研究

東工大ニュース

光と熱に強いラジカル開始剤の作製

2014.08.22

概要

東京工業大学資源化学研究所の吉沢道人准教授と山科雅裕大学院生らは、ポリマー材料や有機化合物の合成に幅広く使用されるラジカル開始剤が、分子カプセルに内包されることで、光照射や加熱に対して顕著に安定化されることを明らかにした。また、カプセル内で安定化された開始剤を、通常のポリマー合成に使うことにも成功した。本研究成果は、分子カプセルによる“完全な閉じ込め”が鍵であり、これにより汎用的な高活性試薬を机の上で保管し、安全に使用することが可能となった。

利用した分子カプセルは1ナノメートルの内部空間を有し、水系溶媒中で1分子のラジカル開始剤(AIBNなど)を自発的かつ定量的に内包した。通常、開始剤は光や熱の刺激によりラジカル種を生じ、短時間で分解する。一方、分子カプセルに内包された開始剤はカプセル骨格の光遮蔽効果により、光照射による分解が顕著に抑制された(380倍以上の光安定化)。また、サイズの大きいラジカル開始剤は、カプセル骨格の圧縮効果で、熱による分解も抑制されることが明らかになった。さらに、内包された開始剤は、有機溶媒中でカプセル内から自発的に放出され、モノマー共存下で光照射または加熱により、ラジカル種の発生を経由して効率良くポリマーが生成した。

これらの研究成果は、最先端・次世代研究開発支援プログラムの支援によるもので、英国科学誌Nature Publishing Groupの「Nature Communications」のオンライン版に、2014年8月18日(英国時間)付けで掲載された。

研究の背景とねらい

アゾ系のラジカル開始剤[用語1]のAIBN(アゾビスイソブチロニトリル)およびその誘導体は、光照射や加熱によりラジカル種を容易に生成する(図1a)。そのため、実験室から工場スケールまで、様々なポリマー[用語2]材料や有機化合物の合成に利用されている。しかしながら、光と熱に対して反応性が高く、取扱いによっては爆発の危険もあるため、それらは冷暗所で保存する必要がある。そこで吉沢准教授と山科大学院生らは、この汎用性の高活性試薬を安全に使う手段として、分子カプセルによる内包を考案した。

分子カプセルとして、吉沢准教授らの研究グループが3年前に開発した複数のアントラセン環[用語3]を含む球状構造体1を用いた(図1b,c)[文献1]。この構造体は、2つのアントラセン環を連結した湾曲型の有機分子と金属イオンを4:2の比率で加熱撹拌するだけで定量的に合成できる。その内部には、8つアントラセン環によって完全に囲まれた約1ナノメートルの空間を有し、球状のフラーレンC60[用語4]や平面状のピレンなどが強く内包される特徴を示す[文献2]。本研究では、この分子カプセルの高い分子内包能とアントラセン骨格(多環芳香族骨格)による光遮蔽効果に着目して、上記のラジカル開始剤の安定化に挑戦した。

図1 (a) ラジカル開始剤AIBNの構造式と光または熱による分解。 (b,c) 分子カプセル1の模式図とその構造式。

図1 (a) ラジカル開始剤AIBNの構造式と光または熱による分解。 (b,c) 分子カプセル1の模式図とその構造式。

研究内容

ラジカル開始剤の内包

AIBNとカプセル1を1:1の比で水系溶媒(水:アセトニトリル=9:1)に加え、室温で1分程度撹拌すると、AIBNは疎水性相互作用[用語5]を駆動力として、自発的かつ定量的に分子カプセルに内包された(図2a)。内包体の構造は核磁気共鳴装置(NMR)、質量分析およびX線結晶構造解析で決定した。結晶構造解析から、1分子のAIBNが分子カプセルに内包され、しかも8つのアントラセン環によって完全に覆われていることが明らかとなった(図2b)。同様の方法で、AIBNの誘導体である大きなラジカル開始剤AMMVNの内包にも成功した(図2c)。

図2 (a) AIBNを内包した分子カプセルの合成と光安定化。 (b) AIBN内包カプセルの結晶構造:シリンダーモデル(左)と空間充填モデル(右)。 (c) AMMVN内包カプセルの合成と光・熱安定化。

図2 (a) AIBNを内包した分子カプセルの合成と光安定化。 (b) AIBN内包カプセルの結晶構造:シリンダーモデル(左)と空間充填モデル(右)。 (c) AMMVN内包カプセルの合成と光・熱安定化。

光および熱に対する安定化

単独のAIBNは有機溶媒中、360 nmの紫外光照射で完全に分解した。これに対して、カプセル1に内包されたAIBNは同条件下で380倍以上も光安定化されることが明らかとなった(図2a)。これはカプセルのアントラセン環が紫外光を吸収するため、内部のAIBNが光の影響を受け難いことに由来する。また、室温で分解するほど高活性で大きなサイズの開始剤AMMVNでは、内包によりカプセルからの圧縮効果を受けるため、光だけではなく、50 ℃の加熱に対しても645倍以上の安定化が観測された(図2c)。

ポリマー合成

分子カプセルに内包されたラジカル開始剤は、有機溶媒中に加えるだけで簡単に取り出すことができた。実際に、水中で作製したAIBN内包カプセルの粉末を(図3a)、アクリル樹脂の原料であるMMA(メタクリル酸メチル)モノマーのトルエン溶液に添加すると、AIBNはカプセルから瞬時に放出された(図3b)。その溶液に光照射または加熱をすることで、効率よくポリマーが生成することを見出した(図3c)。得られたポリマーはAIBNを単独で用いた場合と同質であり、また、反応後のカプセルはポリマーの精製過程で簡便に除去できる。すなわち、AIBNの保存容器であるカプセルは反応を阻害せず、既存のラジカル反応に利用できることが実証された。

図3 内包されたラジカル開始剤を利用したポリマー合成: (a) 水中で作製したカプセル化開始剤、(b) 有機溶媒中でカプセルからの開始剤放出、(c) 光照射または加熱によるポリマー合成。

図3 内包されたラジカル開始剤を利用したポリマー合成: (a) 水中で作製したカプセル化開始剤、(b) 有機溶媒中でカプセルからの開始剤放出、(c) 光照射または加熱によるポリマー合成。

今後の研究展開

合成試薬のジレンマは、反応性の高い試薬はより反応性の低い基質と反応することができるが、一方で、その試薬は分解し易く、保存や使用が難しくなる傾向がある。今回の研究では、そのジレンマを解決する1つの手法が示された。すなわち、活性なラジカル開始剤を分子カプセルに内包することで、光と熱に対して顕著に安定化されるが、本来の反応性を維持しているため、開始剤の放出によりポリマー合成に利用することができた。今後は、分子カプセルによる様々な高活性試薬や反応中間体の保管と利用への挑戦が期待される。

用語説明

[用語1] ラジカル開始剤 : 外部刺激によりラジカル種(不対電子)を発生することができる試薬。反応性が高いため冷暗所で保管する必要がある。

[用語2] ポリマー : 複数のモノマー(単量体)が結合して鎖状や網状になった化合物。プラスチックなど身の回りの多くの製品に利用されている。

[用語3] アントラセン : 剛直なパネル状の多環芳香族分子。

[用語4] フラーレン : 炭素原子60個から成るサッカーボール状の分子。

[用語5] 疎水性相互作用 : 油と同様の性質をもつ化合物またはその部位は、水中で互い集まる(引き合う)現象を示す。

掲載雑誌名、論文名および著者名

雑誌名 :
Nature Communications(英国科学誌; Nature Publishing Group)
論文名 :
Safe Storage of Radical Initiators within a Polyaromatic Nanocapsule
(ナノカプセルの内包によるラジカル開始剤の安全保管法)
著者名 :
Masahiro Yamashina, Yoshihisa Sei, Munetaka Akita, Michito Yoshizawa*
(山科雅裕、清悦久、穐田宗隆、吉沢道人)
DOI :

主な研究支援

最先端・次世代研究開発支援プログラム (内閣府)

研究内容に関するお問い合わせ先

東京工業大学 資源化学研究所 准教授 吉沢道人
Email: yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp
TEL: 045-924-5284
FAX: 045-924-5230