東京工業大学広報誌 第8号
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ブレイクスルー トンネルを抜けたらハッケンだった
 目に見えない電子がトンネルを通過するというお話。目に見えないくらい小さなものなんだから、トンネルを通ることくらいどうってことないはずだろう。と思いきや、なんとそこには最先端の電子工学が直面する大問題の原因と同時に、飛躍的進歩への糸口も隠されていたのだ。川端康成の小説では、「国境の長いトンネルを抜けると、雪国」だが、渡辺正裕助教授が手掛ける量子デバイスや材料工学の世界では、トンネルを抜けても、決して銀世界は広がっていない。その代わり、遭遇することができたのは、既存の発想を超越した、未来へつながる新発見だった。
渡辺正裕先生と実験装置の写真
渡辺 正裕
Masahiro Watanabe
渡辺正裕先生の写真
東京工業大学
大学院総合理工学研究科
物理電子システム創造専攻
助教授
専門分野は量子効果デバイス、ヘテロエピタキシャル結晶工学。
「超へテロ・ナノ結晶の創製と光・電子量子デバイスの探索的研究」で平成16年度「東工大挑戦的研究賞」を受賞した。
渡辺正裕研究室
http://www.pe.titech.ac.jp/WatanabeLab/index.html
カベに、当たった
トランジスタの写真 現代のテクノロジーを支える半導体集積回路は、高速化と集積度の向上のため、日夜世界中のラボで小型化への研究が進められている。例えば、数cm四方という小さなフィールドに、約1億2500万個以上のトランジスタが組み込まれ、パソコン用として市販される半導体チップは、小型化と集積化が追求され過ぎたばかりに、電気信号が伝わるのを遅くしてしまった。つまり小型化・集積化だけでは、半導体の今後の性能アップには限界があり、そこにはものすごく高い“カベ”が存在していたわけだ。その“カベ”を越えるのに、ブレイクスルーとなりうる逆転の発想が存在した。この発想が、高性能で消費電力が少ない半導体集積回路を世に出現させ、ユビキタス社会の今後を切り開く技術へとつながってゆく。
まさに、カベ越え
 究極は原子サイズ。いわば、半導体技術は、未知ならぬ未視の領域に差しかかっている。そこに利用されるのは、渡辺先生いわく「トンネル効果」と呼ばれる量子力学現象。原子サイズの微小世界の「カベ越え」である。
 私たちの世界では、通常、壁にボールをぶつけると100%跳ね返ってくるが、原子の世界では、壁の向こうにボールが抜けてしまうことがある。この“超魔術的”な現象のおかげで、電流漏れや消費電力の増大、熱の発生などの諸問題が引き起こされる。研究開発に携わる人たちは皆、どうにかこの現象を封じ込めようと躍起になっていた。ところが、先生は、本来なら忌み嫌われているこの「トンネル効果」に着目した。電子の波形と壁に当たって反射した波形を共鳴させることで、わざわざ壁を通過させようとする「共鳴トンネル」理論に、まさしく“カベ越え”のチャンスが隠されていると考えた。共鳴現象と壁を工夫し、トンネルの通過を自在に操ることでON/OFFとする、スイッチング機能がつくれないかと考えたのだ。逆転の発想が出発点だった。
共鳴トンネルダイオードの構造のイラスト
共鳴トンネルダイオードの構造(異種材料三重障壁)
整列好きの原子たち
 「共鳴トンネル」を利用したポイントはズバリ、2種類の原子の単結晶を規則正しく並べた積層構造であること。それには、材料選びと作り方がキーになる。本来原子は、条件と環境を整えれば並ぶことを好む性質があるため、同じ性質を持つ2つの原子を探し出してくれば、後はお行儀よくきれいに並んでくれる。障壁にはフッ化カルシウム、井戸にはフッ化カドミウムを採用した。まず、基盤となるシリコンを超高真空蒸着装置の中に入れ、フッ化カルシウムの単結晶をナノメートルオーダーで積層させる。次にもう一方の蒸着装置でフッ化カドミウムを積層させ、再び元の蒸着装置に戻し、もう一度フッ化カルシウムを積層させてサンドイッチ構造にする。続いて、この基盤をクリーンルームで加工し電極を作成すると、共鳴トンネルを利用したトランジスタができ上がるというわけだ。
 電子顕微鏡写真を見れば、原子が一粒ずつ整然と単結晶成長していることがわかっていただけるだろう。完ぺきな結晶成長のため、基盤となるシリコン表面の1原子層のわずかな凸凹さえ回避しなければならない。そのため、シリコン表面上に酸化膜を作り、電子ビーム露光装置を使って微小な穴を開けエリアを限定したのも、この共鳴トンネル素子のミソである。
シリコン上CaF2/CdF2/CaF2構造の断面格子像とシリコン上の材料を単結晶積層させるイメージ
シリコン上CaF2/CdF2/CaF2構造の断面格子像(左)と
シリコン上の材料を単結晶積層させるイメージ(右下)
突き抜けたかったのは、実は自分
 研究開発には継承して積み上げていくタイプと、それを根本から覆そうとするタイプの、相反する2つのアプローチがある。どちらが良い悪いということはないが、渡辺先生は、ご自身を後者のタイプであると考えている。一般的には「できない」と思われている常識に、あえて挑戦するのが渡辺流研究スタイルなのだ。トンネルを抜けたら、まったくの別世界が広がっているというロマンを求め、ブレイクスルーに挑んできた。想像もつかない未来を自分の手でつくり上げるという醍醐味(だいごみ)を、静かに、それでいて熱く語ってくれた。
2005 Tokyo Institute of Technology