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反芳香族分子の電子伝導性を単分子レベルで実証 ―芳香族の20倍以上高く、電子素子などへの応用に期待―

2017.07.21

要点

  • π電子の数が4n個である反芳香族分子の電子伝導性を単分子レベルで計測。
  • 類似構造の芳香族分子と比較して反芳香族分子は20倍以上高い伝導性を示す。

概要

東京工業大学 理学院 化学系の藤井慎太郎特任准教授、木口学教授、名古屋大学大学院工学研究科の忍久保洋(しのくぼ ひろし)教授らのグループは、反芳香族分子の高い電子伝導性を単分子レベルで計測することに世界で初めて成功した。類似の構造をもち、π電子[用語1]の数が4n+2個である芳香族分子と比較して、反芳香族分子は20倍高い伝導性を示した。また電気化学の力をかりて、反芳香族分子の伝導性をさらに1桁近く向上させることも実現した。

走査型トンネル顕微鏡(STM)[用語2]を用いて、STM探針と金基板の間に1分子の反芳香族分子ノルコロール[用語3]をはさみこむことで、単一の反芳香族分子の電気伝導度を決定した。反芳香族分子の優れた電子伝導性が単分子レベルで明らかとなったことにより、反芳香族分子を用いた微小電子デバイス、有機エレクトロニクス、電池への利用が期待できる。

反芳香族分子とは平面構造を有する環状のπ分子であり、分子物性を決定づける分子内に広がったπ電子を4n個もつ。反芳香族分子は高い反応性、電子伝導性を示すことが期待される一方、天然には存在しない不安定な化合物で、その伝導性はこれまで明らかではなかった。

研究成果は2017年7月19日発行の英科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」に掲載された。

背景

π電子は分子の伝導性や磁性など分子物性の源である。このπ電子が環状に並んだπ分子では、その構造的な特徴から図1に示すように、最低のエネルギー位置に1つの分子軌道[用語4]、その上にエネルギーの等しい分子軌道が2つずつ並んでいる。1軌道あたり電子を2個収容できるため、π電子の数が4n+2 (n:0を含む正の整数)の時に安定となる。この4n+2個のπ電子をもつ環状分子の性質を芳香族性といい、芳香族分子は香料、染料、電子材料など身の回りの様々なところで利用されている。

これに対し、π電子が4n個の反芳香族分子は、天然には存在しない不安定な分子である。一方、不安定であるということは、逆に高い反応性、優れた電子伝導性、特異な磁気的性質を示すことが期待でき、電池材料などへの応用も期待されている。しかしながら、反芳香族分子は、その高い反応性から単離が難しく、分子レベルで反芳香族分子の高い伝導性を実証した研究は行われていなかった。

環状π分子の分子軌道エネルギー。芳香族分子であるベンゼンの例(n=1)。

図1. 環状π分子の分子軌道エネルギー。芳香族分子であるベンゼンの例(n=1)。

研究成果

図2に、名古屋大学の忍久保教授らのグループにより合成された16個のπ電子を含む反芳香族分子ノルコロールの分子構造を示す。金基板との接着性をよくするため分子の両端に硫黄原子を導入している。反芳香族分子ノルコロール、比較対象として類似の構造をもつ18個のπ電子を含む芳香族分子ポルフィリンについて、STMを用いて単分子計測を行った。

ノルコロール(反芳香族分子)およびポルフィリン(芳香族分子)の分子構造

図2. ノルコロール(反芳香族分子)およびポルフィリン(芳香族分子)の分子構造

室温で分子を含む溶液に金基板を浸漬させることで、金表面上に分子を吸着させた。STM探針を、分子を吸着させた基板にぶつけて、引き離すプロセスを繰り返し、探針を引き離す際の電気伝導度計測を行った。探針を基板にぶつけることで、金接点が探針と基板間に形成される。探針を引き離すことで、金接点が破断し、分子スケールのギャップが形成される。表面上に吸着した分子がギャップまで拡散し、針と基板間のギャップを架橋することで分子接合が形成される。さらに探針を引き離すことで、架橋分子数が1つずつ減少し、最終的には1つの分子を架橋させることができる。

図3に計測した単分子の伝導度計測結果を示す。図は探針を引き離す際の電気伝導度をヒストグラムの形で表現したもので、ピーク値が最も高頻度で観測される単分子の電気伝導度に対応する。反芳香族分子の伝導度は4.2×10-4G0、芳香族分子の伝導度は1.7×10-5G0だった。ここで、G0量子化コンダクタンス[用語5](2e2/h=77.5μS)であり、金1原子の電気伝導度に対応する。以上の計測から、反芳香族分子が芳香族分子と比較して20倍近く伝導性が高いことが分かった。世界で初めて反芳香族分子の高い電子伝導性を単分子レベルで実証することに成功した。

ノルコロールとポルフィリン単分子電気伝導度の計測結果。数1,000個の伝導度計測結果を積算してヒストグラムの形で表示している。ピーク値が最も代表的な単分子伝導度に対応。
図3.
ノルコロールとポルフィリン単分子電気伝導度の計測結果。数1,000個の伝導度計測結果を積算してヒストグラムの形で表示している。ピーク値が最も代表的な単分子伝導度に対応。

さらに、反芳香族分子の高い電子伝導性の起源を実験的に明らかにするために、電極間電圧を連続的に変化させ、単分子を流れる電流を計測した。単分子の電流―電圧特性は、伝導を担う分子軌道が一つであることを仮定すると、分子軌道と金属電極のフェルミ準位[用語6]のエネルギー差を求めることが出来る。図4(a)に反芳香族分子ノルコロール、図4(b)に芳香族分子ポルフィリンの電流―電圧特性、図4(c)に実験的に決定したそれぞれの分子におけるエネルギー関係を示す。

芳香族分子のポルフィリンでは分子軌道がフェルミ準位から0.8 eVの位置にあるのに対し、反芳香族分子であるノルコロールでは0.5 eVと、フェルミ準位に、より近い位置にあることが分かる。

単分子を流れる電子は、分子軌道とフェルミ準位のエネルギー差に相当する障壁を感じて伝導する。このことから、反芳香族分子の方が障壁が低く、効率的に電子を伝導したことになる。並行して、第一原理計算[用語7]に基づいた電子輸送シミュレーションを行い、実験的にもとめた電子状態、伝導特性を定量的に再現することができた。

(a)ノルコロールおよび(b)ポルフィリン単分子の電流―電圧特性。計測結果を散布図の形で表示。(c)単分子の電流―電圧特性から求めたAu電極に架橋した単分子の電子状態。LUMO(最低空軌道)の位置を表示している。
図4.
(a)ノルコロールおよび(b)ポルフィリン単分子の電流―電圧特性。計測結果を散布図の形で表示。(c)単分子の電流―電圧特性から求めたAu電極に架橋した単分子の電子状態。LUMO(最低空軌道)の位置を表示している。

反芳香族分子の高い電子伝導性が明らかになったので、さらに伝導特性を向上させるため、電気化学を利用することで伝導度の変調を試みた。電気化学では、電気化学電位により電極のフェルミ準位を上下させ、分子軌道とフェルミ準位のエネルギー差を制御することが出来る。図5(b)に反芳香族分子ノルコロールの単分子電気伝導度の電気化学電位依存性を示す。負電位にすることで、伝導度が1桁近く増大した。負電位にすることで金属電極のフェルミ準位が上昇し、分子軌道に近づいた。これにより、電子の感じる障壁が下がり、伝導性を向上させることができた。

(a)電気化学系における単分子伝導度計測の概念図。金属電極のフェルミ準位を分子軌道に対して相対的に変えることが出来る。(b)ノルコロール単分子電気伝導度の電気化学電位依存性
図5.
(a)電気化学系における単分子伝導度計測の概念図。金属電極のフェルミ準位を分子軌道に対して相対的に変えることが出来る。(b)ノルコロール単分子電気伝導度の電気化学電位依存性

今後の展開

反芳香族分子は、高い伝導性を示すことが期待されていたが、反芳香族分子の不安定性のため研究は進んでいなかった。本研究により、反芳香族分子の高い電子伝導性を単分子レベルで実証することに初めて成功した。今後、反芳香族分子の優れた電子特性を電池や電子素子などへ応用することが期待される。

単分子に素子機能を賦与する単分子素子は、シリコン電子素子に替わり得る次世代微小電子素子として注目を集めている。現在、様々な単分子素子が開発されつつあるが、そのほとんどで芳香族分子が使われており、伝導性はあまり高くない。今回、反芳香族分子を用いることで、伝導性の高い単分子素子を作る道筋を切り開くことが出来た。今後、微小電子素子における結線材料としての応用が期待できる。

用語説明

[用語1] π電子 : π結合をつくっている電子。二重結合の一方はσ結合,もう一方はπ結合である。σ電子はσ結合をつくり、原子どうしを連結させて分子骨格を形づくるのに対し、π電子は分子の発色、発光、電子物性、磁性などの電子的性質を担う。

[用語2] 走査型トンネル顕微鏡(STM) : 金属の探針で導電性の基板をなぞることで、表面形状を原子レベルで観測することができる顕微鏡。金属探針と基板の間に電圧を与えた状態で、探針を基板に数nm以下に近づけると、探針と基板間の間に電流(トンネル電流)が流れるようになる。トンネル電流は探針と基板の間の距離に敏感に変化するので、電流の変化を計測することで、表面の凹凸を原子レベルで計測することが可能である。

[用語3] ノルコロール : 4n+2個のπ電子をもつ芳香属性ポルフィリンから2つの炭素(2つのπ電子)を取り除いた4n個のπ電子をもつ反芳香族性分子。一般に反芳香族性分子は非常に不安定であるが、ノルコロールニッケル錯体は空気中で安定に取り扱い可能な世界初の16π電子反芳香族化合物である。

[用語4] 分子軌道 : 原子軌道の相互作用により新たにできた分子内に広がった軌道。

[用語5] 量子化コンダクタンス(G0 : 導線の大きさが原子スケール(フェルミ波長程度)まで小さくなると、導線を流れる電子の伝導度がG0=2e2/hを単位として量子化される。eは電子の電荷、hはプランク定数である。

[用語6] フェルミ準位 : 軌道に電子をつめていって、電子によって占められた軌道のうちで最高の軌道のエネルギーを示す。0 K(絶対零度)においては化学ポテンシャルと一致する。

[用語7] 第一原理計算 : 実験データや経験パラメーターを使わない理論計算。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Highly-conducting molecular circuits based on antiaromaticity
著者 :
Shintaro Fujii1, Santiago Marqués-González1, Ji-Young Shin2, Hiroshi Shinokubo2, Takuya Masuda3, Tomoaki Nishino1, Narendra P. Arasu4, Héctor Vázquez4, Manabu Kiguchi1
所属 :

1Department of Chemistry, Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8551, Japan

2Department of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering, Nagoya University, Aichi 464-8603, Japan

3Global Research Center for Environment and Energy Based on Nanomaterials Science (GREEN), National Institute for Materials Science (NIMS), Tsukuba 305-0044, Japan

4Institute of Physics, Academy of Sciences of the Czech Republic, Cukrovarnicka 10, Prague CZ-162 00, Czech Republic

DOI :

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