研究
研究
列車の予約や友人への連絡など、私たちはいつもコンピュータを介してやりとりを行っている。この「人」と「コンピュータ」の双方向の関係、つまり「インタラクション※1」を理解し、改善することが「ヒューマン-コンピュータインタラクション」という研究の核となる。
「人と人」の関係を「人とコンピュータ」で再現するテクノロジーの設計や優れたユーザー体験の実装は、必ずしもうまくいかないことが多い。なぜなら、コンピュータに対する過度な期待、あるいは社会的な偏見、そして、何よりも「人」の考え方や行動に対する理解が不足しているからである。
工学院 経営工学系の准教授であり、東工大ACTT(アスピレーショナル・コンピューティング・ラボ)を率いるケイティー・シーボーンは、テクノロジーを進化させることが常に良いことだと無条件に受け入れるのではなく、時には立ち止まって見直すことも必要であると主張している。そして、より前向きで、インクルーシブで、社会的責任のある未来を描くことを目指している。シーボーンの研究からテクノロジーの未来について考えていく。
-どのような研究をされていますか?
「インタラクションデザイン※2」について研究しています。インタラクションデザインには、研究や産業のさまざまな分野が含まれており、例えば、コンピュータサイエンスやインダストリアルエンジニアリングのほか、アート、心理学、人類学までが関わっています。私の専門は「ヒューマン-コンピュータインタラクション」という分野で、人間と、人間が使うコンピュータベースのシステム・製品・サービスとの関係を検証しています。この分野の重要なポイントは「人間的要素(ヒューマンファクター)」です。つまり、人間がこの世界の「モノ」(私の場合はコンピュータベースのモノです)とやりとりする際に影響を与えたり、受けたりする人間の社会的・心理学的・認知的・身体的な特性のことを指します。今ではデスクトップコンピュータよりスマートフォンの方が重視されるようになり、コンピュータは変化しましたが、「人間的要素」は変わらず残っているのです。
テクノロジーを設計する際、クリエーターは無意識に、人間にモデルを求めがちです。なかには、マシンに人間性を再現することが夢だという人もいます。けれど、そこには危険な要因もあり、対処が必要です。私たちは、人間をステレオタイプで表面的にとらえがちで、人間性をマシンに再現できるほど、自分自身を本当に理解しているでしょうか。AlexaやSiriがそうです。どちらも標準的な「バーチャルな若い女性アシスタント」であり、昔ながらの男女の役割モデルが再現され、女性は社会におけるアシスタント役を割り当てられています。テクノロジーには、年齢に対する偏見もかなり見られます。バーチャルアシスタントには、高齢のアバターがいないし、老人の声も聞きません。このようなバイアスは定着しており、私はこの解決策に取り組んでいます。それは創造力と教養が多分に求められる難しい領域です。ようやく、テクノロジーの中に社会的公平性が必要であること、そして世界の研究コミュニティに真剣に受け止めてもらえる規模の研究環境が必要であることが認識され始めたところです。
人間工学
インターフェース、相互作用、経験におけるヒューマンファクターの調査
シリアス・ゲームやゲーミフィケーション
真剣な追求のための遊び心のある戦略の適用とゲームの作成
インクルーシブデザインとクリティカル・コンピューティング
年齢、障害の有無など、多様性をサポートするデザイン
東工大ACTT(アスピレーショナル・コンピューティング・ラボ)の研究テーマ
私は、ゲーミフィケーション※3やゲームプレイをテコにして、ユーザーが態度や行動に変化を起こす研究に注目してきました。高齢者や障害者など、特定のユーザーグループの生活に遊び感覚(ゲーム性)をもたらすことが、どれだけ効果があるか、貢献しているかを評価してきました。社会的な公平性や偏見に対する意識の変化で実に象徴的なことは、10年前に高齢者について研究し始めた頃は、高齢者が「ニッチ」なグループだったということです。今、急速に高齢化が進むこの社会で、「高齢者ユーザー」は研究の最前線になりました。
変化を起こし、クールなものを創造し、人知に貢献することは、すべてがエキサイティングです!
-音声ベースのシステムの研究について教えてください。
音声ベースのシステムは、AIスピーカーやSiriのようなデジタルアシスタントから、ロボットの音声、さらにはウェブサイトにいたるまで、数々の製品、デバイス、環境に対応しています。これらのテクノロジーは、次第に多くのものに取り入れられていきます。ですから、人々のニーズや期待に合わせた設計を考案し、態度や行動にどのような影響があるかを理解する必要があります。
こうしたデジタルテクノロジーを活用したバーチャルアシスタントに注目しています。今のバーチャルアシスタントには、退屈でわざとらしい感じがしますし、処理できる仕事のほとんどはやらなくてもいいことです。このままではやがて関心は薄れていきます。これは単にバグやテクノロジーの問題ではなく、有意義な用途がないことが問題です。私は未来のバーチャルアシスタントはどうあるべきか、理想的な音声アシスタントのデザインや機能は果たしてどんなものになるのかを考えています。
音声アシスタントには、重要な社会的側面があります。声は、表現手段として、さまざまな特徴を伝えることができます。例えば、年齢、性別、人柄など、それらは心理社会的特徴と呼ばれます。またリズム、方言、話し方など、社会言語学的特徴も伝えることができます。これらの特徴は、人間同士のコミュニケーションにおける意識、心理、認知に深く結びついています。
しかし、マシンの設計において、音声はまだ発展途上の要素のため、音声ベースのテクノロジーの評価・開発の方法については、十分なコンセンサスが得られていません。また、音声テクノロジーに対する人々の反応は、パソコンのスピーカーやスマートフォンから発せられる場合と人間に似たロボットがしゃべる場合で異なります。こうした違いを分類し、それが何に起因するかをピンポイントで特定するだけでなく、こうした音声ベースのテクノロジーと対話する際の偏見や先入観についても探求する必要があります。
音声ベースのエージェントにおけるジェンダーバイアス(性差別)とそのインターフェースについては、この数年間に多くの研究が発表されています。すでにお話ししたとおり、年齢的なバイアスもあります。その他にも人種・民族に特有の作法、アクセント、社会的階級に根差すものなど、さまざまな形のバイアスが認識され始めています。2年ほど前、物語を聞かせることで高齢者の認知機能の低下を防ぐプロジェクトに参加しました。私たちが使った「声」は70歳の男性のもので、当然、それは聞き手とそのプログラムのやりとりに影響を及ぼしました。その影響の本質や程度はどうだったのか。是非それを探求したい。
そのために、老人の声を持つバーチャルアシスタントを研究するための助成金を獲得しました。あらゆる年齢の人々が、特に高齢者が、コンピュータの老人の声にどう反応するか、またそうしたアシスタントに何を期待するか、に取り組みます。高齢者に対してバイアスのある人間モデルは役に立つのか?テクノロジーとの長期にわたるインタラクションは、私たち自身について何を教えてくれるのか?こうしたシステムとのポジティブで有意義で定期的なインタラクションを通じて、高齢者へのバイアスを打ち壊したり、変えたりすることができるのか?今はまだ、この研究分野におけるこうした問題を提起し始めたばかりです。
-テクノロジーの社会的側面といえば、最近、「社会性」を有した人工知能という、人とテクノロジーのまったく新しい境界ともいうべき考え方を提案されました。その背景にあるコンセプトを教えていただけますか?
この研究は「人工知能(AI)とは何か(何がAIではないのか)」というシンプルな問いに触発されたものです。かつてのAIは、行為を遂行したり、アウトプットを生成したりするアルゴリズムが中心でしたが、今主流になりつつあるのは「エンボディド(身体性を有する)AI」という考え方です。
エンボディドAIとは基本的には、AIが何らかの世界と(たいていは物理的世界ですが、バーチャルの場合もあります)やりとりしながら、そこから学習し、自らの機能を継続的に改善していくというものです。最近では音声アシスタントやロボットといったエンボディドAIが、人間のためにタスクを実施したり、人間の意思決定を支援したりするのに次第に使用されるようになってきています。これはあるエージェントと別のエージェント(この場合はエンボディドAIと人)のコミュニケーションという社会的行為です。人間がエンボディドAIを社会的エージェントであるかのように受け止め、反応するとき、エンボディドAIは「社会的な身体性を有する」ものになります。境界を超えたのです。少なくとも、その時点では。
このアイデアを私たちは“テッパーライン”と呼んでいます。マシンはテッパーラインを超えると「社会的」であると見なされますが、それらとのインタラクションが人間にとって社会的に納得できないものだと簡単に突き返されます。マシンが社会的であると感じられるかどうかは、それと対話する人間次第であり、こうした感覚は長続きしないかもしれません。インタラクションは、刻々とあるいは複数回にわたって繰り出されるため、エンボディドAIは間違いを犯し、人工的であることを露呈してしまうでしょう。突然に社会的品質を失うのです。しかし挽回はできます。人間にはインタラクティブエージェントに社会性を感じやすい傾向があります。エージェントが人間でなくてもそうです。私がこのラインを「シェリ・ S. テッパー」にちなんで名付けた理由はそれです。テッパーは世界幻想文学大賞を受賞したサイエンスフィクション作家で、人間と、例えば宇宙人やテクノロジーなども含めた人間以外のものとの境界が、どのように作られ、どれほど流動的であるかを探求していました。テッパーラインは身近にあるAIベースのさまざまなテクノロジーに適用できます。
-研究の道に入られたきっかけは何ですか?
アマチュアのウェブ開発者として活動を始めたのは10代の頃で、当時インターネットはまだ目新しく、コンピュータも一般家庭には普及していませんでした。しかし90年代の終わりにかけて、ウェブに未来があるという見方がはっきりしてきました。私は創作活動としてウェブサイトの製作を開始しましたが、その後、両親の友人から、ビジネス用ウェブサイトを製作してほしいという依頼が入るようになりました。最終的には、こうした経験が今のヒューマン-コンピュータインタラクションの研究につながったのです。
学部生の頃は、カナダ政府や民間企業向けに、ウェブサイトやアプリとのインタラクションに使用するインターフェースを開発する仕事をしていました。できあがった成果物をテストする際に、自分がインターフェースの向こうを考えていることに気づきました。テクノロジーが人々や社会に与える、より大きな影響とは何だろう?どうすればそれが分かるだろう?そこで大学院で再び学ぶことにしたのです。それが研究をする最初の機会となり、研究を心から好きになりました。その後、カナダを横断してトロントに引っ越し、トロント大学の博士課程に入学しました。この大学にはKnowledge Media Design Institute(KMDI)という特別なスクールがあります。そこは実に学際的で、さまざまなスキルや視点を持つ多種多様な人々と共に学べるため、だれもが感化され、私自身もテクノロジーを多様な観点から考えるようになりました。博士課程修了後は、ポストドクターとして、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン インタラクションセンター(UCLIC)、東京大学、理化学研究所の革新知能統合研究センター(AIP)などのいくつかの研究職に就きました。そしてポスドクの任期を終え、東工大の准教授に着任し、自分のラボを開設しました。
-なぜ東工大を選んだのですか?
東工大に魅力を感じたのは、人間的要素に関する工学とそれを実装するコンピュータシステムを研究する経営工学の部門があることでした。一般的に、大学でヒューマン-コンピュータインタラクションを扱っていても、それは大きな学部の一部で、1~2つのコースしかなかったり、特殊なラボ内であったりします。でも、東工大に専門的な部門があることを見つけたときは大興奮! トップクラスの技術力にアクセスできるし、私の多分野にわたるバックグラウンドを共有するチャンスもあるとなれば、パーフェクトな組み合わせです。
日本に来たもう1つの理由は、超高齢化社会です。日本は世界が認めるテクノロジー先進国でもあるため、この国に来ることは理に適っています。同時に日本は多様性に乏しく、声をあげる人も少ない。これは社会的にも、研究やデザインにとっても、大問題です。とはいえ、東工大は、英語を話し西洋の明らかに外国人と分かる女性を、工学院の研究リーダー兼教育者として雇いたいと言いました。東工大は、新たな形のリーダーやイノベーションを生み出せる場所だと思います。私のラボはこうした東工大のビジョンに貢献できると思います。
-「人間的要素」という点で、将来「人とコンピュータ」のインタラクションはどう変わると予想しますか?
今は過渡期であり、単なるコンピュータによって促進される入出力という従来のインタラクションの概念を離れ、マシンに人間の価値や信念、社会的に形成された世界についての理解を組み込むという、より包括的で重要な考え方へ向かっています。自らが創造したテクノロジーや、それらとどうやりとりするかについてじっくり考えることにより、自分自身や人間の限界をもっと理解できるようになるでしょう。
願わくは将来的に、感情を持たないAIが、人間がやらざるを得ない精神的につらく有害な仕事を引き受けられるくらいスマートになるといいですね。例えば、今は人間が手作業でソーシャルメディアのコンテンツを収集し、ヘイトスピーチ、暴力的コンテンツ、違法素材を見つけて取り除かなければなりません。同時に、こうしたAIが進化するに応じて、人間は意識的かつ良心に従い、その「ループ」の中にいるように心がける必要があります。AIを作っているのは人間であり、何が正しくて、何が正しくないかを決めるのも人間です。そこを分かっていないと、私たちがやっていることは、最終的に有害無益になります。既にソーシャルメディアには“見苦しい”人や授乳中の母親、また、先住民、有色人種、同性愛者に関わるコンテンツを、明確で一貫性のある理由もなく隠してしまうアルゴリズムが存在します。私は一生かけて学び続け、自分の研究に尽力することで、人々が幸せに暮らせる社会を形成できればと願っています。
-最後に、研究者を目指す学生や、シーボーン先生と一緒に研究したいと思っている学生にメッセージをお願いします。
研究は少しずつ少しずつゆっくりと進行し、時に思いがけない挫折があります。私は挫折があろうとゆっくりであろうと、研究のことを考えずにはいられない、探求すべき新たなアイデアを思いつくことをやめられない人間です。研究は私にとって、人生に意味と目的を与えてくれるものを指す日本的観念「イキガイ」です。そうした意味と目的を探し出せると信じています。私は知識に貢献したい、そしてうわべだけの結論や答えがないことに満足しません。“知りたい、深く知りたい”、こんなふうに感じる人は、研究者に向いています。
人とは異なった考えを持ち、自身の決心を翻すことも含めて、変化に対してオープンな人と働くことが大好きです。現状に満足せず、それをどう変えるかについてビジョンのある人。幅広いスキルや観点を持ち、技術的な能力の開発にも前向きな人。そしてとにかく、ビジョン、意欲、技術的スキルを持って、大きな波を生み出したいという気持ちが必要です。
東工大では学士課程4年生になるとラボに入り、研究を経験できます。ラボの一員になり、研究するとはどういうことかを理解できる機会になります。
研究者として成功するには、勇気、決断力、創造力、スキル、そして幸運と恵まれた環境が必要です。しかし、私の友人であり、師であるピーター・ペンネファーザー(トロント大学名誉教授)はこう言っています。研究に関しては「どうしても自分を抑えられない」というのなら、あなたはきっと成功すると。
「inter(相互に)」と「action(作用)」を合わせたもので、人間が何かアクション(操作や行動)をした時、そのアクションが一方通行にならず、相手側のシステムや機器がそのアクションに対応したリアクションをすること。
機器やソフトウェアなどが使われる際の、ユーザー側の操作やシステム側の反応などをデザインすること。
ゲームを本来の目的としないサービス等にゲーム要素(ゲームソフトにみられるプレーヤーを楽しませる発想や手法、デザインの工夫など)を応用すること。
ケイティー・シーボーン
工学院 経営工学系 准教授
「NEXT generation」は、社会の課題に対して次世代を担う若手研究者が取り組む最先端研究や、その未来社会へのインパクトを読者と共に考えていく新たなシリーズです。
エクソソーム研究でがん転移のメカニズム解明に挑む
(2021年5月掲載)
水害から人を守る
(2020年5月掲載)
伊藤亜紗准教授が考える“本当の多様性”とは
(2020年3月掲載)
“企業”と“大学”それぞれの道を歩む2人の若き研究者
(2019年10月掲載)
スペシャルトピックスでは本学の教育研究の取組や人物、ニュース、イベントなど旬な話題を定期的な読み物としてピックアップしています。SPECIAL TOPICS GALLERY から過去のすべての記事をご覧いただけます。
2021年12月掲載