研究

本気で新材料を創り出す研究者魂

材料研究の若手ホープが集う新拠点「元素キューブ」

高精細な液晶パネルや有機ELディスプレイの駆動に適した酸化物半導体であるIGZO-TFTの提唱、物質科学の常識を覆す鉄系超伝導体の発見……。研究成果を次々と生み出している細野秀雄応用セラミックス研究所教授がセンター長を務める元素戦略研究センターの新棟(通称:元素キューブ)が2015年6月3日、すずかけ台キャンパスで産声を上げた。元素戦略研究センターは2012年8月に設置され、「石ころ」や「セメント」のようなありふれた物質から人類に役立つ革新的な材料を生み出すことを目標としている。

元素キューブ外観 元素キューブ外観

元素キューブという名の通り立方体を随所に活かした建物には、地下1階に透過型電子顕微鏡、電子線マイクロアナライザなど高精度な実験に備えた特殊機材を導入。3階から5階は学内研究者の研究室、2階は企業や学外研究機関との共同研究スペース、1階には129名収容のレクチャーホールを備えており、オープンかつグローバルな研究拠点として国内外から期待が寄せられている。センター長の細野は言う。「従来の元素のイメージを変えるような研究をしたい。」そのために細野が大事にしていることがある。産業化につながる研究成果を出すこと、新しい材料科学の潮流をつくること、そして優秀な研究者が育つ環境をつくることだ。

この研究棟に、細野に呼び寄せられた若手研究者達が席を置いている。今回、その中の3名の研究者に、それぞれの立場での元素戦略研究にかける想い、新たな拠点である「元素キューブ」の活用法、人材育成に対する考え方について聞いた。

従来の常識にとらわれないコンセプトで創る

元素キューブでの研究の延長線上には「製品としての実用化」が掲げられています。
その点をふまえ、研究で重視している点について教えてください。

松石 聡(Satoru Matsuishi) 松石 聡(Satoru Matsuishi)

元素戦略研究センター 准教授 博士(工学)
専門:無機材料・物性、応用物性

  • 2000年東京工業大学工学部無機材料工学科卒業
  • 2005年同大学院総合理工学研究科材料物理科学専攻博士後期課程修了
  • 2005年同大フロンティア創造共同研究センター科学研究費教育研究支援員
  • 2007年同研究センター助教
  • 2009年応用セラミックス研究所助教
  • 2013年現職

松石:私はここ10年来、エレクトライド[用語1]と呼ばれる化合物の創製に従事しています。鉄系超伝導の研究にも従事しており、最近は特に水素に着目しています。水素をマイナスの電荷を持った陰イオンとして材料に取り込むことで、超伝導の性能を上げたり、新しい機能を持たせたりといった研究を進めています。
実用化という点で考えると企業と共同研究をするイメージがまず頭に浮かびますが、私が関わっている研究ではさらに広い、例えばエネルギー問題のような社会全般に関わるところで貢献できる新物質を、従来の常識にとらわれないコンセプトで創るということに取り組んでいます。例えばセメントは主にカルシウムやケイ素およびアルミニウムの酸化物から構成されますが、こうした原子番号の小さな典型元素の酸化物は電気を通さない絶縁体であるというのが常識でした。しかし、構成元素の種類にとらわれず、結晶の構造に着目すると、電気を通す物質になり得ます。このコンセプトがエレクトライドの発見につながっています。

多田:私の役割は、計算機でシミュレーションしながら新材料の探索、新しい機能の発掘、そして複雑に見える現象を見通しよくするための新しい概念を作っていくことです。エレクトライドの探索を例にとると、組成に必要な陽イオンと陰イオンについて、エレクトライドになり得る組成比や構造を材料データベースを用いて分析し計算にかけます。すると、安定性も含めた候補物質が得られる、というのが一連の流れになります。
計算自体は架空の物質でも出来てしまいますが、材料合成や触媒など実験を生業とする研究者や企業担当者と話をしていると、コストの問題や環境面への配慮など社会で役に立つには何が重要かも踏まえながら問題を投げかけてきます。最初は何から手をつけていいか分からず大変苦しみましたが、こうした経験を何度か重ねたことで、計算だけでは培われない材料に対する見方や感覚も大事にするようにしています。

元素キューブに設置された透過型電子顕微鏡 元素キューブに設置された
透過型電子顕微鏡

北野:私の研究は、松石さんのところでもお話のあったエレクトライドをどのような触媒反応に応用・展開していくかということが主な研究テーマです。当然社会的ニーズも重要な視点になりますが、2012年にエレクトライドを使って従来の触媒をしのぐ性能でアンモニア合成が可能なことを見出した経験を振り返ると、ニーズを追いかけるだけではいけないなと感じています。
そもそも、アンモニア合成の主流である「ハーバー・ボッシュ法」[用語2]はおよそ100年前に完成された技術で、他に置き換える必要がないというのが触媒の世界の常識でした。そこに、我々が従来の概念とは全く異なるアンモニア合成の手法を発表したわけですが、企業の方からは「単なる合成手法の置き換えではなく、もっと別の用途に用いたい」といった声がたくさん寄せられたんです。私たち研究者が新しい概念の材料や触媒を見出し、積極的に発信していくことで、新しいニーズを創りだすこともあるのだと痛切に教えられました。また、企業との共同開発となると、例えば論文で報告している作り方では製品として実用化できないと言われることもあります。そういうハードルを上手くクリアしていく思考の柔軟性も求められているなと実感しています。

畑違いの研究者の発想を取り込んでいく

新しい潮流をつくるために、材料科学のブレークスルーを目指した研究を実現していくには
どのような視点や思考が必要だと思いますか。

北野 政明(Masaaki Kitano) 北野 政明(Masaaki Kitano)

元素戦略研究センター 准教授 博士(工学)
専門:触媒化学、固体触媒

  • 2001年大阪府立大学工学部応用化学科卒業
  • 2006年同大工学研究科物質系専攻博士課程修了
  • 2006年大阪府立大学産学官連携機構博士研究員
  • 2007年神奈川科学技術アカデミー エコ固体酸触媒プロジェクト常勤研究員
  • 2009年東京工業大学応用セラミックス研究所
    特任助教
  • 2013年現職

北野:研究をしているとつい自分の専門分野にとらわれがちですが、多田さんのような計算の専門家が近くにいると「こういう材料が作れる可能性がありますよ」と情報をもらえたりするんですね。松石さんからも、同じ場でディスカッションすると、自分では凡庸にしか見えないデータが「これ面白いよ」と、全く考えも及ばなかった気づきを得られることがあります。いつか大きなブレークスルーが起きるかもしれないと密かに期待しています。
例をあげると、エレクトライドを触媒材料として利用する際に、金属ナノ粒子触媒を表面に固定化します。当初、触媒研究者が使う一般的な方法で金属ナノ粒子をきれいに分散させた状態で固定化しましたが、作成したエレクトライド触媒は、ほとんど性能を示しませんでした。私だけで研究していたら、おそらくこの時点でエレクトライドは触媒として利用できないと判断したと思います。しかし、細野グループではエレクトライドの表面構造(ケージ構造)が維持されているか、崩れているかによって電気伝導特性に大きな違いが出ることを走査トンネル顕微鏡(STM)[用語3]等を使って解明していました。これが大きなヒントとなって、表面構造を崩さない手法で金属ナノ粒子を固定化すると、格段に触媒性能が向上することがわかりました。
グループ内には様々な専門家がいますが、畑違いの研究者の発表を注意深く聞いて自身の研究に積極的に取り込んでいくことが、自分自身の研究に新たなアプローチ方法を加えるのだと思います。

松石:研究者同士でもちょっと分野が違うだけで、物事の受け止め方が変わります。例えば、一見危険そうな薬品であっても、触媒反応の人たちは安全な方法で当たり前に使っている場合もあります。私なら難しいだろうと考える物性の計算も、計算の人が適切なモデルを選択するとわりと簡単にできたりします。企業との連携という以前に、まず学内での研究者同士の連携が大事ではないかと考えています。

元素キューブに設置された薄膜創生および分析装置 元素キューブに設置された薄膜創生および分析装置

多田:他の研究者と一緒に研究を行うことで、自分では役に立たないと思っていた事象に関心が向くことがあります。加えて、材料というのは身近な生活に直結していて、家電や衣料などあらゆるところで生活を一変させる力を持っています。いかに役に立つモノを作り出せるかという視点を持ちつつ、その先に何が待っているのか分からないけれども信じて突き進む、という姿勢も自分自身の材料に対する視野を広げ、ブレークスルーの原動力にもなると思います。

魅了された研究で知らず知らず人は育つ

先生方が牽引役となり若手研究者たちを育成していくという視点や、
ご自身が元素戦略研究センターで受ける刺激などについて、感じていることをお話しください。

多田 朋史(Tomofumi Tada) 多田 朋史(Tomofumi Tada)

元素戦略研究センター 准教授 博士(理学)
専門:量子化学・電子状態理論・計算材料学

  • 1996年広島大学理学部化学科卒業
  • 2002年同大理学研究科化学専攻博士課程修了
  • 2002年九州大学有機化学基礎研究センター
    博士研究員
  • 2003年同大先導物質化学研究所博士研究員
  • 2004年東京大学大学院工学系研究科助教/助手
  • 2011年同大学院工学系研究科特任講師
  • 2012年東京大学大学院工学系研究科特任准教授
  • 2013年現職

多田:センター長である細野先生には、全体を引っ張っていく強烈な求心力を感じます。さまざまな立場の研究者が同じような視点、または違った視点を持ちつつプロジェクトを進めるには、「ここを集中的に狙っていけばゴールに到達できる」という流れを生み出せるかどうかが鍵だと感じています。その流れが、研究を加速させることにもつながると実感しています。
また、研究を途中であきらめずにこつこつ続けていくには、ある程度の緊張感が必要です。私も私自身のやり方を見出し、後輩たちにも良い緊張感を与えていくことが、人材育成には不可欠であると感じています。

北野:これは私自身の経験から実感していることですが、「苦労は買ってでもせよ」ということを、強く学生たちに伝えていきたいと思います。
以前特任助教として細野先生と共同研究を進めていたときに、1ヵ月研究を続けても成果に結びつかないと細野先生に訴えたところ、「そんなはずはない!」と厳しく突き返されたんです。それで「やれるところまで頑張ってみよう」と根気強く同じ研究を続けていると、3ヵ月後に結果が出たんですね。
細野先生は事あるごとに「本当に面白い研究、魅力ある研究を続けていれば、人は勝手に育つんだ」と口癖のように言われますが、私自身も知らず知らず魅了された研究に育てられているのだと思います。このことは、後輩たちにも身を以て継承していかなければ、と強く感じています。

元素キューブが完成し、それまでいた研究棟から移ってこられて、
実際どのような点が変わったなと感じますか。

夜の元素キューブ 夜の元素キューブ

松石:新棟に移ってから、専門を超えた交流が盛んになったことは確かですね。
超伝導物質の探索研究をしている学生が物性測定をする場合、「既にある」測定装置を使うことが多く、自分で装置を作ることはあまりないんです。一方で、北野さんのような触媒の研究では、自分たちでガラスや金属を購入して加工するところから着手するんですね。そういう「一から創る」プロセスを隣の研究室で頻繁に見られるというのは、学生にも、もちろん研究者にとっても非常に恵まれた環境だなと実感しています。

多田:私の研究室の学生らは、この建物に移って細野研究室の学生部屋に席を置いていて、別の研究分野の学生らが普段どのようなことにアンテナを張り巡らし、どういう会話をしているのか、またどんな実験機材を扱っているのかといったことが、自然と目や耳に入ってくるんですね。そういった材料研究の空気に若いうちから触れられるというのは幸せなことだと思います。情報量が多くなる分、自分の研究の柱を立てるのが難しくなるかもしれませんが、長い目で見れば自分の成長においてとても重要な経験であることが必ず分かるでしょう。

材料は科学技術の根本的なブレークスルーの鍵

最後に、元素戦略研究センターには内外から多くの期待があると思いますが、
ご自身では、どのような存在でありたいと思われますか。

北野:細野グループは、これまで革新的な材料研究の成果を次々と生み出してきましたので、「次は何が出るのか?」と注目度が高いかもしれません(笑)。その点ではプレッシャーもありますが、科学の世界で新しい道筋を作るのだからこれくらい当たり前だ、と自分に言い聞かせています。またこういう恵まれた環境で研究をやらせてもらっていますので、いつか自分自身のオリジナルな考え方に基づいたこれまでにない触媒材料を産み出していきたいです。

多田:今、「マテリアルズ・インフォマティクス」[用語4]という計算科学を活用した新材料の探索手法が世界的に注目を集めています。このセンターにおいては「計算科学は新材料開発にこう使うんだ」ということの実例が求められていると思います。
元素キューブには、自分の計算結果とほぼ同じタイミングで実験研究者から提供される実験結果を確認できるという優れた機能が備わっています。廊下で他の研究者とすれ違う度に、「あの物質作れそうですか?」と聞くことができるのは元素キューブにいればこそですね。

元素キューブ内観:吹き抜け構造の階段 元素キューブ内観:吹き抜け構造の階段

松石:日本に限らず、物質合成を取り扱う実験研究室は総じて減りつつあります。実際、やり方を間違えば命に関わる大事故にもなりかねない実験もありますので。しかし、我々はそこから逃げずに、安全性に最善の注意を払い、しっかりとシミュレートも行った上で、実際にモノ作りに挑み続けています。
これまで、新しい物質をいくつか合成してきましたが、それが材料として役に立つものかといえば疑問が残ります。エレクトライドの合成には関わっていましたが、自分では(アンモニア合成などへの)応用は思いつきませんでした。一方で、特定の応用を狙いすぎても、本質的に新しい物質は見つけられないと感じています。新しい物質を偶然作った時に、本来の目的とは違った使い道を思い付くことも大事です。それが機能を考えた材料開発ということだと思います。科学技術の色々な分野において、根本的なブレークスルーを起こせるのが新材料なんです。それを可能にする人的条件やファシリティを備えているのが、この元素キューブだと思います。

元素戦略研究センター長 細野 秀雄

材料開発の今と未来

元素戦略研究センター長 細野 秀雄

まだ広がる石ころの可能性

日本は材料開発に非常に強い国です。現在はまだ世界でトップクラスにいます。しかし3年後もトップにいるという保証はどこにもありません。しかも残念なことに、本気で新材料を探している研究者は実はそう多くないのも事実です。「もう鉱脈がないのではないか」と多くの人が思っている。しかし、そんなことはないのです。下草をちょっとのぞけば、新しいことなんかゴマンとある。材料の世界ほど発見の可能性の多い分野というのは、そうそうないのです。

一つ屋根の下で育つ

人は人によって触発されることが多く、論文だけに触発されることは極めて少ない。なぜなら、人間は五感によって触発されるからです。「自分にもできるんじゃないか」と。私は、この感触を持つことが非常に重要だと考えています。人は育てられて育つのではなく、「育つべき人間が育つ」のです。そのためには、人に触発される機会や場を持つこと、これが一番大切。そのような意味において、同じ志を持った者同士が「元素キューブ」のような一つの建物の中にいるということは、極めて重要なのです。
(2015年6月3日 元素戦略研究センター新棟開所式基調講演より抜粋)

用語説明

[用語1] エレクトライド : 電子がアニオン(陰イオン)として働くイオン結晶の総称で「電子化物」とも呼ばれる。
C12A7エレクトライドは、12CaO・7Al2O3結晶(C12A7)中のアニオンとなっているケージ中の酸素イオン(O2-)を全て電子に置き換えた新物質で、空気中でも安定する初めての電子化物。高い電気伝導度を示し、低温では超伝導を示す。化学的にも熱的にも安定で、しかも電子を放出しやすいという特性を持つ。これらの特徴を生かし、高機能触媒や電子材料などへの応用展開を図ることで、食糧問題やエネルギー問題、高度情報化社会に広く貢献することが期待されている。

[用語2] ハーバー・ボッシュ法 : 鉄を主体とした触媒上で窒素と水素から200~300気圧、400~600℃という高圧・高温下でアンモニアを生産する代表的アンモニア合成法。1906年ドイツカールスルーエ工科大学のハーバー教授が開発、1913年にはBASF社の技術者のボッシュが工業化に成功している。

[用語3] 走査トンネル顕微鏡(STM) : 先端が鋭く尖った探針を導電性の物質の表面または表面上の吸着分子に近づけ、流れるトンネル電流から表面の原子レベルの電子状態や構造を観測する顕微鏡。1982年にゲルト・ビーニッヒとハインリッヒ・ローラーによって作り出された。

[用語4] マテリアルズ・インフォマティクス : コンピュータを用いて膨大な材料に関する構造・物性データを様々な視点から解析・整理することにより、革新的な材料開発をめざすという手法。

2015年10月掲載