東工大ニュース
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東京工業大学では、大学レベルの講義を高校の生徒に体験してもらって「未知の分野への挑戦から何かをつかみとる」というユニークな夏の合宿サマーチャレンジを2004年度以来、1年も欠かさずに継続しています。基礎学力はもちろんのこと、発想力・独創性・グループワーク力こそが未来の科学技術を担う人材に必要と考え、高校生のうちからそうした力を涵養したいと意図してのことです。
進化するサマーチャレンジの歴史にふさわしく、今年は従来の連携先である東工大附属とお茶の水女子大附属に加えて新たに学芸大学附属高校を迎え、また一般参加校も10校へと拡大しました。参加校13校、参加生徒数64名、うち女子生徒28名、いずれも過去最大記録です。多彩なバックグラウンドを有するパワフルな生徒たちが賑やかに集い、嵐山の森に、たくさんの知的冒険と出会いの花が咲きました。そんな熱い3日間をリポートします。
大学院社会理工学研究科社会工学専攻 山室恭子教授
事前に各自が執筆してきた短い文章を、匿名の状態でディスカッションして評価しあうという、東工大の名物講義をそのまま持ち込んで、初対面のメンバー同士のアイスブレイクとしました。
今年のお題は「花」。ひまわりを咲かせたり蝶々を飛ばしたりと個性が咲きそろったなか、意表を衝いた「小麦粉フラワー」ネタが一等賞でした。自分たちが書いた文章を議論することで、メンバー同士の親しみも湧き、なだらかなテイク・オフをどの班も達成できたようです。
大学院理工学研究科地球惑星科学専攻 太田健二講師
「さあてお立ち会い、ここなる装置でぐぐっと圧力をかけて、常温の氷をつくってみましょう。スクリーンいっぱいに生成される氷。で、この氷、なんと水に沈むんです!」
とんでもなく高圧で高温な地球の内部では、いったいどんなフシギ現象が起きているのか。どろどろのマグマが渦巻いていると思ったら大間違いです。深さ410kmまでの上部マントルは宝石箱、きらきらとグリーンに輝くかんらん石が詰まっています。もっと潜ったマントル遷移層は、さながら貯水湖、石のなかに水がぎゅうっと凝縮されて入っています。海水の何倍になるか、計算してみましょう。
地球のコアを目ざす旅。それは私たちの惑星が、どんな豊かなドラマを内に秘めているかを解き明かす旅でもありました。
大学院理工学研究科材料工学専攻 上田光敏准教授
初日の夜は恒例の「身近なグッズを3つ分解してみよう」。今年はまずメトロノーム、音楽室の高価な常備品です。潔くバラバラにして、リズムを刻むメカニズムを解明しましょう。「あれ、ぽーんとヘンな部品が飛び出してきたよ」「金属の板のぐるぐる巻き。何これ?」見学の先生たちからは「今の子はゼンマイを知らないのね」の声が漏れます。
2品目は、バードウォッチングの必需品である数取器(かずとりき)です。ケタが繰り上がる仕組みはどうなっているのでしょう。
そして、ラスト1品はマブチモーター株式会社製の小型モーター。これには見学の先生たちのほうが夢中になっていたというのは、ここだけの話です。
チームワークで乗り切った一夜が明けて、翌日の午前は得られた知見をたったの5分でプレゼンテーション。タイムマネジメント力が試されます。チクタクチクタク、1秒のたいせつさを全員が身を以て味わったのでありました。
大学院理工学研究科通信情報工学専攻 植松友彦教授
カオスな現実をすっきり整理して他者に伝える――それは言葉のたいせつな機能です。その言葉を思いっきりシンプルにすると「0」と「1」という、たった2つのcode(符号)で用が足りてしまうのです。たったの2つ。もちろん、カンマもピリオドも無しです。それでも、とある工夫を施せば、0と1だけの長い長い数列のどこに切れ目があるか、きちんと識別できる仕掛けがつくれるのです。
より速く、より正確に、そしてよりコンパクトに。コンピュータを使って人と人とが意思疎通するために編み出された究極の人為言語には、どんな先人の智恵や苦労が込められているのか、あざやかに説明してもらえて、とても頭の中がすっきりしました。まさかエントロピーさんに、ここでお目にかかれるとは。
大学院理工学研究科物質科学専攻 山中一郎教授
「これ、なあに?」と生徒たち。いきなり黒くて薄く平らなコイン状の物質を手渡されました。教授からは「さあ、班ごとに解答をどうぞ。携帯型ブラックホールとか、ブッ飛んだ答えを考えてね。あ、食べないで~」講義か、はたまた化学漫談か。
ハイテンションでジョークを連発する教授の勢いに圧倒されつつ、電池の仕組み、プラチナの触媒反応から水素と酸素を反応させる燃料電池へと、講義内容は怒濤のように展開します。マスコミの報道では燃料電池は「環境にやさしい」と説明されることが多いですが、この説明は厳密にいうと正しくありません。しかし、燃料電池はエネルギー変換効率の高さなどのすぐれた特性を備えており、ぜひ研究が必要なのです。
猛スピードで駆け抜けて、「そうそう、ブラックホールの正体はナフィオンと白金/炭素の接合体、つまり燃料電池の中枢部だよ」と、最後に種明かしがありました。他のチャレンジと比べて、90分間のうち笑っている時間がいちばん長かったのは確実です。
大学院生命理工学研究科 小倉俊一郎准教授
「ドラえもんは生物か?」と、いきなり問いが放り込まれます。「どら焼き食べるし、道具使ってるし、生物かな」「でも年とらないし、繁殖もしないよ」
わいわいがやがやと身近な話題から入って、「生物の定義って何?」「細胞が死ぬって、どんな状態を指すの?」「他の班と違う答えを思いついた人は?」とどんどん奥へ進みます。
そして、人類の最大の敵、がん細胞との戦いの現場へ。患者にアミノレブリン酸を投与すると、がん細胞にプロトポルフィリンIXという物質が蓄積され、これに光をあてると赤く光ります。おかげで、手術でがん細胞をきれいに除去することが可能になりました。各テーブルのサンプルで確認してみましょう。
夢はドラッグストアで買えるがん検査キットの開発です、と熱く語る先生の科学者魂に、全員が感動しました。
参加いただいた高校教員は18名。全員から評価シートを通して、たくさんの有益な御意見をいただくことができました。一部をご紹介します。