- 上部臨界磁場
- 第二種超伝導体が外部からの磁束進入により超伝導が完全に壊れてしまう外部磁場の値
東工大ニュース
東工大ニュース
公開日:2011.08.01
超伝導体の結晶どうしの粒界の性質は、超伝導線材への応用を図る際に鍵となる。日本学術振興会「最先端研究開発支援プログラム」の一環として、東京工業大学フロンティア研究機構の細野秀雄教授の研究グループは、(財)国際超電導産業技術研究センター超電導工学研究所の田辺圭一副所長の研究グループと共同で、鉄系超伝導体が銅酸化物系よりもかなり優れた結晶粒界の特性を有していることを明らかにし、さらに金属テープ基板上への高性能薄膜の試作に成功した。
超伝導体の結晶どうしの粒界の性質は、超伝導線材への応用を図る際に鍵となる。日本学術振興会「最先端研究開発支援プログラム」の一環として、東京工業大学フロンティア研究機構の細野秀雄教授の研究グループは、(財)国際超電導産業技術研究センター超電導工学研究所の田辺圭一副所長の研究グループと共同で、鉄系超伝導体が銅酸化物系よりもかなり優れた結晶粒界の特性を有していることを明らかにし、さらに金属テープ基板上への高性能薄膜の試作に成功した。
3年前に細野グループが報告した鉄系超伝導体は、現在その最高転移温度が銅酸化物に次ぐ56ケルビン(ゼロケルビン=マイナス摂氏273.15度)に達しており、かつ50~100テスラの大きな上部臨界磁場(用語1)と小さな異方性(用語2)を有すため、高い磁場まで超伝導状態を保つことができることから、銅酸化物を超える大きな磁場を発生するマグネットなどへの線材応用に期待が寄せられている
今回、同グループは、パルスレーザー堆積法(用語3)を用いて、バイクリスタル基板(用語4)上に高品質なCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜(用語5)を作製し、3度から45度の傾角を有するBaFe2As2の傾角粒界(用語6)を人工的に形成した。そして、その傾角粒界が臨界電流密度(用語7)に与える影響を調べたところ、その臨界電流密度が9度の傾角粒界まで維持されることが明らかになった。この9度という臨界角は、例えば現在最も研究が進んでいるY系銅酸化物の値3~7度よりも大きい。また、この臨界角を超えても臨界電流密度が急激に低下しない。これは、鉄系超伝導体の場合は、特性維持のために要求される結晶配向の制約が9度まで許容され、大きく緩和されることを意味する。実際に銅酸化物で近年用いられているものよりも品質の低い薄膜線材用金属テープ基板上に薄膜成長を行ったところ、その粒界特性によって、単結晶基板上と同等の1MA/cm2以上の高い臨界電流密度を示す超伝導薄膜を得ることにも成功した。同じ温度で比較すると、Y系銅酸化物系の臨界温度の方が90ケルビンと高いので、未だ大きな優位性はないが、特性の異方性が小さいこと、磁場に対して強いことに加え、その臨界角が大きいことが明らかになったことで、鉄系超伝導体の特に低温での線材応用に向けたポテンシャルの高さが見えてきた。 本成果は、8月3日(現地(ロンドン):8月2日)に「Nature Communications」に掲載される。
超伝導とは、ある転移温度以下で電気抵抗がゼロになる現象である。その電気抵抗がゼロになるという特長を生かして、将来の送電ケーブル等の電力応用や高磁場マグネット応用を目指した研究が世界的に行われており、より高い転移温度でかつより高い臨界電流密度を示す超伝導物質の探索研究が長年続けられている。細野教授らの研究グループは、2008年2月に、鉄(Fe)を含むオキシニクタイド化合物LaFeAsO(La:ランタン、O:酸素、As:ヒ素)が26ケルビンと高い温度で超伝導を示すことを発見した。その直後、同グループは応用を目指した薄膜研究にもいち早く注力し、LaFeAsO、SrFe2As2(Sr:ストロンチウム)、BaFe2As2(Ba:バリウム)のエピタキシャル薄膜の作製を世界に先駆けて報告し、昨年は高品質化したCo添加BaFe2As2(Co:コバルト)エピタキシャル薄膜を使って、鉄系超伝導薄膜では初めてとなるジョセフソン接合素子(用語8)と超伝導量子干渉素子(用語9)の作製に成功してきた。
鉄系超伝導体は、その発見直後、磁性元素である鉄を含むにもかかわらず、ヒ素と組み合わさることで高い温度で超伝導を示すという意外性に注目が集まった。その後の研究で50テスラを優に超える大きな上部臨界磁場と非常に小さな異方性(γ=1~2)とが明らかとなり、高磁場で強く、高性能な線材への応用が期待されている。
そこで、線材応用を目指した研究がパウダーインチューブ法という手法を用いたワイヤー試作によってなされてきているが、現在のところ最高で0.01MA/cm2程度の臨界電流密度までしか得られていない。しかしながら、同グループでは昨年パルスレーザー堆積法を用いてCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜の高品質化に取り組み、1MA/cm2を超える臨界電流密度を単結晶基板上に直接成長させることにより実現した。同レベルの特性を有する薄膜は世界的に見ても現在のところ同グループ以外に2グループでしか作製することができず、また、薄膜-基板間に緩衝層を用いることなく、絶縁性の単結晶基板上に直接成長させることができるのは現在のところ本グループのみである。
線材応用を目指した研究を行う際に最も重要な点は、その対象物質の粒界特性である。Y系銅酸化物の場合は、その粒界が形成する傾角が3~7度を超えると急激に臨界電流密度が減少し始める。そのことから、その結晶配向度を約5度以下に抑制するために、面内配向制御が必須となっており、高コスト化・製作の長時間化の原因となっている。鉄系超伝導体の線材応用を目指すために、その粒界特性を明らかにすることはY系銅酸化物と同様急務であり、その異方性が小さいことから銅酸化物よりも良好な特性が期待されてきた。それらに関連する報告はこれまで一例しか無く、それによれば鉄系超伝導体は銅酸化物と類似の粒界特性を有するとされているのみであり、鉄系超伝導体の粒界特性の優位性および1MA/cm2を超える薄膜線材の試作の報告はどこからもなされていなかった。
本研究では、これまでに最適化してきたパルスレーザー堆積法を用いることによって、MgO(Mg:マグネシウム)と(La, Sr) (Al, Ta)O3(略してLSAT; Al:アルミニウム、Ta:タンタル)のバイクリスタル基板上に、高品質Co添加BaFe2As2薄膜を作製した。そして粒界特性を調査するため、傾角粒界を介する部分にブリッジ構造(傾角粒界接合)を作製し(図1)、電流-電圧特性からその傾角粒界における臨界電流密度を調査した(図2)。その結果、臨界電流密度は9度の傾角(図2中矢印の位置)まで1MA/cm2以上の高い値を保持することが明らかとなった。この臨界角9度という値は、銅酸化物の代表例であるYBCOの臨界角(3~7度)より大きい。また、その高い傾角側で臨界電流密度が減少する割合にも銅酸化物と違いがあることがわかる(赤線と青線)。その結果、30度以上の大傾角粒界においては、4ケルビンにおいて銅酸化物を凌ぐ臨界電流密度を有することがわかった。
形成した小傾角粒界と大傾角粒界の微細構造も調査した(図3)。上記臨界角以下の小傾角粒界の場合(図3a)、非常に急峻な常伝導転移が観察され、電子顕微鏡像には傾角粒界に周期的な転位が見られた。これは傾角粒界の傾角から予想される周期と一致した。ところが、大傾角粒界の場合は(図3b)、ジョセフソン素子として傾角粒界接合が動作することで、電流-電圧特性の形状が変わり、またマイクロ波照射で電流ステップ(シャピロステップと呼ばれる)が観察された。また、この大傾角粒界の場合は電子顕微鏡像に転位が一切観察されなかった。その理由はその傾角から予想される転位間隔がBaFe2As2の格子定数とほぼ一致するためである。以上の微細構造観察と組成分析を併用して吟味した結果、本研究で作製したバイクリスタル基板上のCo添加BaFe2As2薄膜の傾角粒界部には不純物の析出は一切無く、利用したバイクリスタル基板の傾角に対して、非常に理想的なBaFe2As2の傾角粒界接合が形成されていることが明らかとなった。
以上の結果を得て、鉄系超伝導体は銅酸化物よりも高い臨界角を有することから、薄膜線材にする際には、かなり低いスペックである9度以下の配向度をもつテープ基板でよいことを示唆している。そこで、実際に5度以上の面内配向度を有する金属テープ基板上(米国 ロスアラモス国立研究所のマティアス博士の研究グループ提供)に、同じパルスレーザー堆積法を用いてCo添加BaFe2As2薄膜を作製し、その超伝導特性(抵抗率と臨界電流密度)を評価した(図4)。単結晶基板上の試料と比較して超伝導転移の温度幅が広いことがわかる。これは柔らかい金属テープ基板の場合は薄膜成長時の加熱が不均一になり膜組成に不均一が生じているためと思われる。しかしながら、その臨界電流密度はどれも単結晶上の試料と同等の1MA/cm2を超える高い値(最大3.5MA/cm2)を示した。この結果により、鉄系超伝導体は、面内配向度が9度以下の基板を使えば、高い臨界電流密度を示す薄膜線材の作製が可能であることが実証された。
本研究は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラムにより、独立行政法人日本学術振興会を通して助成されたものである。
用語解説
図.1 バイクリスタル基板上に作製したCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜に、電流-電圧特性を評価するためのブッリジ構造(傾角粒界接合)を形成。ピンク色の線がバイクリスタル基板の傾角粒界部で、上図はそこを介して形成される傾角粒界接合の拡大図。
図.2 (a)傾角粒界接合における臨界電流密度の傾角依存性 (b) 傾角粒界接合と粒内ブリッジ(傾角粒界を含まない部分)との比。MgO、LSAT両方の傾角粒界接合で同様の傾向が観察され、図中矢印の臨界角9度の傾角までその1MA/cm2を超える臨界電流密度が維持されることが明らかとなった。この臨界角は銅系酸化物のおよそ倍と非常に大きい。
図.3 (a) 4度の傾角を有する傾角粒界接合の12ケルビンにおける電流-電圧特性(左)と傾角粒界の電子顕微鏡像(右)。シャープな常伝導転移と周期的な転位(右図中矢印)が観察されている。その転位の間隔は、5ナノメートル(200万分の1センチメートルに相当)で傾角から予想される距離と一致する。(b) 45度の傾角を有する場合。12ケルビンにおける電流-電圧特性(左)はジョセフソン電流が支配的となり形状が変化する。またこの場合は電子顕微鏡像に転位は観察されない。この45度傾角粒界接合の電流-電圧測定(測定温度16ケルビン)では、2ギガヘルツのマイクロ波照射下でシャピロステップと呼ばれる周期的な電流ステップが観察され、ジョセフソン接合として動作していることがわかる。
図.4 5度以上の面内配向度をもつ金属テープ基板上に形成されたCo添加BaFe2As2薄膜の超伝導特性(赤)。比較のために単結晶上の試料の特性(青)も示した。挿入図は用いた金属テープ基板の面内配向度とCo添加BaFe2As2薄膜の2ケルビンにおける電流密度-電圧特性。その試料もすべて1MA/cm2以上(最大3.5MA/cm2)の臨界電流密度を有している。
本件に関するお問い合せ先
細野 秀雄
フロンティア研究機構 教授
電話: 045-924-5359
E-mail: hosono@msl.titech.ac.jp