研究

東工大ニュース

広帯域電圧制御発振器で世界最高性能を達成

2009.11.17

要約

東京工業大学大学院理工学研究科の松澤昭教授・岡田健一准教授らの研究グループが,従来の10倍以上の周波数可変範囲を持つ電圧制御発振器(用語1)を開発した。位相雑音特性に優れるLC型電圧制御発振器では,通常,最低発振周波数と最高発振周波数の比が2倍程度であった。今回開発した広帯域電圧制御発振器ではLC型電圧制御発振器(VCO: Voltage Controlled Oscillator)と注入同期型周波数分周器を組み合わせることにより,590倍の周波数可変範囲を実現した。90ナノメートル(nm) のシリコンCMOSプロセスを利用して試作した。9.7MHzから5.7GHzの周波数範囲で4相正弦波出力(用語2)が可能である。位相雑音(用語3)の評価指標であるFoMT(用語4)において,世界最高性能であるマイナス210dBc/Hzを達成した。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

東京工業大学大学院理工学研究科の松澤昭教授・岡田健一准教授らの研究グループが,従来の10倍以上の周波数可変範囲を持つ電圧制御発振器(用語1)を開発した。位相雑音特性に優れるLC型電圧制御発振器では,通常,最低発振周波数と最高発振周波数の比が2倍程度であった。今回開発した広帯域電圧制御発振器ではLC型電圧制御発振器(VCO: Voltage Controlled Oscillator)と注入同期型周波数分周器を組み合わせることにより,590倍の周波数可変範囲を実現した。90ナノメートル(nm) のシリコンCMOSプロセスを利用して試作した。9.7MHzから5.7GHzの周波数範囲で4相正弦波出力(用語2)が可能である。位相雑音(用語3)の評価指標であるFoMT(用語4)において,世界最高性能であるマイナス210dBc/Hzを達成した。この成果は16日から台北で開かれる「アジア固体回路国際会議」で18日に発表する。

研究の背景と本成果の意義

東京工業大学大学院理工学研究科の松澤昭教授・岡田健一准教授らの研究グループが,9.7MHzから5.7GHzで発振可能な世界最広帯域LC型電圧制御発振(用語1) を開発した。複数の無線通信規格に対応可能な"マルチスタンダード無線機"に利用できる。
現在携帯電話や無線LANなど,400MHz~5GHz帯で様々な無線規格の方式が実用化されており,ユーザーはそれぞれの規格にあわせた無線機(端末)を持たなければならない。一つの端末で様々な通信規格に対応可能な無線機(端末)への期待が高まっている。無線機(端末)は,一般に400MHz~5GHzのRF帯域の信号処理を行うRF回路と,数十MHzのベースバンド帯域で変復調処理を行う回路から構成される。これまでベースバンドでの変復調信号処理については多数の研究発表があったが,RF回路部分の検討が進んでいなかった。本開発は,様々な通信規格に対応するためのマルチスタンダードRF回路に関わるものである。RF回路は,一般に,発振器,ミキサ(混合器),フィルタ,アンプ(増幅器)から構成されるが,本開発はその構成要素のキーとなる広帯域の発振器を開発したものである。これまでマルチスタンダード無線機が実現できなかったのは,低雑音かつ広帯域な発振信号を得るのが難しかったのが一つの大きな要因である。本回路方式では,ベースバンド帯域からRF帯域までの低雑音な発振信号の出力が可能である。様々な通信規格に対応可能なリコンフィギュラブルRF回路の開発が加速されると期待される。同技術は,ソフトウェア無線やコグニティブ無線の無線送受信用信号源としても利用できる。

発表予定

この成果は,11月16日~18日に台湾の台北市で開催される「2009 IEEE Asian Solid-State Circuits Conference (A-SSCC 2009):2009年IEEE アジア固体回路国際会議」のセッション「Session 2 - RF Synthesizers」で発表する。講演タイトルは「A 9.3MHz to 5.7GHz Tunable LC-based VCO Using a Divide-by-N Injection-Locked Frequency Divider (9.3MHzから5.7GHzまでの発振出力が可能な広帯域LC型電圧制御発振器)」である。11月18日の15時30分から発表を行う。

技術内容

開発した回路では,LC型の電圧制御発振器(VCO)に分周比の切り替えが可能な注入同期型周波数分周器(ILFD: Injection-Locked Frequency Divider)を組み合わせることで,非常に広い周波数範囲での発振を可能とする(図1)。通常のLC型発振器では,発振が可能な最低の周波数から最高の周波数の比が2倍程度であったのに対し,開発した方式では590倍以上の発振範囲を実現した。位相雑音(用語3)の評価指標であるFoMT(用語4)において,-210dBc/Hzの世界最高性能を達成した。
原発振電圧制御発振器(Core VCO)において,最低周波数と最高周波数の比が1.5倍以上になるように周波数可変範囲を設定する。注入同期型周波数分周器は,分周比が1/2‚ 1/3‚ 1/4‚ 1/6に切り替えが可能である。両者を組み合わせると,例えば,Core VCOの発振周波数が8GHz~12GHzであれば,1/2分周時に4GHz~6GHz,1/3分周時に2.67GHz~4GHz,1/4分周時に2GHz~3GHz,1/6分周時に1.33GHz~2GHzの発振信号がILFDから取り出し可能である。1.33GHz~6GHzでの出力信号をさらに1/2カウンタ分周器(Flip-flop Divider)に入力することで,下限で10MHzまでの出力信号を得ることが可能である。
注入同期型周波数分周器(ILFD)としては,直接注入型で2段の差動インバータによる回路方式を開発した(図2)。4相正弦波出力(用語2)が可能であり,ダイレクトコンバージョン型無線機の局部発振信号として利用可能である。

90nm CMOSプロセスにより試作した回路(図3)は,すべての分周比において,良好な位相雑音特性を達成した(図4)。従来報告のあった広帯域電圧制御発振器との性能比較を表1に示す。発振周波数範囲において,最低発振周波数と最高発振周波数の比が590倍であり,従来の10倍以上の性能である。また,周波数可変範囲を加味した位相雑音(用語3)の評価指標であるFoMT(用語4)において,-210dBc/Hzの世界最高性能を達成した。
文献[1]の回路方式では,ミキサを使うことにより,原発振VCOに必要な周波数可変範囲を1.5倍に縮めているが,ミキサによるスプリアス発生が問題である。また,4相出力のQVCOを原発振VCOとして用いているため,位相雑音が劣化している。
文献[2]の回路方式では,原発振VCOを2つ用いることにより,広い周波数範囲を維持しているが,オンチップインダクタの面積が支配的であり,回路面積が大きいのが難点である。
本開発方式では,ミキサの代わりに注入同期型周波数分周器(ILFD)を用いることで,スプリアスの問題を解決している。また,大面積なオンチップトランスが2個必要な文献[1]の回路方式や,同じく大面積なオンチップインダクタが2個必要な文献[2]の回路方式と比較すると,本方式ではオンチップインダクタは1個で済むため,従来方式に比べると1/4以下の小面積で実現可能である。

用語説明

  1. 用語1
    電圧制御発振器(VCO)
    電圧制御発振器(Voltage Controlled Oscillator: VCO)は,入力した電圧に応じた発振周波数の信号を発生される回路である。ディジタル回路のクロック生成や無線機の基準信号を発生させるための中核となる回路である。VCOにはリング型とLC型があり,リング型は低消費電力で動作する反面,位相雑音特性(用語2)が悪い。特に低電源電圧環境では位相雑音特性が悪化しやすいため,位相雑音特性の良好なLC型の利用が必要である。
  2. 用語2
    4相正弦波
    通常用いられる差動型発振器には,出力が2端子あり,それぞれ0度と180度の位相を持つ正弦波が出力される。一方で,無線通信機には4相の正弦波が必要であり,0度,90度,180度,270度に位相のずれた4つの正弦波が必要である。2つの差動型発振器を組み合わせる方法や,原発振を2倍の周波数とし,周波数分周器を用いて4位相を発生させる方法などが用いられる。
  3. 用語3
    位相雑音
    発振器の重要な特性の一つ。必要な周波数の信号に対し,どれだけ不要な周波数のスペクトルを持つかを表す。一般に,位相雑音特性は電力や発振周波数帯に依存するため,それらについて正規化した位相雑音であるFoMTにより評価される。
  4. 用語4
    FoMT

    FoMT(Figure of Merit for Tuning-range)は発振器の良さを表すために広く用いられている評価指標である。発振器の位相雑音は,発振周波数が低くなるほど,また,離調周波数が大きくなるほど改善する。また,消費電力を大きくし,信号振幅を大きくすれば,位相雑音の改善が可能である。広帯域の発振器を評価するためには,さらに周波数可変範囲も考慮する必要がある。周波数可変範囲が広いほど位相雑音が劣化する。これらの影響を差し引いて位相雑音を比較するために,FoMTが用いられる。FoMTは下記の式により定義される。

    FoMT = 位相雑音 - 20log10(発振周波数/離調周波数*周波数可変範囲/10)
    + 10log10(消費電力[mW])

    異なる周波数・消費電力,また,異なる回路での性能を比較することができる。FoMTは低いほど良い。LC共振器のQ値が10の場合のFoMTの理論限界はマイナス212dBc/Hzであり,この値に近いほど良い。

論文タイトル

A 9.3MHz to 5.7GHz Tunable LC-based VCO Using a Divide-by-N Injection-Locked Frequency Divider
(9.3MHzから5.7GHzまでの発振出力が可能な広帯域LC型電圧制御発振器)

著者

Shoichi Hara (原 翔一:修士課程学生 [登壇者])‚ Kenichi Okada (岡田健一:准教授)‚ Akira Matsuzawa (松澤 昭:教授)

会議公開情報

http://www.a-sscc.org/

Session 2-6
A 9.3MHz to 5.7 GHz Tunable LC-based VCO Using a Divide-by-N Injection-Locked Frequency Divider

Abstract
This paper proposes a novel wideband voltage controlled oscillator (VCO) for multi-band transceivers. The proposed oscillator has a core VCO and a tuning-range extension circuit‚ which consists of an injection-locked frequency divider (ILFD) and flip-flop dividers. The 2-stage differential ILFD can generate quadrature outputs‚ and it realizes 2‚ 3‚ 4‚ and 6 of divide ratio with very wide output frequency range. The proposed circuit is implemented by using a 90nm CMOS process‚ and the chip area is 250 μm x 200 μm. The measured result achieves 9.3 MHz-to-5.7 GHz (199 %) of continuous frequency tuning range with -210 dBc/Hz of FoMT.

図1: 提案回路構成

図1: 提案回路構成

図2:提案発振器の詳細回路図 LC電圧制御発振器(LC-VCO)と差動型注入式周波数分周器(ILFD)により実現

図2:提案発振器の詳細回路図
LC電圧制御発振器(LC-VCO)と差動型注入式周波数分周器(ILFD)により実現

  • 図3:チップ写真 (90nm CMOSプロセスにより製造)

    図3:チップ写真
    (90nm CMOSプロセスにより製造)

  • 図4:位相雑音の実測特性

    図4:位相雑音の実測特性

表1:従来報告のあった広帯域電圧制御発振器(VCO)との性能比較 (従来広帯域VCOと比較し,10倍以上の広帯域化を実現)

表1:従来報告のあった広帯域電圧制御発振器(VCO)との性能比較
(従来広帯域VCOと比較し,10倍以上の広帯域化を実現)

[1]
B. Razavi, "Multi-Decade Carrier Generation for Cognitive Radios," IEEE Symposium on VLSI Circuits, pp. 120-121, June 2009.
[2]
P. Nuzzo, K. Vengattaramanem M. Ingels, V. Giannini, M. Steyaert, and J. Craninckx, "A 0.1-0.5GHz Dual-VCO Software-Defined ΣΔFrequency Synthesizer in 45nm Digital CMOS," IEEE RFIC Symposium, pp. 321-324, June 2009.