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レアプラント 生薬「甘草」の医薬成分を合成する酵素遺伝子を発見

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公開日:2011.11.28

要約

大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授(独立行政法人理化学研究所客員主管研究員および公立大学法人横浜市立大学客員教授兼任)、關 光(せき ひかる)准教授(独立行政法人理化学研究所客員研究員および公立大学法人横浜市立大学共同研究員兼任)と、独立行政法人理化学研究所植物科学研究センターの斉藤和季グループディレクター(本務:千葉大学大学院薬学研究院教授)、澤井学(さわい さとる)特別研究員、東京工業大学理工学研究科の大山 清 助教(独立行政法人理化学研究所客員研究員兼任)らの研究グループは、公立大学法人横浜市立大学(本多常高理事長)、国立大学法人京都大学(松本紘総長)、株式会社常磐植物化学研究所(立崎仁社長)、日本大学(大塚吉兵衛総長)らと共同で、生薬「甘草(カンゾウ)」の主活性成分である「グリチルリチン」生合成の鍵となる酵素遺伝子を明らかにし、酵母でグリチルレチン酸の生産に成功しました。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

概要

大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授(独立行政法人理化学研究所客員主管研究員および公立大学法人横浜市立大学客員教授兼任)、關 光(せき ひかる)准教授(独立行政法人理化学研究所客員研究員および公立大学法人横浜市立大学共同研究員兼任)と、独立行政法人理化学研究所植物科学研究センター の斉藤和季グループディレクター(本務:千葉大学大学院薬学研究院教授)、澤井学(さわい さとる)特別研究員、東京工業大学理工学研究科の大山 清 助教(独立行政法人理化学研究所客員研究員兼任)らの研究グループは、公立大学法人横浜市立大学(本多常高理事長)、国立大学法人京都大学(松本紘総 長)、株式会社常磐植物化学研究所(立崎仁社長)、日本大学(大塚吉兵衛総長)らと共同で、生薬「甘草(カンゾウ)」の主活性成分である「グリチルリチン (注1)」生合成の鍵となる酵素遺伝子を明らかにし、酵母でグリチルレチン酸(注2)の生産に成功しました。

マメ科の薬用植物カンゾウは漢方で最も多く処方される生薬であり、その地下部(肥大根および地下茎)から抽出されるトリテルペン配糖体(注3)の一種であ るグリチルリチンは、医薬品(肝臓疾患改善薬)、化粧品、および天然甘味料原料として世界的に大きな需要があります。しかし、栽培されたカンゾウではグリ チルリチンの含有量が低く、収穫までに数年を要することなどから、供給のほとんどが野生のカンゾウの採取に依存しているのが現状で、日本では国内使用量の 全てを海外から輸入しています。近年、主要生産国である中国では、レアアース同様に、カンゾウに代表されるレアプラント(注4)(希少植物・生薬)の採 取・輸出を規制する動きが出てきており、今後の輸入価格の高騰と安定供給への懸念が高まっています。

グリチルリチンの生合成には、多くの植物種に共通して存在するβ-アミリンという物質をカンゾウに特異的な代謝産物であるグリチルリチンに変換する「4つ の」酵素遺伝子が必須であると推定されてきましたが、その実体は長らく不明でした。研究チームは、「オールジャパン」の研究体制(注5)を組織し、 2008年にグリチルリチン生合成に特異的な「1つ目」の酵素遺伝子として初めて「CYP88D6」を同定し、この遺伝子産物が、植物二次代謝産物の生合 成において重要なシトクロムP450(注6)と呼ばれる一群の酸化酵素の1つであることを解明しました。今回の研究ではさらに、CYP88D6と協調的に 働く別のシトクロムP450遺伝子、CYP72A154をグリチルリチン生合成の「2つ目」の酵素遺伝子として新たに同定しました。さらに、グリチルリチ ンの前駆物質であるβ-アミリンを合成する酵素遺伝子に加え、CYP88D6とCYP72A154遺伝子を組み合わせて酵母に導入することで、グリチルリ チンの生合成中間体(非糖部に相当)であり薬理活性の本体とされているグリチルレチン酸を生産させることに成功しました。これらの生合成遺伝子配列情報 は、グリチルリチン含有量が高いカンゾウ品種の選抜育種や、栽培条件の最適化研究に有用であるだけでなく、生合成酵素遺伝子を導入した組換え酵母や植物を 用いた、医薬成分の工業生産への応用が期待でき、ひいては野生カンゾウの乱穫防止、生態系の保全にも役立つと考えられます。
成果は、米国科学雑誌「The Plant Cell」に掲載されるに先立ち、オンライン版が近日掲載されます。

研究の背景

マメ科の薬用植物カンゾウ(図1)の地下部(肥大根および地下茎)は「甘草根」と呼ばれ、医薬品、化粧品の他、甘味料原料として大きな需要があり、世界市 場における甘草根の年間輸出額は4,200万ドルにも上ります(Parker P-M (2006) ICON Group International Inc.)。
甘草根は日本薬局方に収載されている210種の漢方処方の70%余りに配合され、最も使用量の多い生薬(図2)となっている他、甘草根から抽出されるトリ テルペン配糖体(注3)の一種「グリチルリチン注1」が、肝機能補強機能、抗炎症作用など様々な薬理活性を有することから、医薬品および化粧品材料として 多用されています。また、グリチルリチンは砂糖の150倍以上の甘さを持つことから、一般に甘草エキスと呼ばれる甘草抽出物が天然甘味料として数多くの食 品に添加されています。非糖質系甘味料(一般にカロリーゼロと言われる)であることから、メタボリック症候群の予防に役立つ甘味料として注目されていま す。さらにカンゾウは、米国国立がん研究所が1990年に開始した「デザイナーフーズ計画」において、ニンニクなどと並び、がん予防に最も効果的な食品の 1つとして位置づけられています。 甘草根の供給は、中国、中近東などの乾燥地域に自生する野生種に依存し、1kgのカンゾウの採取で5平方メートルの草原が破壊されるとの報告もあり、生産 国では輸出規制が始まっています。主産国の中国のほかモンゴルなどにおいては、栽培化への取り組みが行われていますが、栽培品ではグリチルリチンの蓄積量 が低いことが問題となっています。
良質の甘草根およびその成分を安定かつ持続的に供給するため、栽培条件の最適化や品種改良などの生産技術の確立が必要です。 将来的な、グリチルリチン高生産品種の分子育種や、発酵工業的手法によるグリチルリチン生産のためにも、生合成機構の解明と合成酵素の同定が必要不可欠に なりますが、それらについての知見は、これまでほとんどありませんでした。そこで、グルチルリチン生合成分子機構の解明に向けて、生物有機化学的手法、分 子生物学的手法、組織培養法など、さまざまなテクノロジーを駆使して研究を実施することが求められていました。

研究手法と成果

グリチルリチンは、多くの植物に共通に存在しているトリテルペンの一種であるβ-アミリンが炭素骨格となり、その11位、30位の炭素に対する酸化反応 と、3位水酸基への配糖化反応により生合成されると考えられます(図3)。カンゾウに特異的なこれらの反応ステップには、それぞれ2つの酸化酵素と配糖化 酵素が関与すると推定されます。酸化テルペノイドを含む多様な植物二次代謝産物の生合成においては、シトクロムP450(以下P450と省略)と呼ばれる 一群の酸化酵素が関与することが知られています。
 研究チームは2008年、ウラルカンゾウ(学名Glycyrrhiza uralensis)の地下茎から作製した完全長cDNAライブラリー(注7)の合計56,000 EST(注7)(参考文献1)を利用し、β-アミリンの11位の2段階の水酸化反応を触媒し、グリチルリチンの生合成中間体の1つである11-オキソ -β-アミリンに変換するP450(CYP88D6)を特定することに世界に先駆けて成功しました(参考文献2)。
 今回の研究ではさらに、CYP88D6とは異なるファミリーに属する別のP450タンパク質が30位炭素の酸化に関わることを明らかにし、 CYP72A154と命名しました。CYP72A154の機能を解明するため、研究チームはまずバキュロウイルス/昆虫細胞系注8を用いてタンパク質を発 現させ、CYP72A154を含むミクロソーム画分(注9)を用いた試験管内での酵素反応実験を行いました。その結果、CYP72A154が、11-オキ ソ-β-アミリンの30位の3段階の水酸化反応を触媒し、グリチルリチンの非糖部に相当するグリチルレチン酸に変換する活性を持つことを明らかにしました (図3)。
研究チームは次に、別のマメ科植物であるミヤコグサから単離していたβ-アミリン合成酵素遺伝子とCYP88D6遺伝子を同時導入して11-オキソ-β- アミリンを生産するように改変した酵母を作出した後、さらにCYP72A154遺伝子を導入しました(図4)。その結果、この酵母は、微量ながらもグリチ ルレチン酸を生産することを確認しました。これにより、グリチルリチン生合成に関わる2つの酸化酵素の両方を特定することに成功し、グリチルリチンやその 関連成分のバイオテクノロジー生産への道筋を示しました。

今後の期待

今回、生薬「甘草」の主活性成分であり、肝臓疾患改善薬として使用されているグリチルリチンの生合成の鍵となる酵素遺伝子を同定し、さらに、生合成遺伝子 を導入した組換え酵母でグリチルリチンの薬理活性の本体とされているグリチルレチン酸(グリチルリチンの非糖部分に相当)を生産することに成功しました。 グリチルレチン酸およびその塩はグリチルリチンよりも高い抗炎症作用、抗アレルギー作用を有することから軟膏などの外用薬、点眼薬、化粧品などに配合され ていますが、植物体中での含有量が著しく低いため、現在は甘草根から抽出したグリチルリチンを加水分解することにより供給されています。そのため、今後、 組換え酵母における生産性の向上を進めることにより、発酵工業的手法によるグリチルレチン酸生産への応用が期待されます。

本研究成果は、以下の事業によって得られました。

1)
(独)農研機構 生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出基礎的研究推進事業」(平成22年度)
2)
(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構「植物の物質生産プロセス制御基盤開発」(平成14年度・平成21年度)
3)
文部科学省科学研究費補助金「生合成マシナリー、生物活性物質構造多様性創出システムの解明と制御」(平成22年度)

原論文情報

Hikaru Seki*, Satoru Sawai*, Kiyoshi Ohyama*, Masaharu Mizutani, Toshiyuki Ohnishi, Hiroshi Sudo, Ery Odette Fukushima, Tomoyoshi Akashi, Toshio Aoki, Kazuki Saito, and Toshiya Muranaka. (*equal contribution)
“Triterpene functional genomics in licorice for identification of CYP72A154 involved in the biosynthesis of glycyrrhizin.” The Plant Cell, 2011, in press

参考文献

1.
Sudo, H., Seki, H., Sakurai, N., Suzuki, H., Shibata, D., Toyoda, A., Totoki, Y., Sakaki, Y., Iida, O., Shibata, T., Kojoma, M., Muranaka, T. and Saito, K.: Expressed sequence tags from rhizomes of Glycyrrhiza uralensis. Plant Biotechnol. 26: 105-107 (2009)
2.
Seki, H., Ohyama, K., Sawai, S., Mizutani, M., Ohnishi, T., Sudo, H., Akashi, T., Aoki, T., Saito, K. and Muranaka, T.: Licorice ?-amyrin 11-oxidase, a cytochrome P450 with a key role in the biosynthesis of the triterpene sweetener glycyrrhizin. Proc Natl Acad Sci U S A. 105: 14204-14209 (2008)

参考図

図1 カンゾウ植物を掘り起こしたもの

図2 生薬として用いられる甘草根ときざみ(甘草根をきざんだもの)

図3 グリチルリチンの予想生合成経路

用語解説

  1. 注1)
    グリチルリチン
    マメ科植物カンゾウの地下部に含まれる主活性成分であり、肝機能補強機能、抗ウイルス作用など多様な薬理活性を有することが知られている。また、砂糖の 150~300倍の甘みを持ち、低カロリーであることから、メタボリック症候群の予防に役立つとして注目されている。化合物としてはトリテルペン配糖体に 分類される。
  2. 注2)
    グリチルレチン酸
    グリチルリチンの非糖部分に相当。グリチルレチン酸およびその塩はグリチルリチンよりも高い抗炎症作用、抗アレルギー作用を有することから軟膏などの外用 薬、点眼薬、化粧品などに配合されているが、植物体中での含有量が著しく低いため、現在は甘草根から抽出したグリチルリチンを加水分解することにより供給 されている。
  3. 注3)
    トリテルペン配糖体
    炭素数5のイソプレン単位を6つ持ち、計30の炭素数で構成されている化合物群をトリテルペンという。トリテルペンに糖が結合した化合物群をトリテルペン 配糖体(サポニン)と呼ぶ。カンゾウのグリチルリチン、チョウセンニンジンのジンセノサイド類、サイコのサイコサポニン類など、重要な薬理作用を持つもの が知られている。
  4. 注4)
    レアプラント
    限られた場所で生息しその数が少ない稀少植物のこと。カンゾウの場合、主要生産国である中国では、レアアース同様に、レアプラントの採取・輸出を規制する 動きが出てきており重要な問題となっている。カンゾウがその代表格であるが、他にマオウ(エフェドリンを生産)などがある。
  5. 注5)
    オールジャパンの研究体制
    国内のカンゾウ研究者が集まり、2005年から開始した「カンゾウ勉強会」を中心に、グルチルリチン生合成分子機構の解明に向けて、生物有機化学的手法、 分子生物学的手法、組織培養法などの情報交換を行って来た。本論文の共著者となった研究機関以外に、かずさDNA研究所、理研オミックス基盤研究領域、北 海道医療大学、独立行政法人医薬基盤研究所薬用植物研究センター、岩手医科大学などの研究者が関わっている。
  6. 注6)
    シトクロムP450
    アミノ酸からなるタンパク質に加えてヘムを持ち、酸素分子をさまざまな分子に添加する働きを持つ酵素群。ヘムの鉄原子に一酸化炭素が結合すると450nm の波長の光を吸収する色素(Pigment)という意味から、P450と名前がつけられている。これまで約7,000種類近くのP450が生物界において 発見されている。シロイヌナズナおよびイネのゲノム解析から、植物のゲノム遺伝子の約1%がP450の遺伝子で占められることが明らかになっており、 P450が植物二次代謝産物の多様化に深く関与していることがうかがえる。P450タンパク質は、アミノ酸配列が40%以上一致すると同一ファミリーに、 55%以上一致すれば同一サブファミリーに分類されるのが原則である。
  7. 注7)
    cDNAライブラリーとEST
    機能のある遺伝子として発現しているmRNAを、人工的にコピーした相補的(complementary)DNAをcDNAと呼び、特定の細胞や植物の cDNAをすべて集めたライブラリーを作製し、研究で広く使われている。またcDNAライブラリーのうち末端の数百塩基程度の配列を決定したものを、 EST(Expressed Sequence Tag)と呼ぶ。ウラルカンゾウのcDNAライブラリーおよびESTは、かずさDNA研究所と理研ゲノム科学総合研究センター遺伝子構造・機能研究グルー プ(2008年4月より理研オミックス基盤研究領域に改組)との協同研究の中で整備した(参考文献1)。
  8. 注8)
    バキュロウイルス/昆虫細胞系
    バキュロウイルスは、昆虫細胞に感染する2本鎖DNAウイルスで、核多角体病ウイルスとも呼ばれる。感染細胞内でポリヘドリンと呼ばれるタンパク質を大量 に合成し、感染後期には全細胞タンパク質の約半分近くにも達する。ポリヘドリン遺伝子の強力なプロモーターの下流に外来遺伝子を連結し、昆虫細胞に感染さ せることで、昆虫細胞内で組み換えタンパク質の合成を行うことができる。
  9. 注9)
    ミクロソーム画分
    細胞をホモジナイズした後に遠心分離して得られる、小胞体、細胞膜、ゴルジ体膜などを含む画分。高等植物では、ほとんどのP450タンパク質は小胞体膜上に局在するため、ミクロソーム画分に含まれる。

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