研究

東工大ニュース

ES/iPS細胞を数千億個の規模にまで増やせる,画期的な幹細胞培養技術

2009.07.10

要約

 本学大学院生命理工学研究科生体分子機能工学専攻の赤池敏宏教授を中心とする研究グループは,ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)を膨大な数に効率良く増やせる要素技術を開発した.肝臓や心臓,腎臓などの移植用臓器や移植用組織を人工的に作り出すための重要な問題点を解決できる,重要な開発成果である.

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

 本学大学院生命理工学研究科生体分子機能工学専攻の赤池敏宏教授を中心とする研究グループは,ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)を膨大な数に効率良く増やせる要素技術を開発した.肝臓や心臓,腎臓などの移植用臓器や移植用組織を人工的に作り出すための重要な問題点を解決できる,重要な開発成果である.

 肝臓や心臓などの臓器を臓器提供者(死者)から患者に移植する移植治療は,臓器提供者(ドナー)の慢性的な不足という問題を抱えている.日本ではドナー不足をいくらかでも補うために,生体の臓器を一部摘出して移植するといった生体移植も実施されているが,健康な生体(ドナー)を傷つけることの是非が問われるといった課題がある.

 そこで近年,ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)などの細胞を出発点として細胞を増殖培養し,分化させて臓器(あるいはその一部となる組織)を作り出そうとする試みが非常に活発になってきた.

 ここで問題となるのが,移植治療が可能なほどの臓器を作るためには,非常に膨大な数の細胞が必要だということだ.例えばヒトの肝臓は2500億個,ヒトの心臓は700億個もの細胞で成立している.その10分の1スケールの臓器を作り出すにしても,それぞれ250億個,70億個もの細胞が必要となる.例えばiPS細胞のサンプルとして得られるのは100万個程度なので,250億個にするには細胞分裂(2倍の増殖)を少なくとも22回は繰り返さなければならない.

 現在の実験室におけるシャーレを使った培養では,3日間の培養がほぼ限界である.シャーレ内で培養液の栄養分が枯渇するとともに,老廃物が増大するためだ.この期間に起こる細胞分裂の回数は,4回が一般的である.

 ここから細胞を分離・回収して一部を次回の培養に使い,残りを保存するとしよう.このためには細胞を1個ずつ,バラバラにして取り出さなければならない.従来,培養の下地(マトリクス)にはゼラチンやコラーゲンなどが使われてきた.細胞は分裂するとお互いが接着し,コロニー(胚様体)と呼ばれる塊を作っていた.細胞を1個ずつ取り出すには,接着部分を壊して細胞を剥がす必要がある.これには普通トリプシンという消化酵素を使うのだが,細胞に著しく(激しく)損傷を与えるという問題があった.培養した細胞の収率が悪化するとともに,細胞の機能が劣化してしまう.

 できれば,細胞を個々の状態に保ちながら培養することが望ましい.赤池教授らの研究グループは,培養の下地(マトリクス)を換えることで,コロニー化させずに細胞を培養することに成功した.

 マトリクスには,細胞間接着分子であるEカドヘリン(E-cadherin)の頭部と抗体(Immunoglobulin G)の一尾部を遺伝子工学的手法で切り取って接合した,細長いたんぱく質(キメラたんぱく質)を開発した.抗体部分の尾部は疎水性が高く,Eカドヘリン頭部は親水性である.基材のポリスチレン表面(疎水性表面)に抗体部分が接着したキメラたんぱく質は,Eカドヘリン頭部が無数に表面上に並んだ下地表面を形成する.

 このマトリクス上でES細胞やiPS細胞などを培養すると,細胞間接着分子であるEカドヘリンの表面に固定されたものと細胞の有するEカドヘリンが直接結合して細胞同士は接着しなくなる.増殖した細胞群はコロニーを形成せず,ばらばらの状態を維持する.1個ずつ独立していることは極めて好都合で、消化酵素ではなく,細胞への損傷が少ないキレート剤を使ってCa2+イオンを一時的に除去し細胞をマトリクスから脱離させ,回収できる.増殖した細胞の収率が大幅に高まるとともに,細胞の機能が劣化する恐れが少なくなる.

 この方法には,分離・回収後のマトリクスを再び細胞の培養に使用できるという大きな利点がある.実験では,シャーレを13回ほど再利用しても,細胞を培養できた.マウスのES細胞とマウスのiPS細胞で,これらのことを確かめた.シャーレを13回再利用すれば,原理的には40~50回の細胞分裂を実行できる.臓器を形成できるような膨大な数の細胞を,取り出せる道筋が開けたことになる.

図1 従来のマウスES細胞培養方法.増殖した細胞がコロニーを形成する.コロニーから個々の細胞を分離・回収するために,酵素処理が必要である.しかし酵素処理には,細胞に損傷を与えるという問題がある.

図1 従来のマウスES細胞培養方法.増殖した細胞がコロニーを形成する.コロニーから個々の細胞を分離・回収するために,酵素処理が必要である.しかし酵素処理には,細胞に損傷を与えるという問題がある.

図1 従来のマウスES細胞培養方法.増殖した細胞がコロニーを形成する.コロニーから個々の細胞を分離・回収するために,酵素処理が必要である.しかし酵素処理には,細胞に損傷を与えるという問題がある.

図2 今回開発した培養方法でマウスのiPS細胞を培養した結果.
上が従来の培養方法で,マトリクスにゼラチンを使用した.細胞のコロニーができている.下が今回の培養方法で,マトリクスにキメラたんぱく質を使用した.個々の細胞がばらばらに散在している.

図3 今回開発した培養方法の特徴

図3 今回開発した培養方法の特徴