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遺伝子大量発現による細胞リプログラミングの原理を解明

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公開日:2015.05.15

概要

東京工業大学大学院総合理工学研究科地球生命研究所の木賀大介准教授らは、理化学研究所と共同で、数理モデルと培養実験を組み合わせる合成生物学の研究により、遺伝子大量発現[用語1]による細胞リプログラミング(初期化)の原理を明らかにした。

研究の背景

遺伝子からのタンパク質の生産を大量に行わせることが、iPS細胞の作成過程など、細胞の性質を転換させるリプログラミングの種々の研究と活用での、再現性の高い重要な実験操作になっている。しかし、京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授が発見したiPS細胞の作成における4遺伝子の役割など、遺伝子の大量発現がリプログラミングの過程において、どのようなメカニズムを誘起しているかということについては明らかになっていなかった。

合成生物学は、伝統的な生物学が「観る」ことに立脚していたことに対し、「つくる」ことを研究手段とする生物学の新たな領域である。50年以上の歴史を持つ分子生物学においても、生物の構成要素を分離して「観る」ことが続けられてきたが、生物の複雑さに起因して、他分野の科学に多くみられる、数理モデルに立脚した理解が進みにくいという状況があった。

そこで、合成生物学の一部では、単純化された系を生物の中につくり、そのナマものの挙動と、モデルの挙動とを比較することで、生物システムの根本的な理解を目指している。2000年に発表された、2つの遺伝子が、お互いの生産能力を阻害する、遺伝子による相互抑制回路「トグルスイッチ」[用語2]の研究や、これに細胞間通信を組み合わせるように拡張して「細胞状態の地形」を描いた2011年の木賀准教授らの研究は、この路線によって行われている。

研究成果

木賀准教授らは、2種類の遺伝子について、生産の相互抑制回路と、この抑制制御とは別途に研究者が指定する任意の速度で生産を行う「大量発現回路」とを組み合わせて、上位階層の回路を作成した。その結果、この生産速度の研究者による設定に応じて、(1)上位階層の回路の安定性を単安定(図で谷が1つの状態)と相安定(図で谷が2つの状態)の間で切り替えられること、(2)単安定となる状態の位置も設定できること―を理論的に示した。そして、この予測を培養実験によって、設計された生物の挙動として示すことができた。

実験操作の開始前に、2つある安定状態の片方の内部状態を持つ細胞のみからなる集団について、遺伝子の大量発現による単安定性への変化により、その内部状態が、基底の地形での「山」の位置へと遷移する。その後、大量発現の解除によって基底の地形へと戻ることで、細胞たちは「山」の部分にとどまることができない。このため、引き続く培養によって、1種類の内部状態(左図では緑)であった細胞群から、内部状態が異なる2種類の細胞群(左図では赤、緑)へと多様化する。
図.
実験操作の開始前に、2つある安定状態の片方の内部状態を持つ細胞のみからなる集団について、遺伝子の大量発現による単安定性への変化により、その内部状態が、基底の地形での「山」の位置へと遷移する。その後、大量発現の解除によって基底の地形へと戻ることで、細胞たちは「山」の部分にとどまることができない。このため、引き続く培養によって、1種類の内部状態(左図では緑)であった細胞群から、内部状態が異なる2種類の細胞群(左図では赤、緑)へと多様化する。

本研究では、遺伝子からの生産速度の調整と解除を続けて行う実験操作によって、状態Aの細胞集団から状態AとBの細胞集団を、予測通りに作り出すことができた。最初の状況では、細胞集団が二つの谷のうち片方の谷(状態A)のみに存在する。遺伝子の大量発現によって、谷が一つとなった状態での谷の位置を、基底の地形である相安定状態での「山」の部分に持ってくることを想定した。この位置に細胞の内部状態が引き寄せられる結果、谷の数が二つに戻った際には細胞の集団が尾根をまたぐように位置する。その結果、続く培養によって、それぞれの谷(状態AとBに)細胞が分配される状況を作り出した。その逆に、状態Bの細胞集団から状態AとBの細胞集団を作り出せることも培養実験によって示した。これは、細胞のリプログラミング操作と、続く培養による細胞の自律的な分化に相当する。

続いて、拡張した数理的な解析から、この生産速度の調整による単安定性の誘導に基づくリプログラミングが、種々の制御系から成り立っている天然の遺伝子ネットワークにも適用できることを示した。

今後の展開

これまでの細胞リプログラミングの過程を今回の研究の観点から改めて検証することで、より効率の良い幹細胞の作成手順の確立につながる。また、微生物を用いた有用物質の生産の高度化が期待できる。

用語説明

[用語1] 遺伝子大量発現 : 生物学では、遺伝子からのタンパク質の生産を、「発現」と呼ぶ。天然の状態よりも極めて速い生産速度でタンパク質を生産することは、特に、遺伝子の大量発現と呼ばれる。

[用語2] 遺伝子相互抑制回路「トグルスイッチ」 : 遺伝子による相互抑制回路は、分子の各種性質を総合することで、個々の遺伝子産物の存在量によって示される内部状態として、2つの安定状態を持つ場合と、一つしか安定状態がない場合とに分かれることが、理論と実験によって示されている。

論文情報

掲載誌 :
ACS Synthetic Biology 3(9):638-644 (2014).
論文タイトル :
General applicability of synthetic gene-overexpression for cell-type ratio control via reprogramming.
著者 :
Kana Ishimatsu, Takashi Hata, Atsushi Mochizuki, Ryoji Sekine, Masayuki Yamamura, and Daisuke Kiga
所属 :
Department of Computational Intelligence and Systems Science, Tokyo Institute of Technology, Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology,. RIKEN Advanced Science Institute
DOI :

問い合わせ先

大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻
准教授 木賀大介
Email : kiga.d.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5213 / Fax : 045-924-5213

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