研究

東工大ニュース

曲がった空間を動く電子の観測に成功 -アインシュタインの光重力レンズ効果以来、物質系で初-

2012.04.19

要約

要点

  • 1次元凹凸周期曲面上を動く自由電子系で、リーマン幾何学的効果を実証。
  • 光に対するリーマン幾何学効果はアインシュタインの一般相対論で予測され、光の重力レンズ効果で実証されたが、電子系では初の観測例。
  • 現代幾何学と物質科学を結びつける新たなマイルストーンと位置づけられ、新学際領域を展開。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

概要

 東京工業大学の尾上 順准教授、名古屋大学の伊藤孝寛准教授、山梨大学の島 弘幸准教授、奈良女子大学の吉岡英生准教授、自然科学研究機構分子科学究所の木村真一准教授らの研究グループは、1次元伝導電子状態において、理論予測されていたリーマン幾何学的(注1)効果を初めて実証しました。光電子分光(注2)を用いて1次元金属ピーナッツ型凹凸周期構造を有するフラーレンポリマーの伝導電子の状態を調べ、凹凸の無いナノチューブの実験結果と比較することにより、同グループが行ったリーマン幾何学効果を取り入れた理論予測と一致する結果を得ました。

 この結果は、曲がった空間を電子が動いていることを実証するもので、過去の研究では、アインシュタインにより予測された光の重力レンズ効果(曲がった空間を光子が動く)以外に観測例はありません。電子系での観測例は、調べる限りこれが初めてです。

本研究成果は、ヨーロッパ物理学会速報誌EPL (Europhys. Lett.)にオンライン掲載(4月12日)されています(http://iopscience.iop.org/02955075/98/2/27001/outer)。

研究成果

 東工大の尾上准教授らが見出した1次元金属ピーナッツ型凹凸周期フラーレンポリマー(図1左上)の伝導電子の状態を光電子分光で調べた結果、島・吉岡・尾上の3准教授のリーマン幾何学効果を取り入れた理論予測を見事に再現しました。

 この成果は、1次元電子状態が純粋に凹凸曲面(リーマン幾何学)に影響を受け、凹凸周期曲面上に沿って(図1右下)電子が動いていることを初めて実証したものです。

図1 1次元金属ピーナッツ型凹凸周期フラーレンポリマーの構造図(左上)と凹凸曲面上に沿って動く電子(右下黄色部分)の模式図。

背景

1916年、アインシュタインは一般相対論を発表し、その中で重力により時空間が歪むことを予想しました。その4年後、光の重力レンズ効果(図2参照)の観測により、彼の予想は実証されました。これは、光が曲がった空間を動くことを実証した初めての例です。

図2   光の重力レンズ効果:星(中央)の真後ろにある銀河は通常見えませんが、その星が重いと重力により周囲の空間が歪み(緑色部分)、その歪みに沿って光も曲がり(黄色)、真後ろの銀河からの光が地球(左下)に届き、銀河が観測されます。
 では、電子系ではどうでしょう? 半世紀以上前から、曲がった空間(リーマン幾何学)における電子挙動に関する理論や予測はたくさん報告されていますが、それを実証する物質群がこれまでありませんでした。

研究の経緯

 尾上准教授らは、これまでフラーレンC60薄膜に電子線を照射することで、図1(左上)に示すような1次元ピーナッツ型凹凸周期構造をもつ金属フラーレンポリマーが生成することを見出しています。

 同グループの島・吉岡・尾上により、図1の炭素原子ネットワークを滑らかにした1次元凹凸曲面上を動く自由電子系(図3)についてリーマン幾何学効果を取り入れた理論解析の結果、δr の大きさに比例して、伝導電子の状態が影響することを予測しました(2009 年)。

 しかし、実際にそのような電子状態が実現しているかどうか、実験的な確証は得られていませんでした。今回の研究で初めて、理論予測が正しいことが証明され、曲がった空間を動く電子を実証しました。

図3  1次元凹凸周期曲面電子系のモデル図

今後の展開

最近、リーマン予想(注3)、位相幾何学(注4)、八元数(注5)、など自然科学とは一見何の関係もない純粋数学が実は密接に自然科学と関係することがわかりつつあり、現代数学と自然科学の新たな展開が始まっています。

本研究成果の今後の展開として、電子状態以外に図1の物質系の光学物性・熱物性・電子伝導物性など、理論予測されているリーマン幾何学的効果の実証を行うことにより、現代幾何学と物質科学の新たな学問体系(物理量と幾何学数量との相関関係)を世界に先駆けて構築することが期待できます。

用語説明

  1. (注1)

    リーマン幾何学

    まっすぐな空間をユークリッド空間と呼ぶのに対して、曲がった空間をリーマン空間と呼び、その空間を記述する数学がリーマン幾何学です。

  2. (注2)

    光電子分光

    物質に光を照射すると、電子が飛び出す現象を光電効果と言い、アインシュタインによりその理由が明らかにされました(1905 年)。この光電効果を利用して、物質の電子状態を調べる方法として、光電子分光があります。

  3. (注3)

    リーマン予想

    ドイツの数学者ベルンハルト・リーマンによって提唱された素数に関するゼータ関数の非自明な零点が現れる規則性に関する予想で、数学上の未解決問題のひとつです。1972年、ヒュー・モンゴメリーと物理学者フリーマン・ダイソンが、ゼータ関数上の零点の分布の数式が、原子核のエネルギー間隔を表す式と一致することを示しました。これは素数と核物理現象との関連性が示唆された画期的な出来事です。

  4. (注4)

    位相幾何学(トポロジー)

    「やわらかい幾何学」として知られる幾何学です。例えば、ドーナツ(円環体)と取っ手のついたコップは同一視されます。これはドーナツを連続的に変形して取っ手のついたコップにすることができ、その逆もできるからです。位相幾何学にはいくつかの大きな分科があり、代数的位相幾何学、微分位相幾何学、それから低次元位相幾何学に良く見られる幾何学的位相幾何学などを挙げることができます。近年では生物学と数学の学際的分野である DNA の位相幾何学が勃興しました。

  5. (注5)

    八元数

    八元数は 8つの単位をもつ数、8次元の数という意味で、1つの実数単位 1と7つの虚数単位をもちます。この八元数が物質を構成する素粒子(クオーク、電子など)の起源に関する理論(超ひも理論)を完成させることができると期待されています。

本研究は、分子科学研究所協力研究の研究課題「ピーナッツ型ナノカーボンのin situ 高分解能光電子分光研究」の一環として行われました。

問い合わせ先

東京工業大学 原子炉工学研究所・大学院理工学研究科原子核工学専攻
准教授 尾上 順

Email: jonoe@nr.titech.ac.jp

TEL: 03-5734-3073

FAX: 03-5734-3073

名古屋大学大学院工学研究科 マテリアル理工学専攻
伊藤 孝寛 准教授

Email: t.ito@numse.nagoya-u.ac.jp

TEL: 052-789-5347

FAX: 052-789-5347

山梨大学生命環境学部環境科学科
准教授 島弘幸

Tel&Fax 055-220-8834

E-mail: hshima@yamanashi.ac.jp

奈良女子大学研究院自然科学系
准教授 吉岡英生

E-mail: h-yoshi@cc.nara-wu.ac.jp

TEL: 0742-20-3381

FAX: 0742-20-3381

自然科学研究機構分子科学研究所 UVSOR 施設
准教授 木村真一

E-mail: kimura@ims.ac.jp

TEL: 0564-55-7202

FAX: 0564-54-7079

本件に関するお問い合せ先
尾上 順
原子炉工学研究所 准教授
電話: 03-5734-3073   FAX: 03-5734-3073
E-mail: jonoe@nr.titech.ac.jp