東工大について
東工大について
倉田英之
AGC株式会社 取締役兼常務執行役員 CTO・技術本部長
渡辺治
東京工業大学 理事・副学長(研究担当)、オープンイノベーション機構長
大嶋洋一(司会・進行)
東京工業大学 オープンイノベーション機構 副機構長、統括クリエイティブ・マネージャー・教授
大嶋:この対談では、東工大と共同研究を進めているAGC株式会社取締役兼常務執行役員 CTO・技術本部長の倉田英之さんと東工大オープンイノベーション機構長の渡辺治理事・副学長が話し合い、大学と企業の協力や産学連携について考えます。まず、東工大の産学連携活動の特徴について渡辺理事・副学長から説明してください。
渡辺:東工大は「飛躍的な研究推進で社会に貢献する」というキャッチフレーズを掲げています。とがったものを含めさまざまな研究がある中で、企業などと対話しながら社会実装を行っていくのが重要な社会貢献だと考えています。その対話の中で、大学の周りにフィジカルに、あるいはバーチャルに集まっていただき、「大学城下町」ができるといいなと思っています。
大学の取り組みを知ってもらうには、まず興味を持ってもらおうとフェスティバル、シンポジウム、マッチングイベントなどを行っています。「東工大メンバーシップ」という制度もその一つで、メンバーになっていただいた方に、大学の様々な活動を説明したり、イベントを行ったり、ニュースレターを発行したり、大学に来ていただく、といった取り組みを行っています。
大嶋:ガラス・化学など多くの素材で世界トップメーカーであるAGCは産学連携にどういうスタンスで取り組んでいますか。
倉田:産学連携には3つの目的があると考えています。
1つは新たなイノベーションの起点になるということです。大学はサイエンスを原理原則まで掘り下げる科学・技術力を持っています。例えばわれわれ企業が持ち込んだ課題に対して不明確な現象を、大学と企業の研究者が一体となって掘り下げていくと、現象の本質的な理解と新たな視点が生まれ、問題解決につながると同時に、イノベーションや新商品のヒントになることもあります。企業側は「事業になって、売れて、利益が出てなんぼ」とすぐ考えがちですが、課題解決までのプロセスは大変重要ですし、その過程で違うゴールが見える可能性もあります。
2つ目は新しい事業領域の創造です。例えば大学には、研究室オリジナルの技術とか、オリジナリティのある発想をお持ちの先生方がいらっしゃいます。そうした技術・発想を、われわれなりに解釈して社会実装のお手伝いができれば、新しい産業領域・新商品を創出できるかもしれません。
3つ目は人材交流を通じた個々の成長です。例えば企業側の研究者がアカデミアの研究者と切磋琢磨することで、深掘りする力、課題を発見する力、を向上させることができます。また、弊社のことを学生さんや先生方に知っていただけること自体が、ありがたいことです。
大嶋:東工大は共同研究を本格的にマネージしていく組織としてオープンイノベーション機構(OI機構)を創設しました。渡辺理事はその機構長ですね。
渡辺: OI機構では企業と「2軸のお付き合い」をしたいと考えています。「すでにある研究成果や技術を深めて究めること」と、「それをさらに展開して新しいところを探索していく」というのをぜひ一緒にやっていきたい。
AGCは「両利きの経営」をされていますが、東工大も同じようにやっていければと考えています。
大嶋: AGCと東工大は2019年7月、「AGCマテリアル協働研究拠点」を設置しました。個別研究の枠組みを超え、組織同士で大型の連携を実現しました。東工大すずかけ台キャンパスには専用スペースもあり、ガラス、セラミックス、有機材料や新しいテーマについて共同で研究・開発に取り組んでいます。AGCは東工大のどういったところに魅力を感じたのでしょうか。
倉田:1つは、理工系総合大学として世界レベルの技術アカデミアであること。2つ目は培われた技術により社会実装された実績が多くあること。3つ目はAGCとの距離が近い。物理的に距離が近いというのもありますが、東工大との連携は長い歴史があり、お互いの信頼関係もあります。
そして最後の決め手になったのがOI機構の存在です。OI機構は企業分野で言うところの「クローズドの研究」もできる。「新商品開発における情報管理、知的財産権の活用」等の課題を取り払ってくれました。新たな事業領域・新商品をつくることに対して、OI機構は、柔軟に対応していただける仕組みが魅力的でした。
渡辺:ありがとうございます。
大嶋:協働研究拠点では、OI機構がさまざまなサポートを行っています。
渡辺:OI機構には統括クリエイティブ・マネージャーがいて、学内でその企業と従来からお付き合いのある研究者だけではなく、「この課題には、この先生も関係してくる」という流れでご紹介するサポートをしています。そういうことで新たな展開が可能となるし、それをきっかけに学内の研究者同士の連携もできます。企業と一緒に研究をしていく中で、学内の新しい深め合いもできるのが特徴です。
OI機構が目指しているのは「研究のコンシェルジュ」です。企業側の要望、例えば事業化をしたい、さらに進んでカーブアウトや、ベンチャーをエンカレッジしたいということもお手伝いしますし、そういう専門家もアドバイザーとして用意しています。
大嶋:そういったOI機構のサービスは、企業側から見ると満足できる内容でしょうか。今後期待するところはありますか。
倉田:渡辺理事にはAGCの研究開発施設である協創空間「AO」をご覧いただきましたが、この施設も実は同じ発想なんです。「社内の人材をつなぐ」、「社外と社内をつなぐ」、という2つの目的があります。弊社の研究所は2つの場所に分かれて活動を行っていましたが、AGC横浜テクニカルセンター(横浜市鶴見区)を新たに建設することにより、1か所に集約いたしました。素材開発、プロセス開発から生産技術・設備開発までを、全て一体で一貫して、開発できるようになりました。テーマに対し、社内で異なったバックグラウンドを持つ技術者が、素早く連携して課題解決にあたれます。社外の方、アカデミアの方とも、共通のテーマに関して課題解決をするために、的確な研究者をすぐに集め、対応できるように、「技術のソムリエ」を組織的に配置して、対応しております。OI機構と同様な発想で運営しています。
OI機構の存在は非常に頼もしいと思っています。東工大内の研究者との連携を今以上に活発にしていき、弊社の「両利きの経営」で言うところの「新しい戦略事業をつくっていく」部分でOI機構とさらに、協創、協業したいと考えています。
イベントやシンポジウムといった取り組みのほかに、東工大の技術をコンバインし、企業をはじめとしたステークホルダー同士が連携できるようなアレンジをしていただけると、東工大発の新しい事業が次々と生み出されていくのではないか、と感じています。一企業だけではできないことも多いので、企業同士を結び付けることも重要かと思います。
渡辺:ありがとうございます。そうした取り組みができれば、まさに大学城下町をつくるという発想に近い形になっていくのではないかと思います。
倉田:そうですね。立地も同じ横浜市ですし、お互いのメンバーがもっと交流できるとさらに面白くなってきますね。
大嶋:カーボンニュートラルについて伺います。AGCでは、具体的にどういった活動をされていますか。
倉田:弊社は製造業であり、多大なエネルギーを消費しています。温室効果ガス排出量の抑制、燃料効率の向上といったことは待ったなしの状況です。また、サステイナビリティに貢献する商品も多く持ち、その開発も多くてがけています。ESG投資(Environment, Social and Governance)が拡大する中で、社会に対して持続可能な地球環境や社会への貢献や努力をきちんと伝えていく必要があると考えています。
昨年、「2050年にカーボン・ネットゼロ」を実現するという大きな目標を掲げ、その通過点として、2030年までに温室効果ガス排出量を30%削減、売上高原単位では50%削減するという目標を掲げました。事業活動においてカーボンの排出を下げる技術開発を進めると同時に、カーボンの排出量の低い事業を伸ばし、事業ポートフォリオを変えていくことも重要になります。
東工大とご一緒させていただいている新事業・新商品の研究開発も、持続可能な製品設計が必要になってきます。例えば地球温暖化を抑制するような冷媒、水素社会に貢献するような材料、といったような発想を、今後も強めていく必要があると思います。
ガラス事業は典型的な燃料多消費型事業です。現在はガス燃焼が主流ですが、燃焼効率を上げるということでは弊社が世界を牽引してきたという自負があります。そうした技術にさらに磨きをかけていきたいと考えています。
大嶋:東工大の取り組みはいかがでしょう。
渡辺:エネルギー分野というのは総合的な研究になります。エネルギー関係の研究をしている研究者は東工大だけで400名ぐらいいます。東工大は「統合エネルギー科学」つまり局所最適化ではなく全体的にどうやってカーボンニュートラルなエネルギーの使い方をしていくか、という研究を重点分野として位置づけています。
今年、ゼロカーボンエネルギー研究所を開設しました。科学技術創成研究院の先導原子力研究所を改組したものですが、これまでよりも広範なエネルギーの研究、例えば全固体電池のような電力を蓄えていく方法、あるいは新しい触媒によるアンモニアの合成など、さまざまなシステムを統合してエネルギー効率を良くしていく研究を始めています。企業活動はエネルギー利用なしに成り立たないわけですが、トータルとしてどうやって持続可能にしていくかというところで大学と企業が力を合わせることができたらと考えています。
倉田:トータルで考えることは重要です。AGCは現在年間約1,100万トンの温室効果ガスを排出していますが、その6倍程度の温室効果ガス削減量に貢献する商品を出しています。特に複層ガラスなど断熱効果の高いものを使えば、空調電力などのエネルギー消費をかなり下げることができます。まだまだ普及していない面もあり、自社の直接排出抑制ばかりでなく、「トータルで考える」ことにもっと議論を深めても良いかと思います。とかく目の前の排出量に目がいってしまいがちですが、「総合的に何をするべきか」をアカデミアの研究者の皆様と考えていきたいと思います。
渡辺:世論をつくるということは、大学としても非常に重要です。大学のさまざまな英知を尽くして、「こういう社会をつくっていきたい」「こういうことがいいんですよ」ということを世の中に知ってもらうことも、教育も含めて重要になってくると思います。
大嶋:大学に対して企業はどのような人材育成を期待しているのでしょうか。
倉田:東工大はリベラルアーツ教育に力を入れられています。これからは、グローバルな現代社会や多様性への理解がより重視され、顧客の指向も日々変わっていく中で、ある1つの専門分野の知識では、問題解決が益々難しくなっています。多様性と専門性、両方を兼ね備えた学生が社会に出てきてくれると、企業側にも大きな影響を与えてくれるのではないでしょうか。
東工大には修士博士一貫の物質・情報卓越教育院がありますが、素材とデジタルの両方を駆使できる人材を育てるという意味で大変素晴らしいと思います。弊社でもそういうデータサイエンティストを社内で育成しています。当社では「二刀流人材」と呼んでおりますが、「現場を熟知し、なおかつデータサイエンスも駆使できる人材」です。そのようなスキルを持つ人材を増やし、企業の競争力を上げていきます。これは生産現場だけではなく、物流、営業、すべてにかかわることです。弊社ではDX分野は若手が中心になって、牽引しています。「単なる理工系人材」ではなく「両利きの人材」の育成をされている、東工大に期待しています。
渡辺:物質・情報卓越教育院は、物質分野の研究者のアイデアからスタートしました。「素材だけをやっていては最終的には使われるだけで終わってしまう」ということに、彼らは大きな問題意識を持っていた。社会を変えるような、流通やコンシューマ領域までを含めたところを全部カバーしていかないと、ただ素材が使われるだけになってしまう。すごく良いものをつくっても、そのあと他の国がつくって終わり。だからもっと大きな産業まで進めていくことをしたい。それには「情報」を使わないと社会の中で適応できない、と戦略を練ったんです。
これからの産業界の主役は博士だと思います。博士課程を卒業した人材はもちろん、社会人がまた博士課程で学んで企業と一緒に社会課題の解決を考えながら専門も勉強する。そういう博士をこれからどんどん育てていきたいと考えています。
倉田:弊社でも社会人の博士取得を奨励しており、かなり人数が増えてきています。本人たちからは、「博士を取るとグローバルで戦えるようになる」という声を聞きます。一般的に修士で終わってしまうのは日本ぐらいです。そういう意味で、もう一度学びの場を与えることは今の社会にマッチしていますし、当社もそれを進めていきたい。
渡辺:研究分野はもちろんですが、教育分野でも産学連携をお願いしたいと思っています。「子はかすがい」と言いますが、学生はアカデミアと企業をつなげる非常に重要な役割を担っていると考えています。
倉田:例えば、OI機構で一緒に切磋琢磨することでAGC自体を知っていただき、われわれの社風や技術を理解してもらうことで、興味を持ってもらえるのかなと感じています。
渡辺:学生が「AO」を見学したら、こういうところに就職したいと絶対思いますよ。
大嶋:今日見学して感じたのは、「ガラスの特性って実はわれわれよく知らないんだな」ということです。「透過率が上がる」と口で言われただけではすぐには分からないけれど、実物を見ると違いが理解できる、新しい発想が生まれるかもしれない。そういう機会を提供いただいて、われわれアカデミア側も学ぶ必要があると強く感じました。
東工大でも、OI機構に学内の研究成果を置いてそれを企業が見ることで着想につながることができるといいなと考えています。相互にコミュニケーションを深めていくことで、有形無形の教育効果が表れるのではないでしょうか。
渡辺:東工大はこれから10年かけて田町キャンパスにビルを建てます。一番下層には1万平方メートルぐらいのインキュベーション施設をつくる予定です。ベンチャーを立ち上げる場が目的ですが、いまはバーチャルやリモートでできることも多い。ではなぜそこに行かなければならないかというと、「AGC OPEN SQUARE」のように、実際に見て触って「こういうことができそうだ」と感じることが大事だからです。10年後に田町にも同じような場をつくりたいと、今日しみじみ感じました。
倉田:そこから生まれてくる発想は、それぞれが持っているバックグラウンドで違いますよね。そこで融合して何かができればいいですね。「AGC OPEN SQUARE」には研究施設「AOLab」もありますから、そこでコンビネーションを組んで手を動かせればと思います。
大嶋:まさにオープンイノベーション・センターですね。東工大には他にもさまざまな協働研究拠点があります。AGCそして「AGC OPEN SQUARE」をこれからもどんどん紹介していきたいと思います。
倉田:ありがとうございます。
渡辺:本日はありがとうございました。
統合報告書 未来への「飛躍」 ―東工大から科学大へ―
学長や理事・副学長、研究者による対談・鼎談や、教育・研究、社会に対する取り組み、経営戦略などをご紹介します。
2021年7月取材