研究

東工大ニュース

世界初、光学顕微鏡で三次元分子解像度を実現 ―生命現象の分子レベル画像化に期待―

2017.07.04

要点

  • 一つ一つの生体分子の三次元位置をそのサイズと同等の解像度で観察可能に。
  • 手作り光学顕微鏡だからできた世界最高の解像度。
  • 鮮明な画像の鍵は超流動ヘリウムとその中で使える反射対物レンズ。

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の古林琢大学院生、本橋和也氏(元大学院生)、松下道雄准教授、藤芳暁助教らは、可視光のみで1個の分子の三次元位置をオングストローム(1オングストロームは0.1ナノメートル)の精度で決定することに成功した。この精度は現存する最高性能の光学顕微鏡である超解像蛍光顕微鏡(2014年ノーベル化学賞)を1桁しのぎ、分子を見分けられるレベル(分子解像度)に達している。

生命現象は無数の分子が関わっている複雑な系であり、試験管の中では再現できない。このため、生命現象の解明には、生体内部を直接観察することが不可欠である。しかし、人類は400年にわたり多種多様な顕微鏡を開発してきたが、生体内部を分子レベルで観察できるものはなかった。そこで、分子レベルの光イメージングを目標に、2004年から光学顕微鏡の独自開発をはじめ、ごく最近、これに成功した。現在は、生命現象の画像化に向けた研究をおこなっている。

本研究成果は2017年6月23日(米国時間)に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速報版で公開された。

研究成果

東京工業大学 理学院 物理学系の古林 琢大学院生、本橋和也氏(元大学院生)らは光学顕微鏡を用いて、一つ一つの分子の三次元位置を分子のサイズと同等の解像度(分子解像度)で決定することに世界ではじめて成功した。高い位置精度を実現するための鍵は、独自開発した超流動ヘリウム中で使える対物レンズである。このレンズを用いることで、極限の光学性能と優れた機械的安定性を持つクライオ蛍光顕微鏡の開発に成功し、本研究成果につなげた。

本研究はJST戦略的創造研究推進事業さきがけ(研究者:東工大 藤芳暁助教)の支援の元に行われ、東京工業大学の松下道雄准教授、若尾圭祐氏(元大学院生)、松田剛大学院生、林宣宏准教授、理研CLSTの喜井勲研究員、東京医科歯科大学の細谷孝充教授、京都大学の石川冬木教授、定家真人助教と共同で行った。

背景

生命現象には無数の分子が関わっており、その生体内部での振る舞いには様々なモデルが提唱されている。しかし、観察に適した顕微鏡が存在しなかったため、モデルを生命現象の解明につなげることは困難な場合が多い。例えば、生体試料を測定できる最も高解像度なクライオ透過電子顕微鏡では、高い解像度を出すためには試料を薄くスライスする必要があり、細胞全体を観察することができない。また、生体試料全体を見渡せる光学顕微鏡では、解像度が最も高い超解像蛍光顕微鏡(2014年ノーベル化学賞)でも分子レベルには1桁足りない。上記の2つの顕微鏡から、生体試料への応用性が高い光学顕微鏡に注目し、その弱点である低い解像度を克服することを目指した。

研究の経緯

光学顕微鏡の解像度の限界を決めるのは、被写体である生体分子の動きである。クライオ透過電子顕微鏡と同様に試料を-271 ℃まで冷却(超流動ヘリウム中)すれば、分子の動きが完全に凍結し、分子レベルの鮮明な画像が観察できるはずである。そこで、我々は極低温用の光学顕微鏡の開発を始めた。しかし、開発は予想以上に難しく、試行錯誤の繰り返しであった。例えば、機械的安定化である。顕微鏡の機械的安定性は、言うまでなく、解像度を基準に設計されている。このため、桁違いに高いオングストローム(1オングストロームは0.1ナノメートル)の解像度を実現するには、その機械的安定性を従来品に比べて桁違いに向上させなければならない。我々は安定化についての研究をおこない、試料と対物レンズを同一の環境に置くことが安定性に最も大切であることをあきらかにした。つまり、試料を-271 ℃に冷却するならば、対物レンズも同じ温度に冷却しなければならない。しかし、-271 ℃で使用できる高性能な対物レンズは存在しなかった。そこで、2004年から10年かけて、極低温下で動作して高性能な対物レンズを独自開発し、目標とするオングストロームの機械的安定性を実現した。このレンズ開発が終盤にさしかかった2014年10月からはJSTさきがけ(統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括 浜地格教授)からの様々な支援を受け、研究の速度が上がった。その結果、2016年8月5日、クライオ蛍光顕微鏡を用いて、色素1分子の三次元位置をオングストロームの精度で決定することに成功した。この解像度は既存の光学顕微鏡よりも1桁以上高く、分子を見分けられるレベル(分子解像度)に到達している。

図1は顕微鏡を作っている時の写真、図2は完成した顕微鏡の写真である。ちなみに図2は、通算19作目のクライオ蛍光顕微鏡である。図1で、古林院生が設置しているのが空間フィルターのユニットであり、堅牢なステンレスの箱中に光学系を組むことで、高い機械的安定性が実現している。さらに、図2のように、その他の光学系も同様なユニット化することで、顕微鏡のイメージ安定性を高めている。これらのユニットの設計、開発も独自に行ったものである。

最新の顕微鏡を制作する古林院生(2015年10月8日撮影)

図1. 最新の顕微鏡を制作する古林院生(2015年10月8日撮影)

完成したクライオ蛍光顕微鏡(2016年9月5日撮影)。古林院生、本橋院生が1年かけて顕微鏡を完成させた。通算19作目のクライオ蛍光顕微鏡である。写真は本研究が成功した直後に撮影した。

図2. 完成したクライオ蛍光顕微鏡(2016年9月5日撮影)

古林院生、本橋院生が1年かけて顕微鏡を完成させた。通算19作目のクライオ蛍光顕微鏡である。写真は本研究が成功した直後に撮影した。

開発したクライオ光学顕微鏡のもう一つの特長は、極限の光学性能である。これも上記の対物レンズが鍵となる。図3は開発した反射対物レンズの一部で、左から2代目、3代目、8代目のデザインの対物レンズである。右にいくほど性能が上がっていき、一番右のものは極限の光学性能を持っている。

2004年以来、開発してきた極低温用の反射対物レンズの一部。左から、2代目、3代目、8代目(当代)である。8代目は極限的な性能を持ち、数ケルビンから室温までのあらゆる温度で使用できるという唯一無二の性能を有している。
図3.
2004年以来、開発してきた極低温用の反射対物レンズの一部。左から、2代目、3代目、8代目(当代)である。8代目は極限的な性能を持ち、数ケルビンから室温までのあらゆる温度で使用できるという唯一無二の性能を有している。

今後の展開

生命現象には多くの謎が残されている。これは、生命現象が起こっている現場である細胞内を観察する方法が不足しているからである。本研究成果を元に、東工大物理の学生達と「生命現象の分子レベル画像化」を目指す。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society (Article)
論文タイトル :
"Three-Dimensional Localization of an Individual Fluorescent Molecule with Angstrom Precision"(オングストローム精度で一つ一つの蛍光分子の三次元位置を決定)
著者 :
古林琢、本橋和也、若尾圭祐、松田 剛、喜井勲、細谷孝充、林宣宏、定家真人、石川冬木、松下道雄、藤芳暁
DOI :

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