社会連携

企業で輝く東工大博士

企業で輝く東工大博士

東京工業大学では、毎年約300名の高度な専門性を有する博士を社会に輩出しています。就職先は大学などのアカデミアだけではなく、修了生のおよそ半数は国内外の企業で活躍しています。今回は、企業で活躍する2名の東工大博士課程修了生を紹介します。

藤田弘幸 博士(工学)現職:デュポン株式会社 パフォーマンスポリマー事業部 研究開発部 出身:大学院理工学研究科有機・高分子物質専攻 道信剛志研究室 2013年3月博士後期課程修了

「新材料を開発して人々の暮らしを豊かにしたい」

「高校生時代に描いた夢は、自分が新規開発した有機高分子材料を使って人々の暮らしを豊かにすること。今、着実にその夢の実現に向かって歩んでいる自分を実感しています」

こう語るのは、現在、デュポン株式会社のパフォーマンスポリマー事業部で、新たなエンジニアリングプラスチックの研究開発に取り組んでいる藤田弘幸さんです。
エンジニアリングプラスチックとは、有機高分子材料の一種で、耐熱性や強度などを高めたプラスチックのことです。これまでも、家電製品やパソコンなど多くの機器に使われてきましたが、近年、環境負荷の低減に貢献する材料として、社会的ニーズが急速に高まっています。

事業部で過去に開発したエンジン部品 写真提供:米国デュポン社 事業部で過去に開発したエンジン部品 写真提供:米国デュポン社

「私が現在手掛けているのは、自動車用のエンジニアリングプラスチックの開発です。これまで金属材料が使われてきた部品の一部を、耐熱性の高いエンジニアリングプラスチックに置き換えることで、車体の軽量化を実現し、燃費を大幅に向上させようというのが狙いです」と藤田さん。

耐熱性を上げるには、プラスチック材料にさまざまな添加剤を混ぜる必要があります。どういった添加剤をどれくらい混ぜれば、欲しい性能を実現できるか。その“レシピ”を考えるのが、藤田さんの重要な役割なのです。
藤田さんが米国に本社を持つデュポンを選んだのは、グローバル企業の同社であれば、自分が開発した新材料が世界中の国々で使ってもらえて、より多くの人々の暮らしを豊かにできると考えたからだといいます。

「大学院時代は、小さなフラスコを使って材料の合成などを行っていました。それが今では、私が考案したレシピに基づき、一度に何百キロもの材料が製造されるので、責任は重大です。しかしその分、大きなやりがいと手応えを感じています」

博士号は国際免許のようなもの

藤田弘幸 博士(工学)

「修士課程までは他の国立大学に通っており、既存の有機高分子材料の合成技術の習得が中心でした。基本的な技術の習得は大変重要です。しかし、私の目標は、企業で新たな材料を開発してイノベーションを起こすこと。そのためには、博士課程に進み、応用研究を学ぶ必要があると考えたのです」と藤田さん。

そこで進学先として選んだのが、東工大大学院理工学研究科有機・高分子物質専攻 道信剛志准教授の研究室でした。

「まず、東工大を選んだ理由は、国内外を含めトップクラスの研究を行っている大学だったから。また、道信研究室を選んだのは、道信先生が若手のテニュアトラック教員※1であり、新しい研究室だったからです。道信先生であれば、気軽に相談しながら、自分がやりたい研究を自由に進められるのではないかと思ったのです」

藤田さんの希望は実現し、研究のテーマ探しから、応用に至るまでの一連の研究プロセスをすべて自分で決め、実行することができました。
また、自分の研究室の中だけでは解決できない問題が発生しても、近くの研究室の扉をノックすれば、その道の第一人者が必ずいます。そこで新たなコラボレーションが生まれ、思いもよらないような応用研究への可能性が拓かれたと藤田さんは言います。

「博士課程での最大の成果は、新たな合成方法を用いて、新材料を開発し、さらにその材料を太陽電池の部材などに応用する研究ができたことです」

応用研究に当たっては、企業との産学連携プロジェクトも推進しました。また、グローバルCOEプログラム※2の一貫として実施された、博士課程の学生を対象とする「プロジェクト・マネジメントコース」にも参加しました。

「将来的には、研究プロジェクトをマネジメントする立場に就きたいと考えています。その点で、このコースは大変有意義でした」

藤田弘幸 博士(工学)

最後に、博士号を取得したことの意義について、こう語ってくれました。

「現在の私の上司は米国人で、仕事の同僚や顧客も欧米人からアジア人まで国際色豊かです。その中で、博士号は『国際免許』のようなもの。博士号を持っていることで、確実に仕事の門戸は広がります。世界を舞台に活躍したいのであれば、博士号を持っていて損はありません。私の場合、夢の実現に向けて博士号の取得は不可欠だったと実感しています」

堀内陽介 博士(工学) 現職:株式会社東芝 研究開発センター 機能材料ラボラトリー 研究主務 出身:大学院総合理工学研究科物質科学創造専攻(精密工学研究所) 若島・細田研究室(現・細田・稲邑研究室) 2007年3月博士後期課程修了

金属材料に関する知識と技術で環境問題に貢献

「東芝に就職したのは、大学院時代に学んだ金属材料に関する知識や技術をエネルギー分野に生かすことで、環境問題に貢献できると考えたからです」

こう語るのは、東芝の研究開発センターで、電気自動車や鉄道車両用の高耐熱性磁石の研究開発に取り組んでいる堀内陽介さんです。

高鉄濃度サマリウム・コバルト磁石により、高耐熱・小型・高効率モータを実現 高鉄濃度サマリウム・コバルト磁石により、高耐熱・小型・高効率モータを実現

これまで実使用温度域(100℃以上)で高い磁力をもつのはネオジム磁石のみでした。堀内さんが2012年に開発に成功した「高鉄濃度サマリウム・コバルト磁石」は、レアアース※3のジスプロシウムを一切使っていないにもかかわらず、ネオジム磁石に匹敵する高い磁力を示す磁石として注目を集めています。2015年からは、鉄道車両への導入が始まっています。
現在、温室効果ガスの削減を目的に、電気自動車や自然エネルギーの導入が進められています。しかし、電気自動車や風力発電には、高温下でも強力にモータを回すことができる高い磁力をもつ磁石が不可欠です。高い磁力をもつとされるネオジム磁石には性能向上のため、レアアースのジスプロシウムが使われています。資源を持たない日本にとって、それが大きな供給リスクとなっています。そこで、堀内さんが開発したのが、高鉄濃度サマリウム・コバルト磁石です。

「実はこの磁石は、1970年代に東芝をはじめ多くの企業が研究していました。ところが、ネオジム磁石の登場により、研究は長い間、中断していたのです。そういった中、社会情勢の変化を受け、私の上司が再注目し、私が開発を担当することになったのです」

そして、サマリウム・コバルト磁石の開発に成功した背景には、東工大の博士課程で習得した技術があったと堀内さんは言います。

「金属材料の特性を決めているのは、金属組織です。東工大博士課程では、この金属組織の制御技術をしっかりと身につけることができました。サマリウム・コバルト磁石の開発では、まさに制御技術を駆使することで、一気に材料特性を塗り替えることができました。感動の一瞬でしたね」

博士課程での苦しい経験は大きな自信に

堀内陽介 博士(工学)

「修士課程の段階で、このまま社会に出ても、研究者として満足がいく仕事はできないだろうと感じました」と、堀内さんは博士課程への進学を決めた理由を語ってくれました。

「修士課程までは他の大学で、金属材料を研究していました。とは言っても、人が合成した金属の性能評価が主な内容でした。しかし私は、是非とも自分の手で、金属材料の設計と合成を行い、求める特性を出すことができる金属材料のプロになりたいと思っていたのです」

そんな堀内さんの希望に合致したのが、東工大精密工学研究所の若島健司・細田秀樹研究室でした。
堀内さんの博士課程における研究テーマは、「形状記憶合金の開発と生体への応用」です。現在、形状記憶合金はステント※4や歯の矯正用ワイヤーに使われていますが、アレルギーを起こしやすいニッケルが使われているため、ニッケルを含まないチタン合金の実用化に向け、研究を進めてきました。

「若島・細田研究室では、実験の計画立案から実験、性能評価まで、金属の研究開発に関する一連の流れを、自分自身で行うことができました。これが、博士課程で学んだ一番の財産ですね」と、堀内さんは振り返ります。
「修士課程と博士課程との大きな違いは、自分なりのものさしを構築し、そのものさしに従って、独自の判断ができる能力を養えること。この力は、社会に出たときに大きな強みと自信になりますよ」

そして、博士課程修了後、東芝の研究開発センターへの就職を果たした堀内さん。しかし、配属された部署が、これまで扱ったことのない磁性材料を研究開発するところで、最初は大きな戸惑いを感じたといいます。

「はじめは不安でしたが、逆に、これまで蓄積してきた知識や技術が、磁性材料の開発にも活用できることを知り、自分の可能性の幅が広がりました。今後も、環境問題に直結する重要な責務を担っていることを意識しながら、革新的な金属材料の開発を目指していきたいと思います」

実験室にて、磁石の焼結に使用する焼結炉の操作 実験室にて、磁石の焼結に使用する焼結炉の操作

最後に、堀内さんは、修士課程の学生に向けて次のようなメッセージを贈ってくれました。

「博士課程は厳しく、強い意志がなければ、続けるのは難しいかも知れません。しかし逆に、自分で決めた道だと決意できれば、どんな困難も乗り越えられるでしょう。博士課程での苦しい経験は、確実に今の仕事に生かされています。明確な目標があり、そのためには博士課程に進む必要があると感じているのであれば、迷わず博士課程に進まれることをお勧めします」

※1 テニュアトラック教員

一定の任期(5年から7年)付きで採用され、その期間内の研究成果などが評価された場合に任期の定めのない教員となる雇用形態。

※2 グローバルCOEプログラム

国際的に卓越した教育研究拠点の形成を重点的に支援し、国際競争力のある大学づくりを推進することを目的とした、日本学術振興会の事業。

※3 レアアース

希土類元素。鉱石中から単独の元素として分離することが非常に困難なためコストが高い。

※4 ステント

血管や食道などを広げる、金属制の筒状の医療機器。

2015年1月取材当時