研究

東工大ニュース

DNAでつくる"分子ブロック"

2009.08.20

要約

 東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻の村田 智准教授と日本学術振興会の浜田省吾特別研究員は,世界最小の空間分解能を有するDNAナノ構造を作製し,それを基板表面に大規模成長させる技術を開発した。大面積の精密ナノ構造は,その上に各種機能性分子をナノスケール(用語4)の高分解能で配列させるための足場として利用価値が高く,さまざまなナノマテリアルやナノデバイス作製への道が拓かれることが期待される。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

 東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻の村田 智准教授と日本学術振興会の浜田省吾特別研究員は,世界最小の空間分解能を有するDNAナノ構造を作製し,それを基板表面に大規模成長させる技術を開発した。大面積の精密ナノ構造は,その上に各種機能性分子をナノスケール(用語4)の高分解能で配列させるための足場として利用価値が高く,さまざまなナノマテリアルやナノデバイス作製への道が拓かれることが期待される。村田准教授らは 1.DNA分子(用語1)の持つらせんの形状を考察し,2つのらせんを継ぎ手状に接続した「T字分岐構造(図1)」を作製 2.その組み合せによりDNAの「分子ブロック」(モチーフ)をデザインし,これを自己集合(用語2)させて,さまざまなパターンを持つナノ構造(図2)を作製する方法論を確立 3.さらに「基板上成長法(用語3)」により,この構造を基板全面に大規模成長させることにはじめて成功した。これにより,設計どおりの精密なナノ構造を,必要成分を混ぜて加熱後徐冷するだけで得ることができる。
この研究成果は,2009年8月18日付のドイツ化学会誌 アンゲヴァンテ・ケミー・インターナショナル・エディション(Angewandte Chemie International Edition,http://www.angewandte.org/outer)(オンライン版)で公開された。
 なお,本研究は文部科学省科学研究費補助金および三菱財団研究助成の支援により行われた。

図1 DNA分子の2重らせん構造の幾何学的考察により導かれた「T字型分岐構造」(左)。右はその模式図。この分岐構造を組み合せることで,さまざまなナノ構造の構成単位(分子ブロック)となるモチーフをデザインすることができる。

図1 DNA分子の2重らせん構造の幾何学的考察により導かれた「T字型分岐構造」(左)。
右はその模式図。この分岐構造を組み合せることで,
さまざまなナノ構造の構成単位(分子ブロック)となるモチーフをデザインすることができる。

図2 はしご(1,2列目),平面格子(3,4列目),リング(5列目)構造をつくる分子ブロックの設計図と実際の構造。各列がそれぞれひとつの構造に対応する。シンプルな分子ブロックで多彩な構造を作製し,それらを基板上で成長させることにより大規模成長(4,5行目)させることが可能になった。(スケールバー: 行2=10[nm], 行3,4=100[nm], 行5=1[μm])

図2 はしご(1,2列目),平面格子(3,4列目),リング(5列目)構造をつくる分子ブロックの設計図と実際の構造。
各列がそれぞれひとつの構造に対応する。シンプルな分子ブロックで多彩な構造を作製し,
それらを基板上で成長させることにより大規模成長(4,5行目)させることが可能になった。
(スケールバー: 行2=10[nm], 行3,4=100[nm], 行5=1[μm])

研究の背景と意義

 近年,超高密度の電子回路や記憶媒体,高効率・高機能のナノ反応場や分子フィルター,1分子レベルの超高感度センシングなど,革新的なナノマテリアルやナノデバイスの開発が注目を集めている。これらの応用を実現するためには,一定のデザインに沿って,機能性分子の配置を自在かつ精密に操り,これらを大面積で規則正しく配列させる技術が鍵となる。しかし,たくさんの分子をナノメートルの精度で配置することは今もって極めて難しい課題である。分子の自己集合を利用してナノレベルの空間分解能をもつ構造をつくる方法は最も有望なアプローチのひとつであり,特に,DNA分子を素材としてナノ構造を自己集合させ,これを足場として機能分子を選択的に結合させる方法が盛んに研究されている。しかしながら,これまでの方法では,作製可能なDNAナノ構造の配置(並び方)やパターンに制約があり,汎用性のある方法論にはなっていなかった。また,溶液中でDNA分子が自己集合するため,得られるナノ構造のサイズがまちまちであった。
本研究の意義は,さまざまな機能性分子を固定するための足場となるDNAナノ構造を自在に設計し,かつそれを大規模に作成する技術を開発したところにある。

今回の研究内容

 生物の遺伝情報担体として広く知られているDNA分子だが,ここでは単なるナノ構造の素材であり,人工的に合成したものを使用する。近年の化学合成技術の発展により,任意の配列を自在に,しかも安価に合成することができるようになっている。
 このように,あらかじめ設計したDNA配列を自己集合によって組み上げ,複雑なナノ構造を作製する「構造DNAナノテクノロジー」とよばれる分野が,ここ十年ほどの間に急速な発展を遂げている。これまでの構造DNAナノテクでは,ナノ構造のモチーフ(自己集合の単位)として,基本的にクロスオーバー分岐(用語5)と呼ばれる1種類の分岐構造だけが用いられてきた。この分岐をつかって作られるナノ構造は,基本的には平行に並んだDNAの「束」のような外観にその形状が制限されてしまい,例えば孔のあいた平面など,多様な構造を作り出すのには向いていない。さらに,構造に歪みが発生しやすい,空間分解能(構造の最小単位のサイズ)が十分でないなど,いくつかの問題をかかえているため,多様なDNAナノ構造を自在に設計製作できる汎用性のある方法ではなかった。
 今回,我々は,DNA分子の2重らせんの形状を注意深く考察することにより,これまで知られていなかったT字分岐構造(図1)が構成可能であることを見出した。これを利用すればDNAナノ構造のモチーフを簡便な方法でデザインし,従来の方法では作ることのできないパターンやかたちをもつ構造を作製することができる。さらに,T字分岐を利用することで,上に挙げたクロスオーバー分岐を用いたDNAナノ構造の問題が解決できるだけでなく,単純な構造でありながらも,いろいろな組み合せ方ができる,いわば「分子ブロック」の設計が簡単に行えるようになった。
 さらに,基板上での大規模DNAナノ構造作製を,「基板上成長法」により達成した。この方法は,DNA分子のリン酸基が水中では負電荷を帯びていることを利用して,電荷を帯びた基板とDNAの間の静電的な相互作用により,基板の表面で自己集合が起こるようにするものである。これにより,従来の自由溶液中での構造作製とは全く異なる「基板全面を単層で包み込んだ」大規模なDNAナノ構造を得ることができる。
 以上の方法論の有効性を示すために,分子ブロックの具体例として,2種類のはしご状1次元構造物,2種類の格子状2次元構造物,そして閉じたリング状構造物を選び,実際にそれを作製したところ,大規模な成長が確認された。

今後の研究展開

 今回の技術は,汎用性の追求という意味で,自然界にみられるものと同一の構造を持つDNAを使用しているが,化学的な修飾を施すことにより,これにタンパク質,量子ドットやカーボンナノチューブなど,さまざまな機能性分子をつなぐこともできる。さらに自己集合させるDNAの配列により,作製したナノ構造の指定した場所に指定した向きで,特定の機能性分子を取り付ける,などといった高度な配列化も可能である。実際,我々はすでにタンパク質をDNAナノ構造上に並べたアレイの作製にも成功している(未発表)。今回の研究成果により,これまで困難とされていた,機能性分子の精密かつ大規模な配列化が可能になり,さまざまな機能性材料やナノデバイス作製への道が拓かれることが期待される。

用語説明

  1. 用語1
    DNA分子
    糖・リン酸・塩基から構成される核酸。塩基はアデニン(A),グアニン(G),シトシン(C),チミン(T)の4種類からなる。AはTと,CはGとそれぞれ相補的な塩基対となり,水素結合を形成する。それぞれ相補的な配列をもった2本のDNA分子が水素結合を形成することにより,二重らせん構造をとる。複数のDNA配列の相補関係を設計することにより,二重らせんを形成する箇所をあらかじめ指定することもできる。二重らせん自体の直径は2ナノメートル, 長さは1塩基対につき0.34ナノメートル,と塩基の種類によらない標準的な規格化が可能である。
  2. 用語2
    自己集合

    分子間に働く相互的な作用(くっつく,反発する)を利用して「混ぜるだけで,ひとりでに」構造を形成するプロセス。ナノメートルスケールになる分子間の相互作用を自在にデザインすることは一般に難しいとされるが,DNA分子の場合,配列の選択的な相補性でもって相互作用を自由に設計することが可能である。例えば,ACGTT> という配列をもったDNA分子は,相補的な<TGCAAという配列と水素結合して二重らせん構造をつくる(これをハイブリダイゼーションという)。一方で,その他の配列,例えば<GCTTCといった配列とは相補でないためくっつかず,二重らせん構造を形成しない。このような,配列のもつ特異的な相互作用を利用することで,たくさんのDNA分子の自己集合プロセスを制御し,複雑なナノ構造をつくらせることができる。

    自己集合するDNAナノ構造の例.

    自己集合するDNAナノ構造の例.構成要素(分子ブロック)の特異的な接続関係を定義する(それぞれ赤,緑の配列同士が二重らせん構造をつくる)ことで,意図したかたちに自己集合させることができる。

  3. 用語3
    基板上成長
    一般にDNAナノ構造は,すべての種類のDNA分子を一度に試験管内の溶液にまぜあわせ,そのまま徐々に冷やす過程で自己集合する「アニーリング」と呼ばれる方法でつくられる。そのため,構造は自由溶液のなかで浮遊した状態でできあがることになり,それを基板などに吸着させてはじめて観察できるようになる。しかしながらこの場合,溶液中という流動する環境での自己集合,さらに基板へのランダム吸着という点で,一様な大規模構造を得るには極めて難しい条件となっている。今回我々が発明した基板上成長法は,アニーリングの際, DNA分子が静電的に弱く吸着する基板を入れることで,自己集合を基板上の空間に限定し,直接基板の上でDNAナノ構造を成長させるというものである。これによって,基板全面を覆う大規模なDNAナノ構造の自己集合が可能となった。この技術により,高品質の単層のナノ構造を大面積で作製できるため,機能性分子を固定する足場としての応用が極めて容易になる。
  4. 用語4
    ナノメートルのスケール
    1メートルの10億分の1の大きさ.カーボンナノチューブ,DNAなどの分子もこのスケールである。
  5. 用語5
    クロスオーバー分岐

    平行にならんだ二重らせんにおいて,それぞれから一本を折り曲げて反対側の二重らせんへ乗り移らせることによりできる分岐構造(下図参照)。この分岐構造が2つの二重らせんを一点でつなぐ蝶つがい(ジョイント)のような働きをする。多くのDNAナノ構造はこれを組み合わせてさまざまな構造を作製するため,平行に二重らせんが並んだかたちをとることが多い。

    クロスオーバー分岐

掲載雑誌名,論文名および著者名

Angewandte Chemie International Edition (Angew. Chem. Int. Ed.)
Substrate-Assisted Assembly of Interconnected Single Duplex DNA Nanostructures.
Shogo Hamada and Satoshi Murata