研究

東工大ニュース

火星に新しい水素の貯蔵庫を発見 ―火星の海はどこへ消えたのか?―

2014.12.24

要点

  • 火星隕石の水素同位体分析により火星地下に新たな水素の貯蔵層を発見
  • 水素の貯蔵層は含水化した地殻か氷(凍土)として火星地下に存在
  • その存在量は過去に存在した海水量に匹敵する可能性を提示

概要

東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻の臼井寛裕助教らは、火星隕石の水素同位体分析に基づき、火星地下に新たな水素の貯蔵層が存在することを発見した。水素貯蔵量は過去に火星表面に存在した海水量に匹敵し、現在は地下に凍土あるいは含水化した地殻として存在していることを突き止めた。

水の主成分である水素の同位体組成[注1] は、惑星表層水の歴史を知る上で優れた化学的トレーサーだが、二次的変質や分析時の汚染の影響を受けやすいため、これまで信頼性の高い分析が行われていなかった。臼井助教は米航空宇宙局(NASA)ジョンソン宇宙センターとの国際共同プロジェクトにより、二次イオン質量分析計を用いた低汚染での水素同位体分析法を開発、火星隕石の衝撃ガラス[注2] に含まれる微量な火星表層水成分の高精度水素同位体分析に世界で初めて成功した。

火星はかつて液体の水が海として存在するほど温暖で湿潤な惑星だったが、その水が現在「どこに」「どのように」「どれくらい」存在しているかは惑星科学における大きな謎だった。火星の地下に現在でも大量の水素が貯蔵されているという研究成果は、将来の火星生命探査・有人探査計画の策定に強く反映されることが期待される。

この成果は2015年1月15日付の欧州科学誌「Earth & Planetary Science Letters」に掲載される。また12月18日付(日本時間19日)でNASAもニュースリリースする。

研究成果

東工大の臼井助教はNASAジョンソン宇宙センターのサイモン(Simon)、ジョーンズ(Jones)両博士、米カーネギー研究所のアレキサンダー(Alexander)、ワング(Wang)両博士との共同研究により、過去の火星表層水の高精度水素同位体分析に世界で初めて成功した。

臼井助教らは、火星表層水成分を含んでいる火星隕石中の衝撃ガラス(図1)に着目し、その表層水成分がマントル中に保持されている始原的な水(初生水[注3] )および火星大気中の水蒸気のいずれとも異なる、中間的な水素同位体比を保持することを明らかにした(図2)。

火星隕石に含まれる衝撃ガラス(赤矢印)の電子顕微鏡写真。

図1. 火星隕石に含まれる衝撃ガラス(赤矢印)の電子顕微鏡写真。

火星の“水”の水素同位体図。重水素/水素比(D/H)を地球の標準海水(SMOW)からの千分率で示してある(δD)。衝撃ガラスに含まれる地下氷あるいは地殻中の水の水素同位体比(水色)は、マントルに含まれる初生水(オレンジ)や大気中の水蒸気(黒)とは異なる中間的な同位体比を示す。

  • 図2.
    火星の“水”の水素同位体図。重水素/水素比(D/H)を地球の標準海水(SMOW)からの千分率で示してある(δD)。衝撃ガラスに含まれる地下氷あるいは地殻中の水の水素同位体比(水色)は、マントルに含まれる初生水(オレンジ)や大気中の水蒸気(黒)とは異なる中間的な同位体比を示す。
  • 臼井助教らはこのような中間的な水素同位体が、液体の水の循環が活発であった頃(約40億年前)の水の水素同位体比を反映していることから、当時の水がその後、氷(凍土)か含水鉱物として火星地殻内部に取り込まれたというモデルを提示した(図3)。また、地下に取り込まれた水の貯蔵量は当時の海水量に相当するという計算結果も示した。

    今回発見された新たな水素の貯蔵層の場所を表した火星の模式断面図。水素貯蔵層は(a)含水鉱物として地殻中に取り込まれるか、(b)氷として凍土層として存在する。凍土層として存在する場合は、古海洋が存在したと考えられる北半球に水成堆積物と互層する形で存在すると予想される。
    今回発見された新たな水素の貯蔵層の場所を表した火星の模式断面図。水素貯蔵層は(a)含水鉱物として地殻中に取り込まれるか、(b)氷として凍土層として存在する。凍土層として存在する場合は、古海洋が存在したと考えられる北半球に水成堆積物と互層する形で存在すると予想される。
  • 図3.
    今回発見された新たな水素の貯蔵層の場所を表した火星の模式断面図。水素貯蔵層は(a)含水鉱物として地殻中に取り込まれるか、(b)氷として凍土層として存在する。凍土層として存在する場合は、古海洋が存在したと考えられる北半球に水成堆積物と互層する形で存在すると予想される。
  • 研究の背景

    火星は地球から最も近い距離にある生命の存在条件を満たした惑星として、欧米を中心に数多くの探査研究が行われており、火星に関する我々の知見は近年、飛躍的に向上している。特に、約30億年より古い地質体を中心に多くの流水地形や多種類の含水粘土鉱物が広範囲に渡り相次いで発見され、火星はかつてその表層に液体の水が存在しうるほど温暖で湿潤な環境であったことが示唆されている。

    一方で、現在の火星は極域に少量の氷が発見されているのみである。生命の存在条件に支配的な影響を与える火星の水の歴史(「いつ」「どのように」火星表面から失われ、現在「どこに」「どのような形態で」「どのくらい」存在しているのか?)に関しては統一した見解が得られていないのが現状である。

    研究の経緯

    水の主成分である水素の同位体は、海や氷床の蒸発および水蒸気を含む大気の宇宙空間への散逸過程において顕著な同位体分別を生じることから、惑星表層水の歴史を知るうえで優れた化学的トレーサーである。その一方で、水素同位体は二次的変質や分析時の汚染の影響を受けやすいため、火星隕石をはじめとした地球外試料に関して信頼性の高い分析が行われてこなかったというのが現状だった。そこで臼井助教はNASAジョンソン宇宙センター、カーネギー研究所と共同で、低汚染での水素同位体分析法を開発した(Usui et al. 2012 EPSL[参考文献1] )。

    火星隕石には微惑星など小天体の落下による衝撃で形成された衝撃ガラスが含まれている。この衝撃ガラスには火星大気や表層成分が含まれていることが知られていたが、その表層成分に含まれる水素量が非常に少なく、従来の分析法では高精度な水素同位体分析が困難だった。今回の研究では、臼井助教らによって開発された分析法(Usui et al. 2012)を用い、世界で初めて火星隕石に含まれている過去の表層水成分の高精度水素同位体分析に成功した。

    今後の展開

    今回の研究で、一見すると乾燥した砂漠のような惑星である火星に、現在でも大量の水素が氷(H2O)あるいは含水鉱物(OH基)として地下に存在していることを示した。水素は重要な生命必須元素のひとつであるため、この地下の水素を利用した火星生命が、紫外線や宇宙線の影響を逃れるかたちで存在している可能性が示唆される。

    一方で、今回のような隕石研究では、地下水素の存在地域や存在量を厳密に特定することはできず、火星探査によるグローバルなリモートセンシング観測が必要となってくる。今後は火星サンプルリターンや火星有人探査といった、火星生命(あるいはその痕跡)の検出を第一目的とした探査が国際的に数多く計画されており、この研究成果がこれら探査計画の策定に強く反映されることが予想される。

    用語説明・参考文献

    [注1] 水素同位体組成 : 質量1の軽水素(H)と質量2の重水素(D)の比(D/H)。

    [注2] 衝撃ガラス : 衝撃ガラスとは、微惑星など小天体の衝突による衝撃で形成されたものであり、衝突の影響により火星大気・表土成分が混入していることが示唆されている。

    [注3] 初生水 : 約45億年前の火星誕生時に火星マントルに取り込まれた始原的な水。火星の初生水に関する臼井助教らの過去の研究により(Usui et al. 2012 EPSL)、火星の水は地球と同様、小惑星帯を起源とすることが明らかとなっている。

    [参考文献1] Usui et al. 2012 EPSL : DOI:10.1016/j.epsl.2012.09.008 outer

    論文情報

    掲載誌 :
    Earth and Planetary Science Letters, 410, Pages 140-151
    論文タイトル :
    Meteoritic evidence for a previously unrecognized hydrogen reservoir on Mars
    著者 :
    Tomohiro Usui, Conel M. O'D. Alexander, Jianhua Wang, Justin I. Simon, John H. Jones
    DOI :

    問い合わせ先

    大学院理工学研究科 地球惑星科学専攻
    助教 臼井寛裕
    Email: tomohirousui@geo.titech.ac.jp