研究

東工大ニュース

加速器BNCT用液体リチウムターゲットを開発-都市部病院に設置可能な小型照射システムにめど-

2012.02.20

要約

東京工業大学原子炉工学研究所(有冨正憲所長)と助川電気工業(百目鬼孝一社長)は共同で、陽子加速器によるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に利用可能な液体リチウム型中性子発生ターゲットの開発に成功した。
BNCTは副作用の少ない悪性腫瘍(がん)治療法として期待されているが、中性子発生に原子炉が必要なため利用は限定されていた。今回の開発により、都市部の病院への設置も可能になり、BNCTの広範な適用が期待される。また、液体リチウム型ターゲットには、固体型ターゲットの場合に問題とされる、照射損傷による時間的劣化が無いため、長寿命と安定した冷却性能が得られる利点がある。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

要約

東京工業大学原子炉工学研究所(有冨正憲所長)と助川電気工業(百目鬼孝一社長)は共同で、陽子加速器によるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に利用可能な液体リチウム型中性子発生ターゲットの開発に成功した。
BNCTは副作用の少ない悪性腫瘍(がん)治療法として期待されているが、中性子発生に原子炉が必要なため利用は限定されていた。今回の開発により、都市部の病院への設置も可能になり、BNCTの広範な適用が期待される。また、液体リチウム型ターゲットには、固体型ターゲットの場合に問題とされる、照射損傷による時間的劣化が無いため、長寿命と安定した冷却性能が得られる利点がある。
この研究は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「がん細胞選択的な非侵襲治療機器の基盤技術開発/中性子捕捉療法用陽子加速器システムの検証/液体リチウムターゲットと発生中性子線に関する研究開発」(研究開発責任者 京都大学原子炉実験所・古林徹准教授)の一環として実施した。

1.

ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)について

放射線がん治療法には[1]がんに高い線量分布を物理的に与える治療[2]放射線に対する薬剤の増感作用によって、がんを細胞レベルで選択的に治療-の2種類がある。前者の代表的なものが陽子線・重粒子線がん治療法だが、悪性脳腫瘍やメラノーマ(悪性黒色腫)など浸潤性や多発性のがんには適用が難しく、このような難治性がんには、後者のホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)が有効である。
この治療法は、特定のホウ素薬剤を選択的にがん細胞に集積させ、ホウ素が中性子と反応して発生するアルファ粒子とリチウム原子核の両粒子の飛程が細胞サイズとほぼ同じ性質を利用して、周囲の正常細胞に影響することなく、がんを細胞レベルで破壊できる特徴をもっている(図1)。

2.

研究の必要性

我が国におけるBNCTの臨床研究は、1968年から悪性脳腫瘍、1987年からメラノーマ、そして2001年には世界で初めて頭頚部がんにも適応が拡大され、近年はアスベストに起因する中皮腫などの治療も世界に先駆けて試みられ、その効果が確認されている。このように我が国は、BNCTに関して長年にわたり世界をリードしてきているが、その中性子源に研究用原子炉を利用しているため、利便性の高い都市部での展開が困難な状況にあった。
今回の液体リチウム型中性子発生ターゲットの開発により、原子炉に替わる中性子源として加速器を使用することが可能になる。医療機器としての安全性、安定性、経済性を兼ね備えた、都市部病院に最適な小型BNCT照射システム(図2)を実用化するコア技術である。

3.

開発内容

加速器から引き出された陽子ビームを、リチウムやベリリウムなどのターゲットに照射すると中性子を発生できる。得られる中性子の最大エネルギーや生成効率の条件から、BNCTにはリチウム(陽子ビームによる中性子生成反応のしきい値1.881MeV=メガ電子ボルト)の利用が最有力候補のひとつとして考えられている。下表に示した(1)減速利用法(2)直接利用法-の2つの方法が可能である。また、リチウムは融点が低いため固体と液体のどちらの状態でもターゲットに利用できるが、リチウム以外の場合は固体で使用される。

表 リチウムターゲットから得られる中性子のBNCT利用法

(1)減速利用法
2.5MeV前後の陽子ビームをリチウムターゲットに照射して中性子(最大約800keV、平均500 keV)を発生後、減速体系を通過させることで熱外中性子(0.5 eV~数10 keV)に変化させてBNCTに利用する方法
(2)直接利用法
1.9 MeV前後の陽子エネルギーをリチウムターゲットに照射し、しきい値近傍反応で発生する中性子(最大約80 keV、平均40 keV)をBNCTに直接利用する方法

今回開発した技術は、直接利用法と放射線損傷の無い液体型ターゲットを組み合わせた、世界的にみてもオリジナルなものである。最大の特徴は、従来の固体型ターゲットに比べて、照射損傷による時間的劣化が無いため、格段の長寿命と安定した冷却性能を実現できる点である。
開発グループは、数年前から検討してきた技術をもとに、NEDO委託事業として昨年3月からプロトタイプ装置の設計製作を開始し、このたび実用的な運転条件(液体リチウム温度220℃~250℃、雰囲気圧力10-3Pa以下)において、膜厚0.6mm、流速毎秒30mのリチウム液膜流を、曲率半径10cmの湾曲板上に幅50mm×長さ50mmの領域に安定形成することに成功した(図3)。このリチウム液膜流は、別途製作される陽子加速器から得られる、直径3cmの陽子ビームの照射に対応できるものであり、直接利用法(エネルギー1.9MeV、ビーム強度20mA、ビームパワー38kW)だけでなく、減速利用法(最大陽子エネルギー3MeV、最大電流20mA、最大ビームパワー60kW)のターゲットとしても利用可能である。

4.

今後の取り組みと波及効果

加速器BNCT照射システムの実用化に向けて、本技術に残された課題は、今回開発に成功した液体リチウムターゲットに陽子ビームを照射し、実際にBNCTを行うことが可能な強度の中性子を発生させ、システム全体の安全性と信頼性を確認することである。その見通しは既に解析的には得られているが、今後、予算が獲得できしだい陽子加速器を製作し、実証運転を行うことにしている。
本技術を取り入れた都市部病院に設置可能な加速器BNCT照射システムが実用化されると、BNCTの治療機会が広がるだけでなく、がんを細胞レベルで選択的に治療できる特徴をもつBNCTと、陽子線、重粒子線などの他の放射線がん治療法を有機的に連携させた、患者の負担が少なくQOL(Quality of Life)の高い、統合的な放射線がん治療システムが構築可能になる。また、BNCT以外の用途として、非破壊分析など中性子の産業分野への応用も期待される。

図1 BNCTの原理

図1 BNCTの原理:あらかじめ、がん組織に集積させた10B(質量数10のホウ素)に中性子をあてると、アルファ粒子(4He=質量数4のヘリウム)と7Li(質量数7のリチウム)が発生し、細胞と同程度の範囲にエネルギーを与えることから、がん細胞を選択的に破壊する。

図2 現在開発中の加速器BNCT照射システムの構成

図2 現在開発中の加速器BNCT照射システムの構成

図3 実証試験に成功したリチウム液膜流

図3 実証試験に成功したリチウム液膜流(220℃、流速毎秒30m、雰囲気圧力10-4Pa):液膜流は上から下に流れ、幅45~50mm、長さ50mmの範囲に安定形成されている。

本件に関するお問い合せ先
林崎規託
原子炉工学研究所 准教授
電話: 03-5734-3055  
E-mail: nhayashi@nr.titech.ac.jp