研究

東工大ニュース

細胞の増殖・分化をコントロールする新たなタンパク質を発見

2010.06.11

要約

東京工業大学大学院生命理工学研究科の駒田雅之准教授の研究グループは,三菱化学生命科学研究所の後藤聡博士の研究グループと共同で,生物の体を形づくるタンパク質である増殖分化因子の働きを調節する新たなしくみを発見した.
 私たちヒトをはじめとする多細胞生物の体は,たった1個の細胞である受精卵が分裂を繰り返して数を増し(増殖とよぶ),様々な働きをもつ多種多様な細胞へと変化する(分化とよぶ)ことで形づくられる.増殖分化因子は,細胞表面上の受容体タンパク質に作用することにより,その細胞の増殖や分化を促す一群のタンパク質である.今回,UBPYというタンパク質が,増殖分化因子の受容体の分解を抑制して細胞表面上の受容体量を増すことにより,増殖分化因子に対する細胞の応答性を高めていることを突き止めた.がんの発症機序の解明につながる成果として注目される.

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

概要

 東京工業大学大学院生命理工学研究科の駒田雅之准教授の研究グループは,三菱化学生命科学研究所の後藤聡博士の研究グループと共同で,生物の体を形づくるタンパク質である増殖分化因子の働きを調節する新たなしくみを発見した.
  私たちヒトをはじめとする多細胞生物の体は,たった1個の細胞である受精卵が分裂を繰り返して数を増し(増殖とよぶ),様々な働きをもつ多種多様な細胞へ と変化する(分化とよぶ)ことで形づくられる.増殖分化因子は,細胞表面上の受容体タンパク質に作用することにより,その細胞の増殖や分化を促す一群のタ ンパク質である.今回,UBPYというタンパク質が,増殖分化因子の受容体の分解を抑制して細胞表面上の受容体量を増すことにより,増殖分化因子に対する 細胞の応答性を高めていることを突き止めた.がんの発症機序の解明につながる成果として注目される.本研究成果は,5月21日にヨーロッパ分子生物学会の 学会誌 The EMBO Journal(Online版)に発表された.

研究の背景

 増殖分化因子は,細胞表面上の受容 体タンパク質と結合することにより細胞内に化学変化を生じさせ,細胞の増殖や分化を促す(図1A).したがって,細胞表面上の受容体の量が不足すると,細 胞は増殖分化因子に応答して増殖,分化することができない(図1B).しかし逆にその量が多すぎても問題であり,過剰量の受容体は増殖分化因子に対する過 剰な細胞応答を引き起こす(図1C).例えば,がんは細胞増殖の調節が効かなくなり,体の中で細胞が増え続けることで発症する病気である.そしてその中に は,増殖分化因子受容体の過剰発現によって細胞内に過剰な化学変化が起きてしまうことが原因となっているケースがいくつも知られている.したがって,細胞 表面上の増殖分化因子の受容体量は適度にコントロールされていなければならず,その調節が狂うと様々な疾患につながる.しかし,その調節のしくみはこれま で不明であった.

研究の成果

 ユビキチン化は,ユビキチンというタンパク質が細胞内の様々なタンパク質に結合する化学反応で あり,分解されるべきタンパク質につけられる目印となっている.役目を終えて不要になったタンパク質やそれ以上働き続けると細胞にとって危険なタンパク質 はユビキチン化され,すみやかに分解されて機能を失う.この発見に対し,2004年にノーベル化学賞が授与されている.駒田准教授の研究グループは,ユビ キチン化されたタンパク質からユビキチンを外す脱ユビキチン化酵素とよばれる一群のタンパク質について研究している.これまでに,シャーレの中で培養した ヒト細胞を用いた実験から,脱ユビキチン化酵素の1つであるUBPYがユビキチン化された増殖分化因子受容体からユビキチン(すなわち分解の目印)を外す ことにより,その分解を抑制することを発見している.しかし,UBPYのこの働きが多細胞生物の体の中でどのような役割を担っているのかはわかっていな かった.今回,ショウジョウバエ(用語1)を用いてこの問題にアプローチした.
 RNA干渉という手法を用いてショウジョウバエの翅でUBPYを 働かなくしたところ,翅の縁にできる感覚毛が形成されなくなった(図2A).ショウジョウバエの翅は,幼虫期にできる翅成虫原基という器官から作られる. そこで翅成虫原基を調べたところ,UBPYを働かなくした原基では,将来に感覚毛となるその前駆細胞ができていないことがわかった(図2B).感覚毛の前 駆細胞はWnt(用語2)とよばれる増殖分化因子によって分化誘導されることから,UBPYがWntによる細胞の分化誘導に必要であることがわかった.培 養したヒト細胞においても,UBPYが細胞のWntに対する応答に必要であることが示された.
 UBPYがWntの作用をどのように調節している のかを解明するため,UBPYが細胞表面上のWnt受容体タンパク質の分解に関与している可能性を検討した.その結果, Wnt受容体がユビキチン化されて分解されること,UBPYがWnt受容体からユビキチンを外してその分解を抑制することにより,細胞表面上のWnt受容 体の量を増加させていることがヒト培養細胞において明らかになった.ショウジョウバエの翅成虫原基でも,UBPYが細胞表面上のWnt受容体量を増加さ せ,Wntに対する細胞の応答性を高めていることが示された(図2C).
 これらの結果から,多細胞生物の体の中で,タンパク質を分解に導くユビ キチン化とそれに拮抗する脱ユビキチン化のバランスによって細胞表面上のWnt受容体量がコントロールされていること,そしてそれが細胞がWntに適切に 応答できるようにするためのしくみであることが解明された.

社会への波及効果と今後の展開

 Wntは細胞表面上の受容体タン パク質に結合し,細胞内の様々なタンパク質を活性化することにより細胞の増殖や分化を誘導する.Wntの作用に関わるこれらタンパク質の過剰発現や遺伝子 変異が様々ながんで見つかっており,過剰なWnt作用ががん発症の原因となっていることが明らかにされてきている.本研究で見つかったUBPYタンパク質 は細胞表面上のWnt受容体量を増してWntに対する細胞の応答性を高めることから,その過剰発現は過剰なWnt作用を引き起こして細胞がん化につながる 可能性がある.事実,ヒト慢性リンパ球性白血病の白血病細胞においてWntやその受容体の過剰発現が報告されており,今回,駒田准教授らは同じ慢性リンパ 球性白血病細胞でUBPYが高頻度で過剰発現していることも発見した.UBPYの機能異常がヒトのがんを引き起こしているのか,今後の研究の進展が待たれ る.もしUBPYががんの原因となっている場合,それはUBPYの働きを阻害する化合物を制がん剤に応用できる可能性を示唆するものとして,医学的な注目 度も高い.

用語説明

  1. 1.
    ショウジョウバエ
    果物などをえさとする体長3 mm程度の小さなハエ.研究に用いたのは,キイロシュジョウバエという種類である.生物の基本的な形づくりに関してヒトと共通点が多く,そのために働く遺 伝子もヒトの遺伝子と非常によく似ている.また,飼育が簡単で受精卵から成虫になるまでの時間が短く,さらに遺伝子の働きを簡単に操作できることから,ヒ トを含めた多細胞生物の形づくりの研究(発生生物学)のモデル生物としてよく用いられる.
  2. 2.
    Wnt
    ショウジョウバエからヒトに至るま で,多細胞生物に共通に存在する増殖分化因子.標的細胞の表面上の受容体タンパク質に作用し,増殖や分化に必要な様々な細胞内タンパク質を活性化する.異 なる標的細胞に対し,増殖や分化などの異なる応答を誘導する.ショウジョウバエにおいて翅の形成に必要なタンパク質Winglessとして,マウスにおい ては乳がんを引き起こす原因タンパク質Int-1として発見された.WinglessとInt-1を合わせてWntと呼ばれる.

本事業の発表先と発表日

The EMBO Journal 誌 2010/5/21
論文名:Balanced ubiquitylation and deubiquitylation of Frizzled regulate cellular responsiveness to Wg/Wnt
著者:Mukai A‚ Yamamoto-Hino M‚ Awano W‚ Watanabe W‚ *Komada M‚ *Goto S (*co-correspondence)

図1.増殖分化因子の細胞に対する作用の模式図.

図1.増殖分化因子の細胞に対する作用の模式図.
正常な細胞(A)の場合と,細胞表面上の増殖分化因子の受容体量が不足した(B)あるいは過剰な(C)場合.

図2.ショウジョウバエの翅の形成におけるUBPYの働き.

図2.ショウジョウバエの翅の形成におけるUBPYの働き.

A.
(上段)UBPYの阻害は,翅の著しい形成不全をきたす.(下段)上段の図の四角で囲んだ翅の縁の部分の拡大.UBPYを阻害すると感覚毛(矢じり)が形成されない.
B.
UBPYを阻害すると,翅成虫原基において感覚毛の前駆細胞(矢じりで示す青く染色された細胞群)への分化誘導がおきない.
C.
UBPYを過剰発現すると,翅成虫原基における細胞表面上のWnt受容体の量が増し(上段,矢じりで示す領域の白い染色),それに伴ってWntの標的遺伝子distal-lessの発現が上昇する(下段,矢じりで示す領域の白い染色).