研究

東工大ニュース

半導体トランジスタ中の欠陥でコヒーレンス制御に成功―ノイズの原因だった欠陥から新たな現象を発見―

2016.10.20

要点

  • 半導体トランジスタの特性を低下させる欠陥のコヒーレント制御に成功
  • トランジスタ電流とマイクロ波が共鳴することで従来と比較して3桁長いコヒーレンス時間(1~40 μ秒)を実現
  • 欠陥による量子2準位系は将来の量子コンピュータ[用語1]への応用が可能

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 量子ナノエレクトロニクス研究コアの小田俊理教授、テノリオ・パール・J・O特任助教、E・D・ハーブシュレブ日本学術振興会外国人特別研究員の研究グループは、ケンブリッジ大学工学部のW・I・ミルン教授(世界トップレベルの海外大学教員招聘プログラムで東工大に滞在中)と共同で、半導体デバイスである電界効果トランジスタ(FET)の酸化膜中の欠陥について、通常ノイズとして扱うところを、注意深く制御し、それがコヒーレンス時間[用語2]の長い2準位状態[用語3]になることを発見した。この2準位状態は、既存のスーパーコンピュータを凌駕する計算能力を持つ量子コンピュータへの応用が期待される。

この成果は、2016年9月19日発行のNature Materials誌オンライン版に掲載された。

背景

電界効果トランジスタ(FET)の半導体/酸化膜界面の欠陥は、電子をトラップ(捕獲)して動かなくするため、半導体デバイスの性能を低下させるという問題がある。特に微細FETや低温下での動作では、欠陥によるトラップへの電子の出入りで電流が顕著に変化するため、それが大きなノイズ源となり、対策が求められていた。

近年、従来のスーパーコンピュータでは何年もかかる計算が、量子コンピュータを使用すると短時間で可能になることがわかってきた。量子コンピュータの実現のためには、安定した量子2準位系と長いコヒーレンス時間を実現することが必要だった。

研究の経緯

小田俊理教授は長年、ケンブリッジ大学 工学部のW・I・ミルン教授(世界トップレベルの海外大学教員招聘プログラムで東工大に滞在中)と共同研究を実施してきた。2014年にケンブリッジ大学 ミルン教授の研究室で博士の学位を取得したテノリオ・パール・J・O博士は、学位取得後直ぐに小田研究室の特任助教に採用され、同じくケンブリッジ大学で博士を取得しJSPS外国人特別研究員として小田研究室に滞在中のE・D・ハーブシュレブ博士と協力して、電界効果トランジスタにおけるゲート酸化膜中の欠陥が作る電子状態とマイクロ波の相互作用を低温下で測定した。欠陥は電子をトラップ(捕獲)して動かなくするため、半導体デバイスの性能を低下させ、トラップへの電子の出入りは、ノイズとして取り扱われる。しかし、トラップの性質を注意深く制御すると、コヒーレンス時間の長い2準位状態になることを発見した。

研究成果

今回、図(a)に示すFETを作製した。半導体/酸化膜界面に多くの欠陥準位を導入するため、酸化膜の素材にはTiO2やAl2O3を用いた。実験では、温度が80 Kの時、電極(ソース・ドレイン電極[用語4])間のチャネルを流れる電流が図(b)に示すように時間の経過と共に大きくなったり小さくなったりする。これはランダムテレグラフノイズ(RTN)と呼ばれる。

図(b)上部に示すように、欠陥準位に電子が捕獲された状態と解放された状態で電流の輸送経路が変わるためにRTNが発生する。さらに4.2 Kに冷却すると熱エネルギーが小さくなるため、RTNは凍結されてほとんど観測されなくなる。この状態で、周波数0.8~2.5 GHzのマイクロ波を照射したときのチャネル電流を図(c)に示した。マイクロ波と欠陥にある電子との共鳴現象により電流が極端に増加して、Q値[用語5]が100,000におよぶ鋭い共鳴ピークを示した。このピークの位置は大変安定で、数日間放置しても変わらなかった。図(c)に周波数スケールを拡大表示したが、ピークの形状はファノ型とローレンツ型[用語6]に分類することができる。

図(d)にはAl2O3試料の状態密度分布(赤)、電流分布(青)およびコヒーレンス時間(挿入図)のヒストグラムを示した。TiO2試料の場合にはコヒーレンス時間は1~40 μ秒に達し、これまでに発表された電荷ベースQubit(100ナノ秒)と比較して3桁大きい値を示している。これは、将来の量子コンピュータへの応用が期待できる特性である。

(a)本研究で用いた電界効果トランジスタの模式図。(b)欠陥(トラップ)に捕獲された電子とマイクロ波の相互作用により、トランジスタチャネルの電流経路が変化する様子の模式図(上)とトラップに出入りする電子による電流の時間変化、80 Kで測定(下)。(c)チャネル電流の広帯域マイクロ波スペクトル。4.2 Kで測定。鋭いスパイク状の電流変化は高分解能プロット(挿入図)でファノ型とローレンツ型に分離される。(d)状態密度分布(赤)と電流分布(青)およびコヒーレンス時間(挿入図)のヒストグラム。
図.
(a)本研究で用いた電界効果トランジスタの模式図。
(b)欠陥(トラップ)に捕獲された電子とマイクロ波の相互作用により、トランジスタチャネルの電流経路が変化する様子の模式図(上)とトラップに出入りする電子による電流の時間変化、80 Kで測定(下)。
(c)チャネル電流の広帯域マイクロ波スペクトル。4.2 Kで測定。鋭いスパイク状の電流変化は高分解能プロット(挿入図)でファノ型とローレンツ型に分離される。
(d)状態密度分布(赤)と電流分布(青)およびコヒーレンス時間(挿入図)のヒストグラム。

今後の展開

FET中の欠陥のミクロな起源について解明していく必要がある。それは、高いQ値の共鳴現象が材料由来ではなく、また、長いコヒーレンス時間を持つことからミクロな起源の候補は絞られるが、さらに研究が必要となる。

今後は、今回発見した現象を活用して量子コンピュータを実現するため、ラビ振動[用語7]の観測や量子ゲート[用語8]の動作、エンタングルメント[用語9]の観察などを行っていく。

用語説明

[用語1] 量子コンピュータ : 通常のコンピュータは“1”と“0”の2値で逐次的に計算するが、量子コンピュータでは“1”と“0”の重ね合わせ状態で計算するので、複雑な計算を短時間で処理することができる。

[用語2] コヒーレンス時間 : 量子干渉状態が光や電子との衝突によって壊れるまでの時間。この時間内に演算を行う必要がある。

[用語3] 2準位状態 : 物理的に明確に定義できる2つのエネルギー準位の重ね合わせが、量子計算の最小単位(量子ビット)になる。

[用語4] ソース・ドレイン電極 : MOS(金属/酸化物/半導体)型FETでは、金属(ゲート)電極に電圧を掛けると、半導体のソース電極およびドレイン電極の間に電子が湧いてチャネルが形成される。

[用語5] Q値 : 共鳴スペクトルピークの鋭さを表す。不純物による散乱があるとQ値は低くなる。

[用語6] ファノ型とローレンツ型 : ローレンツ型は左右対称のスペクトルピークであるのに対し、ファノ型は、トラップされた電子以外の原因による低Q値ピークの影響を受けて非対称なピークを形成する。

[用語7] ラビ振動 : 2準位系の電子がマイクロ波の刺激に共鳴して基底状態と励起状態の間で振動を起こす現象。

[用語8] 量子ゲート : 古典コンピュータが論理ゲートで演算するように、量子コンピュータでは量子ビットを組みあわせた量子ゲートで計算を行う。

[用語9] エンタングルメント : 離れた場所にある2個の粒子の状態が“1”と“0”の重ね合わせの状態にあり、一つの粒子の状態を測定して“1”と判ったとき、離れた場所にいる他方の粒子の状態は“0”に確定するという、量子力学に特有な現象。

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
Observation and coherent control of interface-induced electronic resonances in a field-effect transistor
(和訳:電界効果トランジスタ中の界面電子共鳴の観測とコヒーレント制御)
著者 :
Jaime Oscar Tenorio-Pearl1, 2, Ernst David Herbschleb1, Stephen Fleming2, Celestino Creatore3, Shunri Oda1, William Milne1,2, and Alex Chin3
所属 :
1Quantum Nanoelectronics Research Center, IIR, Tokyo Institute of Technology.
2Electrical Engineering Division, Department of Engineering, University of Cambridge.
3Cavendish Laboratory, University of Cambridge.
DOI :

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