家スティーブ・ブランク氏が提唱する「リーン・ローンチパッド」は、新規事業立ち上げの際の不確定要素をできるだけなくし(=リーン)、事業の本質部分だけをスピーディに実践(=ローンチパッド)することにより、リーダーシップの本質である他者を牽引し、新規分野を開拓する「課題発見能力」「価値の創造能力」を養うことを目的としています。日本では、2013年の本学での導入を皮切りに、東京大学、大阪大学ほか、公的研究機関や企業でも採用が増え続けているプログラムです。

リーン・ローンチパッドの基本

「こんなサービス(製品)があったらいい」「技術を事業化したい」といった発想から生まれた事業アイデアを選定してチームを作り、「ぜひそのサービスや製品が欲しい」というアーリーアダプター※1となるユーザーを1人でも多く見つけることを目標に、以下の要領で進めていきます。

アイデアとチーム分け

アイデアとチーム分け

ワークショップの様子

ワークショップの様子

1. 事業価値の可視化

発想した事業アイデアについて、9つ側面から分析し、事業価値を可視化するために、ビジネスモデル・キャンバス(BMC)と呼ばれるツールを使います。それぞれの要素に仮説を立てることで、事業アイデアを俯瞰的にとらえることができるようになります。

実際のビジネスモデル・キャンバス(BMC) 実際のビジネスモデル・キャンバス(BMC)

  • CS: 顧客(Customer Segments)
  • VP: 提供する価値(Value Propositions)
  • CH: 販売経路(Channels)
  • CR: 顧客との関係(Customer Relationships)
  • RS: 収入の流れ(Revenue Streams)
  • KR: 主要なリソース(Key Resources)
  • KA: 主要な活動(Key Activities)
  • KP: パートナー(Key Partners)
  • CS: コスト構造(Cost Structure)

2. ユーザー開発

1.の仮説モデルを検証します。検証に最低限必要な機能を持った試作品※2を用意し、想定ユーザー10~30人にヒアリングします。

3. ピボット(軌道修正)

2. の検証結果をもとに、仮説モデルを速やかに修正します。

提供価値とアーリーアダプターが特定できるまで、上記 1.~3. を繰り返します。

「チケットバケット」が生まれるまで

本学グローバルリーダー教育院(AGL)outerが実施するワークショップは約2か月間の集中講座です。6回の報告会をとおして、各チームの進捗状況やインタビュー結果を参加者全員と共有、議論しながら、アイデアを確認・修正してかたちにしていきます。ワークショップには、毎回、他大学学生も含む25名程度の参加があり、新規事業開発・ベンチャー支援経験が豊富な堤孝志氏と飯野将人氏をファシリテーター※3に迎えて進めていきます。

 ファシリテーターの堤孝志氏

ファシリテーターの堤孝志氏

ファシリテーターの飯野将人氏

ファシリテーターの飯野将人氏

具体的に、アイデアはどのように変わっていくのでしょうか。「チケットバケット」の例をご紹介します。

「チケットバケット」メンバー (左→右)加藤さん(一橋大)、井口さん(東工大)、石垣さん(東工大)、千條さん(社会人)

「チケットバケット」メンバー (左→右)
加藤さん(一橋大)、井口さん(東工大)、石垣さん(東工大)、千條さん(社会人)

「チケットバケット」のメンバー4人が目をつけたのは、イベントチケットです。人気イベントのチケットは、競争率が高いだけでなく、オークションでも高額になり入手困難なことから、一般発売前に行われる「先行販売の抽選の応募に協力してくれる人を探せるサービス」を思いつきました。

「チケットバケット」メンバー

手順どおり、仮説モデルを組み立てると、早速、東京ドーム等に検証作業に出かけ、野球ファン約30人にヒアリングしました。その中からアーリーアダプター候補のAさんを見つけ、仮説に対する手応えを得たことから、そのままヒアリング対象を人気タレントやアーティストのファンに広げました。しかし、そこで聞こえてきたのは、「知らない人のために応募したくない」「ダフ屋がチケットを買い占めるのと同じ」といった仮説を否定する意見でした。特に「熱い」ファンは、チケットを高値で売るダフ屋的な行為に強い嫌悪感を抱いていて、チケットを譲る際も「熱いファン」にしか譲らないことが分かりました。このままでは「熱いファン」に支持されないと考えたチームは、ピボットを決断しました。

「チケットバケット」メンバー
「チケットバケット」メンバー

新たに考えたのは、「定価に限定したチケット取引サイト」という別のサービスです。チームは早速ヒアリングを再開し、今度はチケットを譲る場合も譲られる場合も必ず定価で取引するという野球ファンのOさんをアーリーアダプターとして見つけました。その後、Facebookページ上に試験的に用意したサービスで、定価でのチケット取引を呼びかけると、出品者が現れ「チケットバケット」の初取引が成立!チームはワークショップ終了後も活動を続け、2015年11月「チケットバケットβ版outer」の本格運用を開始しました。現在コンセプトに共感する方々の間で取引が徐々に拡大しています。

参加者のコメント

大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻
石垣 達也さん

石垣 達也さん

新規事業というのは誰もやったことがないわけですから、何が正しいか判断できず困り果ててしまうことがあります。しかし、リーン・ローンチパッドでは、想定ユーザーとの対話を繰り返しながら事業アイデアを磨いていくので、判断が難しい場面でも明確な根拠を持って次のステップに進むことができたと思います。また、本ワークショップでは、手法に精通したメンター(助言者)が各チームに1人付いてくれて、大きなピボットをする際には相談に乗ってもらえて大変心強かったです。

今後に向けて

起業精神やリーダーシップの養成を目的とするこのワークショップからは、「チケットバケット」以外にも事業化・商品化が具体化しています。ファシリテーターの堤氏と飯野氏は、米国の発明家チャールズ・ケタリングの「問題を明確に表現できれば、半分は解決したようなものだ」( "A problem well stated is half solved" )という言葉を引用し、研究においても、誰のどんな課題を解決するのかを見極める「課題発見能力」、そして新たな発想による「価値創造能力」がいかに重要であるかを強調しています。東工大では今後も本ワークショップを含むさまざまな取組みを実施し、社会的課題解決を担うリーダー輩出に力を注いでいきます。

Priority Boosterチーム Priority Boosterチーム
Mountyチーム Mountyチーム
和shockチーム 和shockチーム
SITOKチーム SITOKチーム
TT Hub(教員)チーム

TT Hub(教員)チーム
(左から、森本千佳子特任准教授、因幡和晃准教授、坂本啓准教授)

ワークショップ参加メンバー ワークショップ参加メンバー

※1 アーリーアダプター

新しい商品やサービスなどを早期に受け入れ、他のユーザーに大きな影響を与えるとされる利用者層

※2 最低限必要な機能を持った試作品

ミニマム・バイアブル・プロダクト(MVP)とも呼ばれる

※3 ファシリテーター

中立な立場で議論に介入し、合意形成や相互理解に向けて深い議論を促進する役割