研究

東工大ニュース

サリドマイドが奇形を引き起こす機構を発見

2010.03.12

要約

東京工業大学統合研究院の半田宏教授と伊藤拓水研究員,安藤秀樹特任助教らは,東北大学加齢医学研究所の小椋利彦教授らと共同で,サリドマイドの服用が胎児に奇形を引き起こす(催奇性,用語1)メカニズムを分子レベルで明らかにした。加えて,このメカニズムを人為的に妨げると,サリドマイドによる奇形がほとんどみられなくなることを,ゼブラフィッシュとニワトリを用いた動物実験で確かめた。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

  • 高機能性磁性微粒子を用いてサリドマイド標的因子を単離・特定
  • サリドマイドの催奇性を防ぐことに,動物実験レベルで成功
  • 催奇性のないサリドマイド型次世代新薬の開発に道を開く

概要

東京工業大学統合研究院の半田宏教授と伊藤拓水研究員,安藤秀樹特任助教らは,東北大学加齢医学研究所の小椋利彦教授らと共同で,サリドマイドの服用が胎児 に奇形を引き起こす(催奇性,用語1)メカニズムを分子レベルで明らかにした。加えて,このメカニズムを人為的に妨げると,サリドマイドによる奇形がほと んどみられなくなることを,ゼブラフィッシュとニワトリを用いた動物実験で確かめた。
半田教授らが開発した「高機能性磁性微粒子」を用い,伊藤研 究員,安藤助教らはサリドマイドが作用する分子(細胞内標的分子)がセレブロン(Cereblon,CRBN)というタンパク質であることを突き止めた。 今回の研究から,セレブロンはタンパク質分解に関わる酵素(用語2)の構成因子であり,胎児の四肢の形成に重要な役割を果たしていること,サリドマイドは この酵素の働きを阻害することで四肢の形成を阻害していることを明らかにした。さらに,サリドマイドが結合しないように改変したセレブロンの遺伝子を導入 したゼブラフィッシュとニワトリはサリドマイドに耐性を示すことを実証した。
今回の成果は,サリドマイド禍以来,半世紀にわたって謎だった催奇性 の分子機構を明らかにしたという点で画期的である。この研究は高機能性磁性微粒子の開発,分子レベルの機構解析,動物実験といった異分野技術の統合により はじめて達成された。サリドマイドの催奇性を防ぐ方法はただちに人に応用できるものではないが,その知見は催奇性のないサリドマイド型次世代新薬の開発に 道を開くものである。
この成果は12日発行の米科学誌「サイエンス」に掲載される。

解説

研究の背景

サリドマイドは1950年代に旧西ドイツの製薬会社によって鎮静剤として開発され,40カ国以上で販売された。しか し,1960年代初頭に催奇性を有していることが判明し,販売停止となった。妊娠3~8週目の女性がサリドマイドを服用すると,胎児が四肢の短縮(アザラ シ肢症として知られる)などの発達異常を引き起こすことが判明したのである。
このような奇形をもって産まれたサリドマイド児は全世界で1万人を超えるといわれている。半世紀にわたる研究にも関わらず,サリドマイドの催奇性の分子機構は不明であり,サリドマイドが結合して作用する細胞内標的分子も特定されていなかった。

このように重大な薬害を残して市場から撤退したサリドマイドは,近年再び脚光を集めている。ハンセン病(らい病)の一種(癩性結節性紅斑,用語3)や多発性 骨髄腫(用語4)といった難病に対して優れた治療効果を示すことが明らかとなったからである。米国の食品医薬品局は1998年,ハンセン病の治療薬として サリドマイドを認可し,2006年には多発性骨髄腫の治療薬としても認可した。我が国の厚生労働省も2005年,藤本製薬に対してサリドマイドの臨床試験 を許可し,2008年に多発性骨髄腫の治療薬として承認した。
しかし,サリドマイドの催奇性の問題自体は何も解決しておらず,処方された薬が妊婦 に誤飲される可能性がある。実際,ハンセン病の患者が多く,サリドマイドの入手が容易な南米などでは,今世紀に入っても依然としてサリドマイド児が誕生し ている。優れた薬効をもつサリドマイドの適用範囲が,より患者数の多い疾患へと拡大されるためには,催奇性の問題が大きな障害になっているといえる。もし サリドマイドの催奇性を消し去ることができれば,すべての人に安全にサリドマイドを投与することが可能であり,その意義は計り知れない。

催奇性のない新薬を開発する上で,サリドマイドの作用機構,特に細胞内標的分子を明らかにすることが欠かせない。東工大の半田教授のグループは以前より, 薬剤の作用機構を解明する新たな手法として,細胞内標的分子のアフィニティ精製法(用語5)を開発してきた。これは,独自に開発された高機能性磁性微粒子 (FGビーズ)に薬剤を固定化し,このアフィニティ担体を用いて,細胞溶解液から薬剤標的タンパク質を迅速に回収・精製する方法である(図1)。

本研究で得られた結果・知見

今回,伊藤研究員,安藤助教らはこの高機能性磁性微粒子を用いて,サリドマイドの細胞内標的分子がセレブロンというタンパク質であることを明らかにした。つまり,サリドマイドがセレブロンの機能を阻害することによって,胎児の奇形を引き起こすことを証明した。
  アフィンティ精製法の結果,セレブロンというタンパク質がサリドマイドに特異的に結合することが判明した。解析の結果,セレブロンはタンパク質分解に関わ る酵素複合体(ユビキチンリガーゼ,用語2)の構成因子であることが判明した。さらに,サリドマイドはセレブロンに結合して,酵素の活性を阻害することが 判明した。
サリドマイドとセレブロンの関係を動物個体で調べるため,半田教授らのグループはまず魚類のゼブラフィッシュを用いた。ゼブラフィッ シュの受精卵にサリドマイドを投与したところ,胸びれや耳包の発達が未熟な稚魚が育った。サリドマイド児の典型的な特徴としてアザラシ肢症(四肢の短縮) や無肢症(四肢の欠失)のほかに,小耳症や無耳症がある。したがって,サリドマイドは人とゼブラフィッシュに同じ発達異常を引き起こしたといえる。なお, 魚の胸びれ,鳥の羽根(後述),哺乳類の前肢は進化的な起源が同じである。
次に,ゼブラフィッシュにおけるセレブロンのタンパク質「発現」をアン チセンス法(用語6)により阻害し,セレブロンの働きを抑えたところ,サリドマイドと投与したときと同じく,胸びれや耳包の発達異常が認めされた。この実 験結果は,サリドマイドがセレブロンの働きを阻害することで催奇性を引き起こしている,という仮説と一致するものである。

次に,以下のような巧妙な実験を行なった。セレブロンのサリドマイド結合部位に変異を導入し,人為的にサリドマイドと結合できなくしたセレブロン(ただ し,セレブロン本来の酵素としての働きは保持したもの)をゼブラフィッシュに遺伝子導入した。サリドマイドが本当にセレブロンを介して催奇性を発揮してい るならば,この遺伝子導入によってゼブラフィッシュはサリドマイドに対して耐性になるはずである。実験の結果,サリドマイド非結合型のセレブロンを発現す るゼブラフィッシュでは確かに,サリドマイドによる奇形の誘導が著しく緩和されていた(図2左)。このことから,上記の仮説が証明された。
さらに,四肢の構造が哺乳類により近いニワトリを用いて,同様の実験を行った。ニワトリの翼を構成する上腕骨・尺骨・トウ骨などは哺乳類の上肢と酷似している ことが知られている。この実験は,東北大の小椋教授らのグループが担当した。ニワトリはサリドマイドの実験にしばしば用いられており,鶏卵にサリドマイド を注入すると翼の欠損が引き起こされることが知られている(図2右)。サリドマイド非結合型のセレブロンを遺伝子導入したニワトリでは,サリドマイドによ る奇形の誘導が著しく緩和されていた(図2右)。
以上の結果から,セレブロンは胎児期における前肢などの発達に重要であることが判明した。そし て,サリドマイドはセレブロンに結合し,その酵素活性を阻害することによって,奇形を誘導していることが判明した。サリドマイド禍以来半世紀にわたる謎で あった催奇性の主要な原因が,ここに明らかとなった。

研究の今後の展開・波及効果

半世紀にわたる謎であったサリドマイドの催 奇性の分子機構を明らかにしたことは,基礎医学的に重要なブレークスルーであるばかりでなく,臨床医学的にもきわめて有意義である。なぜなら,サリドマイ ドの催奇性の標的分子が判明すれば,サリドマイドと標的分子の結合を何らかの方法で阻止して,催奇性を消し去ることが可能だからである。
実際,本 研究で示したように,サリドマイド非結合型のセレブロンをゼブラフィッシュやニワトリの胚に遺伝子導入することで,サリドマイドの催奇性を緩和することが できた。ただし,この方法をそのまま人に適用することはできない。人の初期胚に遺伝子導入するなどということは,少なくとも現時点で法的・倫理的に許され ないからである。
しかし,サリドマイドとセレブロンの結合を阻害する低分子化合物を開発することができれば,その化合物によって改変型セレブロン の機能を代替でき,その化合物を併用することでサリドマイドの催奇性を予防できるだろう。あるいは「合理的な医薬品設計」が製薬業界ではさかんなので,そ うした手法を用いて,セレブロンに結合しないサリドマイド類似体を設計し,次世代新薬として開発することも検討に値する。これらは,サリドマイドの標的分 子が判明したからこそ,可能なことである。

用語説明

  1. 1.
    催奇性
    胎児に奇形を引き起こす作用。
  2. 2.
    タンパク質分解に関わる酵素
    老廃物は廃棄しないと弊害があ るように,タンパク質も合成されて機能を果たしたあとは,分解される必要がある。タンパク質分解には多数の酵素が関わっており,セレブロンが関与する酵素 はユビキチンリガーゼと呼ばれる。ユビキチンリガーゼは,分解されるべきタンパク質に,分解の目印となるユビキチンという「荷札」を付ける役割を果たしている。
  3. 3.
    癩性結節性紅斑
    ハンセン病の一種であり,四肢に耐えがたい痛みを伴う瘤(こぶ)を生じ,神経や関節に炎症を引き起こす。
  4. 4.
    多発性骨髄腫
    血液がんの一種。骨髄で抗体を産生する形質細胞ががん化することにより生じる。難病であり,平均生存期間は3~4年程度と短い。
  5. 5.
    アフィニティ精製法
    鍵と鍵穴に例えられるような生体分子間の特異的結合の親和力(アフィニティ)を利用して,目的因子を分離・精製する手法。
  6. 6.
    アンチセンス法
    特定のタンパク質の発現を抑制する遺伝子操作技術。

本事業の発表先と発表日

Science誌 2010/03/12
論文タイトル"Identification of a primary target of thalidomide teratogenicity"
著者 T. Ito‚ H. Ando‚ T. Suzuki‚ T. Ogura‚ K. Hotta‚ Y. Imamura‚ Y. Yamaguchi. H. Handa.

図1高機能性磁性微粒子(FGビーズ)

図1高機能性磁性微粒子(FGビーズ)。フェライト のナノ結晶が有機高分子(スチレンとグリシジルメタクリレートなど)で被覆された,直径約200ナノメートル(ナノは10億分の1)のナノ粒子。この粒子 に薬剤を化学反応によって固定化し,薬剤標的ライブラリーの中から薬剤表的因子を選び出してくる。

図2.サリドマイド非結合性のセレブロンの遺伝子導 入によってサリドマイドの催奇性は抑えられる。

図2.サリドマイド非結合性のセレブロンの遺伝子導入によってサリドマイドの催奇性は抑えられる。(左)通常のゼブラフィッシュ受精卵にサリドマイドを投与すると,胸びれの発達が著しく阻害された稚魚が育つ。しかし,サリドマイド非結合型のセレブロンを遺伝子導入した場合は,サリドマイドを投与しても胸びれが発達する。矢印は胸びれを指し示す。(右)通常 の鶏卵にサリドマイドを注入すると,翼がほぼ欠落したニワトリが発育する。しかし,サリドマイド非結合型のセレブロンを遺伝子導入した場合は,サリドマイドを注入しても翼はかなりよく発達する。