社会連携

産学トップ対談

東工大の教育・研究への期待

ガバナンス改革、国際化への改革に始まり、2016年4月には教育改革、そして研究改革と大学改革を押し進める東工大。世界屈指のリサーチユニバーシティを目指すためには産業界との綿密な連携が不可欠となる。そのためには、今後どのような視点と気構えをもって取り組めば良いのか。経団連副会長であり鉄鋼メーカー新日鐵住金の経営者として世界を見据えてきた友野相談役に三島学長が意見を求めた。

修士・博士後期課程では"社会の仕組みになじむ"ための教養科目が必要

東京工業大学 学長 三島 良直

三島はじめに、企業のトップという立場からご覧になって、大学における人材育成についてどのように感じていらっしゃるか、さらにはどうあるべきか、現在の採用の動向やこれまで採用してこられたご経験を踏まえながら、お話をいただければと思います。

友野わかりました。では、最初に「人材育成」を基軸とした大学教育のあり方について感じていることを少しお話ししてみたいと思います。まず一つ目は教養教育についてですが、今から申し上げることは、東工大に限らず日本の大学全般に共通の課題ではないかと思います。学部から大学院修士課程、博士後期課程と進むにつれ、一般に専門教育学習にあてる時間は増えていきますよね。その点についてはもっともなのですが、一方で我々企業の捉え方としては、大学院在籍時にも、教養教育科目に一定の割合を確保すべきではないかと感じています。というのも、経団連で新卒採用した社員について企業に調査を行ったところ、特に博士後期課程を修了し入社した社員の傾向として、高度な専門知識や思考能力には長けている反面、コミュニケーションや協調性に難があるという課題が浮き彫りになったのです。
21世紀も15年が経過し、社会のボーダーレス化にますます拍車がかかる中で、一定レベルの専門性を備えていることはもちろん、そこに社会科学的な知見を持ち合わせてこそ、世界と渡り合っていけるのではないかと考えます。

三島実は、東工大では現在、教育改革、研究改革を始め、ガバナンスや社会連携などさまざまな構造改革を推し進めている最中ですが、その中で、2016年度より日本の大学で初めて学部と大学院を統一して「学院」を設置いたします。そこで採用するカリキュラムでは、修士・博士後期課程での教養科目について、今おっしゃった社会科学系の科目など、学部で学ぶ内容とは性質の異なるものを必修科目として用意するつもりです。例えば、企業とは一体どういう体制で運営されているのか、社会経済はどういった仕組みになっているのかということについて、修士課程の段階でレクチャーするといった具合です。どの段階でどういう教養科目を教えるかということに重点を置いていますので、専門性のみならず社会性にも秀でた人材の輩出に貢献できるものと捉えています。

新日鐵住金株式会社 相談役 日本経済団体連合会 副会長 友野 宏

友野それは非常に力強いお話を伺いました。ぜひとも、専門性の中に社会性が埋没しないよう、切にお願いしたいと思います。

三島教養教育を今後どのように構築していくかについては、担当教員で構成されるリベラルアーツ研究教育院がいろいろと知恵を絞っています。例えば、学部に入学した1,000人を10人、15人といった小グループに細分化し、ディベートやセッションなどさまざまな機会を与えてコミュニケーションスキルを高めるといったことも検討中です。このようなところから始めて、段階的に社会性を高めていく。世の中が求めるニーズも鑑みながら、どのような教養教育を施していくのが東工大生に適しているのか、試行錯誤しながらではありますが、実直に進めていきたいと考えています。

社会に通じる素養を磨く秘訣は「習うより慣れよ!」

友野次に、基礎・専門教育についてですが、やはり研究室や教室の中だけで専門性は身につきません。外部との交流や刺激があって初めてその能力を実践的に使えるようになっていくものだと考えます。例えば、何かケーススタディ形式で課題を提起して、それを解くために外部の知見を借りに行くといった課題を与えれば、学生も刺激が得られますし、相談を受けた企業サイドも「おっ、頑張っているな」という目を向けるようになり、より良好な関係構築につながることが期待されます。基礎は基礎、応用は応用と分断するのではなく、トータルで物事を捉える仕組みをカリキュラムの中に取り込むことで、結果的にはリーダーシップやマネジメント能力の育成にもつながるのではないかと思います。

三島なるほど、アクティブラーニングの視点ですね。現在、東工大ではカリキュラムや教育システム全体の改革に取り組んでいますが、お察しのようにシステムを変えただけで教育の質の向上が図れるわけではありません。そこに「魂」を注ぎ込まなければいけない。どうすれば学生が能動的に学内外の識者に意見を求め、知見やヒントを持ち帰ってディスカッションし、考えをまとめられるような力をつけられるのか。またそういったことに対し、先生方がいかに前向きに取り組んでいただけるかといったことがマッチして初めて、この改革が推進していくと思っています。

友野続いて、「グローバル教育」という視点からお話ししたいと思います。我々企業が世界を相手に幾多の困難を乗り越え、時には辛酸を舐めながら積み上げてきた経験からいうと、多様性への理解と寛容性がキーワードになってくると思います。一言で言えば、「経験を積む」ということです。そういった意味では、やはり留学などを通じて外の世界を知ることは、とても重要な意味を持つと考えます。グローバルというとすぐにHowの方から入ってしまいがちですが、まずは慣れることの方が先決です。

産学トップ対談

三島我々も、その点ではいろいろと知恵を絞っているところです。例えば、修士修了までに必ず一人一回は短期で良いので海外留学を義務づけるといった案もあるのですが、実際に必修にしたとして、1,000人いれば無理な学生も出てくるでしょう。ただ、やはり常に念頭にあるのは、早い段階で、ほんの数週間でもよいので海外の大学でサマースクールを受講してみるといった具合に、第一歩を踏み出してほしいと思っています。実際、そういう体験をした学生は、行く前と帰国後とで目の色が違ったりするんです。まずは肌で感じる。そして次の目標を立てて勉強をする。今はちょうどこのような取組みに対して、いい風が社会全体に吹いています。この好機を逃さず、学生にとってベストな方法を組み入れていきたいと思います。

友野日本中の大学がグローバルな方向に傾注している中で、「東工大の学生はひと味もふた味も違うぞ」というところを是非示していただきたいと思います。
人材育成という視点でもう一つ、「リーダーシップ教育」についてですが、率直に言えば、私はリーダーシップというものは教育しても身に付かないと考えています。ではどうするかといえば、リーダーシップが発揮できるような場を用意するのです。小さなケーススタディでもいいでしょうし、鳥人間コンテストやロボコンのようなイベントに挑戦してみるのも良いでしょう。

三島まったく同感です。得手不得手や性格的に向かない人もいるとは思いますが、それでも「挑んでみる」ことで、学生の中で何かが変わるはずです。グループワーク等、リーダーとしての素養を磨く場をさまざまな場面で用意していきたいと思います。

友野そうですね。学業に限らずとも、そういう場に身を置くことで、リーダーに立つ人、それをサブで支える人と、自ずと役割が見えてくるものです。学園祭のイベントだって、きちんとリーダーシップを取れる人物がいなければ、成り立ちませんからね。

産学連携のカギは「ファシリテーター」の機能化にあり

三島2番目の大きなテーマとして、大学における研究の推進に触れていきたいと思います。
現在、国立大学では運営費交付金が毎年1%削られています。加えて、研究費として獲得している受託事業等において、これまで直接経費と抱き合わせであった間接経費が付かないケースが増えてきたのです。間接経費というのは受注した研究をサポートするための研究設備や環境整備にあてる資金です。それが付いてこないとなると、大学としては研究に支障を生じるばかりか、自由度が効かなくなります。更に、光熱水料も高騰している。そうなるとやはりなんらかの形で収入源を確保しなければならないわけです。そうした中で今着目しているのは、企業との共同研究を増やすことです。
ただ、国の受託事業に比べると、残念ながらごく小規模なものにとどまっているのが現状です。そうではなく、大学としてきちんと企業と話をして、そして研究テーマや期間、達成度等について具体的なプランを提示し、知的財産に関することなどもしっかりと話し合った上で、大型の研究を共同できるようにしたいと、方法を模索しているところです。そういう大学と組んだ研究をどうやって進めるかということについて、大学として企業サイドにどのように働きかけていけばよいか、ご意見をお聞かせいただけますか。

新日鐵住金株式会社 相談役 日本経済団体連合会 副会長 友野 宏

友野事情は理解しました。その前に1点、拝見した大学広報誌の中で、大学運営に係る経費を公開していたのには非常に感銘を受けました。大学の資料でこのようなデータを公にすることは滅多にないでしょうし、少なくともこれまで私は見たことがありません。このように透明度を上げて、共有化されるというアクションは、大学自体の社会的信頼度を高める意味でも極めて重要なことと受け止めています。
本題に戻りますと、一つ制度として強化するのが望ましいと思うのは、すでに着手していらっしゃいますが、企業と大学とをつなぐマッチングコーディネーターのような媒介役を介して積極的にファシリテートしていくといった仕組み作りですね。「企業の研究所員と大学の先生が一対一で既知の関係である」くらいになれば理想的です。煩雑な事務や諸手続きも任せれば、先生方は研究・開発に集中できるでしょう。そういう方が全体を仕切っていただけるようになると、企業も安心して5年間で何億円といった巨大プロジェクトを大学に任せられるようになるのではと思っています。

三島そういった意味では、東工大では文部科学省の支援制度を活用して、URA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター)という研究マネジメント人材の育成に取り組んでいます。ただ、制度的にまだまだ改良の余地があり、十分に機能しているとは言い難いですね。
現在、東工大では大岡山キャンパス・すずかけ台キャンパスを横断して研究力向上を図る新組織「科学技術創成研究院」の2016年4月創設に向け、準備を進めています。これは、大きな傘を作ってその下に研究所を置くことで、大学の方針がそこへ反映されるような運営形態に生まれ変わることになります。学部と大学院とを一体化した「学院」の長(学院長)と同様に,この研究院長も学長が指名するという体制に切り替えました。こうした組織改革と先ほどのファシリテーター、URAといった方法とをうまく絡めた体制を整えて、待つのではなく積極的に働きかけていきたいと考えているところです。

友野いろいろとお話を伺っていて、"はっ"とあるイメージが浮かびました。まさに東工大が目指しているのは「金魚鉢経営」とでも言えば良いのでしょうか。よく従来の大学の研究体制や経営について「たこ壺型」などと揶揄されていますよね。学部、あるいは大学院という壺の中に金魚がいっぱいいるのですが、壺ですから陶器でできているので外から何も見えない。これを1個ずつ透明のガラスの金魚鉢にすれば、外からみんな見えるという透明度がものすごく高くなるということです。なかなかこれは面白いと思います。わかりやすいです。これなら研究院長がワンヘッドで見られますよね。

東京工業大学 学長 三島 良直

三島この体制が機能すれば、少なくともストレートに学長の考え方が学院長等を通して公正に伝わるようになります。そういう中で学院の意向をふまえた人事権も取り込むようにしています。これらにより、学院の機能が強くなるようにする。そこにIR※1が連動すれば、どの先生がどういうパフォーマンスをしているかなど、強み弱みをみながら、強いところにより大学が投資していくということもできるようになります。

友野改革というものは一筋縄では行きませんので、おそらくは忍耐力も必要でしょう。加えて、各学院長の力量も問われることになりますね。前例のない画期的な試みだけに、1日も早く堅調に機能することを祈っています。

持ち前の専門性に気概と人間力で頼り甲斐のある人材育成を

三島最後に、今後に向けて、産業界とより良い関係を構築していくために、本学にどんな期待を寄せられているか、お話しいただけますか。

友野1881年に東京工業大学が「東京職工学校」として建学されたときには「技術で国を興す」との命題を掲げていらっしゃいました。以来現在に至るまで、その精神を貫徹しておられる。非常に明快であり、素晴らしいことだと思います。ただし、物事を推し進めるには、知識や技術のみに頼ってはうまくことが運ばない場面も多々出てくるでしょう。そこで必要になるのが、パッション、つまり気概と人間力です。幸い、東工大の学生は自らの専門については相当鍛えられていますので、そこに気概と人間力が加われば、まさしく鬼に金棒。企業からも引く手数多となるでしょう。
もう一つ、特筆すべきは学生の指導に教職員が時間をかけて誠意をもってフォローアップしている点です。多くの大学で教員方が講義や研究、学会発表や研究費の確保などに加えて事務手続きに多大の時間を割かれ学生のフォローアップもままならない中にあって、東工大では教授陣が日本で一番学生のために時間を使っているというところにも、大いに期待をしたいと思っています。

三島ありがとうございます。東工大には、毎年約1,000人の学生が入学してきます。彼らが卒業するまでの時間を有意義に過ごすためには、おっしゃるように学生自らが率先して専門性と気概、そして人間力に磨きをかけていくことが肝要です。さらには、卒業後に企業や研究機関などにおいて即戦力として力を発揮していけるよう、自助努力はもちろん、我々教員サイドがしっかりと背中を押してあげられるような体制づくりを進めていくことも求められます。
もう一つ、東工大の教育の最大の特色は、「研究を通しての教育」にあります。常に世界トップレベルを行く研究成果を求められる中で、教育と研究に改めて気合を入れ直し、教職員、学生と気持ちを一つにして前に進めてまいる所存です。

※1 IR

機関調査(Institutional Research)。大学のさまざまな情報を把握・分析して数値化、標準化するなどし、結果を教育や研究、学生支援、経営などに活用すること。

新日鐵住金株式会社 相談役 日本経済団体連合会 副会長 友野 宏

友野 宏 (Hiroshi Tomono)

  • 1969京都大学 工学部 卒業
  • 1971京都大学 大学院工学研究科 修士課程 修了
  • 1971住友金属工業株式会社 入社
  • 1979スイス連邦工科大学 博士(工学)取得
  • 1998住友金属工業株式会社 取締役(電子部品事業部長委嘱)
  • 2003住友金属工業株式会社 取締役 専務執行役員(鋼板・建材カンパニー長委嘱)
  • 2005住友金属工業株式会社 代表取締役社長
  • 2008関西日本・スイス協会 会長(現)
  • 2009学校法人鉄鋼学園 評議員・理事長(現)
  • 2011公益社団法人 関西経済連合会 代表理事・副会長
  • 2012一般社団法人 日本鉄鋼連盟 代表理事・会長
  • 2012新日鐵住金株式会社 代表取締役社長兼COO
  • 2013一般社団法人 日本経済団体連合 副会長(現)
  • 2014新日鐵住金株式会社 代表取締役副会長
  • 2015新日鐵住金株式会社 相談役(現)

東京工業大学 学長 三島 良直

三島 良直 (Yoshinao Mishima)

  • 1973東京工業大学 工学部 卒業
  • 1975東京工業大学 大学院理工学研究科 修士課程 修了
  • 1979カリフォルニア大学バークレー校 大学院 博士課程 修了
  • 1979カリフォルニア大学バークレー校 材料科学専攻
    アシスタントリサーチエンジニア
  • 1981東京工業大学 精密工学研究所 助手
  • 1989東京工業大学 精密工学研究所 助教授
  • 1997東京工業大学 大学院総合理工学研究科 材料物理科学専攻 教授
  • 2005東京工業大学 評議員
  • 2006東京工業大学 大学院総合理工学 研究科長
  • 2010東京工業大学 フロンティア研究機構長
  • 2010東京工業大学 センター長会議主査
  • 2011東京工業大学 ソリューション研究機構長
  • 2011東京工業大学 理事・副学長(教育・国際担当)
  • 2012東京工業大学 学長(現)

なお、この対談は国立大学協会「国立大学フェスタ2015」の一環として企画しました。