研究

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金原子接点を用い両極性の電池創生に成功 ―排熱を電気に変える単一材料の高性能熱電素子実現へ―

2017.08.24

要点

  • 金原子接点に温度勾配をかけることで、正および負の電圧を発生させることに成功
  • 金原子接点を圧縮、伸長させ、可逆的に発生する電圧の極性、大きさを自在に制御
  • 可逆的な両極性の電圧発生はAu原子接点内の電子波の干渉効果に由来

概要

東京工業大学 理学院 化学系の相場諒大学院生(修士2年)、金子哲助教、木口学教授らのグループは、金原子接点に温度勾配をかけることにより、正および負両方の極性の電圧を自在に発生させることに成功した。単一物質で熱による発電を実現したもので、理論的な解析により、金原子接点内に形成される電子波が干渉し、両極性の様々な電圧が発生することを明らかにした。

金原子接点は超高真空・極低温(-260 ℃)の環境下において、金細線を伸長させて作製した。金細線の両端にヒーターと温度計を取り付け、温度勾配を金原子接点に与えながら、電気伝導度と熱によって発生する起電力を同時に計測した。その結果、熱起電力[用語1]の極性およびその大きさを、金原子接点の構造をわずかに変えることにより自在に制御できた。

両極性の熱起電力を単一物質で発生できたため、今後は正負の熱起電力を発生する原子接点を複数連結し、システムとして発生する電圧を増大させて、排熱から電気を発生させる熱電変換素子への応用に取り組む。

研究成果は2017年8月11日発行の英科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

金原子接点を用いた両極性の熱起電力発生の概念図

図1. 金原子接点を用いた両極性の熱起電力発生の概念図

研究の背景

物質に温度勾配を与えると、物質内の電子の運動性が位置によって変化し、物質の両端に電圧が発生する。この熱により発生する電圧は熱起電力と呼ばれ、排熱を電気に変換する熱電変換素子に応用されている。一つの材料で発生する熱起電力の大きさはマイクロボルト(μV =10-6 V)オーダーと小さい。このため、実際の熱電変換素子[用語2]は正負の熱起電力を発生する材料を交互に積層させて、実用に耐える電圧を発生させている。

したがって熱電変換素子の開発は正負両方の熱起電力を発生させる材料開発が不可欠である。これまで熱電材料として用いられてきた物質は発生する熱起電力の符号は材料物質によって一意に決まっており、単一の材料から正負両方の熱起電力を発生させることは困難だった。

研究成果

東工大の相場大学院生らは、単原子・単分子レベルの材料では熱起電力がその電子状態に敏感に応答することに着目し、構造を変えることにより熱起電力の符号、大きさを変調させることに挑戦した。対象の物質として、熱起電力を決定づける電子状態が構造によって敏感に変わることが期待される金を採用した。

図2に金(Au)原子接点の作製および熱起電力の作製装置の概念図を示す。超高真空、-260 ℃の極低温において、Au線を固定した弾性基板を後ろから押し曲げることで破断させた。割りばしを折り曲げて割るイメージである。押す力をコントロールすることで、Au線の伸長距離を精密に制御し、Au原子接点を作製した。

Au原子接点の太さや長さは、弾性基板の湾曲具合を変えることで、制御できる。基板を曲げながら、Au線の両端に電圧を与え、流れる電流を計測することで、最も細くなっている部分、つまり原子接点の伝導度を決定し、原子接点の形成を確認した。

熱起電力の測定は、Au線の片側をヒーターで加熱してAu原子接点に温度勾配を与え、発生する電圧を計測した。実験では、伝導度と熱起電力を交互に計測することにより、Au原子接点の状態を確認しながら、熱起電力を計測した。

Au単原子接点を作製する装置の概念図。弾性基板上に固定したAu線を、基板を湾曲させることで破断し、Au原子接点を作製。下は破断後に計測した接合近傍の電子顕微鏡像

図2. Au単原子接点を作製する装置の概念図。弾性基板上に固定したAu線を、基板を湾曲させることで破断し、Au原子接点を作製。下は破断後に計測した接合近傍の電子顕微鏡像

図3はAu原子接点の圧縮、伸長を繰り返した際の原子接点の熱起電力と電気伝導度の同時計測結果である。電極間距離を1 nm(ナノメートル)程度変化させるだけで、熱起電力が可逆的に、正負の符号反転を伴いながら400%も変化する様子が観測された。Auという単体の物質で、正負両方の電圧を発生させることに初めて成功した。

ちなみに、伸長、圧縮に伴ってAu原子接点の電気伝導度も変化しているが、その変化量は44 %にとどまっている。ここで電極間距離の変位を0.1 nmまで減少させても、400%を超える熱起電力変化は観測された。なお伝導度変化は5%まで減少した。Au原子接点の熱起電力が電気伝導度と比較して、構造変化に敏感に応答していることが分かる。

Au原子接点に発生した熱起電力は、電極間距離を一定に保つと、40分以上変化しなかった。そして圧縮、伸長を繰り返すと30回以上、図3に示すように二値の間を可逆的にスイッチし、優れた特性を示した。さらに詳細な計測を行うことで、Au原子接点が細くなるほど、構造変化に対する熱起電力の応答性が向上することが明らかになった。

Au原子接点の直径を0.5 nmから0.25 nmにすると、熱起電力の変化量は2倍に増加した。また構造変化量に対する変化量の関係も、電気伝導度と熱起電力では異なった。電気伝導度は変位量に従って単調に増加するが、熱起電力は0.1 nmのわずかな変位でも400%近い変化を示した。そして0.5 nm以上の変位では変化量が一定になった。電気伝導度が接合の太さに依存するのに対し、熱起電力が接合の太さに依存しないことに由来している。

左はAu原子接点を機械的に伸長、圧縮させた際の熱起電力(VT)と伝導度(G)の同時計測結果の例。一番下は電極の変位の大きさを示す。伸長、圧縮を繰り返すことで、熱起電力が正負反転して、可逆的に変化している様子が分かる。右は対応する原子接点の概念図

図3. 左はAu原子接点を機械的に伸長、圧縮させた際の熱起電力(VT)と伝導度(G)の同時計測結果の例。一番下は電極の変位の大きさを示す。伸長、圧縮を繰り返すことで、熱起電力が正負反転して、可逆的に変化している様子が分かる。右は対応する原子接点の概念図。

Au原子接点から両極性の熱起電力が発生するのは、Au原子接点内の量子的な干渉効果によって説明できる。図4aに示すように、金の原子接点内を電子が左から右に流れる状況を考える。右に進む電子の一部は、接点近傍に存在する欠陥により後方散乱され、左に進む。一度散乱された左向きの電子がまた別の欠陥に散乱されると、電子は右に進む。散乱されなかった電子と2回散乱された電子が互いに干渉することになる。

原子接点の構造を変えることにより、欠陥の間の距離が変わり、電子の干渉の様子が変化する。この電子の干渉により、電子が原子接点を透過する確率が変化する。図4efに、2つの異なる構造をもつAu原子接点における電子の透過率の計算結果を示す。透過率はすべてのエネルギー領域でおおよそ1であるが、干渉の効果により一部、1より小さな値となっている。どのエネルギーで大きく変化しているかは構造に依存している。

a)Au原子接点における電子波の干渉の様子。接合をそのまま透過する電子波と、接点近傍の欠陥により2回散乱された電子波が干渉する。(b)接点近傍の欠陥の間隔を変えた場合の干渉の様子(c,d)異なる構造をもつAu原子接点のモデル構造(e,f) Au原子接点における電子の透過率のエネルギー依存性(g,h) Au原子接点における熱起電力のエネルギー依存性。フェルミ準位における透過率曲線のエネルギー微分に対応する

図4. (a)Au原子接点における電子波の干渉の様子。接合をそのまま透過する電子波と、接点近傍の欠陥により2回散乱された電子波が干渉する。(b)接点近傍の欠陥の間隔を変えた場合の干渉の様子、(c,d)異なる構造をもつAu原子接点のモデル構造、(e,f)Au原子接点における電子の透過率のエネルギー依存性、(g,h)Au原子接点における熱起電力のエネルギー依存性。フェルミ準位における透過率曲線のエネルギー微分に対応する。

Au原子接点の熱起電力は、フェルミ準位[用語3]における透過率曲線のエネルギー微分に対応する。図4ghに熱起電力の計算結果を示したが、構造をわずかに変えるだけで熱起電力の符号が反転していることが分かる。つまり、Au原子接点の構造を変えることで、電子状態を変調させ、熱起電力の符号、大きさを制御したことになる。

今後の展望

今回の研究により、単一の物質を用いて、正負の熱起電力を発生させることができた。今後、正負の熱起電力を発生させるAu原子接点を交互に積層することで、大きな熱起電力を発生させることに取り組む。これにより、同一の物質を使って、排熱から電気を生みだす熱電変換素子への応用が期待できる。

また今回、単原子を用いて熱起電力の符号反転を含む制御に成功した。今後、原子から分子への展開を考えている。分子の軌道はエネルギー的に局在しており、大きな熱起電力の発生や熱起電力の変調に有利な電子構造となっている。単分子を金属電極間に架橋させた単分子接合を用いて、巨大な熱起電力の発生、熱起電力の制御が期待できる。

単分子接合に圧力を加えることで、金属と分子の接合界面の構造を変調し、単分子接合の電子状態を変化させる。これにより、単分子接合の熱起電力も変調するはずである。分子、電極金属、加える圧力を最適化することで、既存の物質を超えた巨大な熱起電力、熱起電力の制御に挑戦する計画である。

用語説明

[用語1] 熱起電力 : 物質の両端に温度差を与えたときに発生する電圧を表す。単原子、単分子接点では、熱起電力は接点を流れる電子の透過率τの関数として以下の式で表現できる。

熱起電力

ここで、kbはボルツマン定数、Tが温度、eが電荷素量、EFがフェルミエネルギーである。熱起電力はフェルミエネルギーにおける透過率のエネルギー微分に比例する。透過率の対数のエネルギー微分であるので、透過率の大きさには依存しない。このため、接点の太さに熱起電力はあまり依存しない。

[用語2] 熱電変換素子 : 熱を電気に変換する素子。大きな電圧を取り出すため、下図に示すようにp型半導体とn型半導体を組み合わせて使用されることが多い。p型半導体では高温側が負、n型半導体側が正の電圧が発生する。したがって、高温側でp型半導体とn型半導体を電気的につなぐと、低温側でp型半導体に接続した電極1、n型半導体に接続した電極2の間にp型、n型半導体で発生した熱起電力の和の電圧が発生する。このようにp型、n型半導体を配列していくと大きな電圧を発生させることができる。

熱電変換素子

[用語3] フェルミ準位 : 物質の軌道に電子をつめていって、電子によって占められた軌道のうちで最高の軌道のエネルギーを示す。0 K(絶対零度)においては化学ポテンシャルと一致する。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports, 7, 7949.
論文タイトル :
Controlling the thermoelectric effect by mechanical manipulation of the electron's quantum phase in atomic junctions
著者 :
Akira Aiba1, Firuz Demir2,3, Satoshi Kaneko1, Shintaro Fujii1, Tomoaki Nishino1, Kazuhito Tsukagoshi4, Alireza Saffarzadeh2,5, George Kirczenow2, Manabu Kiguchi1
所属 :
1Department of Chemistry, Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8551, Japan
2Department of Physics, Simon Fraser University, Burnaby, British Columbia, Canada V5A 1S6
3Physics Department, Khalifa University of Science and Technology, P.O. Box 127788, Abu Dhabi, UAE
4National Institute for Materials Science, Tsukuba, Ibaraki 305-0044, Japan
5Department of Physics, Payame Noor University, P.O. Box 19395-3697 Tehran, Iran
DOI :

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