研究

東工大ニュース

新しいメカニズムのHIV感染予防薬

2009.08.28

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

 エイズウイルス(HIV)(用語1)は主に性的接触によって毎年新しく300万人に感染し、エイズによる死亡者は毎年200万人を超える。東京工業大学の竹中章郎(G-COE特任教授)らのグループは、HIV感染を阻止できる新しいタンパク質アクチノヒビンの立体構造とその特異な性質を解明することに成功した。北里大学の田中晴雄教授(現いわき明星大学)と大村智教授らにより発見された放線菌由来のこのタンパク質がHIVの表面に突き出た高マンノース型糖鎖(用語2)に特異的に結合する様子が、生化学的手法と高エネルギー加速器機構の放射光を用いたX線結晶構造解析によって明らかになり(図1)、このタンパク質が糖鎖間に跨って結合することでHIVの細胞への感染を選択的に阻止する仕組みが明らかになった。これにより、安全なHIV感染予防薬の可能性が示され、今後は臨床応用に向けさらなる検討を行っていく予定である。さらに、結合能がより高く、副作用が少なく、抗体をつくらせない耐性HIVに有効な薬剤を目指して開発研究が行われている。
 この研究成果は、いわき明星大学薬学部の田中晴雄教授と北里大学の大村智教授らと竹中章郎教授との共同研究によるもので、2009年8月25日以降に米国科学アカデミー紀要(PNAS, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,http://www.pnas.org/outer)のオンライン版で公開される。

図1 アクチノヒビンは、互いに類似した三つのセグメントからなり、gp120の3本の高マンノース型糖鎖に結合することにより細胞への感染を阻止する

図1 アクチノヒビンは、互いに類似した三つのセグメントからなり、
gp120の3本の高マンノース型糖鎖に結合することにより細胞への感染を阻止する

図2 HIVの増殖過程におけるアクチノヒビンの作用部位

図2 HIVの増殖過程におけるアクチノヒビンの作用部位

研究の背景と意義

 エイズウイルス(HIV)はRNAウイルスであり、変異が非常に速く、しかも感染に関与している外套糖たんぱく質(gp120)は糖鎖で覆われているために、いまだにワクチンの開発の見通しは立っていない。北里大学の田中晴雄と大村智らは自ら開発した探索系を用いて、現在用いられている逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤とは全く異なる作用機構を持つ抗HIVタンパク質アクチノヒビンを発見した。
 アクチノヒビンは、114アミノ酸を含み、38アミノ酸からなる3つのセグメントを有し、抗HIV活性を示すためには3つのセグメントが必要であることがすでに分かっていたが、本研究では、生化学的手法とX線結晶構造解析により、選択的で強い抗HIV活性発現の機構が明らかとなり、HIV感染予防薬としての開発の可能性が示された。

今回の研究内容

 HIVの外套糖たんぱく質であるgp120に結合するレクチン(糖鎖に結合するたんぱく質)は、HIVの細胞への侵入を阻止することができるので、HIV感染予防薬として注目されている。アクチノヒビンは、gp120のマンノース(Man)を多く含む糖鎖(高マンノース型糖鎖)に結合することにより抗HIV活性を示すレクチンの1種である。
 本研究により、Manどうしの結合にはα1,2,α1,3,及びα1,6結合が知られているが、アクチノヒビンはα1,2結合のもののみに作用すること、さらにアクチノヒビンの3つのセグメントにある3つの糖鎖結合ポケットのすべてにgp120の3本の高マンノース糖鎖が結合した場合にのみ強い親和性を示すことが明らかとなった。
 このことが、アクチノヒビンのX線結晶構造解析により示された立体構造からも裏付けられ、強力で選択的なアクチノヒビンの抗HIV活性発現の機構(図1)が明らかとなった。
 また、アクチノヒビンと同様に高マンノース型糖鎖に結合することが知られているシアノビリン-Nとの比較実験から、シアノビリン-Nは1本のみの高マンノース糖鎖を持つ糖たんぱく質にも強く結合するが、アクチノヒビンはほとんど結合しないことが示された。ヒトにはgp120のように多くの高マンノース型糖鎖を持つ糖たんぱく質は知られていないので、多くの高マンノース型糖鎖を持つgp120にのみ結合するアクチノヒビンは、これまでの抗HIV薬とは異なる新しい機構に基づく安全なHIV感染予防薬としての開発が期待される。

今後の研究展開

 さらに高い活性を有する誘導体の作成に成功し、ウサギを用いる膣刺激性試験で安全性が確認されたので、カニクイザルを用いるサルエイズウイルス(SIV)の感染予防試験を計画している。この実験に成功した段階でWHOと共同でHIV感染予防薬としての開発を進める予定である。
 また、現在20数種の抗HIV薬(逆転写酵素阻害薬とプロテアーゼ阻害薬)が用いられているが(図2)、耐性株の出現と副作用の問題を抱えている。薬剤耐性HIV/AIDS症例救済のために、アクチノヒビン誘導体を利用した抗HIV注射薬の開発を目指した研究を進めている。

用語説明

  1. 用語1
    エイズウイルス(HIV)
    免疫不全症候群(エイズ)を発症する原因ウイルスがHIV.現在20数種の薬剤がエイズ発症予防治療に用いられているが、薬剤耐性の出現と副作用の問題を抱えている。
  2. 用語2
    高マンノース型糖鎖
    HIVの外套糖蛋白質gp120の表面に多数存在する糖鎖でCD4陽性細胞への感染に必要である。この糖鎖には8~9個のマンノースが含まれている。

掲載雑誌名、論文名および著者名

Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America (PNAS)
Mechanism by which the lectin actinohivin blocks HIV infection of target cells
(HIVの細胞への感染を阻止するアクチノヒビンのメカニズム)
Haruo Tanaka, Harumi Chiba, Junji Inokoshi, Atsushi Kuno, Takahiro Sugai, Atsushi Takahashi, Yukishige Ito, Masaru Tsunoda, Kaoru Suzuki, Akio Takenaka, Takeshi Sekiguchi, Hideaki Umeyama, Jun Hirabayashi, and Satoshi Omura