研究

東工大の研究力 ―ワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ始動―

東工大の研究力 ― ワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ始動 ―

東京工業大学は2016年4月より、教育改革と併せて研究改革をスタートした。主な研究所を統合した「科学技術創成研究院outer」を創設し、その傘下に「研究所」「研究センター」「研究ユニット」を置いた。2016年12月にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典栄誉教授率いる「細胞制御工学研究ユニット」はその記念すべき研究ユニット第1号である。また、この研究院内に「ワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ」と呼ばれる国際共同研究を加速するためのプロジェクトを立ち上げた。
研究を担当する安藤真理事・副学長に、改めて研究改革の目的・内容とその進捗状況について聞いた。

複雑化する社会課題の解決には学際的研究が不可欠

安藤真理事・副学長 安藤真理事・副学長(研究担当)

研究改革開始からほぼ1年を経て、当初の狙いに沿って具体的な成果が生まれつつある。安藤は研究改革実施の背景をこう語る。

「少子高齢化やグローバル化が進む中、大学を取り巻く環境は激変しています。今後、日本が厳しい国際競争の中で、プレゼンスを維持・向上させていくためには、産業界だけでなく大学に対しても、社会に直接貢献するような研究開発を推し進め、成果を出すことが強く求められています。特に本学は、日本の科学技術を牽引する立場にありますから、社会の期待にきちんと応えていかなければなりません。

地球環境問題やエネルギー問題、食糧問題など、人類や社会が直面している課題解決には学際的な取り組みが必要です。これらの課題は非常に複雑で、科学技術に加え、人文・社会学や経済学、政治学など分野が多岐にわたるため、1つの専門分野、1人の研究者だけで解決できない問題ばかりです。そのために、学際領域研究の重要性が増しており、文化や分野の異なるあらゆる国籍の研究者が集い、知恵を出し合うことが強く求められています。

しかしながら、本学あるいは日本の大学では、どちらかと言えば、個々の研究者の好奇心に基づく研究分野の深掘りを得意とする反面、課題解決のための組織的な研究は、あまり得意とは言えず、また国際的な規模での共同研究も十分ではありませんでした。このことが、個別の研究開発力や技術力においては国際的に高い水準を誇っているにもかかわらず、国全体の競争力の点において、世界において後塵を拝する1つの要因にもなっていたのです。

今回の研究改革の背景は、これら学際的な課題の解決に向けた体制作りです。尖った先端研究の強みに加えて、これまで十分ではなかった異分野融合の環境を作り出し、人類・社会のために本学の強みを総合的に発揮できる提案を目指します。『2030年までに世界トップ10に入るリサーチユニバーシティになる』という本学の目標を達成するためにも、研究力強化には体制の刷新が不可欠であり、抜本的な見直しの象徴として誕生したのが科学技術創成研究院です。」

組織の壁を解消し、研究者の移動や交流を促進

これまで東工大には、学部、大学院※1に加え、4つの附置研究所※2、研究センター、研究機構などが多数存在し、これらの独立性の高い組織ごとに研究活動が縦割りで行われていた。

今回の研究改革では、融合領域の研究を加速し、人材と情報の流動性を高めるために組織を大括りにし、科学技術創成研究院(Institute of Innovative Research、以下IIR)と研究拠点組織に再編成した。IIR傘下には4つの研究所と2つの研究センター、10の研究ユニットをまとめて設置し、分野間や組織間の壁を解消することを図った。

東工大の研究体制東工大の研究体制

特に「研究ユニット」は、卓越したリーダーと今後大きな成長が期待できる研究テーマを大学として選定し、研究資金、研究スペース、人員の面から立ち上げを支援しようというものである。学内のみならず、他の大学や研究機関、企業の研究者も参画可能にすることで、研究者のモビリティのさらなる向上も図っている。

初年度の2016年度は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典栄誉教授率いる「細胞制御工学研究ユニットouter」をはじめ、岡崎健特命教授の「グローバル水素エネルギー研究ユニットouter」、高安美佐子准教授の「ビッグデータ数理科学研究ユニットouter」など全部で10の研究ユニットが設置された。各研究ユニットは、成果や社会の要請などに応じて5年を目途に見直されると同時に、毎年、新たなユニットが設置されていく。

またIIRは、政府などからの課題研究や企業との産学連携研究などで中心的な役割を果たし、社会貢献、イノベーション推進において本学の原動力となる。

なお、IIRと並んで学長直結の研究拠点として、「地球生命研究所(ELSI)outer」「元素戦略研究センターouter」「『以心電心』ハピネス共創研究推進機構outer」の3つがあり、世界トップレベルの研究を推進している。

世界一流の研究者が集う研究ハブを作る

IIRにおいて展開される「ワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ(WRHI)」は研究の国際化の目玉プロジェクトである。WRHIでは、世界一流の研究者を招へいし、国際共同研究を推進するためのプロジェクトを推進し、研究活動、産学協同研究の国際的拠点化を目指している。IIRにオープンコミュニケーションスペースを設置し、全ての外国人研究者及び関係教員が分野や組織を越えて情報を交換する。これまでは個別の研究所や研究室単位で行っていた海外研究者との交流を、IIR全体として計画的組織的に行うことにより、海外の研究者が組織の壁を越えて活躍できる。資金や研究施設などの有効活用に加え、処遇や生活面での利便性も改善を図れる。

安藤真理事・副学長

WRHIを推し進めていく上で、モデルケースとしたのが、世界トップレベルの研究拠点組織の1つである「地球生命研究所(ELSI)」である。
ELSIはWPI※3の一環として、2012年に新設された学長直結の研究拠点で、スタッフの約4割が外国籍である。しかも、研究テーマは「地球の起源と生命の起源の解明」という異なる分野の融合であることから、地球科学から惑星科学、生命科学に至るまで、幅広い分野の研究者が集まり、同じ建物の中で、日々膝を突き合わせながら、研究を進めている。また、ELSIは海外から大規模な外部資金を獲得※4するなど、学際化、国際化に加え、研究資金調達の面でも先行している。

「まずはこのELSIのしくみの良い点をベストプラクティスとして、WRHIを通じてIIR全体で共有し、最終的には学院も含めた東工大全体の取り組みに反映していきます。今後は、IIR、特にWRHIが中心となって、海外の研究開発の進め方なども取り入れ、研究成果を積極的に発信していきます。これが日本の指導力の復活、産業イノベーションの牽引、ひいては人類が直面している課題の解決に貢献すると考えています。結果として東工大の評価向上にもつながるはずです。」

基礎研究の支援にも注力

東工大では、学際領域を中心に応用研究の強化と国際化を推進する組織的な改革を進めているが、これらの種となる大学ならではの基礎研究や個人研究も支援する環境を整えて行く。

「大隅良典栄誉教授も基礎研究の重要性を強調しているように、応用研究ばかりに目を向けていたのでは、大学としての存在意義を失いかねません。本学には産業化や応用には必ずしも直結しない基礎研究で際立った業績を挙げる教員も多いのです。また、東工大は自然科学に関する研究に加え、リベラルアーツは歴史も古く、数多くの成果を上げてきました。このように規模に比して極めて広範な分野で多様な人材を擁する本学では、どの大学より、文理の融合を深めることができるという特長があります。
高い倫理観を持って科学技術を推進するといった東工大ならではの強みを生かし、自然科学と人文・社会科学、基礎研究と応用研究のバランスについて協調を図って、社会的な課題の解決に寄与すると同時に、日本の国際競争力の向上にも貢献していきます。その原動力となる研究者個々の研究環境の改善も、重要な条件と考えています。産学連携を強化し、共同研究などの拡大が実を結んで得られる資金は、大学の将来の研究教育の戦略実現の原資として、大学全体の研究環境改善にも活用するための仕組みを模索しています。」

WRHIとは

今回の研究改革の目玉の1つである「ワールド・リサーチ・ハブ・イニシアティブ(WRHI)」は、海外の優秀な研究者を招へい(雇用)し、国際共同研究を推進する6年間のプロジェクトだ。新たな研究領域の創出、人類が直面している課題の解決、そして、将来の産業基盤の育成を目標に掲げており、それにより、「世界の研究ハブ」になることを目指している。

海外から高い実績を持つ研究者を特任教授等として招へいし、IIR内の研究所、研究センター、研究ユニットに対し、組織横断的に配置することで、異なる研究分野の研究者のモビリティの向上と国際化の両方を強力に推進していく。

2017年度以降は「最先端細胞生物学研究」「情報・人工知能研究」「材料・デバイスの研究」「社会実装研究」という研究者の4つの国際ハブグループを設置する予定で、すでに2016年度において海外から30人の特任教授らを招へいし、国際共同研究が活発に進められている。

WRHIとは

加えて、IIRでは、WRHIや研究ユニットの成果を広く一般に公開するため、シンポジウムなどを定期的に開催している。その一環として、2016年11月24日には、東工大にて、IIRと帝国データバンクによる「ビッグデータが社会を大きく変革する:ビッグデータ数理科学研究ユニットの挑戦」と題した共催シンポジウムが開催され、WRHIの中の情報・人工知能研究国際ハブグループに属する研究者を交えて、研究成果が発表された。

同シンポジウムには、研究ユニットリーダーの高安美佐子准教授に加え、世界トップレベルのデータサイエンスを専門とし、2016年から東工大特任教授に就任したETH Zurichのディディエ・ソネット教授とBar-Ilan Universityのシュロモ・ハブリン教授、さらに、ソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明氏が講演者として登壇し、ビッグデータが社会にもたらす変革と、これまでの研究成果について講演した。ソネット教授ならびにハブリン教授はいずれもWRHIの仕組みによって招へいされ、今後、国際共同研究推進の原動力になると期待されている。

東工大との相互作用で 大きな研究成果を目指す

シュロモ・ハブリン シュロモ・ハブリン 東工大特任教授

シュロモ・ハブリンは、バル=イラン大学outer(イスラエル、ラマト・ガン市)物理学部教授。2016年11月に特任教授として東京工業大学のWRHIに加わり、ビッグデータ数理科学研究ユニット(Advanced Data Analysis and Modeling Unit)を率いる高安美佐子准教授とともに、ネットワーク科学とビッグデータの組み合わせによって金融システムの動きを理解する共同研究に従事している。

ハブリンは、ネットワーク科学を「あらゆる分野の中にある分野」と表現する。ネットワークは、テクノロジー、輸送、生物学、人々の交流などあらゆる場面において見られる。ネットワーク科学は、21世紀初頭、コンピューター技術の進歩とともに大量のデータ収集と分析が可能になって始まったもので、研究者は、実世界の現象をより良く理解するために数学的方法を用いる。しかし、グラフ理論など、古典的なネットワークモデリングの初期の方法では、実世界のネットワークの構造と動きを十分に捉えることができなかった。このため、新しい数学的方法が求められ、ネットワーク科学が誕生した。

2010年、ハブリンは、ネットワーク間の相互作用という分野を開拓した。
「ネットワークは隔離されたものではありません。たとえば航空会社の路線網にしても、単独では存在できず、通信、電気、輸送のネットワークを必要とします。また、これらのネットワークは相互に影響を与えます。電気がなければ通信はできません。」
2010年以降は、「ネットワークのネットワーク」理論を開発し、一つのネットワークの障害がそのネットワークに依存するネットワークに伝播する仕組みに注目している。

ハブリンは、ビッグデータに関するWRHIのシンポジウムで、システム間の相互作用の重要性、および相互作用を利用した伝染病、気候変動、経済破綻などの予測方法について講演した。しかし、残念ながら地震はまだ予測できない。シンポジウム当日の朝に起きた地震に触れて「皆が今日は雪が降ると言いましたが、今朝起きたとき、誰も地震があるとは言いませんでした。」と冗談交じりに語りながら、将来、ネットワーク科学によって地震も予測可能になると期待していると述べた。

国際的な共同研究の意義としては、東京工業大学との協力が極めて重要だと語り、その理由として高安とビッグデータ数理科学研究ユニットのメンバーが日本の経済データを大量に収集していることを挙げている。共同研究チームでは、このデータと、ハブリンの相互依存型ネットワーク理論を組み合わせ、なぜ一部の企業が成功して他の企業が失敗するのか、どうすれば業界の変化を予測できるか、どうすれば産業の堅牢性を高めることができるかなど、重要な疑問を解決できると期待している。研究の成果は金融分野に限られない。現在の研究は1つのシステムに着目しているが、同じ方法は一般化可能であり、他の研究者が各自の課題の解決に役立てることができるからである。

さらにハブリンは、多くの実世界の状況において、個別のネットワークよりネットワーク間の相互作用のほうが重要だと述べている。相互作用が体系的な変化を引き起こすことは少なくない。共同研究でも同じである。
「2人が協力すると、1足す1が2ではなく、相互作用によってはるかに大きな結果が出ます。」
ハブリンは、年に数回、高安チームの進捗に応じて東京工業大学を訪れる。この共同研究を通じて、ネットワーク科学、ビッグデータ、そして複雑な実世界の理解全般に大きな前進が期待されている。

※1 学部、大学院

2016年4月の教育改革により学部、大学院は統合され6つの学院に再編成されている

※2 4つの附置研究所

1949年5月の国立学校設置法制定により設けられた研究所。東工大では資源化学研究所、応用セラミック研究所、原子炉工学研究所、精密工学研究所の4研究所

※3 WPI (World Premier International Research Center Initiative)

2007年度に文科省が開始した事業「世界トップレベル研究拠点プログラム」

※4 大規模な外部資金を獲得

米国のジョン・テンプルトン財団から、総額560万ドル(約6億7千万円)の研究資金を獲得(東工大ニュース

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2017年2月掲載