研究

顔 東工大の研究者たち Vol.18 野上健治

火山と共に生きる―化学の力で火山噴火予知に寄与 理学院 教授 火山流体研究センター 野上 健治

もし日本で大規模な火山噴火が起きたら?

「もし日本国内で活火山が大噴火したら、どんなことが起こると思いますか?」

群馬県草津町郊外にある火山流体研究センター※1の一室で、野上は、語尾に力を込めてこう問いかけた。例えば、1914年の鹿児島県桜島の「大正大噴火」は日本が20世紀に経験した最大の火山災害である。東は小笠原の父島、北は仙台にも火山灰が降ったという記録が残されている。これに匹敵する規模の大噴火がどこかで起きてもおかしくないのが、今の日本列島なのである。

「ひとたび日本の火山で大規模な噴火が起これば、火山灰は上空10,000mを超えます。海外の噴火では成層圏にまで達した例もあります。日本列島をほぼ覆い尽くすことも考えられます。それほどの噴火が起きた場合、日本全体への影響として懸念されるのは『交通網の遮断』です。まず、航空機は飛行できません。視程が悪くなるだけでなく、エンジンが火山灰を吸い込むと、最悪の場合にはエンジンが停止するからです。実際に、飛行中のジャンボジェットのエンジンすべてが停止した事例もあります。降灰により高速道路は閉鎖、新幹線などの高速鉄道も運行できなくなります。交通インフラが遮断されれば、食料や物資も行き届かなくなりますよね。巷ではそろそろ富士山も眠りから目を覚ますのでは、との見方もありますが、富士山でなくとも噴火によって都市機能を麻痺させる可能性のある火山は、日本列島のあちこちに存在しているのです。」

火山噴火予知のカギを握る「化学的アプローチ」

野上健治教授

火山災害と言えば、2014年9月に突然噴火し、63名の死者・行方不明者を出した御嶽山の噴火が記憶に新しい。被害が拡大した原因として複数の要因が挙げられているが、それは「水蒸気爆発」だったと野上は指摘する。

「水蒸気爆発による噴火は、マグマ噴火と比べて非常に予測が難しいのです。マグマが直接関与するマグマ噴火は、高温のマグマが岩石の割れ目などに流れ込みます。その結果、火山性地震の群発や地盤変動、火山体の膨張が観測されます。化学的には、火山ガス組成や放出量に変化が現れます。一方、水蒸気爆発はマグマが直接関与せず、放出される火山ガスやその熱で発生した水蒸気によって発生します。しかし、水蒸気がどこにどれだけ溜まっているのかは非常に分かりづらく、前兆現象が非常に乏しくかつ微弱なのです。御嶽山の噴火は水蒸気爆発によるもので規模としては決して大きいものではありませんでした。しかし、紅葉シーズン中の快晴の土曜日、多くの登山客が山頂で昼食をとろうとしていた正午前、つまり最悪のタイミングで水蒸気爆発が起こった事が被害の拡大を招いたのです。」

ならば、水蒸気爆発による噴火予知は諦めざるを得ないのかと言えば、決してそうではない。むしろ、手法自体はほぼ確立されているというのが野上の見解だ。

火山の観測手法には3つのアプローチがある。1つ目は「地球物理的観測」である。これは最も歴史のある手法で、地震波動や山の膨らみなどの地盤変動、磁性変化といった物理的な変化を、GNSS(全地球測位システム)や傾斜計などを利用してリアルタイムで観測する。ほとんどの活火山ではこの手法によって常時監視が行われている。

野上健治教授

2つ目は「地質学的観測」。岩石学や地質学、鉱物学に則り、噴出物分布や量、溶岩の化学組成などを調べることで、過去の噴火の規模の推定や、噴火様式などを解析し、火山のポテンシャル評価に重要な役割を果たす。そしてもう一つが、野上が専門とする「地球化学的観測」だ。火山活動はエネルギーと物質の継続的放出現象であるため、火山ガスや湖水などの化学組成を継続的に計測することで変化を捉えることができる。火山ガスはほとんどが水蒸気で、その他に二酸化硫黄(SO2)や亜硫酸水素塩(H2S)、二酸化炭素(CO2)などの化学的性質の異なる成分が混合するため採取には経験と技術が必要であるが、移動速度が速いため地下の情報をいち早く捉える事ができる。1976年に発生した草津白根山水釜の噴火は、当時本学教授だった小坂丈予※2のグループが地球化学的観測で数年前から変化を捉え、水蒸気爆発の予知に成功した世界初の事例である。1990年に始まった雲仙普賢岳の噴火※3でもその3カ月前に異常を検知し、噴火の可能性を公表している。

火山ガスの採取に使用する二口注射器

火山ガスの採取に使用する二口注射器火山ガスの採取に使用する二口注射器

「例えば、地球物理学的観測では『火山噴火が起こっている』という事実は捉えられても、『マグマの関与があるのか』『現在どんな状態にあるのか』まではなかなか行き着かないんですね。ところが、噴出物の成分を化学的に調べることで火山活動の様式の変化を捉える事ができる、つまり更に活動的になるのか、収束状態に向かうのかが説明できるんです。」

地学+物理学+化学。これらが融合して初めて「火山活動」がわかるのだと野上は説く。

活火山の定義は、噴気活動が認められる、もしくは概ね1万年以内に噴火した火山だ。現在、日本には110座ある。野上も委員を務める火山噴火予知連絡会が定め、気象庁が常時観測をしている活火山は全部で47を数える。これと関連して、重点的に観測・研究を行う火山が全国に25座ある。ところが、これらの観測に携わっている国立大学法人は東工大や京都大学、九州大学などごくわずかで、主要研究者に至っては不足どころかこのままでは数年後には壊滅状態になるというのが現状だ。
野上らの拠点である火山流体研究センターでも、草津白根山を抱える群馬県草津町のほかに、岩手県や富山県などの火山防災協議会にコアメンバーとして加わり、関係機関と連携体制をとっているが、これ以上は人員的にも手一杯だという。

野上は訴える。「火山防災は"観測"と、それに基づく"予測"および"対策"が3本の柱です。例えば、私たちの場合は火山観測所があり、様々な観測データを使って研究しています。それに基づいて気象庁と協力して火山活動を予測します。また、白根山には2,500名が収容できるシェルターが群馬県と草津町によって整備されています。火山噴火予知は何よりも人命を損なわないことが最大の目的ですので、本来ならこのようなことを各地で進めていく必要があります。ところが、肝心の人材を養成する環境が、近年急激に縮小しているのです。」

火山は常に日本のあちこちで活動を続けている。噴火をしていない時もだ。後継者は一朝一夕には育つものではない。「一刻も早く国を挙げて取り組まなければ、日本における火山予知研究と火山防災は窮地に追い込まれる」と野上は今も関係者に訴え続けている。

海洋立国日本にとって重要な海底火山活動観測

火山というと陸にばかり目がいきがちだが、日本近海の海域にも火山は多数存在する。東工大では、半世紀以上前から海底火山活動に関する様々な観測研究を行い、南方諸島や南西諸島では海上保安庁と協働で観測している。野上が海域火山観測を岡山大学時代からの恩師である小坂から引き継いでかれこれ10年になる。

野上健治教授

「実は、海底火山の観測こそ化学的な手法が不可欠なのです。といっても、実際にサンプルを採取するには特殊な観測艇が必要なので、常に採取できるわけではありません。通常は航空機から海面の色や面積、濃さを観察して判断します。」

海面下にある海底火山の火口の直上では、火山活動に伴い、海面が濁る。これは、火山から湧き出た酸性の熱水と弱アルカリ性の海水との"中和反応"により水溶液に含まれる元素が変化して沈澱するためで、変色海水とよばれる。これまでの研究によって写真や現場を見ただけで活動の状態が判別できると野上は言う。この研究は東工大独自のもので、海底火山の噴火状況を判断できる人材は世界レベルでも稀少。2011年秋に大西洋のスペイン領カナリア諸島西端のエルイエロ島沖の海底から噴火が始まったときには友人である現地の研究者とともに観測し、自治政府関係者に状況説明に当たったという。

「海域火山の噴火は、陸地とは違ったデリケートな問題をはらんでいます。日本では14の火山島に約27,000人が住んでいます。ひとたび噴火すれば、人命を守る為に住民を避難させなければならない場合がありますが、一旦離島すると、帰島の判断は避難させるよりも遥かに難しいです。また、タンカーや貨物船などの海上交通によって大量の物資が輸送されますが、航路付近には海底火山があるので、その活動を注視する必要があります。航路上に海底火山から噴出した軽石が漂流すれば、それが船舶エンジンの冷却システムに吸い込まれ、航行に重大な支障をきたします。大量の火山灰も運行に不可欠なレーダーやGNSSの障害となります。一方、海底火山活動によって新たな陸地ができた場合は、その領有権問題が極めて重要です。その陸地からの200海里が排他的経済水域となるため、海域火山観測研究は国益に直結した海洋立国ニッポンにとって生命線とも言える重要なテーマです。だからこそ、海に目を配ることが重要なのです。」

視野を広く持て!フィールドに出よ!

草津白根山・殺生河原での野外実習 草津白根山・殺生河原での野外実習

火山流体研究センターのある草津という町はいうまでもなく全国屈指の温泉地だが、実は火山活動を巧みに活用した究極のエコシティであることは意外と知られていない。白根山の火山活動により湧出する豊富な温泉は、観光客を癒すだけではなく、熱交換システムによって水道水を加温し、各家庭に温水を供給している。町内の殆どの道路の路盤にはパイプが埋設してあり、冬季にはそのパイプに温泉水を通し、その熱で積雪を融かす融雪システムが30年以上前から稼働している。

「ここまで火山の恩恵を利用できている町というのは、日本では他には見当たらないですね。」

1年の大半をこの草津の山中で過ごす野上。研究室に詰めているよりもフィールドに出ている方が性に合っていると笑みを浮かべたが、子どもの頃は家の中で本ばかり読んでいて、ついには小学校の図書館にあった蔵書をすべて読み尽くしてしまったのだとか。ところが、そんな息子を心配した両親に連れられて入団したボーイスカウトでは自然の魅力に取り憑かれ、現在も指導者として活動を続けているというのだから、人生にはどんな転機が待っているかわからない。

最後に、理工系の世界を志す学生へのメッセージとして、野上はこう締めくくった。

「とにかく、視野を広く持つこと。Look wideです。そのためには、バーチャルの世界にばかり閉じこもっていては、どんな道も開けません。現場を見るということは、理学や工学といった分野にとらわれず、どの世界でも共通です。アウトドアでなくとも、ものを見て、触れて、観察する。おっくうがらずにやってみる。その経験が知恵になって卓越した行動力・洞察力を身につける原動力となります。」

※1 火山流体研究センター

1976年に東工大が草津白根山にて世界で初めて水蒸気爆発の地球化学的予測に成功した結果が評価され、1986年に厚生省(当時)や草津町の協力を得て「草津白根火山観測所」が開設。2000年に改組され現在の名称となった。

※2 小坂丈予

東京工業大名誉教授。火山噴火に関連した地球化学的研究を専門とする。海底火山研究の第一人者でもある。2011年11月逝去、享年86歳

※3 雲仙普賢岳の噴火

1990年11月17日、普賢岳山頂東側の地獄跡火口及び九十九島火口で水蒸気爆発、後にマグマ水蒸気爆発を起こした大規模な火山噴火。1991年6月3日には火砕流が発生、山麓の島原市で43名の死者・行方不明者を出した。

野上健治教授

野上 健治 (Kenji Nogami)

理学院 教授
火山流体研究センター

  • 1988岡山大学理学部 卒業
  • 1990岡山大学大学院理学研究科 修士課程 修了
  • 1993東京工業大学大学院理工学研究科 博士課程修了
  • 1993東京工業大学 草津白根火山観測所 助手
  • 1995理学博士(東京工業大学大学院理工学研究科)
  • 2000東京工業大学 火山流体研究センター 助手
  • 2002東京工業大学 火山流体研究センター 助教授
  • 2005東京大学 地震研究所 客員助教授
  • 2007京都大学 防災研究所 非常勤講師
  • 2009東京工業大学 火山流体研究センター/大学院理工学研究科化学専攻兼地球惑星科学専攻 教授
  • 2016理学院 教授

2016年4月掲載