研究

DNAから人工細胞や分子ロボットをつくる-物質と生命の境界を探求-

瀧ノ上正浩 情報理工学院 情報工学系 教授瀧ノ上正浩 情報理工学院 情報工学系 教授

私たちの身体には、免疫や代謝といった秀逸な生命システムが備わっている。周囲の状態を認識し、情報を処理し、自律的に動作する。このシステムは全て私たちの身近にある物質から成り立っているが、人類は、人工的に生命を作り出すことができていない。物質と生命の境界はどこにあるのか。物理学と生命科学の両面から、その謎に迫るのが情報理工学院 情報工学系の瀧ノ上正浩教授だ。人工的に合成したDNAから、自分で判断し自律的に動く人工細胞や分子ロボットを作り出すなど最先端の研究に取り組んでいる。

自ら計算したり情報を記憶することができる人工細胞

-まず、瀧ノ上先生の研究テーマを聞かせて下さい。

たとえば、人間の身体には免疫という機能が備わっていますよね。それによって私たちは健康状態を維持できています。ウイルスやバクテリアといった敵の侵入を検知し、侵入してきたものが敵であると判断すると、それを追いかけて攻撃するという一連の細胞の行動を物理学的、工学的な観点で見ると、情報処理能力と運動機能を兼ね備えた自律型のロボットそのものです。しかも、駆動するためのエネルギーは周囲の血液中などから得ていて、非常に低エネルギーで動いています。そしてその細胞はすべて私たちが手に入れることができる物質でできているので、このようなものを人工的に作ることができれば、病気の予防や治療に役立てることができます。また、自律型ロボットは、体内のみならず、人間が容易に行けない深海や宇宙での探査に役立つ可能性があるなど、さまざまな応用が考えられます。

瀧ノ上正浩 情報理工学院 情報工学系 教授

そこで、私たちの研究室で取り組んでいるのが、人工細胞や分子ロボット※1の研究開発です。人工細胞の研究は世界各国でも進められていますが、材料に人工的に合成したDNA※2(デオキシリボ核酸)を使っているのが、私たちの研究室の大きな特徴です。

私自身の専門分野は物理学や情報科学であり、生物学ではないので、物質をどのように組み合わせれば、細胞のような複雑な自律システムを構築できるのかということに興味があります。そのため、生命システムの動作原理を追求しながら、生命システムのようなものを人工的に作り出し、工学的な応用につなげることが、私の研究テーマです。

-実際、DNAを使ってどのようにして人工細胞や分子ロボットを作っているのでしょうか。

DNAを使う理由は主に2つあります。1つ目は情報を組み込めること、2つ目は自己組織化により、設計通りの立体構造を作ることができることです。自己組織化とは、たとえば、水の分子が集まって雪の結晶を作るように、原子や分子が集まり、自然に安定的な構造を作ることをいいます。

まず、1点目ですが、DNAにはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基があり、A-TとG-Cで形成される塩基対により二重らせん構造が作られ、遺伝情報が保持されています。つまり、塩基配列を指定することにより、分子の中に情報を組み込めるというのが、DNAの最大の特徴です。これはプラスチックなど他の物質にはない特徴です。

瀧ノ上正浩 情報理工学院 情報工学系 教授

そのような性質により、分子コンピュータを作ることができます。塩基配列をうまく指定することで、計算をしたり、情報を蓄えたりできるのです。それを人工細胞や分子ロボットに搭載することで、自律性をもたせることができます。もともと、南カリフォルニア大学のレオナルド・エーデルマン教授が開拓した分野でありますが、どのように情報処理をさせるかについては、今後も重要な研究課題です。分子コンピュータでは、従来のコンピュータにはない、まったく新しい計算方法を構築することになります。

次に2点目ですが、DNAは塩基配列を設計することで、二重らせん構造以外にもさまざまな立体構造を自在に作ることができます。ニューヨーク大学のネッド・シーマン教授は、DNAを使った任意の2次元または3次元のナノメートルサイズ(ナノは10-9)の構造を作る技術を発明しました。どのような塩基配列にすれば、どのような立体構造ができるかについては、コンピュータを使って予測できます。そうして設計した塩基配列のDNAを溶液中で混ぜて一定時間放置するだけで、自己組織化して、想定通りの立体構造が出来上がります。

私たちの研究室がある情報理工学院はいわゆるコンピュータ・サイエンスを研究していますが、DNAや細胞を扱う実験室を持っているコンピュータ・サイエンス系の研究室は日本では珍しく、私たちのところだけではないかと思います。

DNAを溶液中で混ぜ(左)、一定時間専用の装置に入れておく(右)。すると自己組織化により、想定通りの立体構造が出来上がる。DNAを溶液中で混ぜ(上)、一定時間専用の装置に入れておく(下)。すると自己組織化により、想定通りの立体構造が出来上がる。
DNAを溶液中で混ぜ(左)(上)、一定時間専用の装置に入れておく(右)(下)
すると自己組織化により、想定通りの立体構造が出来上がる。

DNAオリガミを集積させたカプセル状の人工細胞の開発に成功

-具体的な研究内容を聞かせて下さい。

瀧ノ上正浩 情報理工学院 情報工学系 教授

現在、主に2本柱で研究を進めています。まず1つ目はカプセルの形状をした細胞サイズの分子ロボットの研究開発です。

分子ロボットのカプセルの中に、ウイルスやガン細胞を退治するなど特定の機能をもつDNAやタンパク質を内包し、複数の分子ロボット同士が情報交換をしながら、免疫システムのように連携して動作することを想定しています。

分子ロボット同士が連携するには、カプセルを構成する膜に情報交換ができる機能をもたせる必要があります。そのため、膜をDNAで作ります。膜を周囲とのインターフェースとして機能させることで、外部からの刺激に対して、自律的に動くことが可能になります。また、私たちの身体の免疫システムでは、ウイルスなどの敵に関する情報を免疫システムとして記憶しています。膜にDNAを使うことで、情報を記憶する機能も分子ロボットに搭載することができます。

2つ目は、マイクロ流路を使った人工細胞の作製です。自己組織化によって作製できる分子ロボットの大きさは100ナノメートルが限界です。これは、髪の毛の太さの1,000分の1程度に匹敵する大きさです。それ以上の大きさの分子ロボットや人工細胞を作るには、別の技術が必要になります。そこで、私たちが採用しているのがマイクロ流路です。マイクロ流路に、DNAを含む溶液を流すことでDNAを操作でき、それによってより大きな分子ロボットや人工細胞を作ることができます。

マイクロ流路外観(左)。マイクロ流路は、透明なシリコーンゴムやガラスの薄い基板の中に、マイクロメートルの幅の微細な流路やウェル(くぼみ)(右)が形成されているプレートのこと。この中にDNAを含む溶液を流すことで、細胞サイズの大きさの分子ロボットや人工細胞を作製できる。マイクロ流路外観(上)。マイクロ流路は、透明なシリコーンゴムやガラスの薄い基板の中に、マイクロメートルの幅の微細な流路やウェル(くぼみ)(下)が形成されているプレートのこと。この中にDNAを含む溶液を流すことで、細胞サイズの大きさの分子ロボットや人工細胞を作製できる。
マイクロ流路外観(左)(上)。マイクロ流路は、透明なシリコーンゴムやガラスの薄い基板の中に、マイクロメートルの幅の微細な流路やウェル(くぼみ)(右)(下)が形成されているプレートのこと。この中にDNAを含む溶液を流すことで、細胞サイズの大きさの分子ロボットや人工細胞を作製できる。

-これまでの主な研究成果を聞かせて下さい。

私たちの研究室では、2016年頃、ある条件下でDNAでできたゲルである“DNAゲル”が液体のようにふるまって、DNAゲル同士が融合したり変形したりする現象を見出しました。これまでDNAゲルは一定の形状を維持すると考えられてきましたので、液体のような状態になるというのは大きな驚きでした。しかも、DNAの塩基配列を数個変えるだけで、その性質が大きく変わるということもわかりました。たった数個の塩基の情報で、その1,000倍もの大きさの細胞サイズのゲルの性質を制御していたのです。現在は、この技術をがんのバイオマーカーであるマイクロRNA(miRNA)を検出する「DNA液滴コンピュータ」に発展させています。

2022年6月6日 東工大ニュース 「液滴の分裂によって、がんの可能性の有無を示す「DNA液滴コンピュータ」の開発に成功-病気の早期発見・薬物送達への貢献に期待-

DNAの塩基配列をうまく制御することで、DNAゲル同士が融合しないようにすることも可能。画像では緑と緑、青と青のDNAゲル同士は融合するが、緑と青は融合しない。たった数個の塩基配列を変えるだけでこうした制御が可能になることを発見した。

DNAの塩基配列をうまく制御することで、DNAゲル同士が融合しないようにすることも可能。画像では緑と緑、青と青のDNAゲル同士は融合するが、緑と青は融合しない。たった数個の塩基配列を変えるだけでこうした制御が可能になることを発見した。

また、最近のもう一つの大きな成果は、シート状の構造をしたDNAオリガミ※3をたくさん作り、それを集積させてカプセル状の人工細胞を作ることに成功したことです。実際、DNAオリガミ同士が重なり合い、自己組織化によってカプセルを作っていることを蛍光顕微鏡で確認したときは感動しました。

このDNAオリガミは中心に穴が開いた構造をしているため、カプセルの表面も複数の穴が開いた状態になっています。それにより、穴の中から物質を放出し、それをカプセル同士がやり取りすることで通信機能を発現できる可能性も出てきました。今後、さらに研究を発展させていく計画です。

DNAオリガミはDNAが自己組織化によって折り畳まれた6角形をしている。それらがさらに自己組織的に勝手に重なり合うことでカプセルを作っている。DNAオリガミの直径は100ナノメートル、カプセルの直径は100マイクロメートル。DNAオリガミはDNAが自己組織化によって折り畳まれた6角形をしている。それらがさらに自己組織的に勝手に重なり合うことでカプセルを作っている。DNAオリガミの直径は100ナノメートル、カプセルの直径は100マイクロメートル。

DNAオリガミはDNAが自己組織化によって折り畳まれた6角形をしている。それらがさらに自己組織的に勝手に重なり合うことでカプセルを作っている。DNAオリガミの直径は100ナノメートル、カプセルの直径は100マイクロメートル。

DNAオリガミによる人工細胞微小カプセルのイメージ(Ishikawa, et al., Angew. Chem. Int. Ed. (2019))

DNAオリガミによる人工細胞微小カプセルのイメージ(Ishikawa, et al., Angew. Chem. Int. Ed. (2019))

物質と生命の違いは何か、本質的なテーマに迫りたい

-この研究を始めたきっかけを聞かせて下さい。

高校時代、ある科学雑誌で、プリンストン大学のジョン・ホートン・コンウェイ教授が考案した「ライフゲーム」を知り、人工生命に関する研究をしたいと思うようになったことがきっかけです。これは、生命の誕生、進化、淘汰などを模倣したシミュレーションです。子どもの頃から、「生きているとは一体どのような状態のことなのだろう」と疑問に思っていたので、ライフゲームを知ったときは、数学や物理学で生物の本質を捉えることができるのではないかとワクワクしました。

一方で、中学時代から、漠然と研究者の道に進みたいと思っていたものの、アルバート・アインシュタインの相対性理論にはまっていて、物理学も好きでしたので、どうやって両立しようかと悩んでいました。そのような中、大学生時代に、生命システムと物理学の両方を研究できる生物物理学という分野があることを知り、これはまさに自分がやりたいことだと感じたのです。そして、物理学科に進み、物理学と情報科学の観点から生命システムを研究しようと決めました。

ただし、ライフゲームの概念は非常に面白いものの、物質的な実体がないことが気になっていました。そこで、実際の分子を使って、人工細胞を作りたいと思うようになっていきました。そして、大学院に進む頃、恩師である陶山明先生(東京大学 名誉教授)の研究室でDNAを使った分子コンピュータの研究をしていることを知り、分子コンピュータを博士論文のテーマに決めたのです。

-今後の目標を聞かせて下さい。

短期的な目標は、分子コンピュータを使って人工細胞や分子ロボットが複雑な情報処理をできるようにすること、長期的な目標は、人工細胞や分子ロボット同士を連携させて、免疫システムのような秀逸な機能を発現するシステムを実現させることです。

究極の目標は、物質と生命の違いは何かという本質的なテーマに迫ることです。生命システムは物質からできていますので、物質だけで生命を作ることができることは、私たち自身の身体が実証しています。しかし、それを人工的に実現できていないのは、そこに私たち人類が知らない英知があるわけで、それを探求していくことがこの研究の究極の目的であり、非常に面白いところです。

私たちが取り組んでいる研究には、かなりチャレンジングな内容も含まれるため、予想にまったく反する実験結果に直面することもしばしばです。私たちの研究の基盤は、単に人工細胞や分子ロボットを作ることだけでなく、その背景にある生命システムの数理と物理を究明することです。そのため、私たちの想像とは異なる物理現象や化学現象に遭遇した際、「なぜだろう」と考えることが、常に研究の新たな出発点になっているのです。

研究者の醍醐味はまだ世界中の誰も知らない事実に遭遇できること

-最後に、研究者を目指す学生に向けてメッセージをお願いします。

瀧ノ上正浩 情報理工学院 情報工学系 教授

私にとって研究者としての醍醐味は、まだ世界中の誰も知らない事実を世界で最初に知る瞬間に遭遇できることです。

研究者を目指す若い人たちには、非常に惹かれるものがあるのであれば、それをとことん面白がってほしいということをお伝えしたいですね。研究は楽しいことばかりではなく、辛いことも多いので、他人の意見や時代の潮流に流されることなく、自分が本当に興味のあること、面白いと思っていることを追求してほしいと思います。そして、とことん面白がることで、思いもかけなかったような新たな道がどんどん拓けていくと思います。

※1 分子ロボット

分子デバイス(分子で設計されたセンサ、コンピュータ、アクチュエータなど)を統合した、人工的な分子システム。外部から分子の信号を受信し、分子の計算によって判断を下すことで、その環境に対して自律的に反応する、感覚・知能・動作を併せ持つ。

※2 DNA

デオキシリボ核酸の略。ATGCの4種の塩基配列情報に基づく高度な分子認識能力をもち、 生体内で遺伝子情報の保存と伝達を担っている。近年、DNAの化学合成が容易になってきたことから、この分子認識能力を活用して、複雑なナノ構造体(DNAオリガミ)やデジタルデータの記録のほか、数学的問題を解くことのできるDNAコンピュータ(計算機)などへも応用されるようになった。

※3 DNAオリガミ

長い1本鎖DNA(主に約7,000塩基)と多数の短い1本鎖DNA(数十塩基)から構成される、二次元・三次元のDNAナノ構造体。作りたい形状に合わせて、長い1本鎖DNAを一筆書き状に折りたたみ、相補となるように設計された短い1本鎖で固定することで、数十ナノメートルの構造体を作製できる。カリフォルニア工科大学のポール・ロズムンド博士によって2006年に報告された。

瀧ノ上正浩 情報理工学院 情報工学系 教授

上正浩

情報理工学院 情報工学系 教授

  • 2002年 東京大学 理学部 物理学科 卒業
  • 2004年 東京大学 理学系研究科 物理学専攻 修士課程 修了
  • 2007年 東京大学 理学系研究科 物理学専攻 博士課程 修了、博士(理学) 取得
  • 2007 - 2008年 東京大学 大学院総合文化研究科 日本学術振興会特別研究員(PD)
  • 2008 - 2009年 京都大学 大学院理学研究科物理学第一教室 博士研究員
  • 2009 - 2009年 東京大学 生産技術研究所 特任研究員
  • 2009 - 2011年 東京大学 生産技術研究所 特任助教
  • 2011 - 2015年 東京工業大学 大学院総合理工学研究科 講師
  • 2015 - 2016年 東京工業大学 大学院総合理工学研究科 准教授
  • 2016 - 2022年 東京工業大学 情報理工学院 准教授
  • 2022年4月 - 東京工業大学 情報理工学院 教授

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情報理工学院 ―情報化社会の未来を創造する―
2016年4月に発足した情報理工学院について紹介します。

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2022年7月掲載

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東京工業大学 総務部 広報課

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