研究

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お椀状分子の配向を単分子レベルで自在に制御することに成功―100テラビットを超える省電力高密度メモリー実現に道―

2016.09.15

要点

  • お椀の形状をもつスマネン分子を金表面に吸着、単分子レベルで配向を制御
  • 分子配向による伝導度の違い利用し、分子1個が記録素子に
  • 1平方インチあたり600テラビットの不揮発性メモリーが可能に

概要

東京工業大学 理学院 化学系の藤井慎太郎特任准教授、木口学教授、大阪大学の櫻井英博教授らのグループは、フラーレンの一部を切り出したお椀形状をもつ分子「スマネン[用語1]」を用い、単分子レベルで分子の配向を自在に制御することに成功した。金の表面に最密構造をもつスマネン分子膜を作製し、走査型トンネル顕微鏡(STM)[用語2]の探針を近づけて、スマネン単分子の反転を実現した。

分子反転(分子の向き=配向)によりスマネン分子(図1)の伝導度が10倍程度変化することを確認した。スマネン単分子の伝導度を1記録素子として利用することで記憶媒体として利用できる。また分子反転は電流ではなく機械的な力により誘起され、形状保持に電気は不要である。

スマネン分子の密度は1平方インチあたり600テラビット(Tbit/inch2、1テラビットは約1兆ビット)に相当し、高密度メモリー[用語3]、低消費電力の不揮発性分子メモリーへの展開が期待できる。

研究成果は8月24日に米国化学学会誌(Journal of the American Chemical Society)オンライン版に掲載された。

背景

人工知能(AI:Artificial Intelligence)やモノのインターネット(IoT:Internet of Things)など、社会で扱う情報量は飛躍的に増加している。急増する情報を記録するメモリーも同じスピードで高密度化と低消費電力化が求められている。様々な試みが行われているが、その一つに単分子に情報を記録させる単分子メモリーが注目を集めている。分子の大きさはたかだか1 nm(ナノメートル、10億分の1メートル)であるので、分子の形状を単分子レベルで制御しその形状を情報として利用することができれば、1ペタビット/inch2(1ペタビットは約1,000兆ビット)を超える高密度メモリーを実現することが可能である。

研究成果

高密度の分子メモリーを作製するために、本研究ではお椀型の形状をもつスマネン分子に注目した。スマネン分子は基板に吸着させることで上向き、下向きと2種類の配向をもつことが期待できる。

スマネン分子

図1. スマネン分子

室温でスマネン分子溶液に金基板を浸漬させることで、金表面にスマネン分子膜を作製した。作製した分子膜をSTMで観測すると、図2(a)に示すように分子が最密充填構造をもつ秩序膜を形成していることが分かった。STM像は探針と基板の間の電圧(バイアス電圧)に依存し変化した。STM像のバイアス依存性を理論計算結果と比較することで、表面吸着構造を決定した(図2(b))。そして、スマネン分子は上向き配向をとっていることも明らかとなった。

金表面上に吸着したスマネン分子膜の走査型トンネル顕微鏡像(a)と構造モデル(b)。水色と青色の点がスマネン分子の中心位置に対応する。
図2.
金表面上に吸着したスマネン分子膜の走査型トンネル顕微鏡像(a)と構造モデル(b)。水色と青色の点がスマネン分子の中心位置に対応する。

作製した分子膜に対しSTMの探針を近づけたところ、局所的に構造が変化する現象を発見した(図3)。図4に探針を近づけた前後のSTM像を示す。得られたSTM像を理論計算と比較することで、探針が近づくことで、上向きの配向で吸着していたスマネン分子が反転し下向きの配向をとることが分かった。上向きと下向きで基板との相互作用の大きさが変化し、スマネン単分子の伝導度が変化した。下向きの配向の方が基板との相互作用が小さいため、分子の伝導性が高く、明るい輝点として観測される。

STM探針によって誘起される分子の配向変化のメカニズムとしては、STM探針から注入される電子による力、機械的な力が考えられる。STM探針から注入する電子量を増やしても配向変化は促進されず、電子的な効果ではないことが分かった。理論計算を行うことで、スマネン分子の反転に要するエネルギーが探針を近づけることで劇的に減少することが分かった。スマネン分子が上側、下側両側で金属と相互作用することで、反転に要するエネルギーが減少したと考えられる。以上の考察により、分子の配向変化は機械的な力により誘起されることが明らかとなった。

原子レベルの探針を分子膜に近づけた際の構造変化。左の図で矢印の位置に探針を近づけた所、構造が変化した。
図3.
原子レベルの探針を分子膜に近づけた際の構造変化。左の図で矢印の位置に探針を近づけた所、構造が変化した。
探針の接近によって誘起される構造変化および高解像度の走査型トンネル顕微鏡像(左:上向き配向、中央:遷移状態、右:下向き配向)
図4.
探針の接近によって誘起される構造変化および高解像度の走査型トンネル顕微鏡像(左:上向き配向、中央:遷移状態、右:下向き配向)

今後の展開

基板上に吸着したスマネン分子の密度は1平方インチあたり6×1,014個であり、本研究ではその1個1個の分子の配向を制御することができた。これは600 Tbitの高密度メモリーに相当する。さらに分子の配向制御は機械的な力により可能で、かつ分子の配向は探針を近づけない限り保存される。つまり記録の書き込み、そして記録保持に電力が不要である。夢の高密度、低消費電力のメモリー開発へとつながる。

今後の展開としては2方向を検討している。一つはさらなる高密度化である。スマネン分子よりさらに小さな分子を用いて、同様の機械的な力により動作する1ペタビットを超えるメモリーの開発を行う。

もう一つの方向性は新たな機能創出である。今回の研究により、分子配向を制御し伝導特性を変化させることに成功した。分子はほかにも誘電性、磁性、光学特性をはじめとする様々な機能(特性)を有しており、これらの物性は分子の配向によって変化する。そこで、機械的な力により、電圧(ダイポール)、偏光、スピンの向きを単分子レベルで制御し新たな微小デバイス開発を行う。

用語説明

[用語1] スマネン : サッカーボール型のフラーレンの一部を切り出したような、お椀型の分子である。分子が湾曲構造をもつため、基板に吸着させると上向きと下向きの2種類の配向を取り得る。

[用語2] 走査型トンネル顕微鏡 : 金属の探針で導電性の基板をなぞることで、表面形状を原子レベルで観測することができる顕微鏡。金属探針と基板の間に電圧を与えた状態で、探針を基板に数nm以下に近づけると、探針と基板間の間に電流(トンネル電流)が流れるようになる。トンネル電流は探針と基板の間の距離に敏感に変化するので、電流の変化を計測することで、表面の凹凸を原子レベルで計測することが可能である。

[用語3] 高密度メモリー : 電子のスピンを用いた記録素子なども注目を集めている。小さな磁石(スピン)を集積化させて使用しているため、記憶素子同士の磁気的な干渉などにより高密度化に限界がある。

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society
論文タイトル :
Bowl Inversion and Electronic Switching of Buckybowls on Gold
著者 :
Shintaro Fujii1, Maxim Ziatdinov1, Shuhei Higashibayashi2, Hidehiro Sakurai3, Manabu Kiguchi1
所属 :
1Department of Chemistry, Graduate School of Science, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 W4-10 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8551, Japan
2Research Center of Integrative Molecular Systems, Institute for Molecular Science, Myodaiji, Okazaki 444-8787, Japan
3Division of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering, Osaka University, 2-1 Yamada-oka, Suita, Osaka 565-0871, Japan
DOI :

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