研究
研究
vol. 7
社会理工学研究科 准教授
蟹江憲史(Norichika Kanie)
近年、環境問題を考えるにあたり、しばしば『サスティナビリティ』(Sustainability)というキーワードを耳にする。日本語で「持続性」という意味を持つこの言葉には、現代社会のみならず、将来を見据えて、住み良い社会と地球環境を保ち続けようという想いが込められている。この「持続性のある社会と地球の構築」を目指すべく、2014年より国際的な共同研究計画『フューチャー・アース』[用語1]が動き出した。果たしてこのフューチャー・アース、環境対策にどのような一石を投じようとしているのだろうか。
私たちが地球上で快適な暮らしを営んでいくためには、経済活動や開発が必要となる。しかしながら、性急な経済成長は結果として大気汚染やごみ処理場の飽和などの環境汚染をもたらす。つまり、「経済発展」と「地球環境の保護」は相反するものであるという理論だ。これに対し、大量生産・大量消費という経済のあり方を見直し、環境に配慮した経済活動に切り替えていけば、この二つを両立させることができるという思考が、サスティナビリティの根本的な考え方である。
「とはいうものの、現実に目を向けたときに、気候変動や資源の枯渇、さらには貧困や金融危機といった、いわゆる「地球システム」と人類の存続にかかわる諸問題に取り組んでいくにあたって、個別に学術研究のみを進めていくという手法では、根本的な問題解決にはなかなかつながりません。こうした状況を踏まえ、分野を“超学際的”に横断した包括的なアプローチとして浮上してきた切り札が、フューチャー・アースなのです。」
自らもプロジェクトの一翼を担う蟹江の言葉に、一段と力がこもった。
もともと、地球システム環境の変化に関しては、4つの国際研究計画[用語2]が策定されてきた。蟹江自身も、かねてよりその一つであるIHDPのコアプロジェクト『地球システムガバナンス』という国際政治学に基軸を置いたプロジェクトに携わっており、現在も引き続きその中心的役割を担っている。実のところ、これまでにも自然科学や社会科学の枠を超えて計画どうしを連携させようとする取り組みはあったのだが、各計画で独自に委員会やプランを作って活動してきたため、なかなか全体を包括するような動きには至らなかった。そうした背景から、2012年6月の国連持続可能な開発会議(RIO+20)において、10ヵ年の国際的研究プログラムとして打ち出されたのが、フューチャー・アースである。
フューチャー・アースは、自然科学及び社会科学、工学、人文学といった異なる分野が必要に応じて統合し、科学的知識を提供することを目的としている。世界のすべての地域のアカデミアや政府、産業界、市民社会が協働で企画立案を推進したり(co-design)、あるいは協働で生産活動を行う(co-produce)等、京都議定書やCOPといった国家の政策に影響される環境施策とは、まったく異なるアプローチをとる。「トランスディシプリナリー」(Transdisciplinarity)と呼ばれるこの手法は、超学際とも呼ばれ、広く科学コミュニティからのボトムアップのアイデアを包括し、国際的な環境プロジェクト等を包括するものとして、世界から大いに期待が寄せられている。
もう一つ、フューチャー・アースでは、フラッグシップ的な活動として『持続可能な開発目標』(SDGs)というものを取り上げている。これは、2015年に達成期限を迎えるいわゆる『ミレニアム開発目標』(MDGs)以降の検討課題として、2012年の国連持続可能な開発に関する会議(リオ+20)において提案されたものである。蟹江はここでも、環境省主導による『持続可能な開発目標とガバナンスに関する総合的研究』のプロジェクトリーダーに任命され、現在はポスト2015年開発アジェンダ(2015年以降の国際開発目標)設定に貢献すべく、研究の取りまとめに注力しているところだ。
「“今”にフォーカスしているミレニアム開発目標に対し、持続可能な開発目標では時間の側面が加わり、将来にわたって通用する仕組みづくりを追求していきます。文理・実務が一体となった超学際的なコミュニティを形成し、モニタリングを進め、最適な方法を決定して行動に結びつける。私の使命は、この持続可能な開発目標をフューチャー・アースの目指す方向と合致させていくことと捉えています。」
蟹江は、大学教授である父の仕事の関係で、小学校3、4年の2年間をインドネシアのジャカルタで過ごした。このときの経験が、後々の自身の人生観に少なからず影響を及ぼしたという。
「住宅街の中は生活環境が整っていてとても快適でしたし、父の知人や隣人もみなとても優しくて誠実な人たちばかりでした。ところが一歩敷地の外に出ると、そこには汚れた川で洗濯をしていたり、トイレ代わりに使っている住民がいる。そのギャップはかなり衝撃的なものでした。」
この貧困問題も、ミレニアム開発目標でも8つの目標のトップに「極度の貧困と飢餓の撲滅」と題して掲げられている、重篤な“環境問題”だ。
例えば、温暖化が進んで、降雨のパターンが変わってしまった場合、もともと水不足の土地に住んでいる途上国の住民がさらに窮地に追い込まれかねない。食糧が獲れるはずのところで収穫できなくなってしまったら、飢餓のリスクがますます高まってしまう。持続可能な開発目標では、この問題もしっかりとミレニアム開発目標から継承し、発展させる考えだ。
「いろいろ調べていくと、多くが「配分」の問題に及ぶんです。貧困や格差もまさにそこに行き当たります。水も食糧も地球全体で見ると量はたっぷりあるのに、一部の地域ではそれがいき渡っていない。持続可能な未来を目指すには、社会のシステムを変える必要があります。」
ミレニアム開発目標では、例えば「1990年と比較して1日の収入が1米ドル未満の人口比率を2015年までに半減させる。」といった、誰もが賛同できるような目標を設定してきた。その結果、先進国から途上国に技術や資金を供与するといった支援に結びつけている。持続可能な開発目標においても、このノウハウを継承することで、国際交渉ではできない問題解決がさらに加速できるかもしれないと蟹江は考えている。
「地球システム、地球のメカニズムが抱えている危機を乗り越えていくには、やはり今が変革の時だと思います。いろいろな意味で「今手を打たないと手遅れになること」が山のようにある。それを「ガバナンス」という視点で解決していこうというのが、今目指そうとしているところです。」
環境を社会や経済の開発に不可欠なものと位置づけ、「未来の地球」を守るために世界を奔走するフロントランナー、蟹江。最後に、そのバトンを受け継ぐ学生たちに向けて、メッセージを託した。
「これからの10年は、環境問題を取り巻く仕組みを変えるターニングポイントになります。今の若い世代の人たちは「環境」を意識する世の中で育ってきたので、柔軟な発想で新たなアイデアを示す潜在性を備えていると思います。ぜひ自分の感覚を信じて、画期的な方法を編み出してほしいですね。
もう一つ、「足を使って研究する」ことも忘れないでください。行き詰まったら、現場に行って生の問題に触れる。物事を解決するヒントは、たいていフィールドに転がっていますから。」
用語説明
[用語1] Future Earth : Research for global sustainability(未来の地球: 地球規模の持続可能性についての研究)
蟹江憲史(Norichika Kanie)
大学院社会理工学研究科 価値システム専攻 准教授
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2014年2月掲載