東工大ニュース
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東京工業大学 大学院理工学研究科 機械宇宙システム専攻の松永三郎 連携教授(JAXA連携講座、JAXA宇宙科学研究所教授)と同基礎物理学専攻の谷津陽一 助教、および東京理科大学 理工学部の木村真一 教授らの研究グループは、先進的な天体観測・地球観測技術の宇宙実証を目的とした50キログラム級超小型人工衛星「TSUBAME」を開発し、2014年11月6日、日本時間16:35にロシアのドニエプルロケットにより打ち上げました。TSUBAMEはインド洋上空にてロケットから切り離された後、同日21時過ぎに東京上空を通過しました。東京都目黒区にある東工大地上局では、開発に携わった学生たちが見守る中、衛星からのテレメトリ受信に成功し、衛星システムの正常動作が確認されました。現在、TSUBAMEは4枚の太陽電池パネルを展開し、太陽方向に向けて姿勢を安定させつつあります。今後、衛星の初期機能確認の後、本格的な姿勢制御実験・可視光地球観測・ガンマ線天文観測を順次行っていく予定です。
ロケット技術の進歩により人工衛星の大型化が著しい現在にあって、全質量100kg未満の超小型衛星は、低コスト・短期間で開発できるという利点から、最先端技術の宇宙動作実証や、新しい宇宙ビジネスの事業展開に期待され、全世界で活発に研究開発が進められています。そのような中にあって、東工大の超小型衛星チームは2003年に打ち上げられた世界初のCubeSat衛星 CUTE-I の成功以降、超小型衛星の開発で世界を牽引してきました。このチームは民生部品を用いた安価で高性能な超小型衛星バスの技術実証とそれを用いた科学観測を目標として、これまでに3機の超小型衛星の開発・打ち上げ・運用を行ってきました。
東工大チームとして4機目となるTSUBAMEは、これまでの技術を応用してさらに本格的なミッション運用を実現するために、衛星サイズが50kgにまで大きくなりました。TSUBAMEの目指すミッションは大きく3つあり、その一つ目は衛星バス自身の高機能化を目的とした高速姿勢制御技術の軌道上実証です。この衛星には多摩川精機と協力して開発した小型・軽量ながら高トルクを発生するコントロールモーメントジャイロ(Control Moment Gyro: CMG[用語1] )が4機搭載されており、衛星としては異例の毎秒6度角の旋回を実現します。この機動性を武器として、TSUBAMEにはさらにX線・ガンマ線天体観測装置[用語2] が取り付けられており、ブラックホール[用語3] が誕生する瞬間に発生する強烈なガンマ線閃光現象の硬X線偏光観測[用語4] を行います。そして、自在な姿勢制御を駆使して、災害監視・海上の船舶航行状況監視・気象観測・植生観察などを行うための、高解像度可視観測装置が搭載されています。
宇宙において人工衛星が姿勢を変更するためには、専用の機器(アクチュエータ)が必要です。姿勢制御用アクチュエータには、円盤の回転反動を用いたリアクションホイール(RW)、推進薬を噴射するスラスタ、地磁気と電磁石の相互作用を用いた磁気トルカなどが一般に使われています。TSUBAMEは瞬時に方向転換してターゲットを観測するために、軽量な衛星構体に高トルクなCMGを搭載しているところが革新的です。一般的に姿勢制御に使われるRWと比較して、同じ質量のCMGはおよそ10倍以上の大きなトルクを発生することができます。このため、CMGは国際宇宙ステーションの様な大型宇宙構造物に搭載されてきた実績があります。一方で、トルク発生原理が複雑であるため制御が難解であり、トルクが大きすぎるために繊細な調整が難しいという欠点もあります。そのため、これまでに小型衛星に搭載された例はほとんどありませんでした。松永研では制御の難しいCMGを軽量な超小型衛星に搭載するため、民生品の高性能演算装置を搭載することで複雑な制御を可能にしています。
宇宙用の姿勢制御装置開発が困難である原因の一つとして、地上再現実験の難しさが挙げられます。このため、TSUBAMEプロジェクトでは数値シミュレーションによる設計検証を重ね、制御アルゴリズムの開発、そして実機の発生トルクや衛星構体の質量分布を考慮に入れたTSUBAME専用の姿勢シミュレータを開発し、入念に検証試験を重ねてきました。衛星の出荷前に行ったCMGによる姿勢制御の検証実験では、磁気トルカを用いた場合に数時間もかかるような大角度姿勢変更を、ほんの数十秒以内に実現できることを確認しています。TSUBAMEの姿勢系制御コンピュータには複数の制御則が実装されており、実際の宇宙環境において様々な姿勢変更実験を行う予定です。これによりCMGによる姿勢制御技術を確立し、後述の天体観測ミッションや地球観測ミッションの成功を目指します。
太陽の数十倍以上の質量をもつ大質量星が燃え尽きるとき、超新星爆発に伴ってブラックホール[用語3] が生成されると考えられています。これまでに、ブラックホールだと考えられている天体は数多く発見されているものの、その生成メカニズムはいまだ謎に包まれています。TSUBAMEはこの「ブラックホールが誕生する瞬間」の極限の物理現象を探るために、東工大の超小型衛星 Cute-1.7+APD 2号機にて世界初の宇宙動作実証に成功したアバランシェ・フォトダイオードや、浜松ホトニクスと開発してきた高感度な宇宙用マルチアノード光電子増倍管を使った、小型ながら高性能なX線・ガンマ線検出器[用語2] を搭載しています。
TSUBAMEのメイン・ターゲットは、「ガンマ線バースト(GRB)」と呼ばれるブラックホールが誕生する瞬間に見られるガンマ線の強烈な閃光現象です。現在では、星の爆発によるエネルギーが「ジェット状に細く収束し相対論的な速度の爆風として射出されている」というモデルで説明されているのですが(図4)、
という根本的な疑問に対する答えは依然として得られていません。
これらの問題を解決するのが難しい理由の一つは、対象天体が数億光年から百億光年というきわめて遠い宇宙にあるために、小さすぎて直接構造を観察することができないことです。
このガンマ線バーストの爆心に迫るために有効だと考えられているのがX線偏光観測です[用語4] 。偏光(電波の場合は偏波)とは、光子ごとの電場ベクトルの方向が一様にそろっている状態のことを意味します。実はこの偏光の「度合い」と「向き」は、放射源の磁場に密接に関連しているため、逆に天体からの放射の偏光度を測定することで天体内部の磁場の情報を知ることができるという訳です。研究グループではGRBの爆心近傍でどのような現象が起こっているのかをこの偏光測定によって解明していく予定です。
GRBの観測が難しい更なる理由は、いつ・どこで起こるのか予測ができないことと、放射継続時間がとても短いという点です。TSUBAMEには偏光計の他にGRBの検出・位置決めを行う広視野バーストモニタを搭載しています。これらの装置と高速姿勢制御装置が協調して自律的に動作することにより、継続時間の短い GRB の偏光観測を瞬時に実現します。
近年、地震などの大規模災害や原子力発電所の事故など、人工衛星を用いた宇宙からの災害監視の関心が高まっています。こうした宇宙からの災害監視を非常に低コストで実現することができれば、多くの衛星を連携して連続して情報を取得するなど、より詳細な状況把握が実現できると考えられます。
東京理科大学 木村研究室では、デジタルカメラや携帯電話などに使われている安価で高性能な民生部品を宇宙で活用することで、低コストで高機能な宇宙用カメラの開発を行ってきました。こうした技術はJAXAが開発した世界初の「ソーラー電力セイル技術実証機 IKAROS」などでも活用され、IKAROSの膜面展開の様子を小型分離カメラで撮影することに成功しています。なお、この小型分離カメラのスピン分離機構を含むシステム設計、開発、試験には、東京工業大学・松永研が全面的に協力・実施しました。
今回、東京工業大学の超小型大学衛星 TSUBAMEの開発に参加することで、民生技術の宇宙利用に関する技術を地球監視技術に応用すべく、超低コスト小型衛星搭載地球監視カメラ CANAL-1を開発しました。今回は光学系のサイズに制約があるものの、本実験で実証された技術をさらに長焦点の光学系と組み合わせることで、さらなる高解像度の画像取得も可能となり、さらにCMGの高速な姿勢制御と組み合わせることで、任意の観測ポイントを自在に監視することを可能にします。この様なフレキシブルな運用はこれまでに例が無く、衛星からの地球監視技術に大きな変革をもたらす第一歩といえます。
TSUBAME衛星はヤスネ宇宙基地のサイロ(地下発射装置)から、ドニエプルロケットの第3段の下部に組み込まれて打上げられました。TSUBAMEは打ち上げから約15分後、インド洋上空にてロケットから分離され、現在は高度約500kmの太陽同期軌道を周回しています。
TSUBAMEにはアマチュア無線帯の送信機が搭載されており、分離直後から衛星の動作状態をモールス信号で常に送信しています。宇宙システム用には、通常、大掛かりで費用が嵩む高信頼性の専用通信設備を構築しますが、超小型衛星の分野では民生に流布するアマチュア無線機器を用いた通信設備がよく使用されています。低費用である一方、都心では妨害電波に悩まされることや通信レートを上げられないという超小型衛星の大きな弱点の一つとなっていますが、これを補う目的でTSUBAMEチームは全世界のアマチュア無線家に衛星からの電波受信を呼びかけました。これに対し、国内外を問わず多くの無線家の方々が即座に対応してくださり、打ち上げから約2時間後にドイツ上空で衛星の動作が確認されました。その後、日本時間20:50には東京付近を通過し、東工大地上局で開発チームもモールス信号によるデータ受信に成功しています。取得したデータを解析した結果、衛星は分離後直ぐに太陽電池パネルを展開し、パネルを太陽に向けてほぼ安定した姿勢を維持していると予想されます。
電源電圧も正常であり、これまでのところ順調に機能していることが確認されました。
今後、数週間にわたり衛星の搭載装置に順次電源を入れ、全ての装置が正常動作していることを確認します。その後、本格的な姿勢制御実験や天体観測・地球観測を行っていく予定です。また、高レート受信を行うため、JAXA宇宙研の小型衛星管制局設備の使用も予定しています。
このページは2014年11月7日現在の情報に基づいて構成されています。
最新の運用情報はTSUBAME運用ブログにてご覧いただけます。
用語説明
[用語1] コントロールモーメントジャイロ(CMG) : 高速で回転しているコマの回転軸の向きを変えることでトルク(ジャイロトルクと呼ばれる)を発生する装置。サイズに比較して高トルクを発生できることが特徴であり、複数個組み合わせて、衛星の姿勢を迅速に制御できる。
[用語2] X線・ガンマ線 : 非常にエネルギーの高い電磁波の一種。電波や我々の目に見える光も電磁波の一種であり、可視光の約1000倍以上のエネルギーを持つ電磁波をX線、さらにエネルギーの高いものをガンマ線と呼ぶ。
[用語3] ブラックホール : きわめて高密度で大質量のため、重力によって光さえも脱出できない天体。有名な候補天体として はくちょう座のX線源Cygnus-X1などが知られている。
[用語4] 偏光 : 電磁波の電場および磁場が特定の方向にのみ振動する光のこと。X線偏光観測ではこの電場ベクトルの方向と偏りを測定することにより、放射源付近の磁場の状態に制限を与えることができる。
詳細情報
本ミッションに関する詳細情報は以下のWebページで公開されております。
TSUBAMEプロジェクト 主に衛星バスシステム
超小型 硬X線偏光観測衛星TSUBAMEの開発 ガンマ線センサシステム
Kimura-Lab.net CANAL-1
TSUBAME運用ブログ 最新の運用情報
お問い合わせ先
衛星バスシステム
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 教授
東京工業大学 大学院理工学研究科 連携教授
松永三郎
Tel: 050-3362-4879
Email: matunaga.saburo@jaxa.jp
Tel: 03-5734-3176
Email: Matunaga.Saburo@mes.titech.ac.jp
ガンマ線センサシステム
東京工業大学 大学院理工学研究科 助教
谷津陽一
Tel: 03-5734-2388
Email: yatsu@hp.phys.titech.ac.jp
地球観測用高解像度可視光カメラシステム
東京理科大学 理工学部 教授
木村真一
Tel: 04-7122-9546
Email: skimura@rs.noda.tus.ac.jp