研究

より速く再生する「人工骨」づくりに貢献

より速く再生する「人工骨」づくりに貢献 田中 順三教授 生駒 俊之准教授

失われた骨を補填・再生する「人工骨」

私たち人間の骨は、骨折してもやがて折れた部分がつながって、再び動かすことができるようになる。これは、骨(皮質骨)に「再生能力」が備わっているからにほかならない。

大学院理工学研究科 材料工学専攻 教授 田中 順三

骨再生のメカニズムは、骨芽細胞と破骨細胞という2つの細胞が相互に働くことで機能している。破骨細胞は大きさ50μmほどの巨細胞で、単独で古くなった骨を吸収(破壊)していく。一方の骨芽細胞は単体では10μm程度と小さな細胞なのだが、たくさんの細胞が協力して新しい骨を形成する。この骨吸収と骨形成とが繰り返されることによって、骨は常に生まれ変わっているのだ。

しかしながら、病気やケガで骨自体が欠損してしまった場合には、自分の力で骨を再生するのが困難になる。その際に、失われた骨を補填する材料として、近年我が国では「人工骨」の需要が高まっている。田中順三教授は、この人工骨の材料開発に20年以上も前から心血を注ぐ第一人者だ。

「骨は私たちが思っている以上に強いんです。角砂糖くらいの大きさで、体重150kgの力士が10人乗っても壊れないくらい。だからといって、人工骨も強度を高めただけでは、本当の骨とは“一体になれない”んです。」

ハイドロキシアパタイトにコラーゲンを混合した新素材

元々人工骨は、患者に大きな負担を強いる自家骨[用語1]移植に代わる材料として考案された骨補填材で、当初は強さを求めて金属や堅牢なセラミックスでつくられていた。だが、あまりにも硬いがゆえに骨の組織になじみにくい、子どもには長期にわたって使用できないといった難題があった。1980年代に入り、新素材として骨に近いハイドロキシアパタイト(水酸化リン酸カルシウム)を使用した人工骨や、リン酸三カルシウムを使用した吸収置換型人工骨が開発されたことにより、人工骨の需要は一気に高まった。が、それでもまだ移植先に加工して使用するには、やや硬く形状が合わせづらい。軽石状のものやブロック、粉末などさまざまな形状の材料が開発されたものの、手術に使いにくい、移植後に再生されずに吸収されてなくなってしまうなど、なかなか次のハードルを超えられないでいた。

そんな状況に一筋の光を放つ研究成果が、2001年に発表される。当時、独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)生体材料研究センターのセンター長を努めていた田中教授、菊池研究員(現:グループリーダー)と、東京医科歯科大学の研究グループが行った研究成果[用語2]で、ハイドロキシアパタイトと生体材料であるコラーゲンを混合して繊維状にした、従来の人工骨にはない弾力性をもつ材料の開発に成功したのだ。すでに動物実験も終え、安全性も確認済みである。

実際、骨の階層構造をみると、有機質のコラーゲンと無機質であるアパタイトという2つの細胞外基質が層を成している。具体的には、冒頭で述べた骨芽細胞が骨の基となるコラーゲン(タンパク質)を骨の表面に分泌し、これにハイドロキシアパタイトが沈着することで骨組織が形成される。開発された人工骨は、本当の骨に限りなく近い組成と構造を備えていた。

大学院理工学研究科 材料工学専攻 教授 田中 順三

「コラーゲンとアパタイト、つまり有機と無機の間には『化学結合』が生じているんです。ハイドロキシアパタイトの結晶は30nm、コラーゲンの分子は300nmの大きさで、ハイドロキシアパタイトがコラーゲン繊維に沿ってナノレベルで整列することで、骨特有の引っぱりの強さと圧縮の強さが一つの材料で実現できたのです。両方の素材の良さを引き出すことで、骨と同様の性質が生まれ、結果骨の細胞が取り付きやすくなるんですね。」(田中教授)

ここで、骨再生医療の技術は、ようやく次のステージへと突入した。

未知なる人工骨の開発担当に新人を抜擢

中島武彦さん(現HOYA Technosurgical株式会社取締役 開発部長)HOYA Technosurgical株式会社の庄司大助さん(左)と中島武彦さん(右)

田中教授らが押し進めた、先のコラーゲンとアパタイトからなる人工骨の説明会に参加し、いち早く反応した企業があった。セラミックス製人工骨で業界をリードするペンタックス株式会社(現HOYA Technosurgical株式会社)である。

説明会に参加した中島武彦さん(現HOYA Technosurgical株式会社取締役 開発部長)は、当時をこう振り返る。

「当時私は係長という立場で参加させてもらったのですが、話を伺った瞬間に『間違いなく当社は開発・製品化に手を挙げるだろう』と直感しました。ポリ乳酸や他のポリマーを使った複合体など、当時すでに研究はされていましたが、やはり、もともと体にあるコラーゲンとアパタイトの複合体であるということが、理にかなっていると納得しました。」

中島さんの予想どおり、会社は新たな人工骨の開発に名乗りを上げる。そして2003年、JST(科学技術振興事業団)の委託開発制度としてセラミック製人工骨の未来を切り拓く新素材の開発が始まった。この開発に白羽の矢が立ったのは、なんと当時入社したばかりの庄司大助さん(現HOYA Technosurgical株式会社営業企画部 学術・マーケティング課 チームリーダー)であった。

中島武彦さん(現HOYA Technosurgical株式会社取締役 開発部長)

「委託が決まってすぐに誰が担当に最適だろうかと考えたときに、真っ先に頭に浮かんできたのが、庄司君の顔だったんです。コラーゲンという会社としては未知の材料を扱うということもあり、柔軟な思考で新しいものをつくっていくという意味でも、まだ固定観念を持たない新入社員が適任ではないかなということで、最終的に彼に託すことになりました。」(中島さん)

中学生の時にすでにエンジニアになりたいと将来像を描いていた庄司さんは、高専から長岡技術科学大学に進み、材料開発工学課程を専攻。そこで取り組んだセラミックスの研究では、誰もが興味を覚える材料の機能性や最終製品に関してではなく、その製造工程に関心をもったという。こうした、ある種「職人気質」的な部分も、根気の要るこの開発プロジェクトにはまさに適任だったのかもしれない。

「新入社員で、これから頑張りたいと希望に燃えていた時期でしたので、不安よりもむしろ会社としてもこれまでの人工骨にはない新しい材料を開発していくというプロジェクトに私が関われるということに、研究員としてこの上ない喜びを感じたのを、今でも鮮明に覚えています。」(庄司さん)

こうして、入社早々新プロジェクトを託された庄司さんは、人工骨の技術修得のために1年間NIMSの田中研究室に派遣されることとなった。

長いようで短かった10年

HOYA Technosurgical株式会社の庄司大助さん

無機のセラミックスと違い、コラーゲンは高温にすると壊れてしまうなど、生体ならではの実験手法や管理方法の違いに戸惑いを覚えながらも、1年かけて新素材の作成技術を修得した庄司さんは、自社の開発チームに復帰するや、早速開発に着手。一番の課題であった形状は、医療現場の声も取り入れ、伸縮自在でカットして使用できる「スポンジ型」を採用。骨細胞を通すのに大切な、高密度で均一な気孔をつくるには、きめ細やかな氷の結晶を生成する技術、つまりアイスクリームの製法がヒントになった。

「多孔質体というものは、気孔が大きすぎると弾力性が弱くなる、反対に小さすぎると弾力性は増すかわりに細胞や血管が侵入しにくくなるんです。ならばどの大きさにするかというところが、1つ目のポイントでした。加えて、今回のケースでは『スポンジ型』という選択をした段階で、実際に使用する臨床の先生方に受け入れられる弾力性が求められたわけです。その二つの関門を同時にクリアする気孔径と気孔率を設定するため、氷の結晶生成法など食品を中心とした手法をいろいろと試し、動物実験を繰り返しながら、その特定に全神経を集中させました。」(庄司さん)

スポンジ型の人工骨

動物実験で一定の有効性が認められ、気孔径と気孔率の関門もクリアしたスポンジ型の人工骨は、いよいよヒトによる臨床試験に入ろうという寸前で、「薬事法の改正」という壁が立ちはだかる。社内からは開発中止の声も挙がったが、新しい製品と可能性に賭けるトップや中島さん、庄司さんをはじめとする社員たちの熱意が、計画を続行させた。こうして、幾多の困難を乗り越えながら、2013年、コラーゲンを使用した初の人工骨『リフィット』が誕生する。スタートから実に10年。決して平坦とはいえなかった歳月を改めて振り返りながら、中島さんと庄司さんは、同じ言葉を噛み締めるように、口にした。

「今こうして振り返ってみると、あっという間の10年でした。」

より速く再生する「魚のうろこ」で高齢者を元気にしたい

コラーゲンとアパタイトの複合体のほか、それ以前より開発を進めていた100%ハイドロキシアパタイトによる高強度の多孔体人工骨の開発など数々の研究に携わり、骨の再生医療分野の発展に大きく寄与してきた田中教授が、さらなる上を目指して、同じ研究室の生駒俊之准教授とともに研究を重ねている、今最も注目すべき材料がある。その材料とは、「魚のうろこ」だ。

大学院理工学研究科 材料工学専攻 准教授 生駒 俊之

「もともとは、湾岸に投棄されていた魚のうろこを再利用できないかというところから、この研究が始まったんです。うろこは分解されにくく、約2000年前のものがまだ残っているんですね。最初は鯛のうろこのコラーゲンを電子顕微鏡で見てみたのですが、非常に高密度であることが判明しまして。ただ、鯛のコラーゲンの変性温度[用語3]は30℃くらいですので、もう少し高い変性温度のものをということで、熱帯にまで触手を伸ばし、行き着いたのがティラピアだったわけです。」(生駒准教授)

魚と言っても、どの魚でも良いわけではない。コラーゲンの変性温度が人間の体温に近いかそれ以上であることが必須条件となる。サケやタラなど水温の低い所に生息する魚では変性温度が低く、コラーゲンがゼラチンになってしまうのだ。魚のうろこから取り出したコラーゲンは、生体内の構造に戻ろうとする「繊維化」という性質が強く、繊維化したコラーゲンの上では細胞がよく増え、細胞分化を促進することが分かってきた。また、ブタのコラーゲンに比べて細胞密着性が非常に高いため、細胞はうろこのコラーゲンにピタリと引っ付く。

北大医学部の協力を得て行った実験によると、うろこのコラーゲンを使った高強度人工骨を兎の骨に移植してその経過を観察したところ、ブタのコラーゲンを埋め込んだケースでは6ヵ月ほどでほぼ元の状態に戻ったのに対し、うろこのコラーゲンを使った場合は3ヵ月後には再生が完了するという結果を得た。実に、ブタの2倍の速さだ。

「骨再生のスピードが早まれば、例えば骨芽細胞の力が弱まった高齢者の方の治療にも貢献できるのではないかと考えています。断言はできませんが、骨粗しょう症など多くのお年寄りを悩ませる病気にも、効果が示せる日が来ることを信じています。」(田中教授)

さらなる可能性として、生駒准教授は続ける。

「うろこというのは、抜いてもまた生えてきますよね。ということは、うろこの再生メカニズムが解明できれば、魚の細胞で臓器や角膜の実質などの材料ができるのではないかとも考えられるんです。現在、さまざまな大学の医学部や生物学の先生方と連携し、この謎の解明に取り組んでいるところです。」

うろこが目の一部になり、骨になる。さらには、臓器の再生も……。コラーゲンとセラミックス。有機物と無機物の複合材料で開けてきた再生医療の可能性が今後どこまで広がっていくのか、ますます目が離せない。

用語説明

[用語1]自家骨 : 患者自身の骨のこと。自家骨移植には、腸骨や肋骨がよく利用されます。

[用語2]研究成果 : HOYA Technosurgical株式会社様の製品開発に係る研究成果は、田中教授がNIMSに在籍時にJST(科学技術振興事業団)の戦略的基礎研究推進事業(CREST)として行ったものです。

[用語3]コラーゲン変性温度 : コラーゲンの三重らせん構造がほどけて、ゼラチンに変わる温度のこと。

2014年10月掲載