研究

東工大ニュース

結晶の鎧まとう酵素?!―酵素の簡便な合成と長期保存を一挙に実現―

2015.10.28

ポイント

  • 酵素の合成から単離、保護までを細胞内で一貫して完結
  • 酵素をタンパク質結晶の鎧に包むことで、長期安定保存を達成
  • 不安定な酵素保存やタンパク質のリサイクル触媒、経口薬、ワクチンへの応用期待

概要

東京工業大学大学院生命理工学研究科の安部聡助教、上野隆史教授と京都工芸繊維大学の森肇教授らの研究グループは、細胞内で生じるタンパク質結晶化現象[用語1]を利用し、酵素の合成、単離保護までを一貫して細胞内で行う手法を開発した。これまで、酵素の産業利用で問題とされていた、煩雑な操作性と長期安定保存の困難さを一挙に解決する技術として期待される。

具体的には、昆虫ウィルス[用語2]が細胞感染時に作り出す多角体[用語3]と呼ばれるタンパク質が細胞中で結晶化するのと同時に、同じ細胞で、多角体結晶に親和性の高いタグペプチドを組み込んだ酵素を作り出し、結晶に内包させた。さらに、多角体のアミノ酸置換によって、酵素の活性を保持したまま、結晶から放出することに成功した。

一連の反応は単一の細胞内で完結されるため、タンパク質精製などの煩雑な操作は完全に不要となり、熱やpH変化に弱い酵素や低収量の酵素合成に利用できるだけでなく、結晶からの放出制御を利用し、経口薬やワクチンへの応用が期待される。

今回の成果は、内閣府の最先端・次世代研究開発支援プログラムの支援によるもので、化学・材料分野において最も権威のある学術誌の一つである「アドバンスドマテリアルズ(Advanced Materials、先端材料誌)」のオンライン版で10月23日に公開された。

研究背景

酵素は、生体内で様々な化学反応を温和な条件で高選択、高効率で行うタンパク質であり、工業的にも注目を集めている。しかし、多くの酵素はpHの変化や溶媒環境に活性が大きく影響され、活性を維持したまま長期保存することは困難である。近年、酵素の耐熱向上や有機溶媒中での安定性や活性向上のために、メソポーラスシリカやリポソームなどの高分子材料への固定化が注目を集めているものの、単離精製した酵素を共有結合や物理吸着により固定化するため、精製や固定化反応の煩雑な操作が必要となる。これらの問題点を解決するため、酵素の合成から固定化までを簡便かつ大量に行い、酵素の活性を維持したまま長期にわたって保存可能な酵素固定化技術の開発が求められていた。一方、昆虫ウィルスは自然界で自らを保護するために多角体を形成し、その中にウィルス粒子を内包することが知られている。本研究グループはこの現象に着目し、カイコに感染する昆虫ウィルスが作る多角体結晶へウィルスの代わりに様々なタンパク質を内包することを試みてきた。これらの研究を踏まえ、昆虫ウィルスの多角体結晶形成の現象を上記の課題克服にうまく利用できるのではないかと考えた。

研究内容

本研究グループは、昆虫細胞内で合成されるタンパク質結晶である多角体結晶のウィルス内包機構に着目し、多角体結晶へ細胞内で別途合成した酵素を内包し、酵素の安定保存と多角体の溶解を利用した酵素の放出制御を試みた。多角体結晶は、ウィルス保護という本来の機能のため、乾燥、有機溶媒に高い耐性を示し、pH2-10の緩衝溶液中でも溶解しない高い安定性を有しているため、内部に固定化した酵素の長期保存が期待できる。

多角体は、結晶を構成する多角体タンパク質を培養細胞で発現するとウィルスを含まない結晶を合成することができる(図1a, b)。多角体タンパク質とリン酸化酵素(PKC)を細胞内で同時に合成することにより、自発的にPKCが固定化した多角体を合成した(図1c)。さらに、遺伝子工学的にアミノ酸置換を施し、pH8.5で溶解し、PKCを放出する多角体変異体を合成した。PKC固定化多角体の酵素活性とこれらを乾燥状態で保存した際の酵素の安定性について評価した。

(a)細胞内で合成される多角体結晶、(b)多角体結晶の走査型電子顕微鏡像、(c)酵素内包多角体の細胞内合成

図1. (a)細胞内で合成される多角体結晶、(b)多角体結晶の走査型電子顕微鏡像、(c)酵素内包多角体の細胞内合成

(1)酵素固定化タンパク質結晶の合成

多角体タンパク質を昆虫細胞内で合成するのと同時に、多角体タンパク質と高い親和性をもつタグペプチド[用語4]を組み込んだPKCを同じ細胞内で合成することにより、多角体内部へのPKCの内包を行った。野生型では、pH8.5で酵素は放出されないのに対し、多角体の安定性に大きく関与していると思われるアルギニン13をアラニンやリシンに置換したR13A、R13K変異体[用語5]は、pH8.5で溶解し、固定化している酵素を放出することがわかった(図2)。

PKC内包多角体の溶解による酵素の放出量

図2. PKC内包多角体の溶解による酵素の放出量

(2)酵素活性反応

PKCを固定化した多角体を用いてpH7.5とpH8.5の条件下でペプチドのリン酸化反応を行った。また、多角体に固定化したPKCの安定性を評価するため、PKC固定化多角体を1週間風乾した後の活性を測定した。その結果、R13A、R13K変異体は、pH8.5で活性を維持したまま酵素を放出すること、多角体に固定化していないPKC(free PKC)が失活する乾燥状態でも活性を維持できることがわかった(図3)。

以上より、多角体のアミノ酸置換によりpH8.5で溶解する結晶を作成し、内包した酵素を放出することに成功した。多角体に固定化されたPKCは乾燥に対しても活性を維持したまま保存可能であることがわかり、多角体がタンパク質の固定化材料として有用であることを示した。

(a)PKC内包多角体の酵素活性、(b)乾燥前後での活性評価

図3. (a)PKC内包多角体の酵素活性、(b)乾燥前後での活性評価

今後の展開

今回の研究では、結晶を形成する多角体タンパク質と酵素を一つの細胞内で同時に合成することによって酵素を固定化した多角体の合成に成功した。したがって、タンパク質精製や材料への固定化といった煩雑な操作が不要であるため、不安定な酵素や低収量のタンパク質合成に利用できる。さらに、多角体結晶に内包したタンパク質の安定保存と必要な時に結晶を溶解し、内包した酵素やタンパク質放出が可能なことから経口薬やワクチンへの応用が期待される。

用語説明

[用語1] 細胞内タンパク質結晶化現象 : タンパク質結晶は通常、タンパク質と結晶化を促進する沈殿剤とを混合することにより結晶化を行う。一方、細胞内タンパク質結晶は、タンパク質自身の安定化や細胞内分子の貯蔵や運搬のために、細胞内で自発的に結晶を形成する。1960年代からこの現象は確認されているものの、細胞内での詳細な結晶化機構は未だ明らかになっていない。

[用語2] 昆虫ウィルス : 本研究では昆虫ウィルスの一種、細胞質多角体病ウィルスを研究対象としている。このウィルスは二本鎖核酸RNAを有する球状ウィルスで大きさは直径70nm程である。このウィルスに昆虫が感染すると細胞質に多角体タンパク質からなる結晶が合成され、ウィルス自身が内部に封入される。

[用語3] 多角体 : 細胞質多角体病ウィルスの感染後期に合成される多角体タンパク質が自発的に集合し結晶化したタンパク質の構造体である。水中、有機溶媒中においても結晶が溶解しない高い安定性を有している。pH10以上のアルカリ溶液にのみ溶解し、内部に固定化していたウィルス粒子を放出する。

[用語4] タグペプチド : 多角体結晶に酵素やタンパク質を内包させるためのペプチド。内包する酵素やタンパク質のN末端に多角体タンパク質の一部分の30残基からなるペプチド配列を組み込むことにより多角体に内包できる。

[用語5] アルギニン13をアラニンやリシンに置換したR13A、R13K変異体 : 低いpHで多角体を溶解させるために作成した変異体結晶。多角体タンパク質の13番目のアルギニンは、周辺のタンパク質と水素結合を形成しており、多角体の安定化に重要な役割を果たしている。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Materials
論文タイトル :
Design of Enzyme-Encapsulated Protein Containers by In Vivo Crystal Engineering
著者 :
Satoshi Abe, Hiroshi Ijiri, Hashiru Negishi, Hiroyuki Yamanaka, Katsuhito Sasaki, Kunio Hirata, Hajime Mori,* and Takafumi Ueno*
DOI :

問い合わせ先

東京工業大学
大学院生命理工学研究科生体分子機能工学専攻
教授 上野隆史

Email : tueno@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5844 / Fax : 045-924-5806

京都工芸繊維大学
理事・副学長(応用生物学系教授) 森肇

Email : hmori@kit.ac.jp
Tel : 075-724-7005 / Fax : 075-724-7100

取材申し込み先

東京工業大学 広報センター

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