東工大ニュース
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公開日:2014.05.29
東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センターの堀孝一CREST研究員、地球生命研究所/生命理工学研究科の黒川顕教授、バイオ研究基盤支援総合センター/地球生命研究所の太田 啓之教授、かずさDNA研究所、理化学研究所を含む研究グループは、藻類と陸上植物の中間的な存在である車軸藻植物門「クレブソルミディウム」に着目してゲノム解読を行い、藻類から陸上植物に至る遺伝子の進化過程を解明した。
それを他の藻類や陸上植物と比較して、藻類から陸上植物に至る過程でどのように遺伝子が多様化したのかを明らかにした。またクレブソルミディウムの祖先が陸上環境に適応するための原始的なストレス応答システムを獲得していたことを突き止めた。
解読したゲノム情報は生命が陸上に進出し発展を遂げた過程を詳細に解明するための重要な基盤となる。また、クレブソルミディウムは藻類と陸上植物の中間的な性質を持つため、両方の架け橋として、その遺伝子情報を藻類の培養技術、物質生産技術に応用することも期待される。
この研究はかずさDNA研究所、国立遺伝学研究所、理化学研究所、東京大学などと共同で行った。成果は、2014年5月28日付で英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に掲載される。
植物の陸上への進出は、生命の進化において、陸上での十分な酸素や栄養分の提供のために必須の過程であったと考えられている。そこで、同研究グループは植物が陸上に進出した初期の要因を遺伝子のレベルで明らかにし、陸上植物が地球の生態系において重要な位置を占めるようになった過程を解明することを目指した。
まず、クレブソルミディウムのゲノム配列のほぼ全域を解読し、そのゲノム情報から、約1万6千遺伝子を推定した。次に、ゲノム解析が完了している他の藻類や陸上植物と比較した。その結果、クレブソルミディウムは単純な藻類の形態を持つにもかかわらず、これまで陸上植物に特有と考えられてきた遺伝子やタンパク質ドメイン(注1)を数多く保有していることがわかった(図1)。このように遺伝子全体を比較することで、藻類からクレブソルミディウムの祖先が生まれ、原始的な陸上植物、さらには陸上環境に高度に適応した種子植物が形成された過程で陸上植物に特徴的な遺伝子がどのように増えていったかについて、次のような過程が明らかとなってきた。
(1)より単純な藻類では遺伝子の数が多いほど、多くの種類の遺伝子を持っており、緑藻からクレブソルミディウムの祖先が生まれる際に、新たな陸上植物に特徴的な遺伝子やドメインを獲得した(2)コケ、シダ植物のように陸上環境により適応し、組織や器官の分化が形成されるには同じ遺伝子種内のバリエーションを増加させ、細かな機能調節や発現調節を可能にした(3)最終的に現在の種子植物のような高度な陸上環境への適応と組織分化を可能にするには、すでに獲得したタンパク質ドメイン同志の組み合わせによって新しい組み合わせを生み出し、より新しい機能をもつ遺伝子を生み出したことが重要であった-と考えられる(図2)。
次に研究グループは、この過程の中で、緑藻からクレブソルミディウムの祖先が生まれる際に、どのような遺伝子が獲得されたのかを解析した。比較した生物種の中で陸上植物とクレブソルミディウムのみがもつ1238遺伝子(7.7%)の機能を予測すると、転写因子、情報伝達、ストレス応答、細胞壁、植物ホルモンに関連する遺伝子が多く含まれていることが分かった。
中でも植物ホルモンは現在の陸上植物において成長の制御や環境変化への応答に関わる重要な物質である。実際にクレブソルミディウムに存在しているかどうか測定した結果、陸上植物で、成長に関係するオーキシンや、乾燥などのストレスに応答するアブシシン酸などの植物ホルモンが検出された。
これらの植物ホルモンがクレブソルミディウムにおいてどのような作用をもっているかは、まだ明らかではないが、その情報伝達経路が部分的ながら既に存在しており、クレブソルミディウムが現在の陸上植物につながる原始的な植物ホルモン応答のシステムを持っていることが予測された。
その他にも多細胞化に繋がる遺伝子や、陸上植物に特異的な光合成の環境応答に関わる遺伝子を持っていることも明らかになった。以上のことから、クレブソルミディウムはシンプルな形態でありながら、陸上の様々なストレスに適応するための始原的なシステムを備えていることが分かった。陸上植物の祖先は、そのようなストレス応答システムを複雑に進化させて行くことで厳しい陸上環境に適応していったと考えられる。
46億年の地球の歴史において、地球環境と植物は常に密接な関係の基に発展してきた。植物は生産者として生態系を支えるだけではなく、酸素の発生や二酸化炭素の消費や土壌の形成など、地球環境や生物多様性に大きな影響を与えている。その歴史の中で植物の陸上進出は陸上を様々な生命が活動できるようになった原動力のひとつであり、現在の生物多様性をもたらす礎となったと考えられている。
植物は胞子の化石などから少なくとも約5億年前には陸上に進出していたと考えられている。しかしながら、それまで植物が生活していた水中とは異なり、陸上は乾燥や強い紫外線、大きな温度変化、重力、栄養の欠乏など極めて厳しい環境であり、植物がどのようにして水の中で生活していた藻類から進化し陸上環境に適応していったのかは大きな謎である。
東工大の太田教授をリーダーとする研究グループは、藻類の中で、陸上植物の祖先に最も近いグループである車軸藻植物門の遺伝子を調べることで、植物の陸上進出の謎を解明できると考えた(図3)。車軸藻植物門にも様々な藻類が存在するが、研究グループは糸状性の単純な形態をしたクレブソルミディウム(Klebsormidium flaccidum NIES-2285)に着目した(図4)。クレブソルミディウムは車軸藻植物門の中でも、進化の比較的早い段階で分かれたグループだ。またクレブソルミディウムは湿ったコンクリート壁などにも見られる、陸上でも生育できる気生藻類の一種である。よって陸上進出が起きる前の準備段階にある原始的な植物の特性を備えていることを期待し、ゲノム解析(注2)を開始した。
クレブソルミディウムの遺伝子情報を明らかにしたことで、植物の陸上進出に大きく寄与した可能性があるシステムが明らかとなってきた。遺伝子操作法などを開発していくことで、そのシステムが実際どのような特性を持っているか実験的に確かめることも可能となる。今後、研究グループの解読したゲノム情報は生命の陸上進出にさらなる知見をもたらす基盤となると期待できる。また、クレブソルミディウムは様々な研究の蓄積がある陸上植物と、現在バイオ燃料や有用物質の生産に応用が期待される藻類との中間的な存在である。クレブソルミディウムの解析により藻類と陸上植物の知識を統合し、クレブソルミディウムを遺伝子資源として用いることによって、陸上植物の膨大な研究情報を藻類の培養技術、物質生産技術に応用することができると期待される。
用語説明
(注1) タンパク質ドメイン: 特定の機能を果たすタンパク質が共通して持つ機能領域。多くのドメインは特徴的な立体構造を持ち、タンパク質が機能するうえで重要な働きをする。複雑なタンパク質の構造を構成するパーツと考えることができる。たとえばジンクフィンガードメインは、様々な機能のタンパク質に含まれているが、それらのタンパク質においてDNAに結合する役割を果たしている。
(注2) ゲノム解析: 生物の持つDNAや、RNA(DNAを鋳型としてタンパク質など実際に機能する領域の情報がRNAとして合成される)の塩基配列を解読し解析することによって、生物が持つ遺伝子を予測する。また個々の遺伝子の機能を推定すると共に、その生物の遺伝情報の全体像を把握する解析である。
発表雑誌
雑誌名: |
Nature Communications |
論文タイトル: |
Klebsormidium flaccidum genome reveals primary factors for plant terrestrial adaptation |
著者: |
Koichi Hori, Fumito Maruyama, Takatomo Fujisawa, Tomoaki Togashi, Nozomi Yamamoto, Mitsunori Seo, Syusei Sato, Takuji Yamada, Hiroshi Mori, Naoyuki Tajima, Takashi Moriyama, Masahiko Ikeuchi, Mai Watanabe, Hajime Wada, Koichi Kobayashi, Masakazu Saito, Tatsuru Masuda, Yuko Sasaki-Sekimoto, Kiyoshi Mashiguchi, Koichiro Awai, Mie Shimojima, Shinji Masuda, Masako Iwai, Takashi Nobusawa, Takafumi Narise, Satoshi Kondo, Hikaru Saito, Ryoichi Sato, Masato Murakawa, Yuta Ihara, Yui Oshima-Yamada, Kinuka Ohtaka, Masanori Satoh, Kohei Sonobe, Midori Ishii, Ryosuke Ohtani, Miyu Kanamori-Sato, Rina Honoki, Daichi Miyazaki, Hitoshi Mochizuki, Jumpei Umetsu, Kouichi Higashi, Daisuke Shibata, Yuji Kamiya, Naoki Sato, Yasukazu Nakamura, Satoshi Tabata, Shigeru Ida, Ken Kurokawa, & Hiroyuki Ohta |
DOI番号: |
研究グループ
東京工業大学、かずさDNA研究所、国立遺伝学研究所、東京大学、理化学研究所、東京医科歯科大学、東北大学、静岡大学
研究サポート
本研究は、東京工業大学・東京大学による日本学術振興会、グローバルCOEプログラム「地球から地球たちへ」の支援により2009年度より開始された(グローバルCOEプログラムは2013年度に終了)。2011年度より、太田教授をリーダーとする研究グループが科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(CREST) 「-藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」に採択され、「植物栄養細胞をモデルとした藻類脂質生産系の戦略的構築」の一環として加速的な支援を受け、推進された。
東京工業大学地球生命研究所について
地球生命研究所(ELSI)は、文部科学省が2012年に公募を実施した世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI ※)に採択され、同年12月7日に産声をあげた新しい研究所。
「地球がどのように出来たのか、生命はいつどこで生まれ、どのように進化して来たのか」という、人類の根源的な謎の解明に挑んでいる。
※世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)は、2007年度から文部科学省の事業として開始されたもので、システム改革の導入等の自主的な取組を促す支援により、第一線の研究者が是非そこで研究したいと世界から多数集まってくるような、優れた研究環境ときわめて高い研究水準を誇る「目に見える研究拠点」の形成を目指している。
お問い合わせ先
東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター教授 太田啓之
TEL: 045-924-5736
FAX: 045-924-5823
Email: ohta.h.ab@m.titech.ac.jp
東京工業大学 地球生命研究所 広報担当
TEL: 03-5734-3163
FAX: 03-5734-3416
Email: pr@elsi.jp
【図】