研究
研究
vol. 12
大学院理工学研究科
機械物理工学専攻 准教授
セリーヌ・ムージュノ(Céline Mougenot)
精巧なコンピューターから家庭用品に至るまで、あらゆる製品にとってデザインは必要不可欠な要素である。機能性を追求したデザインもあればユーザー体験を重視したデザインもあり、デザインへのアプローチは多様である。フランス出身のセリーヌ・ムージュノは2011年に准教授として東工大に着任し、デザインと製品ユーザーの感情的体験の関係について研究を行っている。
主な研究分野は何ですか?
エンジニアリング・デザイン(工学設計)と呼ばれている分野です。私の本来の専攻は、製品デザインと機械工学です。機械工学とは機械やシステムの設計のためのものですが、エンジニアリング・デザインは機械やシステムを使用する人の体験に焦点を当てるものです。エンジニアリング・デザインでは、技術そのものだけでなく、人が技術とどのようにインターフェイスするか、という点も重視します。
研究室のユニークな点はどこですか?
私の研究室は機械物理工学専攻に属していますが、人がいかに技術を使うかについて研究を行っています。私たちは「技術」と同じくらい「人」に焦点を当て、エンジニアによってデザインされた製品を人がどう使うかに関心を持って取り組んでいます。エンジニアが製品をデザインする時は機能性を追求してしまう場合が多いのですが、私たちの研究室では、製品を使う時の感情的体験などのユーザー体験に特に注目します。製品デザインには二つの重要な側面があります。一つは“機能性”、すなわちエンジニアリングに関する側面、もう一つは“感性”、すなわち人々が製品にどのようにふれあうかという側面です。私の研究室のユニークなところは、技術を使う時の人々の気持ちについて研究を行っているという点です。
それが感性工学というものですか?
その通りです。感性工学は日本で生まれ世界中に広まりました。感性工学とは感情的反応をいかに測定するか、またその測定結果をいかにデザインのプロセスに適用するかという学問です。人が製品と接する時に何を感じるのかを理解し、そのデータを使うことによりデザインを改善しようとするものです。
どのようにして感性工学に興味を持つようになったのですか?
私はエンジニアとして教育を受け、最初の修士課程修了後コンピューター支援設計(CAD)ソフトウェア開発の会社に4年間勤務しました。その会社に勤めていた時に、エンジニアの多くは高度な技術をデザインすることに集中し、人がその技術をどのように使うかという点についてあまり気にしていない、ということに気がついたのです。何かが欠けているということを、私の中の人間くさい部分が感じたのかもしれません。近年スマートフォンなどの製品が非常に良く売れていますが、その理由は使って楽しいからです。製品の内部にある技術だけでなく、製品が提供する喜びも同じように重要なのです。
ご自身の研究分野の将来や、展開について
ビジョンはお持ちですか?
私の研究室では、二つの革新的研究分野、すなわち感性工学とインタラクションデザインの融合を目指しています。インタラクションデザインとは、製品と接する時に人がどのように脳や身体や感覚を使うのかを考えることです。例えば、スマートフォンを使う際に人は画面に触れた状態で指を滑らせる動作をしますが、これにより電話の操作が直感的かつ楽しいものになります。私たちはユーザーが面白いと感じるような製品との相互作用をデザインし、製品の感覚的な質を高めることに関心を持っています。研究室ではいくつかのプロジェクトを立ち上げ、新しいコミュニケーション機器をデザインし、未来的なコミュニケーション手段を創造しようと試みています。例えば、ある学生グループは人の気分を表現する装置をデザインしています。その装置は入力と出力の二つの装置があり、入力装置を柔らかくタッチすると、出力装置はゆっくりと動き、入力装置を強く掴めば、それに応じて出力装置が振動するという具合です。
今の時代、多くのものが非物質化しています。例えば、手書きの文字は電子メールに置き換わってきています。こうした傾向によって私たちが身体や感覚を使う機会が限定されてきています。タイプされた文字ではどんなメッセージも外観や受ける印象が同じになります。感性工学やインタラクションデザインは、私たちの身体や感覚により深く訴えるデバイスの開発に貢献し、製品ユーザーの喜びを向上させることができると考えています。
デザインを科学的に研究することにより社会にどのようなメリットがありますか?
デザインを科学的に研究することは、新しいデザイン手法、すなわちデザインを向上するためのユーザーテスト、データ収集に用いる手法などの開発につながります。こうした研究は利便性や楽しさの面で優れた製品を生み出します。デザインについて初めて科学的な研究を行った学者は、米国のハーバート・サイモン氏です。彼は1969年に“システムの科学(The Sciences of the Artificial)”という著書を出版しました。デザインは、家具、コンピューター、さらには今私たちがいる建物まで、私たちの身の回りにある全ての人工物の一部です。デザインされたあらゆるものは、デザインを科学的に研究することにより改良していくことが可能です。
ムージュノは、デザインとは様々な学問領域の組み合わせであると説明する。
例えば、新製品の開発にはエンジニアリングが必要だが、人々が製品をどう受け止めるかを理解するには人間工学もまた不可欠である。感性工学はデザインの多面的な性質を捉え、機能的にも感情的にも魅力あるデザインを創造するためのアプローチを提供するものである。
日本に来た理由は?
初めて日本を訪れたのは2005年で、研究実習生として働きながら夏休みを過ごしました。日本で数年間学んだ経験のある当時の担当教授が、私に視野を広げるために海外に行くことを勧めてくれた、それが日本に来た唯一の理由でした。その当時は日本に対して特段の愛着はなかったのですが、二度目の訪問は少し事情が違いました。それは東京大学の若手研究者ポストに応募した時のことでしたが、その時に私は日本には魅力的な文化があることに気がついたのです。東京にはたくさんの面白い文化的行事があり、非常に大きな街であると同時に、安全で、静かで、かつ清潔です。パリの街は自転車で走り回るには困難なつくりですが、東京はずっとシンプルなため自転車に乗る機会が多いです。東京での質の高い生活を楽しんでいます。
デザインの観点から見れば、街がどのように利用されるかということは外観と同様に重要です。街が提供するもの、例えば人々の交通機関へのアクセスや利便性という点では、東京はパリよりも優れたデザインであると言えるかもしれません。また、暖房便座付ウォシュレットのように面白いデザインの製品が数多くあります。便利である上に使って楽しいこうした製品は、私に言わせれば完璧なデザインです!
東工大で研究に取り組むメリットは何でしょうか?
私は非常にいい時に東工大に着任したと思っています。何故ならここではデザインに関連した教育や研究が多く行われているからです。例えば、私たちの専攻では、いくつかの異なる研究科のメンバーでデザインスペースを作り、デザインの企画、ブレインストーミング、プロトタイピング[用語1]、ユーザーテストといったデザイン活動を行っています。また、東工大は様々な国から多くの留学生が集まっていますので多様性もあります。六つの異なる国から来た学生のいる私の研究室を見ていて分かるのですが、多様性は創造性を養います。今、東工大にいることは教員にとっても学生にとっても、非常にエキサイティングです。
東工大の学生に何かメッセージをお願いします。
皆さんには是非海外に飛び出し、国際的に活躍している学生と交流してほしいと思います。旅をして新たな人々と出会うことにより創造性が高まり、より素晴らしいエンジニアになるはずです。
用語説明
[用語1] プロトタイピング : 製品やシステム開発の技法のひとつで、設計の早い段階から試作品(プロトタイプ)の作成と検証(ユーザー検証を含む)を反復し、仕様の検討や詳細な設計を進めていく手法。
セリーヌ・ムージュノ(Mougenot, Céline)
東京工業大学 大学院理工学研究科 機械物理工学専攻 准教授
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2015年3月掲載