研究

東工大ニュース

ゲノムによって解き明かされた巨大硫黄酸化細菌の生理生態

2014.11.18

ポイント

  • 淡水湖沼に生息する硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌の完全長ゲノム配列を、メタゲノム解析により決定。
  • ゲノムから推定された機能が実際の生息環境で発揮されていることをタンパク質の解析で確認。
  • 環境に大きく影響する硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌の生態解明に向けた重要な手掛かりを提供。

概要

細胞内に硝酸イオンを蓄積する能力を持つ一群の硫黄酸化細菌は、バクテリアとしては非常に大きな体サイズを持ち、水界における炭素・窒素・硫黄・リンの循環に重大な影響を及ぼしていると考えられています。硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌は純粋培養が得られておらず、その生理学的特性は部分的にしか明らかになっていませんでした。本研究では、硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌の一種であるThioploca ingrica(チオプローカ)を対象とした解析を行い、このグループの細菌として初めての完全ゲノム配列を得ることに成功しました。さらに、タンパク質を網羅的に解析することにより、遺伝子の解析から示唆された重要な機能のいくつかが、実際に湖沼の堆積物中で発揮されていることを確認しました。

なお、本研究は文部科学省科学研究費新学術領域研究「ゲノム支援」(代表:小原雄治)により、宮崎大学の林哲也教授、東京工業大学の黒川顕教授らとの共同研究として実施しました。

背景

細胞内に硝酸イオンを蓄積する能力を持つ一群の硫黄酸化細菌は,バクテリアとしては非常に大きな体サイズを持ち,水界における炭素・窒素・硫黄・リンの循環に重大な影響を及ぼしていると考えられています。特定の微生物の性質を詳しく調べるためには、目的外の微生物が存在しない状態で培養すること(純粋培養)が必要となりますが、これらの硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌は純粋培養が得られておらず、その生理学的特性は部分的にしか明らかになっていませんでした。これらの中で唯一、淡水環境で安定した個体群を維持している種が、Thioploca ingrica(チオプローカ)です。チオプローカの生息は、琵琶湖などの限られた湖沼の堆積物中で確認されています。培養できない微生物の機能を探る手段としては、その生物が持つ全ての遺伝子を網羅的に検出、解析することが考えられます。

ある機能に関わる遺伝子を持つことは、潜在的にその機能を持つことを示唆しますが、実際に機能が発揮されるためには遺伝子の情報を基にタンパク質が合成されている必要があります。

研究手法

従来知見が欠けていた、淡水に生息する硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌の生理学的特性を明らかにするため、北海道千歳市に位置するオコタンペ湖で試料の採取を行いました。底泥堆積物から集めたチオプローカの試料を濾過滅菌した湖水で繰り返し洗浄することによって、他の微生物をできるだけ取り除いた上でDNAを抽出しました。このDNAを対象に、複数種の生物が混在した状態でのゲノム解析(メタゲノム解析)を行うことでチオプローカの全ゲノム塩基配列を決定しました。さらに、洗浄したチオプローカの試料からタンパク質を抽出した上で網羅的な解析を行い、ゲノム上の遺伝子が実際にタンパク質として発現しているかどうかを確認しました。

研究成果

洗浄したチオプローカ試料のメタゲノム解析により、このグループの細菌として初めての完全なゲノム配列を得ることに成功しました。これにより、チオプローカが持つ全ての遺伝子の配列が得られ、また近縁種で存在が示されていたいくつかの遺伝子をチオプローカが保持していないことが確認されました。存在の確認された遺伝子を解析することにより、生育に必要なエネルギーや細胞を構成するための材料(炭素・窒素・リン等)をどのようにして獲得しているのかを推定することができました。さらに、タンパク質の網羅的な解析により、遺伝子の解析から示唆された重要な機能のいくつかが、実際に湖沼の堆積物中で発揮されていることが確認されました。

今後への期待

今回確認されたチオプローカの着目すべき機能のひとつとして、硝酸イオンから窒素ガスへの還元(脱窒)が挙げられます。脱窒は、富栄養化の原因である窒素化合物を水界から除去する重要な機能です。チオプローカが実際に湖沼からの窒素除去にどの程度寄与しているかを解明することが、今後の課題として挙げられます。硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌は海洋において窒素をはじめとする諸元素の循環に大きく影響していることが知られています。その特殊な形態や硝酸イオン蓄積能力などからも注目されていますが、これらの特性がどのようにして生じているのかは、未だ解明されていません。硝酸イオン蓄積硫黄酸化細菌全体の生態や生理学的な特性を探る上でも,本研究で得られた成果が重要な手掛かりを提供するものと期待されます。

本研究を実施したオコタンペ湖の様子。一般の立ち入りは禁止されており、調査は環境省並びに森林管理署の許可を得て行っている。

  • 図1.
    本研究を実施したオコタンペ湖の様子。一般の立ち入りは禁止されており、調査は環境省並びに森林管理署の許可を得て行っている。
  • オコタンペ湖の底泥の拡大写真。矢印で示した白い糸状のものがチオプローカ。

    図2. オコタンペ湖の底泥の拡大写真。矢印で示した白い糸状のものがチオプローカ。

    チオプローカの顕微鏡写真。チオプローカの細胞は、単体硫黄(S0)の顆粒を内包しており、これが連なって糸状体と呼ばれる構造が形成される(上段)。さらに、数本から数十本の糸状体が束になり、その外側をシース(鞘)と呼ばれる構造が覆う形で生育している(下段)。 シースは長さ数cmに達し,肉眼でも十分に捉えることができる。

  • 図3.
    チオプローカの顕微鏡写真。チオプローカの細胞は、単体硫黄(S0)の顆粒を内包しており、これが連なって糸状体と呼ばれる構造が形成される(上段)。さらに、数本から数十本の糸状体が束になり、その外側をシース(鞘)と呼ばれる構造が覆う形で生育している(下段)。 シースは長さ数cmに達し,肉眼でも十分に捉えることができる。
  • 論文情報

    掲載誌 :
    The ISME Journal
    論文タイトル :
    Ecophysiology of Thioploca ingrica as revealed by the complete genome sequence supplemented with proteomic evidence
    (完全ゲノム配列と網羅的タンパク質解析によって明かされた Thioploca ingrica の生理生態)
    著者 :
    小島久弥1、小椋義俊2、山本希3、富樫智章3、森宙史3、渡邉友浩1、根本富美子1、黒川顕3、林哲也2、福井学1
    所属 :
    1: 北海道大学、2: 宮崎大学、3: 東京工業大学
    DOI :
    公表日 :
    2014年10月24日(金)オンライン公開

    問い合わせ先

    東京工業大学 地球生命研究所
    教授 黒川 顕(くろかわ けん)
    TEL:045-924-5139 / FAX:045-924-5139
    Email:ken@bio.titech.ac.jp