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書き換え可能な電子素子を分子一つだけで開発―究極の微細化と低消費電力の電子回路へ一歩―

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公開日:2015.07.01

要点

  • 単分子を用いた書き換え可能な電子素子を開発
  • かご状分子の中に積層する分子を選び、導電性ワイヤ、ダイオードを作製
  • 積層させた分子は出し入れでき、単分子素子の機能を自由に変えられる

概要

東京工業大学大学院理工学研究科の藤井慎太郎特任准教授と木口学教授、元素戦略研究センターの多田朋史准教授、東京大学工学系研究科の藤田誠教授らは、分子一つ(単分子)を用いた書き換え可能な電子素子の開発に成功した。かご状分子の中に同種の分子を積層させることで導電性が、異種の分子を積層させることで整流性が発現することを、単分子計測を用いて明らかにした。

かご中に積層させた分子は、化学処理によってかごの中から出し入れ可能で、1分子を用いた電子素子の機能を自由に変えることができる。今回は導電性ワイヤ(配線)と抵抗、ダイオード[用語1]を作製したが、今後、単分子のトランジスタなどを開発し、究極の微細化と低消費電力の電子回路の実現を目指す。5月13日発売の「Journal of American Chemical Society」で発表された。

研究の背景

コンピュータやスマートフォンをはじめとする電子機器の高機能化はシリコンの微細加工技術によって支えられている。だが、微細化の限界が近づいており、新たな原理に基づく微小電子素子の開発が急務となっている。単分子に素子機能を付与する単分子素子は、究極サイズの省電力微小電子素子として注目を集めている。

単分子素子は微小なだけでなく、単分子が金属電極間に架橋した構造となっており、金属と分子の接合界面での相互作用、低次元性、ナノサイズを反映して、孤立分子や分子集合体とは異なる物性の発現も期待できる。これらの新規物性を利用できるのも単分子素子の特徴である。そこで、東京工業大学の藤井特任准教授、東京大学の藤田誠教授らは、機能を自由にデザイン、取り替え可能な単分子素子の開発を目指した。

研究成果

実験には、かご状の分子に電子を出しやすいドナー分子のトリフェニレン、電子を受け入れやすいアクセプター分子のナフタレンジイミドを積層させた超分子を用いた。積層させた分子はトルエンなどを用いて、化学処理によってかごの中から抽出可能である。

走査型トンネル電子顕微鏡(STM[用語2])を用いて、金電極間に単一の超分子を架橋させて単分子接合を作製した。具体的には、分子を含む溶液中で金(Au)のSTM探針をAu単結晶基板に一度ぶつけて引き離すプロセスを繰り返した。探針をぶつけると金の接合ができるが、それを引き離すと接合が破断し、探針と基板間にギャップが形成される。ギャップ形成後、多数の分子が電極間を架橋するが、引き離すに従い、架橋分子数が減少し、最後は単分子を架橋させることができる。

かご分子内に積層させる分子を選択することで、単分子を用いた抵抗、導線、ダイオードを作りわけることができる。また、積層させる分子はかごから出し入れ可能であるので、機能を自由に変えられる。
図1.
かご分子内に積層させる分子を選択することで、単分子を用いた抵抗、導線、ダイオードを作りわけることができる。また、積層させる分子はかごから出し入れ可能であるので、機能を自由に変えられる。

図2に作製した単分子接合の電流―電圧特性を示す。ドナー分子とアクセプター分子を積層させた場合では正側で伝導度が高いこと、ドナー分子を2枚積層させた場合では伝導性が極性に依存しないことが分かる。かご内に分子を積層させないと、伝導度は検出限界以下となった。この結果は、ドナー分子を積層させると高い伝導性を示す導電性単分子ワイヤとなり、ドナーとアクセプター分子を積層させると単分子ダイオードとなることが分かる。

理論計算を行うことで、実験で観測された整流特性は再現され、電子の流れる方向はドナー分子からアクセプター分子であることが分かった。さらにドナー分子とアクセプター分子を積層させた場合、ドナー分子側の分子軌道が金の電極により強く相互作用し、片側の電極電位の影響を強く影響をうけるため整流特性が発現することも明らかとなった。

電極間に架橋させた単一超分子の電流―電圧特性。(左)ドナー分子とアクセプター分子を積層させた場合の結果。正側の方が高い伝導度を示す。(右)ドナー分子を積層させた場合の結果。正負共に同程度の伝導性を示す。
図2.
電極間に架橋させた単一超分子の電流―電圧特性。(左)ドナー分子とアクセプター分子を積層させた場合の結果。正側の方が高い伝導度を示す。(右)ドナー分子を積層させた場合の結果。正負共に同程度の伝導性を示す。

今後の展開

今回の研究により、1分子を用いた機能を自由にデザインし、変えることのできる電子素子を開発した。最終的には、基板上に集積化して、かご内に積層する分子を目的に応じて選択し、自由にプログラミング可能な回路の作製を目指す。まずは、個々の素子の性能の向上および新たな機能をもった素子開発を行う。

今回得られた単分子ダイオードの整流性は最大でも10であった。積層させる分子やかごの大きさなどを最適化することで、さらなる整流比の向上を目指す。分子でコンピュータをつくるには、配線、ダイオード、トランジスタ、メモリが必要な要素となる。今回、かご分子内に積層する分子を選択することで、配線、ダイオードをつくりわけることができた。光や電気化学電位によって、構造や酸化状態の変わる分子を積層することによって、トランジスタやメモリ機能を有する単分子素子の開発を目指す。

用語説明

[用語1] 単分子ダイオード : ダイオードとは、電圧をかける向きによって電気の流れやすさが異なる電子素子であり、単分子でダイオードをつくったものを単分子ダイオードと呼ぶ。1974年にアビラムとラトナーによって理論提案され、単分子を用いたエレクトロニクスのさきがけとなった。

[用語2] 走査型トンネル電子顕微鏡 : 原子レベルで導電性の基板の表面構造を観察出来る顕微鏡。金属の探針を導電性の基板表面に数nm以下まで近づけると、トンネル効果によって、探針と基板間にトンネル電流が流れる。トンネル電流は探針と基板間の距離に敏感なため、電流の大きさを一定になるように探針を上下させる。探針の動きから表面の凹凸に関して情報を得ることができる。

論文情報

掲載誌 :
Journal of American Chemical Society, 2015, 137 (18), pp 5939-5947
論文タイトル :
Rectifying Electron-Transport Properties through Stacks of Aromatic Molecules Inserted into a Self-Assembled Cage
著者 :
Shintaro Fujii*1, Tomofumi Tada*2, Yuki Komoto1, Takafumi Osuga3, Takashi Murase3, Makoto Fujita*3, and Manabu Kiguchi*1
所属 :
1: Department of Chemistry, Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology
2: Materials Research Center for Element Strategy, Tokyo Institute of Technology
3: Department of Applied Chemistry, School of Engineering, The University of Tokyo
DOI :

問い合わせ先

大学院理工学研究科 化学専攻
特任准教授 藤井慎太郎
Email : fujii.s.af@m.titech.ac.jp
教授 木口学
Email : kiguti@chem.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2071 / Fax : 03-5734-2071

東京工業大学 広報センター

Email : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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