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ナノスケールで電気分極の反転を観察できる新しい顕微鏡手法を開発

消費電力100分の1以下の次世代メモリ・演算デバイス向け材料の開発へ

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公開日:2024.05.02

要点

  • 強誘電体[用語1]を用いた次世代超低消費電力デバイスの開発に不可欠なナノスケール物性計測技術を開発しました。
  • この計測技術によって取得された計測データを機械学習で解析することによって、例えば、デバイスの信頼性を損なう要因を実空間で直接的に捉えることができるようになりました。
  • 本計測技術によって、強誘電体の材料特性に関する微視的な理解がより深まり、材料特性の改善や新たなデバイスの創出に繋がることが期待されます。

概要

強誘電体を用いた次世代の超低消費電力メモリや演算デバイス(例えば消費電力が現状の100分の1以下のメモリや、現在発展途上の脳型コンピュータなど)の実現に大きな期待が寄せられています。これらデバイスの信頼性の向上にはナノスケールでの分極反転現象の深い理解が欠かせません。

東北大学 電気通信研究所の平永良臣准教授および未来科学技術共同研究センターの長康雄特任教授らの研究グループは、東京工業大学 物質理工学院 材料系の舟窪浩教授らの研究グループとの共同研究を通じて、強誘電体の分極反転挙動をナノスケールの空間分解能で、かつ、従来法の300分の1の短時間で高精細な画像を観察可能な新たな顕微鏡手法を開発しました。これにより、例えば分極疲労現象(多数回の分極反転に伴い材料特性が劣化する現象)など、デバイスの信頼性確保を阻害するような現象に対する理解が進み、それらの知見に基づいた材料特性の改善が促されることが期待されます。

本成果は、2024年4月9日に学術誌「ACS Applied Nano Materials」に掲載されました。

背景

強誘電体は自発分極と呼ばれる、外部からの電圧の印加によって反転が可能な電気分極を有する材料であり、このような性質を利用したメモリデバイスは既に実用化されています。しかしながら、従来の強誘電体(ペロブスカイト構造型)は厚さが薄くなると強誘電性を失ってしまい、デバイスの微細化や低消費電力化に限界があることが課題となっていました。ところが近年では、10ナノメートル以下という非常に薄い状態でも強誘電性を維持することができる新たなタイプの強誘電体(蛍石型構造、ウルツ鉱型構造)の発見が相次いでおり、これらの材料を用いた次世代の超低消費電力メモリデバイス、さらには高度な演算を可能とする人工知能(AI)デバイスの実現にも大きな期待が寄せられています。

その一方で、強誘電体材料は、従来型にせよ新規型にせよ、分極疲労と呼ばれる、分極反転動作(メモリデバイスにおける書き換え動作に対応)を多数回繰り返すと、分極量が徐々に減少してしまうといった挙動を示し、これによってデバイスの信頼性が損なわれてしまうことが大きな課題となっています。分極疲労を抑制し、デバイスの信頼性を向上させるためには、微小領域における分極反転挙動をよく理解し、その知見に基づいて材料特性の改善を図る必要があります。さらに、デバイスの微細化が進む中、セルごとの特性のばらつきが顕在化しており、それを引き起こしている要因を明らかにするためにも、ナノスケール評価技術の発展が求められています。

今回の取り組み

今回、東北大学電気通信研究所の平永良臣准教授および未来科学技術共同研究センターの長康雄特任教授らの研究グループは、東京工業大学物質理工学院材料系の舟窪浩教授らの研究グループとの共同研究を通じて、「局所C-Vマッピング法」という新たな顕微鏡手法を開発しました。この手法では、走査型非線形誘電率顕微鏡(SNDM)と呼ばれるプローブ顕微鏡[用語2]を改良した計測システム(図1)を使用します。SNDMのセンシング部は、先端がナノスケールサイズの極めて先鋭な探針(プローブ)と高感度静電容量センサから構成されており、計測サンプルにバイアス電圧を印加したときに生じるわずかな静電容量の変化(あるいは誘電率の変化)を測定することができます。強誘電体サンプルに対し、分極反転電圧を超える振幅の交流バイアス電圧を印加しながら静電容量を測定すると、バタフライ曲線と呼ばれる特徴的な静電容量-電圧(C-V)曲線が描かれることが知られていますが、このようなC-V曲線の測定は通常、0.1 mm~1 mm程度の電極を用いて測定されます。一方、SNDMプローブの測定感度は極めて高いため、同様の測定をナノメートルサイズの電極によって行うことができます。

図1 局所C-Vマッピング法の装置図

図1. 局所C-Vマッピング法の装置図

図2には本計測システムを用いて測定されたC-V曲線の一例を示します。この曲線のピーク位置やピーク面積などを解析することによって、分極反転挙動に関する情報を抽出することができます。さらに、プローブは微動アクチュエータ(ピエゾアクチュエータ)によって移動することができ、これによって各点での測定を行うことで、二次元画像的なデータを得ることができます(厳密には、各測定画素には単独の数値データではなくC-V曲線が格納されるので、取得されるデータはハイパースペクトル・イメージデータと呼ばれる膨大な情報量を含むデータセットとなります)。このような計測によって、例えば分極反転電圧の面内のばらつきを直接観察することができます。これによって、結晶欠陥などの分極反転を阻害する要因が、どのような場所にどの程度偏在しているかを実空間で捉えることが可能となります。

図2 局所C-V曲線の測定例(タンタル酸リチウム単結晶)

図2. 局所C-V曲線の測定例(タンタル酸リチウム単結晶)

なお、同様の計測を目的とする手法としては、本方式以外にも圧電応答と呼ばれる、計測サンプルに電圧を印加した際の機械的な応答を検出する手法(圧電応答顕微鏡)をベースとする方法が提案されていましたが、今回の提案方式では、従来手法に比べ計測時間を約300分の1に短縮することに成功しました。これによって例えば、従来手法ではただ1回の計測だけで数日間にも及ぶ計測時間がかかってしまうような高解像度観察データを、提案手法ではわずか10分程度で取得することができるようになりました。

また本研究では、得られた計測データの解析において機械学習を導入し、分極反転挙動の分布を画像的に表示する手法も開発しました。図3はクラスタリングと呼ばれる機械学習手法を用いて、類似する分極反転挙動を示す領域を自動判別し、色で塗り分けた例です。このデータから、低い電圧で分極反転する領域や反転に高い電圧を要する領域、さらには、分極反転阻害要因によって反転挙動に非対称性が見られる領域やそもそも分極反転しない領域が、どのように分布しているかを捉えることができます。加えて、本計測システムでは同一観察エリアにおける表面形状像(図4)も同時取得可能であり、これと局所C-Vマップデータを比較することで、例えば結晶粒の境界などが分極反転挙動にどのようにどの程度の影響を与えているかを、直接的かつ詳細に調べることができます。

図3 局所C-Vマッピング法により得られた実験データの機械学習解析例(酸化ハフニウム系薄膜)

図3. 局所C-Vマッピング法により得られた実験データの機械学習解析例(酸化ハフニウム系薄膜)

図4. 局所C-Vマッピング法と同時に取得された表面形状像(左)と画像解析によって抽出された結晶粒(グレイン)境界パターン(右)
図4.
局所C-Vマッピング法と同時に取得された表面形状像(左)と画像解析によって抽出された結晶粒(グレイン)境界パターン(右)

今後の展開

本手法により微小領域における分極反転の様子が詳細に調べられることになるため、蛍石型構造やウルツ鉱型構造を含む各種強誘電体における分極疲労現象に関する理解が進み、その知見に基づく材料特性の改善が促されると見込まれます。また、デバイスの微細化に伴い顕在化しているセルごとの特性ばらつきの要因の究明に繋がることが期待されます。さらに、本手法を圧電応答顕微鏡などの既存プローブ顕微鏡手法と組み合わせた統合計測システムに発展させれば、強誘電材料特性に関する更なる多角的な解析が可能となり、この分野の発展に貢献することが期待されます。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(JP18K04932、JP21K18887、JP22K18307、JP24H00375)および村田学術振興財団の支援を受けて実施されました。また、本研究の一部は、文部科学省、次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(JPJ011438)および創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430) の助成を受けたものです。

用語説明

[用語1] 強誘電体 : 通常の誘電体(常誘電体)では、外部から電圧(電界)を印加したときのみ電気分極が現れるが、強誘電体では外部電界を印加しない状態でも分極(残留分極)を保持する。さらに、強誘電体では材料固有のある一定以上の電界を印加することによって分極を反転させることができ、これを利用したメモリデバイスや演算デバイスが提案(一部実用化)されている。

[用語2] プローブ顕微鏡 : 先端のサイズがナノメートルオーダーの超極細の探針(プローブ)を計測サンプルの表面に接触もしくは近接させ、さらにその探針を二次元的に走査させることによって、サンプル表面の凹凸および材料物性の面内分布を可視化する顕微鏡。

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Nano Materials
論文タイトル :
Data-Driven Analysis of High-Resolution Hyperspectral Image Data Sets through Nanoscale Capacitance–Voltage Measurements to Visualize Ferroelectric Domain Dynamics
著者 :
Yoshiomi Hiranaga,* Yuki Noguchi, Takanori Mimura, Takao Shimizu, Hiroshi Funakubo, and Yasuo Cho
*責任著者:東北大学電気通信研究所 准教授 平永良臣
DOI :

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准教授 平永良臣

Email hiranaga@riec.tohoku.ac.jp
Tel 022-217-5528

東京工業大学 物質理工学院 材料系

教授 舟窪浩

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取材申し込み先

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東京工業大学 総務部 広報課

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