研究

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複雑なピーナッツ型分子の作製に初成功

2017.07.07

複雑なピーナッツ型分子の作製に初成功
―2種類の化学結合を活用してコアシェル構造を簡便合成―

要点

  • W型有機分子と金属イオンから、3ナノメートルのピーナッツ型分子を作製
  • 2種類の化学結合を利用した、複雑なコアシェル構造の簡便合成法を開発

概要

本学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の吉沢道人准教授と山梨大学 工学部の矢崎晃平特任助教らは、ピーナッツの種と殻が作る複雑な立体構造である「コアシェル構造」を再現するため、新たに合成した有機分子と金属イオンを集合させる方法で、ナノメートルサイズのピーナッツ型分子の合成に初めて成功した。複雑なナノ構造体を簡便かつ精密に作製する新手法として、今後の研究展開が期待される。

植物は、花や果実、種子などの複雑な立体構造をいとも簡単に作り出している。例えばピーナッツは、ダンベル型の殻(から)の内部に2つの種(たね)を含むユニークな階層構造を持つ。しかし、自然界に存在するこのような複雑なかたちを人工的に化学合成した例はない。本研究では、新たな合成戦略によるピーナッツ型分子の作製に挑戦した。まず、3つの金属結合部位を有する“W”字の形をした有機分子を新規に合成した。このW型分子と金属イオンは溶液の中で、「配位結合」を駆動力として自発的に集合し、分子ダブルカプセルを定量的に形成した。このダブルカプセルは、2つのナノ空間(約1ナノメートル)を持つ。次に、この溶液にフラーレンC60を添加することで、「π-スタッキング相互作用」を駆動力として、中央の金属イオンの脱離を伴い、2つのフラーレンを内包したピーナッツ型構造体が定量的に生成した。また、他のフラーレン誘導体を用いた場合もピーナッツ型分子が得られた。すなわち、性質の異なる2種類の化学結合を組み合わせることで、複雑な植物構造体を模倣合成する新手法を開発した。

これらの成果は、インド工科大学マドラス校のDillip K. Chand教授、株式会社リガクとの共同研究によるもので、英国科学誌Nature Publishing Groupの「Nature Communications」のオンライン版に、2017年6月28日付けで掲載された。

研究の背景とねらい

近年、動物の「うごき」を模倣した分子(=分子機械:2016年ノーベル化学賞 ジャン・ピエール・ソバージュ教授ら)や植物の「かたち」を模倣した分子の効率的な合成方法の開発が注目されている。しかし、植物に関しては、既存の有機化学または無機化学の手法では、花や果実、種子などに見られる複雑な立体構造を再現することは不可能とされてきた。これらの魅力的な「かたち」の中でも、ピーナッツ(図1左)は、ダンベル型の殻(から)に2つの種(たね)を内包したユニークなコアシェル構造からなる。このような特殊な階層構造を、ナノメートルサイズで化学合成した例はこれまでにない。今回、性質の異なる2種類の化学結合(配位結合[用語1]π-スタッキング相互作用[用語2])を同時に利用することで、ピーナッツ型構造体(図1右)を作製することに初めて成功した。

ピーナッツの種と殻とピーナッツ型分子の設計図

図1. ピーナッツの種と殻とピーナッツ型分子の設計図

研究内容

分子ダブルカプセルの合成:まず、パネル状の多環芳香族骨格[用語3]を有するブロモアントラセンを出発原料にして、根岸カップリング反応と鈴木-宮浦カップリング反応[用語4]を含む6段階の反応で、3つの金属結合部位(ピリジル基)を有するW型の有機分子を新規に合成した(図2上)。このW型分子は、多環芳香族骨格による立体障害で、10種類の構造異性体[用語5]を持つ(図2下)。

W型有機分子とその10種類の構造異性体(Rはメチル基に置換)

図2. W型有機分子とその10種類の構造異性体(Rはメチル基に置換)

次に、W型分子の異性体混合物と金属イオン(Pdイオン)を4:3の比率で有機溶媒(DMSO)に加え、その混合溶液を加熱攪拌した。その結果、金属イオンの配位結合を駆動力としてW型分子は1つの立体構造に収束し、分子ダブルカプセル1が定量的に生成した(図3上)。この三次元構造は、核磁気共鳴分光法、質量分析およびX線結晶構造解析により決定した。結晶構造解析の結果、ダブルカプセル1は、合計8つのアントラセン環に囲まれた約1ナノメートルの孤立空間を2つ有するダンベル型構造であることが明らかになった(図3下)。

分子ダブルカプセル1とそのX線結晶構造解析(正面および側面;Rは省略)

図3. 分子ダブルカプセル1とそのX線結晶構造解析(正面および側面;Rは省略)

分子ピーナッツの合成:分子ダブルカプセル1に球状のフラーレンを混合することで、ピーナッツ型構造体の作製に成功した。ダブルカプセル1のDMSO溶液にフラーレン C60の固体を加えて、加熱攪拌した。その結果、1の中央の金属イオンが脱離し、アントラセン環とC60のπ-スタッキング相互作用により、2分子のC60が内包されたピーナツ型分子2が定量的に形成した(図4上;合成ルート1)。質量分析から、生成物の分子量は約8,000 Daで、8成分から成る分子集合体の一義的な生成が明らかになった。その構造の理論計算から、多環芳香族骨格からなるダンベル型の殻内に2つのC60が近接したコアシェル構造であることが判明した(図4下)。外殻の横幅と縦幅はそれぞれ、約3ナノメートルと2ナノメートルであった。

分子ピーナッツ2の合成(ルート1および2)とその計算構造

図4. 分子ピーナッツ2の合成(ルート1および2)とその計算構造

このピーナッツ型分子は、分子ダブルカプセルを経由せず、W型分子と金属イオンとC60の混合溶液からも、1段階の反応で合成できた(図4上;合成ルート2)。この場合、配位結合とπ-スタッキング相互作用が同時に作用することで、選択的に分子ピーナッツが形成した。

種の違う分子ピーナッツ:ピーナッツ型構造体は、球状のフラーレン C60だけでなく、サイズが若干大きく、ラグビーボール状のフラーレン C70や金属を内包したフラーレン Sc3N@C80を用いても、同様に合成することに成功した。内部のフラーレンに起因して、分子ピーナッツは赤褐色を示した。得られたコアシェル構造体は、室温(高温でも)、空気中で安定なため取り扱いが容易であった。

今後の研究展開

本研究では、性質の異なる2種類の化学結合を活用することで、ピーナッツの複雑な階層構造をナノメートルサイズで合成することに初めて成功した。今後は、多種類の化学結合をさらに巧みに使い分けることで、自然界のより複雑な「かたち」を分子レベルで自由自在に合成できる手法の開発を目指す。

用語説明

[用語1] 配位結合 : 金属イオンと孤立電子を持つ有機分子の間に働く化学結合。水素結合のような可逆性のある結合。

[用語2] π-スタッキング相互作用 : 2つ以上の多環芳香族骨格の面間に働く化学結合。可逆性のある結合。

[用語3] 多環芳香族骨格 : 複数のベンゼン環が縮環した平面状構造。アントラセンは、長方形の多環芳香族骨格を持つ有機分子。

[用語4] 根岸および鈴木カップリング反応 : 2010年にノーベル化学賞を受賞した根岸英一先生および鈴木章先生らによって開発されたパラジウム触媒を利用した有機合成反応。炭素と炭素を連結する方法。

[用語5] 構造異性体 : 分子の構成成分は同じで、結合の位置や結合の方向が異なる構造体。今回のW型分子では、位置は同じで、方向が異なる。この異性体は高温条件(加熱)で平衡状態になる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications (英国科学誌; Nature Publishing Group)
論文タイトル :
Polyaromatic Molecular Peanuts
(多環芳香族骨格からなる分子ピーナッツ)
著者 :
Kohei Yazaki, Munetaka Akita, Soumyakanta Prusty, Dillip Kumar Chand, Takashi Kikuchi, Hiroyasu Sato, and Michito Yoshizawa*
(矢崎晃平・穐田宗隆・サムヤカンタ プラティ・ディリップ クマール チャンド・菊池貴・佐藤寛泰・吉沢道人
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院
化学生命科学研究所
吉沢道人 准教授

E-mail : yoshizawa.m.ac@m.titech.ac.jp

Tel : 045-924-5284 / Fax : 045-924-5230

山梨大学 工学部 応用化学科(大学院総合研究部)
矢崎晃平 特任助教

E-mail : kyazaki@yamanashi.ac.jp

Tel : 055-220-8144

取材申し込み先

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