研究

東工大ニュース

タンパク質合成過程における「緩急のリズム」を実証―大腸菌遺伝子産物の中間状態を網羅的に解析―

2016.02.10

要点

  • 個々のタンパク質分子が合成される途上で経験する「一時停止」を直接観察
  • 80%以上の遺伝子は一時停止(緩急のリズム)を伴って翻訳される
  • 翻訳の一時停止が正しい品質のタンパク質をつくることに寄与することを提唱
  • タンパク質の高品質大量生産や人工的デザインへの応用の途を開く

概要

生命現象を担うタンパク質は、すべてリボソーム[用語1]というタンパク質合成装置で作られます。このとき、遺伝暗号に従って選ばれたアミノ酸が順次、鎖状に繋がれていきます。この翻訳における伸長と呼ばれる過程は一定の速度で進むのでしょうか?最近になって、タンパク質合成過程で「一時停止」が起こる現象が知られるようになり、一時停止がタンパク質の機能発現に重要な意味を持つのではないかと考えられるようになりました。しかし、細胞内に存在する数千、数万種類のタンパク質でそのような一時停止がどの程度普遍的に起こるのかについてわかっていませんでした。

京都産業大学総合生命科学部の茶谷悠平博士研究員(現・東京工業大学大学院生命理工学研究科博士研究員)と伊藤維昭シニアフェローおよび千葉志信准教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科の田口英樹教授および丹羽達也助教からなるグループは、リボソームでタンパク質が合成される際の「一時停止」の頻度を大腸菌の1000種類以上のタンパク質について系統的に調べ、80%以上のタンパク質は緩急のリズムとともに合成されてくることを明らかにしました。

この実験から得られた大規模なデータセットでは、近年注目を集めているリボソームプロファイリング[用語2]という方法に比べてより直接的に翻訳の中間状態(ペプチジルtRNA[用語3])を捉えています。本研究は、遺伝情報が機能的タンパク質に変換されるという生命の基礎となる過程の詳細に迫る意義を持つばかりではなく、バイオ医薬のような有用タンパク質の効率的な生産などの応用利用にも貢献しうるものです。

背景

タンパク質は、生命現象において生物が発揮する機能の担い手として中心をなしています。タンパク質は20種類のアミノ酸が連結した鎖(ポリペプチド鎖)が立体構造をつくったものですが、この鎖はDNA配列をもとにリボソームというタンパク質合成装置でアミノ酸が一つ一つ連結されてできてきます。DNA配列の写し(メッセンジャーRNA)を介してリボソームでタンパク質が作られる過程は「翻訳」と呼ばれ、我々ヒトのタンパク質を含む全ての生物のタンパク質は例外なく翻訳を経て産まれてきます。リボソームには新たに生まれ出てくるポリペプチド鎖(新生鎖)の通り道(出口トンネル)があることが知られています。その出口トンネルの立体構造が解明された当初は、トンネル内部は「テフロン」のようにつるつるで新生鎖は停滞することなく産まれてくると考えられていましたが、その後、新生鎖が出口トンネル内で一時停止する「翻訳アレスト現象」が、さまざまな生物で見つかり、その翻訳アレストによって停止した新生鎖そのものが生理学的な機能を発揮する例が知られるようになりました。翻訳アレストはごく限られた遺伝子の翻訳時の特別な現象と考えられがちです。しかし、細胞における全てのタンパク質は合成途上に新生鎖としてトンネルに収容された状態を経験しなければならない事実や、遺伝暗号の使い方によっても局所的な翻訳速度が変化することなどを考え併せると、翻訳の一時停止(pausing)が例外ではなく広範に起こっている、遺伝子発現における本質的な現象である可能性が十分考えられます。

合成途上のタンパク質(赤)はtRNAに繋がれて、一部(アミノ酸約40個分)はリボソームのトンネルに収容されている。番号はアミノ酸を示す。図は、49番目まで合成が進んだ状態を示す。次におこることは、49番の次に50番を繋げる反応である。次いで、リボソーム1遺伝暗号の分、矢印の方向に進行する。通常、数百個のアミノ酸が一つの完成タンパク質を作ることが多い。
図1.
合成途上のタンパク質(赤)はtRNAに繋がれて、一部(アミノ酸約40個分)はリボソームのトンネルに収容されている。番号はアミノ酸を示す。図は、49番目まで合成が進んだ状態を示す。次におこることは、49番の次に50番を繋げる反応である。次いで、リボソーム1遺伝暗号の分、矢印の方向に進行する。通常、数百個のアミノ酸が一つの完成タンパク質を作ることが多い。

研究内容

今回本研究グループは、この疑問を解決すべく、各遺伝子の発現において、翻訳途上の中間体であるペプチジルtRNAが鎖のどのような配列の部位でどの程度蓄積するのかを、生きた大腸菌(in vivo)及び再構成型無細胞試験管内翻訳反応系(in vitro)を用いて検討しました。大腸菌ゲノム上の遺伝子の約1/4に相当する1038遺伝子をこの方法(iNP = integrated in vivo and in vitro nascent chain profilingと命名)によって解析した結果、80%以上の遺伝子で、翻訳途上産物の蓄積が観察され、翻訳の一時的停滞が1回あるいは複数回起こっていることが明らかになりました。そのうち半数近くでは、「翻訳アレスト現象」で解析された結果と同様に、リボソームの翻訳活性が阻害されるため翻訳の一時停止が起こることがわかりました。新生鎖とリボソーム出口トンネルが相互作用することによるリボソーム機能の制御は、これまで考えられた以上に普遍的な生命現象であると言えそうです。

従来、リボソームでのタンパク質合成は停滞することなく一定の速度で進むものと考えられていたが、ときには「一時停止」が起こり、その一時停止そのものがタンパク質の機能に直結する例があることがわかってきた。
図2.
従来、リボソームでのタンパク質合成は停滞することなく一定の速度で進むものと考えられていたが、ときには「一時停止」が起こり、その一時停止そのものがタンパク質の機能に直結する例があることがわかってきた。

翻訳の一時停止がこのように広範囲、高頻度に発生することには、生物にとって有利な点があるのでしょうか? 生物情報学的な解析の結果、多くの膜タンパク質において、特徴的な翻訳停滞パターンが見られました。また、以前の研究で、合成後に分子シャペロンの助けを借りることなく、正しく可溶性の構造を形成できることがわかっているタンパク質の一部では、膜タンパク質で見られたものとは異なるパターンの翻訳停滞が頻発しているようすも見出されました。これらのことから、翻訳の一時停止は膜タンパク質の膜への挿入や、細胞質タンパク質の翻訳の進行と協調した自発的フォールディングの促進など、新しくできるタンパク質の「成熟化過程」をガイドしているのではないかと考えられます。我々は、緩急制御という概念は、DNA→RNA→タンパク質という情報の流れと変換を記述した「セントラルドグマ」の理解に新しい視点を提供するものであると考えています。

大腸菌ゲノム上遺伝子の約1/4にあたる1038遺伝子について一時停止が起こるかどうかを試験管内および細胞内で解析したところ、80%以上の遺伝子で一時停止が1回もしくは複数回起こっていることが明らかとなった。観察された一時停止の総数(3,510個所)の約57%(2,015個所)は試験管内と生細胞内の両方で観察されたが、試験管内のみ(約28%)、生細胞内のみ(約15%)でしか起こらない一時停止もあった。一時停止が遺伝子内のどこで発生するかについて、停止が起こる状況に応じて固有の傾向を持つこともわかった。
図3.
大腸菌ゲノム上遺伝子の約1/4にあたる1038遺伝子について一時停止が起こるかどうかを試験管内および細胞内で解析したところ、80%以上の遺伝子で一時停止が1回もしくは複数回起こっていることが明らかとなった。観察された一時停止の総数(3,510個所)の約57%(2,015個所)は試験管内と生細胞内の両方で観察されたが、試験管内のみ(約28%)、生細胞内のみ(約15%)でしか起こらない一時停止もあった。一時停止が遺伝子内のどこで発生するかについて、停止が起こる状況に応じて固有の傾向を持つこともわかった。

今後の展望

本研究により、広範囲、高頻度に翻訳の停滞が発生していること、また少なくともそれらの一部にはタンパク質の成熟化を助ける役割が想定可能であることが示されました。しかし、こうした翻訳の停滞のそれぞれがどのような分子機構によって起こっているのかに関しては未だ全容はつかめていません。今後、個々のケースについて、メカニズムと生理機能の徹底した解析が必要になり、それによって以下のような展望にもつながっていくものと思われます。近年では、翻訳速度調節の破綻がさまざまな疾患の原因であることも明らかになりつつあります。今後、翻訳停滞の原因となる因子、メカニズムの解明からその制御機構に研究をひろげていくことで、これまで不明だった疾患の原因解明、ひいては生物がどのようにしてタンパク質合成を最適化しているか、その一側面を明らかにできると考えています。さらに本研究を発展させていくことで、これまで困難とされているような工業的、医薬学的に有用なタンパク質の高品質大量生産や、ゼロベースからの遺伝子設計など、さまざまな分野へと波及的効果が期待できるのではないかと考えています。

用語説明

[用語1] リボソーム : RNAとタンパク質からなる巨大な複合体で、メッセンジャーRNAの塩基配列を読み取って、そこに書き込まれている遺伝暗号に従い20種類あるアミノ酸から特定のものを順番に繋げていくことにより、タンパク質の鎖(ポリペプチド鎖)を合成する。

[用語2] リボソームプロファイリング : 細胞内でリボソームが翻訳しているメッセンジャーRNAの部分だけを取り出して、次世代シークエンサーで配列を決めることにより、どのような遺伝情報がある時点でまさに翻訳されているのかの配列情報を大規模に得る方法。極めて多くの情報が得られる強力な方法であるため近年盛んに利用されている。ただし、メッセンジャーRNA上のリボソームの「影」を見る方法であるための問題点も指摘されている。本研究では、翻訳中間体を直接検出する方法を考案し使用した。

[用語3] ペプチジルtRNA : 翻訳においてリボソーム内部で実際に遺伝暗号を読み取るのがtRNAである。翻訳の中間状態では合成途上のタンパク質鎖の末端にtRNAが結合している。このような中間体分子をペプチジルtRNAと呼ぶ。本研究ではtRNAの存在を手掛かりに合成途上鎖を検出している。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of United States of America, Volume 113 (2016)
(米国科学アカデミー紀要)2016年2月1日、電子版公表
論文タイトル :
Integrated in vivo and in vitro nascent chain profiling reveals widespread translational pausing
(生細胞と無細胞反応系を統合した新生鎖観察により明らかとなった翻訳一時停止の一般性)
著者 :
Yuhei Chadani, Tatsuya Niwa, Shinobu Chiba, Hideki Taguchi, Koreaki Ito
DOI :

問い合わせ先

京都産業大学 総合生命科学部
シニアリサーチフェロー 伊藤維昭

Email : kito@cc.kyoto-su.ac.jp
Tel / Fax : 075-705-2972

東京工業大学 大学院生命理工学研究科
生体分子機能工学専攻
教授 田口英樹

Email : taguchi@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 045-924-5785

取材申し込み先

京都産業大学 広報部

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