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手足を動かす筋肉のつくり方はどうやって進化したのか?

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2017.10.03

手足を動かす筋肉のつくり方はどうやって進化したのか?
―サメの鰭から四肢筋の発生様式の進化を解明―

要点

  • 軟骨魚類トラザメの対鰭筋が遊離筋の特徴をもつ細胞からつくられることを解明
  • 軟骨魚類の対鰭筋は遊離筋によらない方法でつくられるという従来の説を覆す
  • 対鰭・四肢の筋肉が遊離筋によってつくられるという発生様式は、従来説より古い起源をもつ可能性を提示

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の田中幹子准教授と岡本恵里大学院生らは、理化学研究所の倉谷滋主任研究員と日下部りえ研究員、工樂樹洋(くらく・しげひろ)ユニットリーダー、東京大学の兵藤晋教授、スペイン CRG[用語1]のジェームス・シャープ(James Sharpe)教授らと共同で、軟骨魚類の対鰭(ついき)[用語2]の筋肉の発生様式が、従来の定説と異なり、遊離筋の特徴をもつ筋芽細胞[用語3]からつくられることを明らかにした。

田中准教授らは四肢筋の発生様式の進化過程を検証するため、軟骨魚類トラザメ属(Scyliorhinus)の胚の対鰭の原基[用語4]を解析した。

四肢は原始的な魚類の胸鰭と腹鰭(対鰭)から進化したものである。サメやエイを含むグループである軟骨魚類は、顎口類(がっこうるい)[用語5]の原始的な状態を知るのに適したモデルとされている。四肢の筋肉は遊離筋とよばれる細胞によってつくられることが知られている。一方、軟骨魚類の対鰭の筋肉は、遊離筋によらない方法でつくられるとされ、四肢の筋肉の原始的な発生様式であると考えられてきた。

今回の研究成果は、顎口類の原始的な状態を反映するとされる軟骨魚類において、その対鰭の筋肉の発生様式が、私たちの四肢の筋肉と類似することを示した。これにより、四肢の筋肉をつくる発生様式が、これまで考えられていたよりも古い起源をもつ可能性を示した。

研究成果は10月2日に国際科学誌「Nature Ecology & Evolution」で公開された。

研究の背景

私たちの手足はそれぞれ原始的な魚類の胸鰭と腹鰭から進化したものである(図1)。サメやエイを含むグループである軟骨魚類は、私たちヒトを含む顎口類の原始的な状態を知るのに適したモデルとして使われている。

私たちの手足の筋肉(四肢筋)は、遊離筋と呼ばれる移動能力を持つ筋芽細胞からつくられる。遊離筋は皮筋節とよばれる骨格筋のもととなる構造から分離し、四肢の原基の中へ移動することで四肢に筋肉をつくる(図2左)。また、遊離筋は「Lbx1」という遺伝子を発現するという特徴をもつ(図2左)。

一方、軟骨魚類の対鰭の筋肉(対鰭筋)はこれまでの研究から、皮筋節が鰭の中にまで伸長することによってつくられるとされており(図2右)、トラザメにおいては胚の筋芽細胞における Lbxタンパクの存在も認められていなかった。これらのことから、対鰭・四肢の筋肉の原始的な発生様式は遊離筋ではなく、皮筋節の伸長によると考えられてきた。

顎口類における対鰭と四肢の模式図。

図1. 顎口類における対鰭と四肢の模式図。

四肢を持つ動物の前肢と後肢は、それぞれ魚類の胸鰭と腹鰭から進化した。軟骨魚類は、顎口類の原始的な状態を知るのに適したモデルとされている。

これまで考えられてきた軟骨魚類における対鰭筋の発生様式。

図2. これまで考えられてきた軟骨魚類における対鰭筋の発生様式。

四肢筋は、遊離筋と呼ばれる遊走能を持つ細胞からつくられる。遊離筋は皮筋節から分離し、四肢の原基の中へ移動する(左)。また、遊離筋はLbx1という遺伝子を発現する特徴をもつ(左)。一方、軟骨魚類の対鰭筋は、皮筋節が鰭の中にまで伸長することによってつくられるとされており(右)、このシステムが四肢の筋肉の原始的な発生様式であると考えられてきた。

研究成果

軟骨魚類トラザメ属(Scyliorhinus)の胚を題材に、対鰭筋の発生様式を再検証した。その結果、トラザメ胚の対鰭の原基でLbx1遺伝子を発現する細胞群が観察された(図3上)。この特徴は、全頭類[用語6]のゾウギンザメ胚でも確認されたことから、軟骨魚類で共通した特徴であると考えられる。

また、トラザメ胚の対鰭の原基で、皮筋節由来の細胞や筋芽細胞であることを示す遺伝子の発現も観察され、軟骨魚類の対鰭筋が、四肢動物と同じく、Lbx1を発現する皮筋節由来の筋芽細胞によって作られることが示された。

さらに、対鰭筋の発生過程を詳しく調べると、対鰭筋を作る筋芽細胞が、皮筋節の腹側の端から分離すること、またこれらの筋芽細胞が、皮筋節から分離後、対鰭原基の中で集まる様子が観察された(図3下)。

これらの結果から、軟骨魚類の対鰭筋の発生様式が、従来の定説と異なり、遊離筋の特徴をもつ筋芽細胞からつくられることが明らかになった。このことは、顎口類の原始的な状態を反映するとされる軟骨魚類において、その対鰭筋の発生様式が、私たちの四肢筋と類似することを示している。今回の研究成果は、遊離筋から対鰭や四肢の筋肉がつくられるという発生様式が、顎口類で共通のメカニズムであり、これまで考えられていたよりも古い起源をもつ可能性を示した。

トラザメ胚の対鰭におけるLbx1の発現解析(上)および対鰭筋発生様式の模式図(下)

図3. トラザメ胚の対鰭におけるLbx1の発現解析(上)および対鰭筋発生様式の模式図(下)

トラザメ胚の対鰭の原基でLbx1遺伝子を発現する細胞群が観察された(上)。また、対鰭筋を作る筋芽細胞(赤破線)が、皮筋節の腹側の端から分離し、対鰭原基の中で集まる様子が観察された(下)。

今後の展開

田中准教授らの研究により、遊離筋による四肢の筋肉の発生様式が従来考えられていたよりも、古い起源をもつ可能性が明らかになった。遊離筋は脊椎動物の進化の過程で、四肢筋だけでなく、舌筋や横隔膜など、新しい筋肉をもたらした特殊な細胞群である。

軟骨魚類を題材としたこの研究成果は、これらの遊離筋由来の筋肉の進化を理解する上でも重要な発見となった。軟骨魚類のような、技術的な制限が多い生物を使った研究は、ゲノム解析技術の発展により可能になってきている。今後も、サメのように系統的に重要な動物を題材に進化の謎に迫っていく。

用語説明

[用語1] CRG : (Center for Genomic Regulation)2000年に創設されたスペイン・バルセロナにある国際的な生命科学の研究所

[用語2] 対鰭 : 左右が対になった鰭。胸鰭と腹鰭を指す。

[用語3] 筋芽細胞 : 筋肉のもととなる細胞。

[用語4] 原基 : 将来ある器官になることに予定されてはいるが、まだ形態的・機能的には未分化の状態にある部分。

[用語5] 顎口類 : 脊椎動物(背骨を持つ生物群)は顎を持たない無顎類と顎を持つ顎口類に分類される。軟骨魚類を含め、対鰭や四肢をもつ現生の生物は顎口類に含まれる。

[用語6] 全頭類 : 軟骨魚類の現生種は板鰓類(サメ類やエイ類)と全頭類(ゾウギンザメ類)に大きくわけられる。

論文情報

掲載誌 :
Nature Ecology & Evolution
論文タイトル :
Migratory appendicular muscles precursor cells in the common ancestor to all vertebrates
著者 :
Eri Okamoto, Rie Kusakabe, Shigehiro Kuraku, Susumu Hyodo, Alexandre Robert-Moreno, Koh Onimaru, James Sharpe, Shigeru Kuratani and Mikiko Tanaka
DOI :

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