研究

細胞内で「タンパク質の一生」を支える脇役 シャペロンの謎解明に向けさらなるステージへ ― 田口英樹

細胞内で「タンパク質の一生」を支える脇役 シャペロンの謎解明に向けさらなるステージへ 大学院生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授 田口英樹

vol.10

大学院生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授田口英樹(Hideki Taguchi)

「タンパク質の一生」を支えるシャペロン

「卵って、一度ゆででしまうと、熱変性で塊になってしまい元には戻りませんよね。実は、それを元の状態に戻してしまうような機能を持つタンパク質が、体の中にはあるんです。」そう語る田口の瞳が、一瞬輝きを増した。もちろん、本物のゆで卵が生卵に戻るという話ではない。だが、普通の感覚ではありえないことが、生命体の中では起こり得る。それはヒトの細胞のように細胞核を持つ真核生物はもちろん、細菌のように細胞核を持たない原核生物にいたっても、である。田口曰く、「体内でタンパク質が形を持って働くためには、シャペロンが必要なんです」。どうやらそのシャペロンが、タンパク質の変性に影響しているらしい。いったい、このシャペロンとはどんなものなのだろうか。

生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授(博士(理学)) 田口 英樹

私たちの体は、その大部分がタンパク質でできている。筋肉や皮膚はもちろん、髪の毛も、爪も、消化酵素も、タンパク質がなければ存在し得ない。そのタンパク質は、本来アミノ酸が直線状につながった高分子の“ひも”状になっている。このタンパク質のひもは、「折りたたまれる」ことによって立体構造を形成し、それぞれの役割を果たしている。

イメージとして近いものに、折り紙がある。ご存知のとおり、折り紙は人の手で折りたたんだり膨らませたりして、一つの完成した形にしていく過程を辿るが、簡単に言えば、この過程を自ら行える機能が、元来タンパク質には備わっているのである。その「勝手に」形ができる反応は「フォールディング(折りたたむ)」と呼ばれ、1950年代にアンフィンセン[用語1]により発見されている。

ところが、このアンフィンセンの実験成果は試験管内で実証されたものであり、細胞内ではそう簡単にフォールディングできないことが、後に明らかになってきた。フォールディングの過程にあるタンパク質では本来はタンパク質内部に隠れるはずの凝集しやすいアミノ酸が露出しているため、そのままだと分子間で勝手に凝集してフォールディングの作業を妨げてしまうのだ。そのような状態の中で、タンパク質が凝集しないようフォールディングを助けているのが、田口らが長年研究している「シャペロン」と呼ばれるタンパク質の一種なのである。

「タンパク質の合成から分解までを、『一生』に例えてみましょう。タンパク質がDNAの遺伝情報に基づき合成される段階を『誕生』とします。次に、フォールディングして『一人前に成長』、違う場所に『移動』、緊急状態では『ストレス』に晒され、『老化』ではアミロイドと呼ばれる線維状のタンパク質が形成される。そして最後は、『死』を迎えます。この『タンパク質の一生』のあらゆる局面で、シャペロンは陰に日向に手助けをしていることが、徐々にわかってきました。タンパク質が形をもってきちんとその役割を果たすためには、シャペロンが不可欠なのです。」

タンパク質に魅了され「化学」から「生命」へ

今でこそシャペロン研究の最先端を走る田口ではあるが、最初から生命科学に興味を抱いていたわけではない。東工大に入ってまず学んだのは、生命科学とは接点のない、応用化学であった。化学工学科に入学した田口は、そこで有機合成の研究に没頭する。それが、4年間のうちに生命科学へと心が大きく揺れ動いていくことになる。その導線となったのが、20世紀最大の発見の1つ、DNAのらせん構造であった。田口は発見者の1人であるジェームズ・ワトソン氏の『二重らせん(The Double Helix)』という著書を読み耽り、教科書には載ってない研究の現場の赤裸々なドラマにみるみる引き込まれていった。

生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授(博士(理学)) 田口 英樹

決心の固まった田口は、大学院修士課程より、生命科学に専攻を移す。大岡山からすずかけ台キャンパスにやってきた田口が身を寄せたのは、生命理工学研究科の立ち上げに多大な功績を挙げた大島泰郎(たいろう)研究科長(当時)の研究室。しかし、意気込んで入ったまではよかったが、生命の何から手をつければよいのか皆目見当がつかない。悩んでいた矢先、当時助教授であった吉田賢右(まさすけ)が「まだ発見されたばかりで面白そうなタンパク質があるから、研究してみないか」と田口に声をかけた。まさかそのひと言が後の自らのメインテーマとなろうとは、思いもしなかったと田口は笑う。その「面白そう」なタンパク質こそが、シャペロンだったのである。

「私が研究を始めた頃は、揺籃(ようらん)期といいますか、シャペロン自体がどのような仕組みで働いているのか、まだ何も解明されていませんでした。でも、それがかえってよかったのかもしれません。ちょうど世界的にも関心が集まり始めた時期でしたし、押し寄せた"最先端の波"にうまく乗って、研究を進めることができていると受け止めています。」

タンパク質を軸としたさまざまな研究

シャペロンとひと言で言っても、実はさまざまな種類が存在する。田口が最初に取り組んだのは、その中の一つである「シャペロニン」というタンパク質であった。シャペロニンは、タンパク質のフォールディングを助けるシャペロンの代表格といえる存在ですべての細胞に不可欠だ。

シャペロニンの研究は世界的に進められており、大腸菌のGroELというシャペロニンは、数百のタンパク質のフォールディングを助けていると言われる。現在はその作用機構まで詳細がつかめてきたが、細胞内での役割など、まだまだ謎は多い。この他にも、最近では、タンパク質の立体構造が自己変換していくタンパク質性の感染因子「プリオン」のメカニズムについても、酵母プリオンをモデルに研究室で解明に取り組んでいる。

「生命科学が進んできたといっても、例えば触媒機能を持ったタンパク質を人類の叡智を集めてデザインして創ろうとしても、誰もまだ達し得ていません。しかし、生命はいとも簡単にそれをやってのけている。ある意味とても不思議なことが起こっているのです。そのはたらきを助けているシャペロンの研究に携われているわけですから、本当に毎日が楽しいですね。」

専門領域を合流させて新領域を切り拓く

現在、田口は平成26年度の科研費新学術領域研究[用語2]として採択された「新生鎖の生物学」の領域代表に着任し、研究の陣頭指揮を執っている。タンパク質の情報はDNAの中にあるのだが、DNAから直接タンパク質を合成することはできない。DNA上の情報はいったんメッセンジャーRNA(mRNA)に転写され、リボソームとトランスファーRNAの助けを借りて翻訳されることにより、多数のアミノ酸が連なったタンパク質、新生ポリペプチド鎖(=新生鎖)を合成する。この新生鎖を対象とした研究の推進にあたっている。従来の枠組みにとらわれていては、生命の謎には迫れない。いよいよ、タンパク質の仕組みの解明に向けて、既存領域を超えた研究体制が必要になってきたのだ。

「元来、新生鎖とは生命のセントラルドグマ[用語3]でいいますと、RNAとタンパク質のインターフェース(注:もしくは境界)に存在する単なる中間体であると考えられてきました。しかし、最近になって、自らのフォールディングや品質管理を巧妙に制御するなど、新生鎖を主役とした生命現象が次々と明らかになり、新生鎖の状態でのみ生物学的な独自の機能を発揮する場合もあることがわかってきたんです。そうなると、この新生鎖を軸とする細胞機能制御の全貌を解明していくには、RNAとタンパク質、この2つの研究を融合させることが必須条件となる。まさに、今までの古い枠組みから脱却するときが来たということです。」

シャペロンの役割

自らの専門を突き詰めればいつかは師を超えられる

生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授(博士(理学)) 田口 英樹

応用化学から生命科学に転換して20年。シャペロン研究において、つねに最前線を走り抜けてきた田口。最後に、自らの経験をふまえながら、後輩たちに力強いメッセージを贈ってくれた。

「まず、研究室に入ったら、自分の選んだ分野やテーマにとことんはまってほしいと伝えたいですね。例えば、徹底的に論文を読む、あるいは実験する。そういう体験を一度はしてほしいと思います。たとえそれが結果的に将来の仕事に直接つながらなくても、行動したという事実と経験値が、必ずその後で生きてきます。」

さらに、しっかり研究を突き詰めれば、先輩や担当教員よりもその分野に関しては詳しくなれるとも、田口は力を込めて続ける。

「トータルで超えようなんて思わなくていいんです。一点突破でいいから、師を超える。必ずできます。そのくらいの意気込みで、自らの目指すものにのめり込んでください。」

用語説明

[用語1] アンフィンセン : Christian Anfinsen(1916-1995)。アメリカ合衆国の生化学者。「リボヌクレアーゼの研究、特にアミノ酸配列と生物学的な活性構造の関係に関する研究」によって、1972年にノーベル化学賞を受賞している。

[用語2] 科研費新学術領域研究 : 新しい学問分野の形成を目的に、異分野連携や共同研究の取り組みを支援するために創設。平成26年度は生物分野で81件の応募があり、8件が採択された。

[用語3] 生命のセントラルドグマ : 1958年にフランシス・クリックが提唱した分子生物学の概念。遺伝情報は「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」の順に伝達されるとする。

生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授(博士(理学)) 田口 英樹

田口 英樹 (Hideki Taguchi)

大学院生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授

  • 1989東京工業大学工学部 工学部 化学工学科 修了
  • 1993東京工業大学大学院総合理工学研究科 生命化学専攻 博士 修了
  • 1993日本学術振興会 特別研究員
  • 1995東京工業大学 資源化学研究所 助手
  • 2003東京大学大学院 新領城創成科学研究科 准教授
  • 2010東京工業大学 大学院生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授

2014年12月掲載