東工大について
東工大について
久世正弘
理学院長
井上光太郎
工学院長
関口秀俊
物質理工学院長
増原英彦
情報理工学院長
梶原将
生命理工学院長
髙田潤一
環境・社会理工学院長
(司会・進行)進士忠彦
科学技術創成研究院・教授
(司会・進行)栁瀬博一
リベラルアーツ研究教育院・教授
(司会・進行)松下伸広
副学長(成長戦略担当)、学長特別補佐、物質理工学院・教授
進士:2016年4月に教育改革がスタートし、現在の6学院制となりました。その目的は、教養教育を充実させることで高い志を備えた人材育成を目指すことと、学生の主体的な学びを後押しできる学士課程から博士後期課程までの一貫教育システムを構築することです。今年3月で丸6年となり、学士1年から6学院制で学んだ学生が修士課程を終えて巣立っていきました。6年間経って見えてきた課題と、その今後の展開について、議論したいと思います。
まず、一貫教育の中で学士課程1年の教育が少し変わり、ユニット教育が始まりました。合格した学院に関わらず、ランダムに15人のユニットに分けられ、授業はそのユニット単位で受ける形になりました。
久世:理学院は1年次理数科目の教育を担当していますが、ユニット制には異なる学院に所属する学生の交流を促進する理想があると思います。しかし実際に担当している教員からすると、昔の類別のクラスに比べて興味やレベルのスペクトルが非常に広くなってしまった。しかもこれは必修ということで、どこに標準を合わせた教育をするべきなのかという問題があります。例えば、理学院で数学や物理をやりたいと入学してきた学生にはできるだけ興味を引き出す高いレベルのものを教えたい、という教員もいて、そこをユニット全体のレベルに合わせなければならないことが非常にやりにくいという声も聞きます。学生の興味やレベルのばらつきにうまく対応することが必要だと思います。
梶原:もともとユニットで全学院を混合した理由は、最初から学院で分かれていると学院間の交流ができにくいので、1年次ぐらいはいろいろな学院の学生達と知り合える状況をつくって、それを将来的に研究や事業を進めていく上でのダイバーシティにつなげようということでした。多様な交流があることによって、さらにいいアイデアや成長が望めるという考え方ですね。
久世先生がおっしゃるように、それぞれのレベル感がまったく違う部分も確かにあります。だから、全てをミックスする必要はないと思います。授業によっては従来の類別に準じて分けるといったような改善が今後必要かと思います。
関口:ミックスというのはいろいろな人と付き合うにはいいのですが、現状はユニットの人数が少なすぎるので、逆に同じ学院の学生との交流が少なく、2年生になって初めてそれぞれの学院の新入生という感じですよね。梶原先生が言われたように、例えば英語や教養教育はミックスがいいかもしれないけれど、それぞれの学院である程度特化したような講義はその学院の学生だけを集めても良い。東工大らしく最適なクラス分けを工夫する余地がありますね。語学や人文は今のままのユニットで、数学や物理は学院ごとのまとまりを意識してクラス分けするなどがあると思います。
髙田:私自身はミックスするのは非常にいいことだと考えています。環境・社会理工学院は社会との接点ということも謳っているので、多様な人達と付き合う機会はとても大事だと思います。一方で、自分が学生の頃は科目ごとに顔を合わせる仲間が違ったわけで、全てユニットで動くということが多様性の担保なのか、という疑問もあります。
増原:私は1年生向けの情報科目を担当していますが、特にコンピューターのスキルは学生によってものすごく違います。ミックスされていると得意な学生と不得意な学生が適度にばらけていて、互いに助け合いをさせると非常にうまくいくということがあります。そういう意味で、チームワークを養う上では多様性があるほうがいいのだろうなと感じます。一方で、できる人のモチベーションを削いでしまう可能性もあり、その辺のバランスがうまくとれればと思います。
井上:女性はもともと数が少ないのでユニットの仲間意識が2年や3年次まで続いていて一番仲がいい、ということを何度か聞いたことがあります。30~40人のクラスだとどうしても中に入っていけない学生が出てくる状況が生まれかねないのですが、孤独な学生をつくらないという意味では悪くないのかなと感じています。
私はアメリカの大学院を出ているのですが、そこではフリートと呼ばれる12人程度のユニットをつくって授業を受けていました。レポートなど全てがグループワークで、個人でやるのはミッドタームとファイナルタームだけ。フリートでは論争や協働が起きることが重視されていました。東工大でもフラストレーションも含めて入学後の1つの経験になってくるのではと感じます。
関口:1年生は系に所属する時の競争があるから、成績を気にするじゃないですか。助け合いというより意外とぎすぎすしてくるのですよ。(笑)
増原:学院だけでクラスをつくるともっと競争意識が強くなってしまいませんか。
井上:他の学院の学生もいるからこそ助け合える。
進士:次に、1年生から2年生に移る段階での系所属に話を移したいと思います。今回の教育改革で、昔でいう学科、今でいう系の選択の自由度が広がりました。例えば、従来の類別入試では、4類は機械、システム制御、経営工学、5類は電気電子、システム制御、情報通信、と進む道はほぼ決まっていました。現在の学院制では、工学院に所属する学生は、機械、システム制御、電気電子、情報通信、経営工学の5つの幅広い系の中から選ぶことができます。さらに、学院を移ることも含め選択の自由度が高くなっていますね。
梶原:私はもっともっとシャッフリングしてもいいと思っています。学生からすれば、勉強していて興味を持ったところになるべく進みたいはずです。だから学生がフレキシブルに動けるようにすべきです。世界はダブルメジャー(専門)やメジャーとマイナー(副専門)を組み合わせた教育が当たり前になっています。専門を突き進んでメジャーを1つ頑張る学生もいれば、ダブルメジャーで2つのメジャーを取る学生もいます。もしくは、少し関心のあるマイナーを取って、あとはメジャーをやる学生がいてもいい。学生が自分の学びたいことを勉強できる状況というのが一番理想だと思います。
関口:私はある程度は歯止めが必要だという気もします。何のために学院別入試をしているのかということです。そのポリシーでいくなら、東大のように一括入試にすることになる。東工大の魅力は、高校の時に「これをやりたい」と決めて学院を選んできているところにもあると思います。
梶原:本学の総合型選抜の入試では学院ごとに試験が違いますが、通常の前期入試は皆同じ試験問題を受験しているので、逆にクロスできるのではないかなと思います。別々の試験だったらそもそも条件が違うということで、例えば物理をやっていないから物理系には入れないということになりますが、同じ試験なのだから成績の良し悪しはあってもシャッフリングは可能だと思います。
井上:工学院は他学院よりも分野が広く、5つの系があります。入学時点で行きたい系が固まっている学生とそうではない学生の2通りいて、そこのミックスが難しい。学生はその時の流行りや成績で系を決めることが多いようです。後から思っていたのと違うから転系したい、希望の系に入れず変えて欲しいなどの要望をする学生もいますが、あえて言えば社会とはそういうものなので、所属した系で頑張ってもらいたいと思っています。もう1度チャンスがあるとすれば、学士課程から修士課程に進学するところかなと思います。
髙田:環境・社会理工学院では、修士課程から始まるコースは学院を横断する複合系コースが多く、学修一貫のコンセプトとは整合性が合わないと思っています。コースの建て付けにもよりますが、融合理工学系では修士で分野を変える学生は沢山おり、むしろそれを奨励しています。学士と修士で研究室が違うのは普通ですし、他の系に進学する学生も他の系から来る学生もそれなりにいます。土木や建築はまた異なりますが、複合系コースをある程度前面に打ち出した時に、果たしてこれが学修一貫なのかなと。良い悪いではなく、以前の学部、修士の関係とそこまで変わっていないと思います。
関口:確かにそんなに変わっていない気がします。やはり現行の大学院入試制度に、学修一貫の利点を生かすための改善の余地があります。口述試験と出願書類によって合格内定者を決定するA日程の前に推薦で入学許可を出さないと、受験勉強のため卒論研究に集中できません。また、4年次に大学院の授業をどう組み込むか、つまり先取りさせる際に大学院は合格ということがある程度わかっていれば、どんどんいけます。ただし、他大学から修士課程に入学してくる学生の教育にも十分配慮する必要があり、カリキュラムの作り方が難しい。本当に学修一貫をするのなら、中途半端にしないで医学部のように6年制でやったほうがいいと思います。壁は厚いと思いますが。
梶原:教育改革の最初のコンセプトは、大学院入試は無しという考え方でした。少なくとも東工大内から進学する学生は全員上がれるようになる。それが結局入試は外せないということになってしまい、今の中途半端な状況になっています。そもそもコンセプトを守るのであれば、入試は無くして全員が修士に上がれるようにして、その時に適性で他の系や研究室に行けるようにすれば、もっと多様性が広がると思います。
進士:大学院入試を実施しないことは現在の国の制度から難しいと聞いたことがあります。
梶原:どこまで大学が考えるかだと思います。現行のA日程は結局、筆記試験は実施せず、大学時代の成績や志望理由などからなる出願書類の内容と面接だけにしているわけです。学院によってはカリキュラムの異なる他大学から来る学生の専門能力の確認は慎重に行う必要がありますが、少なくとも本学からの進学する学生については、それまでの4年間きちんと状況を見ているし、その系の学士に必要とされる十分な専門レベルまで達しているから卒業させているはずですよね。
進士:学修一貫で何が変わったかというところでは、他の学院ではどうでしょうか。
関口:理想は、大学の授業の先取りや留学、そして研究にいち早く着手できることですかね。1つの研究室で研究を長くできるというのは魅力的なことで、東工大の特色かと思います。
進士:早期教育や早期卒業についてはいかがでしょう。
久世:理学院では飛び級はありますが、早期卒業はまだほとんどいません。
私の専門の物理では、伝統的に成績のいい人が理論系の研究室にいくケースが多いです。大学院入試を無くして4年生からそのままエスカレーターにしてしまうと、3年から4年の研究室所属のところで競争が激化して、そこまでの成績で進路が決まってしまいます。大学院入試があれば、夏休みに一生懸命勉強すれば逆転があり得るのですが、そのチャンスを無くしてしまうのが問題かもしれません。
髙田:研究室で早くから研究をしたい学生のために学士2年生から研究が開始できるB2Dというスキームを作ったと思うのですよ。ただ、博士後期課程までの一貫プログラムなので学生としてはハードルが高い。もちろん早い時期からやりたい研究がある学生にはそういうチャンネルがあるのは大きいです。
井上:大学院入試については、成績が良くて口述試験だけで済むA日程を取れる人にとっては、最初から大学院に行けると分かっているから、もう全く気にしていないのですね。さらに早期卒業して海外留学も織り込んでという学生が一定数います。その学生にとっては1年間まるまる海外留学しても6年間で修士まで修了できる、非常に良いプログラムになっています。
一方で、B2Dのように内部でもっと博士後期課程に進む学生をつくるための仕組みもあるのに、ほとんどの学生は修士で終わっています。修士から東工大に新たに入学してきた学生の博士進学比率が高いが、学士から入学した学生の博士進学率が低いというのは、どこの学院でも共通の認識だと思います。学修と修博に分断されて接続していないのが、今の問題点ではないでしょうか。
梶原:今後20年間で18歳人口が110万人から80万人にまで減少するとされています。現在の出生率を見ると、20年後はもっと減るかもしれない。ピラミッドで考えると、ピラミッドの底辺がどんどん小さくなっているのに定員数が同じだとすると、今までは入れなかったレベルの学生を受け入れることになります。そうすると、教育もどんどん変えていかなければいけない。学生の定員数を維持するのか、少子化に合わせてレベルを下げていくのか、あるいはどこかから優秀な学生を引っ張ってくるのか。これは早いうちに検討すべきではないかと思います。
進士:留学生や女性をもっと増やすということも一つの方向ですよね。
梶原:理系に進む女性の割合が少ないのは、初等・中等教育の問題もあって東工大だけでは解決できない部分もありますが、議論はすべきだと思います。
進士:分野によっては女性が多いところもありますよね。例えば、環境・社会理工学院の建築学系は30~40%が女性です。逆に物理や機械工学はなかなか女性が増えない。これはなぜなのでしょうか。
髙田:建設業界にはもともと3K(きつい、汚い、危険)という問題があって、かなり以前から人手不足を経験したので、女性に来てもらわないと回らなくなるという危機感が早い時期からあったと聞いたことがあります。女性に対する処遇や昇進、ライフイベントへの対応といったことに早い時期から取り組んできました。その結果、今は出口が見えていて、その先のロールモデルもあるということで、以前よりも少しハードルが下がっている感じがします。業界全体として先進的な取り組みを行ってきた結果ですね。
井上:人口動態で考えると、移民を受け入れない限り18歳人口の減少傾向は変わらないわけです。対策としてダウンサイズするのは1つの方法ですが、自分達でダウンサイズするという意思決定をするのはなかなか難しいので、何らかの成長戦略を描かざるを得ない。海外を含めて優秀な学生を引っ張ってこられるような魅力ある大学になるには、それを意識した人事、教員採用も含めて考えていかないといけないと思います。
もう1つ、日本の少子高齢化が進んでいった時の産業構造の問題があります。すでに第2次産業の比率は下がっていますから、かつてのようなモノづくりではなく、研究開発に特化したような国にどうしてもならざるを得ない。AIやロボット化で日本の国内製造業にも可能性があるという議論はあります。一方エネルギーの問題は継続的重荷になるので、生産拠点の海外移転の流れは続くでしょう。もちろん地政学的なリスクなどもありますが、それはそれで対応していかざるを得ないと思います。
こうしたことを考えると、我々自身がフレキシブルにならないといけないのですが、頑固なのは東工大のいいところでもあって、そう簡単にいかないところがあります。ダウンサイズしていくのは決して繁栄の道ではないので、フレキシブルさを身に付けながら、これまでの東工大生像を変えてでも多様な学生の受け入れを推進する方向にいくことになると思います。
栁瀬:少子化や多様性を考える時に、欧米だと社会人の大学院生も多いわけですが、その点はいかがでしょうか。
髙田:現在のコースの建て付けが学士と修士はフルタイムしか想定してないので、ちょっと難しいかと思います。唯一の例外として、技術経営専門職学位課程は学生のほとんどが社会人なので、コースワークを土曜日も実施するなどフルタイムのプログラムとは違う運営になっています。
終身雇用制度もかなり崩れてきてはいますが、結局は会社が許可しないと無理、といった環境が今でもあるのではないでしょうか。本人が勉強したいと言えば勉強できるような、企業側の雰囲気を醸成できないと、大学側もなかなか動きにくいと思います。
井上:社会人学生からの、他の博士課程の学生と少人数グループワークを行う講義へのクレームは結構多くて、彼らからしてみると「もう分かっている話を分かっていない人から教わっている」というイメージが強いらしいのです。土日しか研究時間がないから自分の研究をしたいのにグループ発表の準備をさせられるというようなクレームが非常に多くて、そこは考える必要があります。
増原:社会人学生のイメージについて、いわゆるフリーランスと昔ながらの社会人との境界がだんだんはっきりしなくなってきています。従来は企業に就職してから大学院に来るのが社会人学生でした。今は特に情報系のアルバイトやパートタイムの仕事でも待遇が良いケースもあり、そうした形で働きながら大学院で学ぶ学生が増えてきて、一律に社会人博士や社会人学生といった定義を当てはめにくくなっています。そういうことも含めて考えていく必要があると思います。
梶原:ここ10年ぐらいの統計で、社会人と留学生の博士は増えているのですよ。国もリカレント教育を推進している。本当に問題なのはそこではなくて、修士から上がってくる学生がどんどん減っているということです。本来、そういう学生が将来の基盤、基礎研究を担っていかないといけない。例えばノーベル賞をとるのは30代後半ぐらいの研究が評価されることが多く、そこに研究のピークを持ってこられるように20代からきちんと教育することが必要です。今後10~20年を考えると、その問題は大きいと私は考えています。
松下:コロナ禍でオンライン講義をある程度体系化できました。実験は難しいですが、オンラインでも講義ができるのだったら、学士課程の英語講義をシリーズ化して、それを海外の学生に受講してもらう。そして学士はオンラインのみでいいが修士に入りたければ来日してもらう。優秀な学生には奨学金を給付することで、海外から優秀な学生を集めるというやり方もあると思います。すでに修士課程以上の講義は英語化比率が非常に高いですが、学士の英語教育についてはどうお考えですか。
髙田:融合理工学系では、ちょうど教育改革のタイミングでGSEPという英語プログラムを始めました。日本語を学ばなくても学士課程を卒業できるというプログラムで、今年で7年目になります。卒業生も順調に出始めており、7年経ったら他の学院にも広がるかなと思っていたのですが、正直うまく広がっていない。学士を英語で教育することのインセンティブを見い出しにくいのかな、というのはあります。でもGSEPには相当優秀な学生が来ていて、日本語のハードルを無くすとこんなに優秀な学生が来るのかという実感はあります。
一方で、誰に向けた教育かを考えた時に、学士課程は日本人の学生に母国語で教育するということを大多数の教員は矜持としているわけです。しかし、将来的に多くの学生を外国から受け入れる必要が出た時、日本語で講義を続けるのが厳しくなる可能性もあるので、早いうちに手を打っておく必要があると思います。修士課程は原則英語でやることになりましたが、学修一貫という意味ではそこがきちんとスムーズにつながっているのかなという疑問もあります。
また、英語講義のコンテンツ化は面白いですが、欧米の大学と競争しないといけない。相当ユニークなものを出さないと競争には勝てないですよね。
増原:アニメのような日本文化に惹かれて来日する留学生も多い。学士課程講義の英語化は、早めにやることが大事だという気がします。
進士:情報理工学院出身の学生は2~3割がベンチャー企業に就職すると伺いました。
増原:そうですね。大手企業よりも新しいネットベンチャー系にいく学生がとても多くなっています。そういう企業は雇用形態も従来と異なるところがあり、今までの価値観で制度を作っていると時代に合わなくなるという気がしています。
栁瀬:自分で起業する場合はもちろん、大手企業に入っても、研究者になるにしても、広い意味で起業マインドを持った学生を育てていくことについてはいかがでしょうか。
関口:材料や物質化学の学生は、やはり大手志向が強いです。物質理工学院は修士修了時に多くが大手企業に就職しますが、いずれ社会人博士として東工大に戻ってこいと言っているのですよ。会社に入ってある程度が経ち、博士号が必要、Ph.D.が欲しいとなったら、ぜひ母校に戻って博士号を取れと。その会社の研究であっても博士学生の数が増えれば、修士の学生にとって博士進学がより身近になるし、企業との共同研究も活発化し、Win-Winの関係になると思います。企業に話を伺うと、会社に入ってから博士を取りたい社員は沢山いるそうです。
栁瀬:私は記者時代にある企業の社長をインタビューしたことがありますが、安定した大企業、それも化学系はどうしても同じことをやる癖が付いているので、社内起業家を育てたいと言っていました。いったん就職してから再び東工大に戻って来る人を増やす以外に、大きな会社の中での起業や大学発のベンチャーを増やしていくというのはいかがでしょう。
髙田:梶原先生はアントレプレナーのプログラムをやっていますよね。
梶原:日本ではベンチャー企業への投資がまだまだ進んでいないと思います。お金の流れが無いところに人は飛び付かない。それよりも大企業にいって、その中で社内ベンチャーをやる方が収入も安定し、取り組みやすいかもしれない。そこが問題なんです。学生にとって個人で起業することは、メリットよりもデメリットの方が多いのかもしれません。
栁瀬:だから企業内ベンチャーなんですね。
梶原:だけどそれでいいのか、と。企業内ベンチャーだと、まったく新しい領域を切り開くような起業には発展しづらいと思うのですよ。
栁瀬:そこは難しいですよね。井上先生、この辺り、経営工学や金融の話ともつながると思いますが。
井上:大学に社会人博士として戻ってこいという話と、今の企業内ベンチャーの話は、ある意味すごく結び付いていて、どのように博士を増やしていくのかということにもつながると思います。
基本的に大企業も最早安泰ではないと思います。日本の大企業がけん引してきた経済は過去30年間停滞していたわけで、この先の経済も不透明です。18歳人口が減少するということは、国内需要、つまり内需市場も縮小するわけで、国内に留まる限り製造業はダウンサイズの方向しか考えられない。我々が大企業に送り込んだ有能な人材には、そこには留まらず、さらなる活躍を期待します。だから優秀な人材にはもう一度博士後期課程に戻ってきて欲しい。そして大企業には、そうした人材が興す新しい研究やベンチャーの価値を正しく認識し、積極的に投資をして欲しいです。
一方で、博士に戻ってきた時、同じくダウンサイズのせめぎ合いをしている大学内では研究者ポジションは増えないから研究者になれる人は限られています。しかし、研究をベースに稼ぐ仕事、つまりTech Baseのベンチャーという選択肢が増えれば、戻ってくる人材も増えると思います。
大学が責任持って博士人材にエグジットの選択肢を与えなくてはならないわけで、スタートアップやそのエコシステムを本気で作らなければいけないと思います。これは非常に大変なことですが、そこをきちんとやった大学が30~40年後の日本の理工系大学の勝者になると思います。
久世:理学院は基本的にアカデミア志向が強いので起業の話はあまり聞きませんが、例外的に量子コンピューティングの分野は多くのベンチャーが出てきている時期で、東工大発ということで注目されている企業もありますね。
栁瀬:一番基礎の研究がむしろ起業の最先端というのは、まさに量子コンピューティングのことですよね。
久世:そうなんです。もう何がどこで役に立つか分からない。理学院の人間は何かに役立つなんてことを考えてやっているわけではなく、自分の興味があって知りたいことをひたすらやっているだけなんです。だから、起業といっても、あまり新しいことは正直考えていなくて、今までどおりのマインドで一生懸命やらせてくれという教員が多いです。
栁瀬:僕のところにいる情報系の3年生にはすでに起業している学生が何人かいて、頼もしいなと思います。情報はベンチャーが出やすい分野ですよね。
増原:情報はインフラが要らないこともあって比較的起業しやすい環境で、ハードルが低いと思います。学内でもそういった話を聞くことはありますが、ただ、成功している例を見たかと言われると結構苦しい。でもベンチャーはそういうものですよね。沢山立ち上げてこそ、その中から成功するものが生まれます。いつも気になるのは、ベンチャーの話になるとすぐにGAFAの話になる人がいて、初めからそんなものできるわけがない。教員よりも学生のほうが起業の仕方を知っているので、ハードルを下げれば、他の分野でも沢山出てくるのではないかという気はしますね。
関口:日本はビジネスが下手だと思うんですよ。私の関連する材料分野では、日本企業は水処理用の優れた膜を開発しているのに、システム全体では外国企業にとられてしまうことがあります。素材提供をしているだけの会社になってしまって、本当に良くない。素材からシステム全体までを全部できることになればいいのにと思います。
髙田:環境・社会理工学院の場合、起業ということでは前身の社会理工学研究科でソーシャルアントレプレナーシップのプログラムを実施していたことがあります。もう10年以上前ですが、ああいった方向性もあるのかなと考えています。ただ、GAFAみたいにはならないですね。お金が儲かるというより、社会貢献をしながら食えるようにしようというのがスターティングポイントです。
今の学生は予見性を重視します。だから先が見えないチャレンジに対して躊躇する学生が多くなっている気がしますね。真面目というのは裏を返すと予見性を担保することに力を入れることであって、起業はそういうものとは対極です。学生に夢を見せるにはどうすればいいんだろうと。
井上:今の学生に限らず誰もが、リスクも知らずにやることに怖さがあって当然だと思います。
工学院は昨年からE×S Challengeと銘打って、Engineering × Sustainabilityという形のビジネス・チャレンジ・コンテストを始めました。学生20チームが参加しましたが、その過程でアントレプレナーやベンチャーキャピタルのメンターの方々からいろいろと厳しい意見を言われることで、彼らが自分達のビジネスプランのボトルネックを認知できたのは大きな成果でした。Challengeの第一関門の3分間プレゼンでは学生達は夢を語れるのでボトルネックは見えないのです。次にプロトタイプ的なものをつくる話になった時に、「いや、もうそれは完全にあるじゃん」「まったく知財権で守れないよね」「そもそも技術的な課題が解決されてないし、解決できる見込みもないよね」「これでどうやって課金をするの?」「どうやってこれが売れる話になるの?」というような指摘をされて、ボトルネックに気付く過程がありました。
博士後期課程を含めてそういうチャンスを提供していくべきだと思います。博士学生全員が研究者を目指して、博士後期課程にいる間は一生懸命研究してくれれば教員はハッピーですが、それでは済まない。出口を考えることをシステマティックに大学全体としてやっていく必要があります。その意味でアントレプレナー教育というのはこういうことをやっていくことだとイメージできたのは良かったと思います。
栁瀬:学生達はかなり前のめりに参加している感じなんですか。
井上:20チーム参加して、結局最後に残ったのは4チームでした。16チームは我々が落としたわけではなく自ら辞退したので、ボトルネックを認知する過程は経験できたと思います。
栁瀬:いい意味で競争したわけですね。
井上:彼らなりに厳しいことを言われて、泣いたところもあるし、チームが崩壊したところもあります。でもアントレプレナーとはまさにそういうことを経験することだと思うので、良かったんじゃないかと思います。
栁瀬:最後に、東工大がどうやって未来をつくっていくのか、メッセージをいただきたいと思います。
久世:理学院はスクール・オブ・サイエンスなので、とにかく「知」なのです。人類が知らないことを少しでも知りたい。他の学院の先生は知を技にする、つまりいろいろなことを応用して問題解決していくのだと思います。我々はまず人類に「知」を与えたい。そうやって動いているので、愚直にやるしかないと思っています。
理学院に限らず東工大には面白い先生がいっぱいいるので、広報にもっと力と人を付けるといいのではと私は思っています。
関口:大学というのは、どしっと構えているべきです。昔の先生はみんなそうだったと思うのですよ。
大事なことは、東工大が社会で評価されることだと思います。東工大を積極的にアピールするということではなく、何か社会課題が解決された時に「あれは東工大の先生がやったんだね」「やっぱり東工大はすごいよね」と初めて言われるようなイメージです。
増原:情報分野は移り変わりの激しいところがあります。例えばこの10年ぐらいはAIブームで、そういうブームが来ては去っていくという感じです。それにどうやってついて行くかというよりも、それにきちんと対応できるのかということが、未来を考える上では大事なんだろうと思います。
東工大はコンパクトな大学というのが私の認識で、そのコンパクトさを生かすことがそのような変化に対応するための鍵になると思っています。
井上:工学院には、なんだかんだ言ってSDGs実現の要は工学だという自負が基本的にあります。世界の関心がSDGsに向いていることは工学への追い風で、新しい複数のテーマを与えてくれた。カーボンニュートラルでも、インクルージョンでも、課題を解決するには工学が必要です。
若い世代がそういうテーマにどんどん取り組んでいるので、若手教員が研究を主宰して活躍できる場を実現できる学院にしたいと思っています。若手教員が研究に専念するためには、研究環境やキャリアへの強固なサポート体制が重要です。
髙田:私はTeam 東工大という言葉は結構好きなんです。最初聞いた時はダサいと思ったんですが(笑)、単純な言葉でも繰り返し言われることで東工大のメンバーということを意識して行動するようになったのかな、と。
環境・社会理工学院は、SDGsも含めて未来をつくることが研究のメインです。人生100年の時代にどうやって街をつくっていくかだけではなく、人生100年をどうやって最後までハッピーに過ごすかということについて、技術の問題だけではなく様々な観点から考えていく必要があります。環境・社会理工学院ではそういう産学連携プロジェクトをこれまでやってきて、これからその成果が公開されてくる予定です。
梶原:21世紀になって、それまでは様々な社会課題を国別で議論していたことが、地球全体として今後どうしていくのか、どのように地球を守っていくのかという方向になっています。異常気象などの気候変動、エネルギー問題などを世界全体で捉え、それぞれの国がどのような役割を分担するのか、日本は何をすべきなのか。その中で我々東工大はどのパートを担っていくのか、という視点が必要だと思います。日本が今後世界とともに発展し、世界中から信頼される国になっていくために、東工大は何をやれるのか。それには東工大の強い部分をより強く引き出すことが大切ではないかと思います。
柳瀬:本日は皆さんから本音のお話を伺いましたが、6学院それぞれで異なる成果や課題があることがよく分かりました。ただ、共通しているのは、まだ教育改革は終わりではないということですね。新時代を切り拓くような人材を輩出し、豊かな未来社会の実現に貢献するよう、これからもTeam 東工大が一丸となり、前に進みたいですね。
統合報告書 未来への「飛躍」 ―東工大から科学大へ―
学長や理事・副学長、研究者による対談・鼎談や、教育・研究、社会に対する取り組み、経営戦略などをご紹介します。
2022年7月取材