東京工業大学基金奨学金

東京工業大学では、創立130周年を契機として、蔵前工業会、同窓生をはじめとする皆様からのご支援ご協力を得て「東京工業大学基金」を創設いたしました。本基金は、本学の長期目標である「世界最高の理工系総合大学の実現」に向け、戦略的経営により教育・研究・貢献の質をさらに高めていくための様々な事業活動に活用していこうとするものです。

東京工業大学基金には、企業・団体、同窓生、本学関係者ご家族などの本学に縁の深い方々より、学生の奨学を使途とすることを特定された篤いご寄附をいただいております。このたび、東京工業大学では、ご寄付いただいた方々のご意志を尊重し、平成24年3月に「東京工業大学基金奨学金」制度を設けるとともに、本学の発展に寄与された方および寄附者の方に深い敬意と感謝の意を表し、個人名・企業名を冠した奨学金を設立し、奨学生の募集を開始することといたしました。

応募から採用まで

本奨学金は、他の民間奨学金と同じ方法で募集・選考を行います。募集を開始いたしましたら、学内所定の場所および給与奨学金ページで周知いたします。募集要項をご確認の上、必要書類を揃え、指定の締切日までに学生支援課に提出してください。 本奨学金に応募する者は、学内選考申請時に、学内選考用の書類に加え、本奨学金独自の申請書および小論文等を併せて提出する必要があります。書類選考通過者は学内教員による面接選考を受けていただき、採用者を決定いたします。選考の経過および理由については一切公表いたしません。また、最終合格者は奨学金授与式に出席する義務がありますので、ご承知おきください。

選考スケジュール(目安)

大きく変更になる可能性もありますので、応募年度の募集要項を各自ご確認ください。
  • 4月上旬頃
    募集開始。募集要項および申請書類をHPに掲載。
  • 5月中旬頃
    募集締切。書類選考開始。
  • 5月下旬頃
    書類選考結果発表。
  • 6月上旬頃
    面接選考。
  • 6月下旬頃
    面接選考結果発表。
  • 7月下旬頃
    奨学金授与式開催。

奨学金の概要

東工大基金奨学金『手島精一記念奨学金』

応募資格

  • 学士課程2年次の者(4月現在)
  • 本人が属する世帯の税込年収合計が給与所得で800万円未満、給与所得以外の所得金額が337万円未満の者

採用予定人数

3名

奨学金の額

月額5万円

東工大基金奨学金『青木朗記念奨学金』

応募資格

  • 修士課程1年次の者(4月現在)
  • 本人が属する世帯の税込年収合計が給与所得で800万円未満、給与所得以外の所得金額が337万円未満の者

採用予定人数

3名

奨学金の額

月額5万円

東工大基金奨学金『草間秀俊記念奨学金』

応募資格

  • 博士課程1年次の者(4月現在)
  • 本人が属する世帯の税込年収合計が給与所得で800万円未満、給与所得以外の所得金額が337万円未満の者

採用予定人数

2名

奨学金の額

月額6万円

参考:各奨学金設立の経緯および寄附者の経歴

  • 手島精一先生略歴及び「手島精一記念奨学金」設立の経緯

    1849年(嘉永2年)沼津藩士田邊直之丞(四友)の次男として生まれ、幼名は銀次郎。12才の時、同藩士手島惟敏(通称右源太)の養子となり、惇之助、さらに精一と改めた。

    1870年(明治3年)21歳のとき、藩から学費を借りて渡米、地震を考え理学的建築学を学ぼうとしたが、廃藩置県で送金がなく、在米中の岩倉使節団理事の通訳として米英を巡り、1874年(明治7年)末帰国した。翌年東京開成学校監事、1876年(明治9年)製作学教場事務取締を兼勤、1881年教育博物館館長となる。

    日本の工業を興すには近代的科学・技術と誠実な人間性を持った技術者が多数必要と考えていたが、1876年(明治9年)米国の大博覧会、1878年(明治11年)パリの万国博に随行し、技術が急速に進むのを見て、工業学校設立を強く訴え、九鬼隆一、浜尾新らと共に、1881年(明治14年)本学の前身である東京職工学校を設立させた。しかし、社会の工業への理解は乏しく学校運営は困難を極めた。浜尾の要請を容れ、1890年(明治23年)第2代校長となり、途中1年を除き25年間本学を軸に、留学生教育、女子の職業教育を含めて工業教育に一生を捧げ、その功績は絶大であった。校長を辞した後の1918年(大正7年)1月、68才で逝去された。

    手島先生生前の1916年(大正5年)、当時の政界、財界、教育界等の諸名士が発起人となって、先生の功績を記念するため財団法人手島工業教育資金団が設立された。爾来、2009年(平成21年)3月に財団を解散しその財産を本学に継承するまで90年余の長きにわたり、学生への奨学金、若手研究者への研究助成の事業を行った。

    本学では、工業教育にその生涯を捧げた手島先生及び旧手島財団の精神を継承し、次代を担う優秀な学生を育成するため、「手島精一記念奨学金」を設立することとした。

  • 青木朗先生略歴及び「青木朗記念奨学金」設立の経緯

    1919年(大正8年)4月25日東京生まれ。1942年(昭和17年)東京工業大学紡績学科卒業後、東京工業大にて助手、第一期特別研究生、専任講師として勤務された。1951年(昭和26年)東京工業大学を辞職後、大和紡績(株)に入社し、1962年(昭和37年)弁理士試験に合格。1963年(昭和38年)大和紡績(株)辞職後アメリカに渡り、バーンズ法律事務所に勤務。帰国後の1966年(昭和41年)「青木内外特許事務所」を東京赤坂に創立し、虎の門へ移転の後、1982年(昭和57年)「青和特許法律事務所」に名称変更して現在に至る。近年は青和特許法律事務所名誉会長でおられたが、2012年(平成24年)3月、92才で逝去された。現在、事務所には弁護士7名、弁理士約80名の総数約300名の所員が勤務している。

    青木先生は、学生時代非常に苦学されたご経験から、特に経済的に困難な状況にある学生の支援のため、東工大基金にご寄附いただいた。本学では、そのご厚情に応えるべく、次代を担う優秀な学生を育成するため、「青木朗記念奨学金」を設立することとした。

  • 草間秀俊先生略歴及び「草間秀俊記念奨学金」設立の経緯

    1907年(明治40年)年9月18日東京生まれ。1936年(昭和11年)東京工業大学機械工学科卒。水産講習所助教授、宇部高等工業学校講師・同教授を経て、1945年(昭和20年)東京工業大学助教授となられた。1960年(昭和35年)教授、1967年(昭和42年)には工学部長となられた。1968年(昭和43年)定年退官、東工大名誉教授となられた後、東京理科大工学部教授に迎えられた。専門分野は流体工学・水力機械であり、ポンプの不安定現象(サージング)の分野で顕著な成果をあげられた。体は大きく、講義は活力にあふれ、勉学にきびしい反面、やさしいお人柄で学生の面倒をよく見られ、ラグビー部の部長なども引き受けられていた。

    1968年(昭和43年)東京都科学技術関係功労表彰を受章。1978年(昭和53年)勲三等旭日中綬章を受章。1991年(平成3年)9月、84才で逝去された。

    2011年(平成23年)、草間先生生前のご遺志を尊重されたご家族から、東工大基金へご寄附をいただいたことを受け、本学ではそのご厚情に応えるべく、次代を担う優秀な学生を育成するため、「草間秀俊記念奨学金」を設立することとした。