研究

東工大ニュース

燃料電池や酸素透過膜におけるイオンの動きを可視化

2010.01.25

要約

 東京工業大学大学院総合理工学研究科の八島正知准教授と九州大学大学院工学研究院の石原達己教授らは共同で,ガリウム,ランタンと銅を適当量含むプラセオジム・ニッケル酸化物の結晶中にある特定の二次元面の中を,酸素イオンが動き回っている様子をとらえることに成功した。プラセオジム・ニッケル酸化物を高温に熱し,酸素イオンが活発に動き回る状態を安定に作り出したうえで,中性子線を照射し,物質と中性子が相互作用することで現れる信号を情報理論に基づいて解析することにより,酸素イオンの空間分布を決定した。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

東京工業大学大学院総合理工学研究科の八島正知准教授と九州大学大学院工学研究院の石原達己教授らは共同で,ガリウム,ランタンと銅を適当量含むプラセオ ジム・ニッケル酸化物の結晶中にある特定の二次元面の中を,酸素イオンが動き回っている様子をとらえることに成功した。プラセオジム・ニッケル酸化物を高 温に熱し,酸素イオンが活発に動き回る状態を安定に作り出したうえで,中性子線を照射し,物質と中性子が相互作用することで現れる信号を情報理論に基づい て解析することにより,酸素イオンの空間分布を決定した。
 従来の材料とは異なり,格子の隙間に存在する酸素イオンO3と二次元の酸素イオン拡散経路により酸素透過率が非常に高くなることをつきとめた(図1)。プラセオジム・ニッケル酸化物の活性化エネルギー(図2)が低いことを,酸素イオンの空間分布から実証しました。プラセオジム・ニッケル酸化物に限らず,イオンの空間分布から活性化エネルギーを決めた初めての例でもあり,今後,この手法が様々な材料開発に役立つものと期待されます。
 本研究では,現在の固体酸化物形燃料電池の空気極やメンブレン反応器(膜を使った反応器)の酸素透過膜に採用されているペロブスカイト型酸化物に比べて,プラセオジム・ニッケル酸化物が高い酸素透過率を示すこと(図3),ホール電子伝導性を示すことも明らかにした。したがってプラセオジム・ニッケル酸化物は優れた混合伝導体であり,固体酸化物形燃料電池(SOFC)の電極やメンブレン反応器の酸素透過膜として有望であることが実証された。この研究成果はK2NiF4型混合伝導体のデザインに役立ち,メンブレン反応器およびSOFCの性能向上,研究開発のスピードを加速することが期待されます。本研究成果は米国化学会が出版している国際的な学術誌「Journal of the American Chemical Society (ジャーナルオブアメリカンケミカルソサエティ)誌」(注)に掲載される。

下線用語は別紙用語の説明参照

(注)
Journal of the American Chemical
Societyは,化学や材料全般を扱う世界最高(速報誌を除く)の学術雑誌であり,最新のインパクトファクターは8.091である。多くの最先端の研究成果が投稿されるが,掲載はインパクトが高い成果に限られている。

ポイント

1.
高温のプラセオジム・ニッケル複合酸化物(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δ中で酸素イオンが動き回る様子を可視化。その温度依存性(図1, 図2b)から活性化エネルギーを初めて決定した(図2c)。活性化エネルギーは非常に低く,優れた酸素透過性の要因となっていることが分かった。
2.
このプラセオジム・ニッケル複合酸化物 が非常に高い酸素透過率(図3)と電子伝導性を示すことが分かった。したがってプラセオジム・ニッケル複合酸化物は優れた混合伝導体であり,固体酸化物形燃料電池(SOFC)の電極およびメンブレン反応器の酸素透過膜として有望ある。
3.
プラセオジム・ニッケル酸化物の結晶構造は酸素イオン拡散層と,ニッケル(Ni)と銅(Cu)からなる電子伝導層が積み重なっていることが分 かった(図4,5)。この知識は混合伝導体の構造デザインに役立ち,SOFCおよびメンブレン反応器の性能向上と研究開発の加速に威力を発揮する。

研究の背景と経緯、意義

 イオンと電子を両方とも伝導する材料を,混合伝導体と呼ぶ。セラミックス系混合伝導体はSOFCの電極や酸素分離膜として利用できるため,その開発は,エネルギー問題や環境問題の解決にとって重要とされる。
酸素分離膜はメタンの高度利用のための化学変換技術の鍵となっている。プラセオジム・ニッケル系酸化物は九大の石原教授らにより,メタンを部分酸化する酸 素分離膜として研究されてきた。またSOFCの発電効率を向上させるためには優れた電極の開発が重要になっている。一方,東工大の八島准教授らにより, 種々の混合伝導体の結晶構造とイオンの拡散経路の研究が進められてきた。
酸素分離膜およびSOFCの電極の最も重要な特性は,その酸素透過性にある。プラセオジム・ニッケル系酸化物の中でも化学組成(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δは優れた酸素透過性を示すことから,その構造的要因の解明が求められていた。今回の研究成果により優れた酸素透過性の謎を解くことができた。

本研究の取組みと成果

 本研究では,酸素透過性と熱安定性に優れたランタン,銅およびガリウムを添加したプラセオジム・ニッケル酸化物を試料に用い,高温中性子回折によ りデータを収集し,構造解析を実施した。測定用試料の作製と酸素透過率および電気伝導度の測定は九大石原研究室が行い,高温中性子回折測定,放射光X線回 折測定と第一原理計算は東工大の八島研究室が行った。X線の代わりに中性子を用いることで,電子による擾乱を避けて,原子核の分布を捉えることに成功し た。また,測定試料を高温に保持したままで測定できる高温加熱装置を利用し,もともと酸素イオン伝導度が高い材料を最高1016℃という高温で測定したの で,常温ではわからないイオンの分布を鮮明に捉えることができた。
 得られた高温中性子回折データを八島研究室で結晶構造解析法の一つであるリートベルト法,情報理論に基づく最大エントロピー法全パターンフィッティングを組み合わせたMPF法(MEM-based Pattern Fitting method)により解析し,結晶構造内の酸素イオンの複雑な三次元分布を導き出すとともに,酸素イオンの分布状態を可視化することに成功した。
 その結果,酸素イオンは結晶構造内で,二次元の連続的に広い範囲に渡って分布していることが判明し,酸化物イオンの拡散経路を明らかにすることができた。可視化された酸素イオンO2-の拡散経路は図1のO2-O3-O2のように曲がりくねってab面内を2次元的に移動することがわかった。O3酸素原子は過剰な酸素原子で(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δ のδ = 0.15に相当している。O2酸素原子は円盤状の大きな異方性を示す。円盤状のO2酸素原子と格子間のO3酸素原子が高い酸素透過性のポイントであることがわかった。
 さらに,温度を変えた実験も行い,温度依存性のデータも収集。図1に示すように,低い温度では局在していた酸化物イオンが温度の上昇とともに拡がっ て,O2-O3-O2のように連結して移動しやすくなることを突き止めた。これは酸素透過性が温度上昇とともに向上する(図2a)原因になっている。

 本研究では,さらに新しい取り組みとして,酸素イオンの拡散経路の上の最小核密度(図1の+)の温度依存性(図2b)から,酸素が移動するために必要な 活性化エネルギーを見積もった(図2c)。この活性化エネルギーは,酸素透過率の温度依存性(図2a)から求めた活性化エネルギーと同様に,温度上昇とと もに減少することがわかった(図2c)。両方の活性化エネルギーが非常に低いことが,高い酸素透過率の原因となっている。

 本研究では,中性子回折だけではなく,放射光X線回折および第一原理計算を利用することにより,プラセオジム・ニッケル複合酸化物は,酸素イオン拡散層 と,NiとCuからなる電子伝導層が積み重なっていることがわかった(図4,5)。この特徴的な構造が,プラセオジム・ニッケル複合酸化物を大きな酸素透 過率と電子伝導性を兼ね備えた,優れた混合伝導体にしており,今後この知識が新しい混合伝導体の設計に役立つものと考えられる。

 なお,中性子回折測定には,日本原子力研究開発機構・東海研究開発センター・原子力科学研究所の研究用原子炉JRR-3Mに設置されている東北大学・金 属材料研究所の中性子回折装置(HERMES,装置責任者:大山研司准教授)を利用した。試料を加熱した状態で測定する際には,東工大の八島准教授らと東 北大の山口泰男名誉教授らが共同開発した高温加熱装置(最高使用温度1600℃)を用いた。また,放射光回折測定には,高エネルギー加速器研究機構・物質 構造科学研究所・放射光科学研究施設に設置された多連装粉末回折計(装置担当者:井田隆准教授・中尾朗子助教)を利用した。

 今後は,この研究成果を活用してK2NIF4型混合伝導体を開発することにしている。また,メンブレン反応器と燃料電池用途ばかりでなく,さまざまな機能材料および構造材料の最適設計に,本構造解析法を応用して役立てる予定だ。

図1:本研究の中性子回折実験により明らかにした,プラセオジム・ニッケル酸化物

図1:本研究の中性子回折実験により明らかにした,プラセオジム・ニッケル酸化物(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δの 核密度分布。27℃(a)ではO2とO3に局在している酸素イオンが温度上昇につれて広がり,O2-O3-O2間の酸素イオンの存在確率が増加して O2→O3→O2のように二次元面上を動く様子がわかる。温度が高くなるにつれて,O2とO3の間の最小密度(図の+の位置)が増加する。

図2:プラセオジム・ニッケル複合酸化物

図2:プラセオジム・ニッケル複合酸化物(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δに おける,(a) 酸素透過率のアレニウスプロット,(b)酸素イオンの拡散経路上における最小核密度のアレニウスプロット,(c) 酸素透過率の温度依存性(a)から見積もった活性化エネルギー(青丸)と最小核密度の温度依存性(b)から見積もった活性化エネルギー(赤い三角)。高温 に保持したプラセオジム・ニッケル複合酸化物(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δ中で酸素イオンが動き回る様子を可視化。酸素イオンの拡散経路上における最小核密度のアレニウスプロット(b)から活性化エネルギーを初めて決定した(c)。活性化エネルギーは非常に低く,優れた酸素透過性の要因となっていることがわかる。

図3:本研究において,プラセオジム・ニッケル酸化物

図3:本研究において,
プラセオジム・ニッケル酸化物(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)
O4+δ(赤線)が,従来の混合伝導体に比べて高い酸素透過率を有することがわかった。
酸素透過率が非常に高く,電子伝導性を示すので,SOFCの電極および酸素透過膜として有望である。

図4:本研究で明らかにした,(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δの室温における

図4:本研究で明らかにした,(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δの室温における(a)中性子回折実験で決めた核密度分布図,(b)放射光回折実験で決めた電子密度分布図,(c)密度汎関数理論計算により決めた価電子密度分布図。プラセオジム・ニッケル複合酸化物(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δは,酸素イオン拡散層と,NiとCuからなる電子伝導層が積み重なっていることがわかった(図4,5)。これは混合伝導体の構造デザインに役立ち,SOFCおよびメンブレン反応器の性能向上と研究開発を加速する。

図5:本研究において量子力学に基づいた第一原理計算により明らかにした,(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δの(a)エネルギーが最適化された原子レベルの構造と,この構造についての最高被占有軌道(HOMO)の等電子密度面。

図5:本研究において量子力学に基づいた第一原理計算により明らかにした,(Pr0.9La0.1)2(Ni0.74Cu0.21Ga0.05)O4+δの(a)エネルギーが最適化された原子レベルの構造と,この構造についての最高被占有軌道(HOMO)の等電子密度面。