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ミリ波帯無線機で毎秒16Gbit の伝送速度を達成

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公開日:2011.11.09

要約

東京工業大学大学院理工学研究科の松澤昭教授と岡田健一准教授らの研究グループは、16Gb/s(毎秒160億ビット)伝送が可能な60GHz(600億ヘルツ)ミリ波無線機を開発した。従来の11Gb/s(毎秒110 億ビット)伝送を大幅に上回る成果である。利得の平坦性を改善することにより実現した。同研究グループが以前に開発した一度に多数の情報を送受信できる16QAM(用語1)という変調方式に対応した世界初のダイレクトコンバージョン型無線機(用語2)の技術を元に、負性容量を用いて利得平坦性を改善した。負性容量は、差動増幅器の入出力を容量素子で交差接続することで実現した。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の松澤昭教授と岡田健一准教授らの研究グループは、16Gb/s(毎秒160億ビット)伝送が可能な60GHz(600億 ヘルツ)ミリ波無線機を開発した。従来の11Gb/s(毎秒110 億ビット)伝送を大幅に上回る成果である。利得の平坦性を改善することにより実現した。 同研究グループが以前に開発した一度に多数の情報を送受信できる16QAM(用語1)という変調方式に対応した世界初のダイレクトコンバージョン型無線機 (用語2)の技術を元に、負性容量を用いて利得平坦性を改善した。負性容量は、差動増幅器の入出力を容量素子で交差接続することで実現した。 開発した無線機は最小配線半ピッチ65nm(ナノメートル) のシリコンCMOS プロセスで試作した。IEEE802.11ad規格(用語3)など60GHz帯ミリ波無線通信の各種国際標準規格に準拠する無線通信が可能である。消費電 力は送信機181mW(ミリワット)、受信機138mW と低く、携帯電話などに搭載可能であり、ミリ波無線通信の実用化につながる。 この成果は14日から韓国済州島で開かれる「A-SSCC (アジア固体回路国際会議)」で16日に発表する。

研究の背景と本成果の意義・内容

東工大の松澤教授と岡田准教授らのグループが開発したミリ波帯無線機は、60GHz帯を用いる無線通信規格IEEE802.11ad(用語3)に準拠し、最大で16Gb/s の無線通信が可能である。
小面積・低消費電力化が可能なダイレクトコンバージョン方式(用語2)により実現した。携帯電話等に搭載可能である。特徴を簡単にまとめる。

(1)
ミリ波帯無線機において、小面積・低消費電力化が可能なダイレクトコンバージョン方式で16QAM変調
(用語1)を実現し、世界最速となる16Gb/sの無線通信速度を達成した。
(2)
消費電力は送信機181mW、受信機138mW、発振器66mWと低く、携帯電話等に搭載可能である。
(3)
アンテナはパッケージに内蔵されている。伝送距離はQPSK変調において1m 以上である。

現在、携帯電話や無線LAN などの公衆向け無線通信機器には、6GHz以下の周波数が利用されている。6GHz以下の周波数帯は既に様々な無線通信に利用されており、それぞれの無線 通信規格で利用できる周波数帯域はごく限られたものである。実用化されている中で一番高速な無線LAN規格であるIEEE802.11nでも40MHzの 周波数帯域しか利用できず、伝送速度も高々300Mbps程度である。無線伝送速度は周波数帯域で制限されるため、このような逼迫した6GHz以下の周波 数を利用する限り、今以上の大幅な速度向上は期待できない。
そのような中、近年注目を集めているのは60GHz帯を用いるミリ波無線通信である。60GHz では最大で9GHz 近い帯域の利用が可能であり、大幅な通信速度の向上が期待できる(参考図)。60GHz帯には2.16GHz帯域が4 チャネル確保されており、通常用いられるQPSK 変調(用語1)では1 チャネルあたり3.5Gb/s、より高度な16QAM変調(用語1)では、1チャネルあたり7Gb/s の無線伝送が可能である。4 チャネル同時に利用すれば28Gb/s の無線伝送が可能である。このようにミリ波帯で16QAM変調が可能になれば、大幅な無線通信速度の向上が実現できる。
これまでに報告されているミリ波帯無線機の多くは、ヘテロダイン型のものであり、ダイレクトコンバージョン型(用語2)での実現が望まれている。ダイレクトコンバージョン型では一度に周波数変換を行うため、回路が簡単にでき、小面積化・低消費電力化が可能である。
一方で、個々の回路への性能要求が厳しくなるため、これまでにミリ波帯で16QAM変調が可能なダイレクトコンバージョン無線機は報告されていない。同じくミリ波を用いるWirelessHD規格向けのチップはヘテロダイン型であり、2W近い消費電力が必要であった。
当研究グループではこれまでに、16QAM 変調が可能なダイレクトコンバージョン型無線機を世界で初めて実現しており、大幅な通信速度の向上と低消費電力化を実現している。さらなる無線性能向上の ためには、利得特性の平坦性が課題であった。本開発品では、容量クロスカップル技術により、利得の平坦性を向上させた。これにより、従来11Gb/s 程度の通信速度が限界であったものを16Gb/s まで向上させることができた。小型・低消費電力で7Gb/s を超える無線通信が可能であり、携帯電話等への搭載が期待できる。

参考図:60CH2帯における周波数割り当て

発表予定

この成果は、11月14日~16日に韓国済州島で開催される「2011 IEEE AsianSolid-State Circuits Conference (A-SSCC 2011):2011年IEEE アジア固体回路国際会議」のセッション「Session 15 ?Techniques for transceiver integration」で発表する。講演タイトルは「A 60GHz 16Gb/s 16QAM Low-Power Direct-Conversion Transceiver Using Capacitive Cross-Coupling Neutralization in 65nm CMOS (16Gb/s を実現する60GHz帯16QAM ダイレクトコンバージョンCMOS 無線機)」である。11月16日の16時45分から発表を行う。 なお、本研究は総務省委託研究「電波資源拡大のための研究開発」の一環として実施された。

技術内容

今回開発した回路は,当研究グループが以前開発した16QAM(用語1)変復調が可能な世界初のダイレクトコンバージョン型無線機(用語2)の技術を元にしたものである。
16QAM 変調は高速な無線伝送が可能である一方、高い回路性能を要求するため、従来ミリ波帯では実現が困難とされてきた。ミリ波無線通信で16QAM変調が困難な 理由として、ミリ波帯ではコイルやコンデンサの損失が大きく、必要な位相雑音特性が得られないということが挙げられる。また、小型・低消費電力なダイレク トコンバージョン型の無線機実現のためには、4相正弦波出力が必要であり、これまで報告のあったものでは、位相雑音性能が低く、QPSK 変調ですら困難な性能であった。
従来の開発品では60GHz帯の局部発振器(用語4)と20GHz帯の発振器を組み合わせることにより、大幅な位相雑音特性(用語5)の改善を可能とした。この成果により、世界で初めてダイレクトコンバージョン方式により16QAM変調による高速な無線通信を実現した。
従来のミリ波帯無線機の課題として、利得の平坦性の改善がある。IEEE802.11ad規格(用語3)に定められた2.16GHz帯域を用いて無線通信を行う際に、周波数により利得が変化すると信号品質が劣化する問題があった。
このため、従来の無線機では変調精度(EVM特性)として-19.2dBが最良値であった。本開発品においては、従来問題であった利得の平坦性の問題を、 容量クロスカップル技術を用いることで解決し、大幅な変調精度の改善を達成した。従来より9dBの改善である。利得の平坦性を改善するため、従来は増幅器 の各段において利得の中心周波数を少しずつ変化させる手法がとられていたが、ミリ波帯では増幅器一段あたりの利得がピーク周波数で6dB程度と低く、従来 手法では無線機全体での利得が大幅に下がってしまうことが問題であった。
本開発品では、差動増幅器の入出力を容量素子で交差接続する容量クロスカップル技術により、増幅器一段あたりの利得を向上させることでこの問題を解決した。 図1に無線機全体の回路ブロック図を示す。送受信ともダイレクトコンバージョン型となっており、差動増幅段には容量クロスカップル技術を用いている。バランが持つ非対称性を、容量クロスカップル差動増幅器により改善することで、高品質な変復調を実現した。 図2にチップ写真を示す。送信機部分の面積が2.5mm2、受信機部分の面積が2.3mm2、であり、20GHz帯PLLのチップ面積は1.2mm2であった。65 ナノメートル(nm) のシリコンCMOSプロセスを利用して試作した。
表1に、無線伝送試験結果をまとめる。IEEE802.11ad規格(用語3)に定められた2.16GHz帯域を用いて、最高の 7.04Gb/s(16QAM 変調)、3.52Gb/s(QPSK 変調)の伝送速度を達成した。非常に良好なEVM特性を実現した。ビットエラーレート(用語7)において10-3以下の範囲を通信可能として評価を行っ た。 3.52Gb/s 時のQPSK 変調における無線伝送距離は、最大で1m であった。規格で定められた2.16GHz 帯域以上を用いれば、最大で10Gb/s(QPSK変調)、16Gb/s(16QAM 変調)まで伝送が可能であった。また、他のミリ波帯無線規格においてもチャネル周波数や帯域は共通であるため、IEEE802.11ad規格以外にも、 IEEE802.15.3c 規格(用語6)、WiGig 規格、WirelessHD 規格等にも準拠する無線通信が可能である。
表2にチップの性能諸元を示す。消費電力は送信機181mW、受信機138mW、発振器66mWと低い。表3および図3に、これまでに学会等で報告のあったミリ波帯無線機に対する性能比較を示す。
これまでに、ダイレクトコンバージョン型として報告があったのはカナダ・トロント大学、米国・カリフォルニア大バークレイ校、本研究グループからの3件の みであった。それ以外のCEA-LETIやSiBeamからの報告はヘテロダイン方式を用いるものであり、2W近い消費電力を要する。 今回開発した無線機は、それらよりも低い消費電力で、変調精度として9dB の改善を実現するものであり、16Gb/s の無線通信速度は世界最速である。携帯電話等の小型無線端末に搭載可能な成果である。

用語解説

  1. 用語1

    BPSK 変調、QPSK 変調、8PSK 変調、16QAM変調変調方式の種類。BPSK、QPSK、8PSKは位相偏移変調の一種。一回の変調でそれぞれ2値、4値、8値を用い、それぞれ 1bit、2bit、3bitの情報伝送が可能である。16QAMは振幅情報も用いる直交位相振幅変調の一種であり、位相と振幅の両方に変調をかけること により、一回の変調で4bit の情報伝送が可能である。BPSK, QPSK, 8PSK, 16QAMの順で必要な信号純度が高くなり、回路の設計が難しくなる。

  2. 用語2

    ダイレクトコンバージョン型無線機無線機の構成方法の一種。ヘテロダイン型とダイレクトコンバージョン型がよく用いられる。ヘテロダイン型では、 キャリア周波数(例えば60GHz)から一度中間周波数(例えば20GHz)に落としてから、ベースバンド周波数に変換する。40GHz局部発振器と 20GHzの直交局部発振器が必要となる。部品点数や消費電力は増えるが、個別の回路に求められる性能が緩和されるため構成しやすい。一方で、ダイレクト コンバージョン型では、60GHzの直交局部発振器を用いて、一気にベースバンド周波数に変換する。回路部品点数が減り、低消費電力かつ小面積な回路にす ることができる。一方で、60GHzの直交局部発振器の実現は困難であり、十分な無線性能を得ることが難しい。 これまでの無線機の研究開発の歴史を振り返ると、新しい無線通信方式が導入されると、まずは回路の構成が簡単なヘテロダイン型無線機として実用化され、そ の後、高性能なダイレクトコンバージョン型無線機として実用化されることが多い。

  3. 用語3

    IEEE802.11ad規格IEEE802.11ad 規格は、IEEE802委員会下のIEEE802.11ワーキンググループが標準化を行った次世代無線LAN用の無線通信規格である。60GHz帯のミリ 波を用いる無線通信であり、最大7Gb/s(プリアンブル含まず)の無線通信が可能である。RF部については、IEEE802.15.3c規格をベースに しており、共通の無線機が利用できる。そ の他、IEEE802.11ad規格を元とするWiGig 規格や、WirelessHD規格などが60GHz帯を用いる無線通信であり、RFフロントエンドしては共通のものが利用可能である。

  4. 用語4

    局部発振器局部発振器は、無線通信に必要な搬送波信号を生成するための回路である。通常、基準となる水晶発振器と、位相同期ループ(PLL: Phase-Locked Loops)により構成される。無線機の性能を左右する最重要構成要素であり、通信品質の改善のため、低位相雑音(用語4)であることが必要とされる。直 交局部発振器は、4相正弦波の出力が可能な局部発振器である。

  5. 用語5

    位相雑音発振器の重要な特性の一つ。必要な周波数の信号に対し、どれだけ不要な周波数のスペクトルを持つかを表す。

  6. 用語6

    IEEE802.15.3c規格IEEE802.15.3c規格は、IEEE802 委員会下のIEEE802.15ワーキンググループが標準化を行ったWPAN(Wireless Personal Area Network:個人用無線ネットワーク)用の無線通信規格である。60GHz 帯のミリ波を用いる無線通信であり、最大7Gb/s(プリアンブル含まず)の無線通信が可能である。IEEE802.11ad規格のベースとなっている。

  7. 用語7

    ビットエラーレート通信における誤り率。通常、高周波回路部分が10-3以下のビットエラーレートを持っていれば、ベースバンドでの誤り訂正機能により無線機全体においては10-6以下の実用的なビットエラーレートが達成可能である。

本研究の講演日時

2011 年11月16日(火) 16時45分 (現地時間) 口頭発表

論文タイトル

A 60GHz 16Gb/s 16QAM Low-Power Direct-Conversion Transceiver Using Capacitive
Cross-Coupling Neutralization in 65nm CMOS
(16Gb/s を実現する60GHz帯16QAMダイレクトコンバージョンCMOS無線機)

Session 15.3 A 60GHz 16Gb/s 16QAM Low-Power Direct-Conversion Transceiver Using Capacitive Cross-Coupling Neutralization in 65nm CMOS Hiroki Asada, Keigo Bunsen, Kota Matsushita, Rui Murakami, Qinghong Bu, AhmedMusa, Takahiro Sato, Tatsuya Yamaguchi, Ryo Minami, Toshihiko Ito, Kenichi Okada, and Akira Matsuzawa Abstract This paper presents a 16QAM direct-conversion transceiver in 65nm CMOS, which is capable of 60-GHz wireless standards. The capacitive cross-coupling neutralization contributes a high common-mode rejection and a high reverse isolation, and a fully-balanced mixer can improve the error vector magnitude due to the reduced local leakage. The maximum data rates with an antenna built in a package are 10 Gb/s in QPSK mode and 16 Gb/s in 16QAM mode and the transmitter and the receiver consume 181mW and 138mW, respectively.

図1:開発したダイレクトコーンバージョン無線機 ※容量クロスカップル技術を用いることによりダイレクトコンバージョン無線機の利得平坦性を改善

図2:チップ写真 ※65mmCMOSプロセスにより製造

表1:変復調特性

表2:性能諸元

表3:従来報告のあったミリ波帯無線機の比較

Tech. Papers, pp. 160-161, Feb. 2011. [6] A. Tomkins, et al., “A Zero-IF 60GHz 65nm CMOS Transceiver with Direct BPSK Modulation Demonstrating up to 6Gb/s Data Rates over a 2m Wireless Link,” IEEE JSSC, vol.44, no.8,pp.2085-2099, Aug. 2009 [7] A. Siligaris, et al., "A 65nm CMOS fully integrated transceiver module for 60GHz wireless HD applications," ISSCC Dig. Tech. Papers, pp. 162-163, Feb. 2011. [8] S. Emami, et al., "A 60GHz CMOS phased-array transceiver pair for multi-Gb/s wireless communications," ISSCC Dig. Tech. Papers, pp. 164-165, Feb. 2011.

図3:性能比較

著者

Hiroki Asada (浅田 大樹:修士課程学生)、Keigo Bunsen (文仙 啓吾:修士課程卒業生)、Kota Matsushita (松下 幸太:修士課程卒業生)、 Rui Murakami (村上 塁:修士課程卒業生)、 Qinghong Bu (博士課程学生)、 Ahmed Musa (博士課程学生)、 Takahiro Sato (佐藤 高洋:修士課程学生)、 Tatsuya Yamaguchi (山口 達也:修士課程学生)、 Ryo Minami(南 亮:修士課程学生)、 Toshihiko Ito (伊藤 利彦:修士課程学生)、 Kenichi Okada (岡田健一:准教授)、 and Akira Matsuzawa(松澤昭:教授)

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