研究

東工大ニュース

牛乳房炎のファージセラピー

2009.12.02

要約

 牛乳房炎は細菌が搾乳時に乳牛の乳頭から感染し、乳腺組織に炎症を生じる疾患である。乳房炎罹患牛は搾乳が出来ないばかりか、治療が難しいケースでは廃牛となる。一般的治療法は抗生物質の投与である。一方、家畜に対する抗生物質の頻用によりMRSA(用語1)のような多剤耐性菌の出現が危惧され、家畜に対する抗生物質使用量削減が求められている。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

 牛乳房炎は細菌が搾乳時に乳牛の乳頭から感染し、乳腺組織に炎症を生じる疾患である。乳房炎罹患牛は搾乳が出来ないばかりか、治療が難しいケースでは廃牛となる。一般的治療法は抗生物質の投与である。一方、家畜に対する抗生物質の頻用によりMRSA(用語1)のような多剤耐性菌の出現が危惧され、家畜に対する抗生物質使用量削減が求められている。
 本研究はバクテリアに感染するウイルス(バクテリオファージ、用語2)により乳房炎起因黄色ブドウ球菌を制御する試みであり、ファージによる感染症の治療(ファージセラピー)を目指している。罹患牛乳汁から黄色ブドウ球菌を単離し、さらに同細菌に感染するファージを下水流入水から単離した。単離した黄色ブドウ球菌とそのファージはそれぞれ約50種に上る。単離したファージの中から特に溶菌活性が高く、多くの黄色ブドウ球菌に感染する2種(?SA012、?SA039:図1)を選び、マウスにおいて発症させたモデル乳房炎に投与したところ、ファージを投与しない対照マウスでは乳腺組織が破壊され腹膜まで炎症が生じたのに対し、ファージ投与群では黄色ブドウ球菌の増殖を抑え、乳腺組織も正常のままであった(図2)。  この研究成果は、酪農学園大学、大阪大学、(株)和光純薬との共同研究によるもので、2009年7月にAEM(Applied and Environmental Microbiology)に公開され、特許出願(特願2009-183082号)された。

研究の背景と意義

日本における抗生物質の使用量は年間2210トン(2003年)であり、その内ヒト医薬用が520トン(24%)、家畜用1060トン(48%)、養殖魚用230トン(10%)、農業用400トン(18%)である。いかに大量の抗生物質が家畜に投入されているかが分る。家畜感染症の多くは人畜共通の病原菌に起因する。日本では年間約2万人もの「抗生物質耐性菌」感染による死者が出ており、今後その数はさらに増えると思われる。このような背景から世界保健機構(WHO)は家畜への抗生物質過剰使用を控えるよう警告している。一方で、抗生物質に代わる有効な治療法が無いのが現状である。本研究はバクテリアに感染するウイルス(バクテリオファージ)によって乳房炎起因細菌の中で最も重篤な症状を起こす黄色ブドウ球菌を制御する試みであり、ファージによる治療、つまりファージセラピーを実現するための基礎研究に位置づけられる。

今回の研究内容

本研究は東工大に加え、酪農学園大学、大阪大学、(株)和光純薬の共同で進められている。酪農学園大学から提供された乳房炎罹患牛の乳汁から乳房炎起因黄色ブドウ球菌を約50種単離した。その中の15種はコアグラーゼ(用語3)産生能、および溶血能ともに持っていた。15種の病原性黄色ブドウ球菌を使用し、これらに感染するファージを都市下水流入水から約50種単離し、それぞれの特性を解析した。その中から特に黄色ブドウ球菌の溶菌活性が高い2種(ΦSA012、ΦSA039:図1)を選択した。2種のファージはMyoviridaeに属し、ΦSA039は15種の黄色ブドウ球菌の内の13種(87%)に、ΦSA012は8種(53%)に感染性を示した。単一のファージを黄色ブドウ球菌に感染させると多くの場合ファージ耐性菌が出現する。しかし、2種のファージを同時に投与するとファージ耐性菌出現を押さえることができた。ファージセラピーの可能性を実証するために、マウス乳腺組織に微小ニードルを用い黄色ブドウ球菌を投与し、人工的に乳房炎を発症させた(図2)。投与した黄色ブドウ球菌(105 CFU)はマウス乳腺内で増殖し、切断組織内濃度は投与2日後に1010 CFU/gに達し、乳腺組織の炎症が腹膜まで達した。一方、黄色ブドウ球菌投与直後にΦSA039ファージ(10PFU)を投与した群では投与2日後に黄色ブドウ球菌濃度が107 CFU/gに達しが、4日後には104 CFU/gに減少し、乳腺組織の炎症は認められなかった。

今後の研究展開

 乳房炎モデルマウスを用いたデータを蓄積し、ファージの投与方法、およびファージカクテル(複数のファージを組み合わせた混合液)の最適化を図る。次に乳房炎モデル乳牛を用い、ファージセラピーの可能性と問題点を明らかにする。家畜への臨床適応を図るには、罹患乳牛を用いた実証データの蓄積が必須となる。このような実証の場を提供することができる共同研究相手を探している。

用語説明

  1. 用語1
    MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)
    抗生物質メチシリンに対する薬剤耐性を獲得した黄色ブドウ球菌。実際は多くの抗生物質に耐性を示す多剤耐性菌である。
  2. 用語2
    バクテリオファージ(Bacteriophage)
    バクテリアに感染するウイルスを指し、自然界に普遍に存在する。溶菌性を持ったファージは感染後期に宿主バクテリアを溶菌するため、特定のバクテリアを殺菌する目的に使用することができる。
  3. 用語3
    コアグラーゼ(Coagulase)
    黄色ブドウ球菌の菌体外酵素の1つであり、血漿凝固作用を有する。血漿凝固作用はフィブリノゲンをフィブリンに変化させることに起因し、黄色ブドウ球菌は凝固した血漿で菌体を包むことにより宿主側の免疫反応を回避する。

掲載雑誌名、論文名および著者名

A. J. Synnott‚ Y. Kuang‚ M. Kurimoto‚ K. Yamamichi‚ H. Iwano. Y Tanji. Isolation from sewage influent and characterization of novel Staphylococcus aureus bacteriophages with wide host range and potent lytic capability. Apple. Env. Microbiol‚ 75, 4283-4490 (2009) 特許出願(特願2009-183082号)

研究支援

日本学術振興会 科学研究費補助 基盤研究(B) 統括責任者 丹治保典  分担研究者 宮永一彦

図1 黄色ブドウ球菌特異的バクテリオファージ(ΦSA012、ΦSA039)の透過型電子顕微鏡像。バー:100nm

図1 黄色ブドウ球菌特異的バクテリオファージ(ΦSA012、ΦSA039)の透過型電子顕微鏡像。バー:100nm

図2 マウスの乳腺組織

図2 マウスの乳腺組織
A:正常マウスの乳腺組織
B:黄色ブドウ球菌投与マウスの組織切片(乳腺組織の破壊)
C:黄色ブドウ球菌投与後にファージを投与した際の組織切片(正常乳腺組織の観察)