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ブドウのまわりの白い粉をつくる遺伝子を発見

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公開日:2011.12.19

要約

大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授(公立大学法人横浜市立大学客員教授および独立行政法人理化学研究所客員主管研究員兼任)、關 光(せき ひかる)准教授(公立大学法人横浜市立大学共同研究員および独立行政法人理化学研究所客員研究員兼任)は、公立大学法人横浜市立大学(本多常高 理事長)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、国立大学法人東京工業大学(伊賀健一学長)、キリンホールディングス株式会社フロンティア技術研究所(水谷悟 所長)、サントリービジネスエキスパート株式会社植物科学研究所(田中良和 所長)、国立大学法人神戸大学(福田秀樹 学長)と共同で、ブドウ果実の表面につく白い粉「ブルーム」の主要成分で、虫歯菌の増殖抑制、アンチエイジングなどの生理活性を持つ機能性成分として近年注目されている「オレアノール酸注1」生合成の鍵となる酵素遺伝子を明らかにし、本遺伝子を導入した組換え酵母で...

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

概要

大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授(公立大学法人横浜市立大学客員教授および独立行政法人理化学研究所客員主管研究員兼任)、關 光(せき ひかる)准教授(公立大学法人横浜市立大学共同研究員および独立行政法人理化学研究所客員研究員兼任)は、公立大学法人横浜市立大学(本多常高 理事長)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、国立大学法人東京工業大学(伊賀健一学長)、キリンホールディングス株式会社フロンティア技術研 究所(水谷悟 所長)、サントリービジネスエキスパート株式会社植物科学研究所(田中良和 所長)、国立大学法人神戸大学(福田秀樹 学長)と共同で、ブドウ果実の表面につく白い粉「ブルーム」の主要成分で、虫歯菌の増殖抑制、アンチエイジングなどの生理活性を持つ機能性成分として近年 注目されている「オレアノール酸注1」生合成の鍵となる酵素遺伝子を明らかにし、本遺伝子を導入した組換え酵母でオレアノール酸を合成することに成功しま した。今後、化粧料・機能性食品素材や医薬品等の原材料として期待されている本物質を植物材料からの抽出に頼らず組換え酵母を用いて工業生産できる期待が 高まります。

研究の概要

ブルームと呼ばれるブドウ果実表面に見られる白い粉(図1)はしばしば農薬やカビと勘違いされることがあります。ところが、ブルームはブドウ自身が作り出 す物質で、病原菌に感染するのを予防し、同時に鮮度を保つ働きがあるワックス成分です。ブルームの主成分は、オレアノール酸というトリテルペン注2 の一種で、ブドウだけでなく、オリーブ、シソなど多くの植物に含まれています。オレアノール酸は、虫歯菌の増殖抑制、アンチエイジングなど多様な生理活性 を持つことが報告されています。 炭素数30 を基本骨格とするトリテルペンは、β-アミリン、α-アミリン、ルペオールなどの環状化合物から、酸化反応、糖転移反応などによりさまざまな種類の化学物 質となります。オレアノール酸は、β-アミリンから酸化反応によって生合成されると推定されていましたが、この酸化反応に関わる酵素遺伝子はこれまで単離 されていませんでした。研究グループは、β-アミリンを合成する酵素(β-アミリン合成酵素)遺伝子と同じような遺伝子発現パターンを示す酸化酵素(シト クロムP450 モノオキシゲナーゼ)遺伝子を絞り込むことによって、ブドウおよびマメ科植物のタルウマゴヤシから、オレアノール酸生合成に関わる酵素(CYP716A サブファミリー)遺伝子を単離しました。続いて、β-アミリン合成酵素遺伝子と、今回単離したCYP716A サブファミリー遺伝子を酵母に導入することで、酵母でオレアノール酸を合成することに成功しました。 さらに、CYP716Aサブファミリーはβ-アミリン以外にも、α-アミリンならびにルペオールを基質とすることにより、オレアノール酸と併せ「三大機能 性トリテルペン」と呼ばれる、ウルソール酸、ベツリン酸の生合成にも関わることがわかりました。 今回単離した遺伝子群を利用することによって、近い将来、低コストで有用トリテルペンの大量生産が可能になると考えています。 本研究成果の一部は、文部科学省科学研究費補助金「生合成マシナリー、生物活性物質構造多様性創出システムの解明と制御(平成22 年度~)」、(財)加藤記念バイオサイエンス研究振興財団研究助成(平成22 年度~)、戦略的国際科学技術協力推進事業「日本-南アフリカ研究交流 平成21~23 年度」により行われました。成果は、日本植物生理学会が発行する国際学術誌「Plant and Cell Physiology」誌12 月号の表紙を飾るとともに、近日掲載されます。

研究の背景

ブルームと呼ばれているブドウのまわりの白い粉は、よく農薬やカビと勘違いされます(図1)。 ところが、ブルームはブドウ自身が作り出す物質で、ブドウの病気を予防し、鮮度を保つ働きがあります。ブルームの主成分は、オレアノール酸というトリテル ペンの一つです。トリテルペン(注3)には、多様な生理活性物質が含まれ、新しい医薬品の重要な化学構造プールになっています。
特に、28位にカ ルボキシ基を有する五環性トリテルペン(注2)化合物の代表で、植物における「三大機能性トリテルペン」とも呼ばれるオレアノール酸、ウルソール酸、ベツ リン酸は、抗ガン作用、抗炎作用、抗酸化作用、抗高脂血症効果などの生理活性を有し、特許文献としては、これらの関連化合物としてエイジング対応用の皮膚 外用剤、ヒアルロニダーゼ阻害、メタボリックシンドロームを予防および改善する作用を持つ組成物、抗掻痒剤等が報告されています。
このように「三大機能性トリテルペン」の重要性が脚光を浴びる一方、このような化合物は、植物でしか生産されず、天然物(植物の根や果皮)から抽出して利用されています。
また、β-アミリン等からの有機合成による変換も極めて困難なため、オレアノール酸などの28位にカルボキシ基を有する五環性トリテルペン化合物を効率的に合成する手法が求められていました。

研究手法と成果

オレアノール酸は、多くの植物に共通に存在しているβ-アミリンが基本骨格となり、その28位の炭素に対する3段階酸化反応により生合成されると考えられ ます。これらの反応ステップには、酸化酵素が関与すると推定されます。酸化テルペノイドを含む多様な植物二次代謝産物の生合成においては、シトクロム P450モノオキシゲナーゼ(注3)(以下P450と省略)と呼ばれる一群の酸化酵素が関与することが知られています。
今回、研究チームはまず、 マメ科植物タルウマゴヤシの遺伝子共発現解析注4ツールを用いて、オレアノール酸の基本骨格であるβ-アミリンを合成する酵素(β-アミリン合成酵素)の 遺伝子と類似した発現パターンを示すP450として、CYP716A12を見出しました。続いて、CYP716A12の機能を解明するため、バキュロウイ ルス/昆虫細胞系(注5)を用いてタンパク質を発現させ、CYP716A12 を含むミクロソーム画分(注6)を用いた試験管内での酵素反応実験を行いました。その結果、CYP716A12が、β-アミリンの28位の3段階の酸化反 応を触媒し、オレアノール酸に変換する活性を持つことが判明しました(図2)。
研究チームは次に、ミヤコグサから単離していたβ-アミリン合成酵素遺伝子を導入してβ-アミリンを生産するように改変した組換え酵母(参考文献)に、さ らにCYP716A12遺伝子を導入した結果、この酵母は、オレアノール酸を生産することを見出しました。同様に、ブドウから単離したCYP716Aサブ ファミリー遺伝子(CYP716A15 とCYP716A17)を導入した酵母も、CYP716A12と同じくオレアノール酸を生産することを見出しました(図3)。
さらに、β-アミリン合成酵素遺伝子の替わりに、α-アミリン合成酵素(aAS)遺伝子とCYP716Aサブファミリー遺伝子を導入した酵母ではα-アミ リンの28位カルボン酸であるウルソール酸を生産すること、また、ルペオール合成酵素(LUS)遺伝子とCYP716Aサブファミリー遺伝子を導入した酵 母はルペオールの28位カルボン酸であるベツリン酸を生産することを確認しました(図2)。これにより、オレアノール酸、ウルソール酸およびベツリン酸生 合成に関わる酸化酵素を特定することに成功し、28位にカルボキシ基を有する五環性トリテルペン化合物のバイオテクノロジー生産への道筋を示しました。

今後の期待

今回、植物特異的な成分であり様々な生理活性を有するオレアノール酸の生合成の鍵となる酵素遺伝子を同定し、さらに、生合成遺伝子を導入した組換え酵母でオレアノール酸、ウルソール酸、ベツリン酸を生産することに成功しました。
オレアノール酸等、トリテルペンは今後、化粧料・機能性食品素材や医薬品等の原材料として期待されている物質です。しかしながら、植物体中では様々なトリテルペンが混在しており、個々の含有量が低く純粋なものとして精製するには 大幅なコストをかけなければいけませんでした。そのため、今後、組換え酵母における生産性の向上を進めることにより、発酵工業的手法によるオレアノール酸等、トリテルペンの生産への応用が期待されます。

原論文情報

Fukushima E.O., Seki H., Ohyama K., Ono E., Umemoto N., Mizutani M., Saito K., Muranaka T.(2011) CYP716A Subfamily Members are Multifunctional Oxidases in Triterpenoid Biosynthesis.Plant Cell Physiol. 52: 2050-2061 (2011)

参考文献

Seki, H., Ohyama, K., Sawai, S., Mizutani, M., Ohnishi, T., Sudo, H., Akashi, T., Aoki, T.,Saito, K. and Muranaka, T.: Licorice ?-amyrin 11-oxidase, a cytochrome P450 with a key rolein the biosynthesis of the triterpene sweetener glycyrrhizin. Proc Natl Acad Sci U S A.105:14204-14209 (2008)

参考図

図1 ブドウ果皮を包む白い粉ブルーム 提供 日本植物生理学会 写真撮影:平尾壽啓(大阪大学大学院工学研究科・株式会社フジキン)

図1 ブドウ果皮を包む白い粉ブルーム 提供 日本植物生理学会
写真撮影:平尾壽啓(大阪大学大学院工学研究科・株式会社フジキン)

図2 オレアノール酸、ウルソール酸、ベツリン酸生合成経路 β-アミリン合成酵素(bAS)、α-アミリン合成酵素(aAS)、ルペオール合成酵素(LUS)が触媒する反応をそれぞれ緑、青、オレンジ色の矢印で示した。CYP716A サブファミリータンパク質が触媒する酸化反応のステップを紫色の矢印で示した。

図2 オレアノール酸、ウルソール酸、ベツリン酸生合成経路 β-アミリン合成酵素(bAS)、α-アミリン合成酵素(aAS)、ルペオール合成酵素(LUS)が触媒する反応をそれぞれ緑、青、オレンジ色の矢印で示した。CYP716A サブファミリータンパク質が触媒する酸化反応のステップを紫色の矢印で示した。

図3 組換え酵母におけるオレアノール酸生合成経路再構築の概略図β-アミリン合成酵素(緑色の矢印)、CYP716A15(紫色の矢印)をそれぞれコー ドする遺伝子を酵母に導入することで、酵母内在のステロール合成経路の中間物質である2,3-オキシドスクアレンから分岐するオレアノール酸生合成経路を 再構築した。

用語解説

  1. 注1)
    オレアノール酸
    オレアノール酸は、多くの植物に含まれるトリテルペンの一種であり、抗炎症作用、抗腫瘍活性などを持つ他、口腔内で虫歯や歯周病の原因となる病原菌の生育を抑制することが示されている。
  2. 注2)
    トリテルペン
    28位にカルボキシ基を有する五環性トリテルペン 炭素数5のイソプレン単位を6つ持ち、計30の炭素数で構成されている化合物群をトリテルペンという。天然には、100種類以上のトリテルペン骨格の存在 が確認されている。植物が生産するトリテルペンで最も多いものはオレアナン型(β-アミリン、タラキセロール、ゲルマニコール、オレアノール酸等)で、続 いてウルサン型(α-アミリン、ウルソール酸等)、ルパン型(ルペオール、ベツリン酸等)などの五環性トリテルペンである。
  3. 注3)
    シトクロムP450
    アミノ酸からなるタンパク質に加えてヘムを持ち、酸素分子をさまざまな分子に添加する働きを持つ酵素群。ヘムの鉄原子に一酸化炭素が結合すると450 nm の波長の光を吸収する色素(Pigment)という意味から、P450と名前がつけられている。これまで約7,000種類近くのP450が生物界において 発見されている。シロイヌナズナおよびイネのゲノム解析から、植物のゲノム遺伝子の約1%がP450の遺伝子で占められることが明らかになっており、 P450が植物二次代謝産物の多様化に深く関与していることがうかがえる。P450タンパク質は、アミノ酸配列が40%以上一致すると同一ファミリーに、 55%以上一致すれば同一サブファミリーに分類されるのが原則である。
  4. 注4)
    遺伝子共発現解析
    すでに機能が明らかとされている遺伝子に対する発現パターンの類似性(相関係数:+1から-1までの数値で表される)を指標として、機能未同定の遺伝子の 機能を推定する解析手法。植物の二次代謝においては多くの場合、同一の生合成経路に関与する遺伝子群は協調的に発現することから、発現パターンが類似する 遺伝子群は、同一もしくは近接する経路、あるいは同時期に起こっている反応に関連する可能性が高いと期待される。従って、ある代謝経路において機能するこ とがす でに判明している遺伝子と発現パターンが類似する機能未知遺伝子を抽出し、機能解析を行うことにより、同一の代謝経路において機能している新規遺伝子を特 定できる可能性があり、近年、この手法の有効性は様々な植物二次代謝産物の生合成研究において実証されている。タルウマゴヤシの場合、大規模な遺伝子発現 データがウェブ上で公開されており、遺伝子共発現解析を行うことが可能である。
  5. 注5)
    バキュロウイルス/昆虫細胞系
    バキュロウイルスは、昆虫細胞に感染する2 本鎖DNA ウイルスで、核多角体病ウイルスとも呼ばれる。感染細胞内でポリヘドリンと呼ばれるタンパク質を大量に合成し、感染後期には全細胞タンパク質の約半分近く にも達する。ポリヘドリン遺伝子の強力なプロモーターの下流に外来遺伝子を連結し、昆虫細胞に感染させることで、昆虫細胞内で組み換えタンパク質の合成を 行うことができる。
  6. 注6)
    ミクロソーム画分
    細胞をホモジナイズした後に遠心分離して得られる、小胞体、細胞膜、ゴルジ体膜などを含む画分。高等植物では、ほとんどのP450タンパク質は小胞体膜上に局在するため、ミクロソーム画分に含まれる。

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